愛を見失った彼と、愛を求める彼女のランデブー

綿柾澄香

文字の大きさ
2 / 13
第一話 彼の物語

2、愛を知らない

しおりを挟む
 それから一週間が過ぎた。

 相も変わらず少女は僕に話し掛けようとしてきている。当然、その声は僕には届かないのだから、その日も僕は彼女のことを無視し続けていた。

 だからきっと、僕がそうしたのはただの気まぐれなのだろう。意味は無いし、彼女に興味もない。暇潰しの延長線上のつもりで、僕は初日以来の通信機器を手に取った。

「やあ、キミは今日も相変わらず不毛なことをしているね」

 そう言うと、彼女はなにか言葉を口にした。そして、口角を上げる。またこの表情だ。その表情がなんなのかは、僕にはやっぱりわからない。けれども、なんだか真似をしたくなるような、不思議な表情だ。まあ、真似なんてしないけれども。

「これはただの暇潰しだ。だから、聞き流してくれていい」

 そう前置きをしてから、僕は話す。

「キミは、宇宙に飛び出した人類を知っているかな?」

 質問口調になってしまったものの、彼女の返事はどうだっていい。どうだっていいから、彼女が首を傾げたのもお構いなしに続ける。

「いや、飛び出したわけじゃないか。僕たちが追い出したんだ。きっと、キミはあちら側にいるべき人間なんだろう」

 だからこそ、彼女はこんなところに隔離されてしまっている。

「けれども、こうしてキミはここに閉じ込められてしまっている。これは、キミにとっては苦痛なんじゃないかな」

 僕たちこちら側の人類なら、彼女のように衣食住があるのならば、それでいい。娯楽も、無いなら無いで、べつにいい。本のページに付いたシミの数を数えていても、十分に時間は潰せる。けれども、彼女側の人類はそれだけでは満足できないはずだ。ここに、彼女が求めるものは無いのだから。

「僕はね、ほんの少しだけ、キミのことが羨ましいんだ」

 それは、本心から出た言葉だった。きっと、僕はこの檻の中に入れられても、なんの不満も抱かないのだろう。けれども、彼女はこの檻の中で満足することはない。今はまだそう態度には出ていないものの、いずれは表立ってくるはずだ。その証拠に、彼女は檻の外側にいる僕に対して、こんなにも興味を示している。

 外の世界にはなにもないというのに。

 けれどもきっと、彼女はなにもない外の世界でさえ感動できてしまうのだろう、と容易に想像できてしまうし、実際にそうなのだろう。なにもないこの世界で、何の感動を抱くこともない僕にとって、彼女のその感情の豊かさは、とても眩しい。

 きっと、こんなふうに感じることができたのならば、世界はもっと色付いて見えるのだろう。

 そう感じることができる、ということが少し、羨ましいのだ。だってそれは、僕たち人類がもう失ってしまったものだから。

 客観的に美しいものを判断することはできる。

 雲一つない青空は、混じり気がなくて美しい。足元を埋め尽くすほどに咲き誇るネモフィラの花も美しい。泳ぐ魚の模様が見える程の透明度の海も、しんしんと降る雪も美しい。

 それはわかる。

 けれども、澄み渡る空を見ても、咲き乱れる花を見ても、真っ青な海やダイヤモンドダストを見てさえも、きっと僕は感動しないのだろう。

 そして、この目の前にいる少女のパーツの一つ一つの造形を美しいとは思うものの、彼女自身を美しいとは思えない。

 だって、人類は愛を見失ってしまったのだから。僕も、愛を知らない。だから、この世の中のどんな人間にも魅力を感じることができないのだ。他人を思いやり、その人に惹かれる、なんてことは、今の人類には存在しない感情だ。

 かつて、愛こそがすべてだ、なんて歌っていた四人組のロックバンドがいたらしいけれども、僕にはまったくもってその意味がわからなかった。

 彼女ならば、その言葉の意味がわかるのだろうか。

「愛は、いいものかい?」

 そう彼女に訊ねてみたけれども、その返答に興味はない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...