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第二話 彼女の物語
5、彼とともに
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その日から、彼は良く笑うようになった。
彼が自発的に笑う、ということはなかったけれども、私が笑えば、彼も必ず笑みを返してくれた。
『今日は快晴だ。太陽が眩しい』
「そうですか、私はまだあまり太陽というものを見たことがありません」
『今晩は満月だけれども、雲で隠れて見えないかもしれないな』
「満月、というのは真ん丸のお月様、ですね。本で読みました。私も見てみたいです」
『今月、人類は三十五人が死んで、三十二人が試験管から生まれた。新しく生まれた中に、キミのような人類はやっぱりいなかったよ』
「ま、突然変異なんてそうそうあるものじゃないですよね」
そんなふうに私たちは会話を交わしながら、笑い合う日々が過ぎていった。そして、そんな日々を重ねれば重ねるほどに、私は確信を得ていった。
――私は、彼を好きなのだ。
と。
この気持ちを恋だとか愛だとか言うのかどうかはわからない。けれども、それでもこの想いの延長線上に繋がっているものなのだろう、とは思う。きっと、この想いは、恋や愛というものからはそう遠くはないもののはずだ。
私が笑い、彼が笑う。そんな毎日を続けていたある日、彼が真剣な眼差しで訊ねた。
『キミに聞きたいことがある』
もちろん、それを拒む理由はない。私は素直に頷く。
『以前に話したことがあるだろう? 人類は二つに分かれたんだって。愛を求め続ける人類と、愛を見失った人類に。そして、僕たちは、僕たちこそが正しい進化の先端にいるのだと思っていた。けれども、それはどうやら違ったらしい。いや、薄々は気付いていたけれどね。きっと、僕たちは間違っていたんだって。まあ、今はそんなことはどうだっていい。とにかく、それを証明する出来事があったんだ。それは、僕たちの存在を明確に否定した』
それは、私には少し小難しい話だった。いや、きっと彼は私に正確に伝わるようには話していない。あえて重要な部分は伏せて話しているように見えた。
「なにかあったのですか?」
詳しくはわからないけれども、彼らの存在が明確に否定されるような出来事が、軽いはずもない。きっと、なにか大きなことが起こったのだろう。
『僕たちは間違いで、キミたち愛を求め続ける人類こそが正しかったんだよ。だから、僕たちはこれから滅びゆく。べつに、悲しいことじゃない。そこに悲劇はないさ。そういう選択をした僕たちが、当然のようにその結末に至るだけのことだ。けれども、キミはあちら側の人間だ。だから、このまま僕たちの自滅に付き合う必要性はない』
ああ、やはりなにか重大なことが起きているのだろう。それはきっと、彼らの根幹を揺るがすような大きなことなのだ。だって彼らは、彼は。これから滅びゆくと言っている。
悲しいことじゃない? 悲劇はない?
バカな。そんなはずがない。彼らが滅びゆくことを、彼ら自身が納得して受け入れてしまっているのだとしても、私が悲しい。
そもそも、滅びゆくことを悲劇じゃない、と言えてしまうこと自体がひどく悲劇的だ。
どうしてそんなふうに諦めてしまっているのだろうか。諦めてしまえるのだろうか。せめて諦めたのなら、その口調に怒りや悲しみをこめてほしい。いつものような平坦な口調で淡々と話さないでほしい。
私はあちら側の人間だから、このまま彼らの自滅に付き合う必要性はない、だって?
そんなの関係ない。そもそも、愛を見失った人類だとか、愛を求め続ける人類だとか、そんなことはどうだっていい。私は私で、彼は彼で。私は彼という個人に感情を向けているのだから。そんなふうに、他人事のように言わないでほしい。
『キミは、ここから出たいと思うかい?』
それは、思いがけない一言だった。
――ここから出られる?
まあ、確かに今のこの部屋の管理者は彼だろうから、彼が私をこの部屋から出そうと思えば、できることなのかもしれない。けれども、なぜ今、このタイミングあのだろうか……なんて、考えるまでもなかった。
このまま僕たちの自滅に付き合う必要性はない、と彼は言った。
つまりは、彼らの滅亡に関係のないキミは逃げなさい、ということなのだ。それは、同情や憐れみのようなものなのだろう。私だって、自分の住んでいる家が火事になって、自分は逃げられない、という状況になったのならば、飼っているペットだけでも逃がしてあげよう、と思うかもしれない。
けれども、そうじゃない。
私はべつにそんなものを望んではいない。私はようやくここに私の居場所を見つけたのだ。これまでずっと、誰も私を見てこなかった。そんな中でようやく私を見てくれる人と出会えたのだから。彼の側にいられるのならば、彼がすぐそこでいつものように微笑みかけてくれるのならば。
私は彼とともに滅んでしまったって構わない。
だから、彼の問いかけに私は頷く。
できる限り誠実に、互いの思いが届きにくいこの場でも、きちんと彼に届くように。
けれども、この部屋から出て私は逃げるわけじゃない。彼に伝えたいのだ。私が求めるのは、貴方との対等な対話だ、と。貴方とともに話し、ともに笑い、そしてともに生きたいのだ、と。
彼は私の意図を理解しただろうか。わからないけれども、私に出来ることはただ信じるだけ。これまでの私たちのやりとりは、決して無駄ではなかったのだ。私たちのやり取りは互いに一方通行だったけれども、確かに通じ合うことができたのだ、と信じて彼の顔を見る。彼は、私の目を真っ直ぐに見ている。
そして、彼は小さく頷いてから振り返った。
彼が自発的に笑う、ということはなかったけれども、私が笑えば、彼も必ず笑みを返してくれた。
『今日は快晴だ。太陽が眩しい』
「そうですか、私はまだあまり太陽というものを見たことがありません」
『今晩は満月だけれども、雲で隠れて見えないかもしれないな』
「満月、というのは真ん丸のお月様、ですね。本で読みました。私も見てみたいです」
『今月、人類は三十五人が死んで、三十二人が試験管から生まれた。新しく生まれた中に、キミのような人類はやっぱりいなかったよ』
「ま、突然変異なんてそうそうあるものじゃないですよね」
そんなふうに私たちは会話を交わしながら、笑い合う日々が過ぎていった。そして、そんな日々を重ねれば重ねるほどに、私は確信を得ていった。
――私は、彼を好きなのだ。
と。
この気持ちを恋だとか愛だとか言うのかどうかはわからない。けれども、それでもこの想いの延長線上に繋がっているものなのだろう、とは思う。きっと、この想いは、恋や愛というものからはそう遠くはないもののはずだ。
私が笑い、彼が笑う。そんな毎日を続けていたある日、彼が真剣な眼差しで訊ねた。
『キミに聞きたいことがある』
もちろん、それを拒む理由はない。私は素直に頷く。
『以前に話したことがあるだろう? 人類は二つに分かれたんだって。愛を求め続ける人類と、愛を見失った人類に。そして、僕たちは、僕たちこそが正しい進化の先端にいるのだと思っていた。けれども、それはどうやら違ったらしい。いや、薄々は気付いていたけれどね。きっと、僕たちは間違っていたんだって。まあ、今はそんなことはどうだっていい。とにかく、それを証明する出来事があったんだ。それは、僕たちの存在を明確に否定した』
それは、私には少し小難しい話だった。いや、きっと彼は私に正確に伝わるようには話していない。あえて重要な部分は伏せて話しているように見えた。
「なにかあったのですか?」
詳しくはわからないけれども、彼らの存在が明確に否定されるような出来事が、軽いはずもない。きっと、なにか大きなことが起こったのだろう。
『僕たちは間違いで、キミたち愛を求め続ける人類こそが正しかったんだよ。だから、僕たちはこれから滅びゆく。べつに、悲しいことじゃない。そこに悲劇はないさ。そういう選択をした僕たちが、当然のようにその結末に至るだけのことだ。けれども、キミはあちら側の人間だ。だから、このまま僕たちの自滅に付き合う必要性はない』
ああ、やはりなにか重大なことが起きているのだろう。それはきっと、彼らの根幹を揺るがすような大きなことなのだ。だって彼らは、彼は。これから滅びゆくと言っている。
悲しいことじゃない? 悲劇はない?
バカな。そんなはずがない。彼らが滅びゆくことを、彼ら自身が納得して受け入れてしまっているのだとしても、私が悲しい。
そもそも、滅びゆくことを悲劇じゃない、と言えてしまうこと自体がひどく悲劇的だ。
どうしてそんなふうに諦めてしまっているのだろうか。諦めてしまえるのだろうか。せめて諦めたのなら、その口調に怒りや悲しみをこめてほしい。いつものような平坦な口調で淡々と話さないでほしい。
私はあちら側の人間だから、このまま彼らの自滅に付き合う必要性はない、だって?
そんなの関係ない。そもそも、愛を見失った人類だとか、愛を求め続ける人類だとか、そんなことはどうだっていい。私は私で、彼は彼で。私は彼という個人に感情を向けているのだから。そんなふうに、他人事のように言わないでほしい。
『キミは、ここから出たいと思うかい?』
それは、思いがけない一言だった。
――ここから出られる?
まあ、確かに今のこの部屋の管理者は彼だろうから、彼が私をこの部屋から出そうと思えば、できることなのかもしれない。けれども、なぜ今、このタイミングあのだろうか……なんて、考えるまでもなかった。
このまま僕たちの自滅に付き合う必要性はない、と彼は言った。
つまりは、彼らの滅亡に関係のないキミは逃げなさい、ということなのだ。それは、同情や憐れみのようなものなのだろう。私だって、自分の住んでいる家が火事になって、自分は逃げられない、という状況になったのならば、飼っているペットだけでも逃がしてあげよう、と思うかもしれない。
けれども、そうじゃない。
私はべつにそんなものを望んではいない。私はようやくここに私の居場所を見つけたのだ。これまでずっと、誰も私を見てこなかった。そんな中でようやく私を見てくれる人と出会えたのだから。彼の側にいられるのならば、彼がすぐそこでいつものように微笑みかけてくれるのならば。
私は彼とともに滅んでしまったって構わない。
だから、彼の問いかけに私は頷く。
できる限り誠実に、互いの思いが届きにくいこの場でも、きちんと彼に届くように。
けれども、この部屋から出て私は逃げるわけじゃない。彼に伝えたいのだ。私が求めるのは、貴方との対等な対話だ、と。貴方とともに話し、ともに笑い、そしてともに生きたいのだ、と。
彼は私の意図を理解しただろうか。わからないけれども、私に出来ることはただ信じるだけ。これまでの私たちのやりとりは、決して無駄ではなかったのだ。私たちのやり取りは互いに一方通行だったけれども、確かに通じ合うことができたのだ、と信じて彼の顔を見る。彼は、私の目を真っ直ぐに見ている。
そして、彼は小さく頷いてから振り返った。
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