それはまるで魔法のようで

綿柾澄香

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20、遊園地は蘇る

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「私は、柏木アリサよ」

 魔女はそう言って、もう一度ティーカップに口をつける。

「……は?」

 魔女のその言葉の意味をうまく飲み込めず、アリサは大きく目を見開く。

「だから、言ったでしょう。私は柏木アリサ」

「あの、えっと、それはつまり、貴方と私は同姓同名というわけ……」

「そんなわけないでしょ。柏木アリサという、同姓同名の人間が存在する可能性は……まあ、あるとしても、柏木アリサというがこの世に二人も存在するわけがないでしょう。貴方は私で、私は貴方よ」

 それでもまだわからない、という表情を浮かべるアリサに、魔女は呆れた表情を浮かべて、ため息をつく。

「はぁ。私ってこんなにバカだったかしら……まあいいわ。話を続けます」

 そう言って、魔女は細い指を絡ませて組み、テーブルの上に置く。

「とにかく、私は未来から来た貴方、ということなの。つまり、これから先、貴方が経験していく未来を知っている。その私が、最も幸せだと思うのがこの時代なの。

 いい? これから先、貴方には数多の苦難が待ち受けている。何度も戦い、何度も苦しみ、何度も失う。その果てに待っているのが八十六万年の孤独なのよ。何も報われない、誰も労ってくれない、ただただ苦しいだけの人生だった。そんなもの、貴方だって味わいたくないはずよ。

 これは、私が望む理想郷の実現の為の計画だけれども、同時に貴方を救うための計画でもある。この計画が実現さえすれば、この先、貴方は苦しい未来を経験せずに済むのよ。ほら、選択肢は他には無いでしょう」

 八十六万年の孤独。それを想像して、アリサは総身粟立つ。

 もしも彼女の言っていることが真実だったとして、この先その身に待つ未来は絶望しかないというのならば、永遠の楽園というのは、確かに魅力的に見えてくる。

「ね? 私の計画も、そう悪いものではないでしょう。だから、手伝ってほしい。貴方が手伝ってくれるのならば、この計画はより盤石で強固なものとなる」

「……」

 黙って目を伏せるアリサ。

 それを見て、彼女は魔女の提案に傾いているのではないか、とマクスウェルはアリサに声を掛けようとして、止める。

 この先、彼女に八十六万年の孤独が待っているとして、それを阻止し、永遠の平穏が手に入るというのならば、彼女がその考えに傾くのも仕方がない。そして、彼女がもしもそちらを選んだとして、マクスウェルに止める権限はないし、止める手段もない。

「柏木……?」

 と、拓光はアリサを見る。
 アリサは目を伏せたまま、動かない。

「アリサ!」

 今度は強く呼びかける。
 ぴくり、と小さく肩が跳ねる。

「私、は……」

 ゆっくりと顔を上げて、アリサは青の魔女の目を覗き込む。長いまつげが日の光で輝いている。ぞっとするほどに美しい、整った顔。彼女が、未来の自分だなんて信じられない。

 テーブルに置かれたティーカップを手に取って、アリサは初めて魔女が用意した紅茶に口をつける。

 ――ああ、美味しい。

 こんな状況でも、美味しいものは美味しいと思える、ということが少し可笑しくて、つい頬が綻んでしまう。そのままの勢いで、テーブルの上のチョコレートに手を出しそうになるけれども、ぐっと堪える。

 ――こんな小さな幸せでさえ、私は胸を満たすことができる。ならば、きっと……

「私は貴方の計画には協力しません」

 はっきりと、アリサは否定の言葉を告げる。

「貴方の語った言葉が正しいとして。

 これから先、私に訪れる未来がどんなに困難や苦痛や絶望を伴うものだとしても、それでも、それしかなかったわけではないでしょう?

 たとえ、どんな困難の中にも、苦痛の最中にも、絶望の渦中にも、小さな幸せはきっとあったはず」

 そう言って、アリサはテーブルの上に置かれたチョコレートをひとつ、手に取って、口の中に放り込む。

 甘くて、後味はほんの少しだけ苦くて、カカオの香りが鼻を抜ける。とてもシンプルなチョコレートだ。けれども、シンプルだからこそ、とても美味しいチョコレートだ。

「ほら。私はこのチョコレートひとつで幸せを感じることができる。だから、きっとどんなに苦しくても、前に進める。ほんの少しの希望を胸に、前進できる。

 貴方が私だというのなら、貴方にだってわかるはず。月の牢獄の中で、本当に絶望しか感じなかった?
 八十六万年間、ずっと苦痛しかなかった?

 私なら、絶対に折れない。毎日の中にほんの小さな幸せを見つけ出して、その幸せを糧に、前に進む。八十六万年の虚無の果てに、過去に逃げたりなんかしない。

 もしも、貴方が八十六万年の間にただのひとつも幸せを感じる瞬間がなかったというのならば、そんなのは私じゃない。貴方は私とはまったくの別人だ。私は絶対にそんな風にはならない」

 そこまで、まくしたてるように言ってから、アリサは椅子から立ち上がる。

「と、いうことで私は貴方の計画に反対で、それを阻止したい」

「そう、なら交渉は決裂ね」

「そういうこと。私は貴方を止める。そして、未来を取り戻す」

「ふん、その先に待っているものの恐ろしさも知らないくせに……なら、やってみればいい」

 そう言って、青の魔女も椅子から立ち上がる。

 それと同時に、その椅子も、テーブルも消失する。テーブルの上に置かれていたザ・ブックはぽとりと地面に落ちる。

「下がれ、柏木!」

 と、拓光は叫ぶ。
 もちろん、アリサもわかっている。

 青の魔女は明らかに何らかの魔法を行使しようとしている。

 ザ・ブックを拾い上げて抱え、飛び退くように下がったアリサの目の前の地面に、青色の魔法陣が刻み込まれる。その魔法陣は地面に溶け込むように消えていく。

 次の瞬間。

 ごうん、と低く重い音が園内中に響く。まるで、地の底から足を伝い、内臓を震わして、心臓を素手で掴み、脳までも溶かしてしまいそうな振動が起こる。

 その振動と共に、周囲の朽ち果てたアトラクションや施設も揺れ始める。地面の振動とは別に、まるでそれら自身が独立した意志を持つかのように、各々がバラバラに動き始めたのだ。

 生き物のようにうねり、脈打ち、轟音とともに、園内のライトがすべて灯り、遊園地は蘇る。

 いや、蘇るだけではなく、遊園地は肥大化している。成長している。

 ジェットコースターのレールは何度もループし、曲がりくねっている。全長は少なく見積もっても、五千メートルはある。観覧車のゴンドラは二、三百個ほどがぶら下がっており、メリーゴーランドも数百頭の馬が走っている。コーヒーカップは高速で回転して、ゴーカートのコースでは無人のカートがレースを始めている。入場門で来客を迎えていた巨大なふあふあちゃんの象もさらに巨大化しており、百メートルほどの高さになっている。

「こ……れは、すごいな」

 その異変に、変動にマクスウェルはただシンプルに感嘆の声を上げる。まるで、遊園地という巨大な生き物に飲み込まれたかのような感覚に、膝が笑う。

「ふふ。驚いたかしら? まだまだこれからよ。ここはもっと悪夢のような空間になっていくわ」

 そう言って、魔女はそっと撫でるように地面に触れる。
 それと同時に、隆起する地面。

 アリサたちがその光景を見るのは二回目だ。その盛り上がった地面がどうなるのかはもう知っている。地面は巨大な人の形になり、アリサの目の前に立った。

「ゴーレム……」

 そうアリサが言うのと同時に、ゴーレムは右手を大きく振りぬいた。

「……っ!」

 次の瞬間、鈍い音と共に拓光とマクスウェルの目の前にいたはずのアリサの姿は消えていた。そして、金属のひしゃげる鈍く重い音が聞こえる。

「柏木!」

 アリサはゴーレムに吹き飛ばされ、鉄柵に叩き付けられていた。その手に抱えられていたザ・ブックは放り出される。

 巨大な岩によって思い切り叩き付けられて、普通の人間ならば無事で済むはずがない。上半身のありとあらゆる骨は砕け、内臓も多くが潰されている。心臓さえも。

 けれども、それでも魔女であるアリサは死ぬことはない。

 体内の魔力がフル稼働でアリサの身体を即時修復する。一呼吸する間にその傷はすべて癒える。

「っはあ、く……!」

 肺から空気が漏れ出るような声を出しながら、アリサはゆっくりと立ち上がる。頭を押さえながら、ゆっくりと目を開いたその先の視界には、巨大な岩がある。

「!?」

 そして再び鈍い音と共に、アリサの身体が宙に舞う。
 ゴーレムがその拳を再びアリサに打ち付けていたのだ。

 今度はアリサが引き飛ばされた先に遮蔽物はなく、何度も地面に打ち付けてようやく静止する。

「貴方が私に協力しないというのならば、仕方がないわ。貴方が諦めるまで、何度でも痛めつけてあげる。私の計画を止めようだなんて微塵も思えなくなるまで、何度でも。幸い、時間はたっぷりとあるわ。不死であることの絶望をその身に刻みなさい」

 ゴーレムのたった二回の殴打でボロボロになったアリサ。その横たわるアリサを蔑むような目で見下しながら、青の魔女は吐き捨てる。そして振り返り、右手をふるう。

 それと同時に、遊園地の中央に巨大な城が地面から生えてくる。それはまるで、植物が地面から生えてくるさまを早送りで再生しているかのようだ。中世を舞台とした映画やアニメに出てくるような、いかにも魔女が住まう場所、といった風貌の石造りの城。

 地面から生えてきたその城の中に魔女は消えていく。

『私は特等席で貴方の心が折れるさまを、じっくりと眺めることにするわ』

 と、魔女の声が肥大化した遊園地内に響く。もはや、彼女にできないことはないのだろう。街そのものを切り取ろうとする魔女だ。この遊園地程度の広さならば、自らの身体を動かすように、意のままに操ることができるはずだ。アリサたちは、青の魔女の体内に飲み込まれたも同然だ。

 不規則な呼吸でなんとか酸素を取り込んでから、アリサは立ち上がる。顔を上げると、すでにゴーレムが目の前まで迫りながら右手を振りかぶっているのが見える。

「くっ……!」

 咄嗟に左腕を上げる。その左腕めがけて襲いかかってきたゴーレムの右腕は、なにもない空中で止まる。

 三度も同じような攻撃を食らうのはただの馬鹿だ。相手はただ愚直に猪突猛進を繰り返すだけの知能の低いゴーレム。ならば、奴との直線上に防壁を張ればいい。アリサは手を伸ばした先に、魔力の壁を張り、ゴーレムの攻撃を防いだ。

 相手の攻撃を凌いだのならば、次は反撃にでるのが鉄則だ。

 両足に魔力を込めて、強く弾くイメージでステップを踏む。こうすれば、普通に駆け抜けるよりもずっと速いスピードが出る。まずは機動力でゴーレムを翻弄する。ただし、アリサ自身もまだ魔力を自身の肉体の強化の為に使う、という練習はあまりしていなくて、うまく使いこなせない。最短距離でゴーレムの背後に回り込むことはできない。けれども、今のアリサのスピードにゴーレムは全く対応できていない。無駄な動きが多少混じっても問題なくゴーレムの背後を取ることに成功する。

 あとはその無防備な背後に全力で魔力をぶつけるだけ。アリサは魔力の細かい操作は苦手だけれども、シンプルに魔力を放出するのは得意だ。これでダメならば、その次はその時に考える。

「……っぁぁあああ!」

 とにかくありったけの、今アリサに放てる最大の威力の魔法をぶつける。その魔力は、まるで青の稲妻のように光輝き、ゴーレムに直撃する。

 轟音とともに巻き上がる砂煙。やがて、風がその砂煙を押しやり、ゆっくりとゴーレムの姿が露になる。

 巨大な岩石の身体。その身体には穴が穿たれている。けれども、それを確認できた直後に、ゴーレムは動き出した。その巨大な背中がアリサに迫ってきている。

「ダメかっ!」

 再びアリサはその両足に魔力を込め、ゴーレムから即座に距離をとる。五メートルほど離れたところで、ゴーレムが倒れ込んだ音が響いた。

 見ると、ゴーレムはゆっくりと立ち上がろうとしている。

 背後からの攻撃を受けたゴーレムは、後ろにアリサがいると理解し、そのアリサを押し潰そうと、自ら後ろ向きに倒れたのだ。

 ――知能は低いけれども、決してバカじゃない。

 アリサは内心で舌打ちする。

 先程、ゴーレムに対して放った攻撃は間違いなく、自身最大の攻撃だった。けれども、それは奴の表層をわずかに削っただけだった。普通の岩石程度の硬度ならば、アリサの魔法をもってすれば、容易く砕くことができるというのに。それでも砕けなかったということは、つまり青の魔女の魔法の力だろう。きっと、彼女の魔法がゴーレムを強化しているのだ。

「大丈夫か、アリサ⁉」

 と、拓光の声がして、アリサは振り返る。

「うん、なんとか……って、えええぇぇ⁉」

 その光景に、思わず叫んでしまう。

 アリサの視界の先には、走る拓光と、マクスウェル。そして、その二人を追いかけるようにして走ってくる大量の小さくて白いもふもふ。

「ちょっ、なによそれ!」

「よくわからん。なんか大量のふあふあちゃんが追い掛けてくるんだ!」

「変なの連れてこないでよ!」

「そんなこと言っても、追い掛けて来られるんだから仕方がないだろう?」

 そう叫びながら走る拓光は、アリサの手を掴んで引っ張る。

「とにかく逃げよう!」

 手を繋ぐアリサと拓光、そのすぐ後ろをマクスウェルがついて、ライトアップされた遊園地を駆け抜ける。真っ直ぐに走り、目に入った角を曲がって、さらにすぐの角を曲がる。そしてそこに見えたワゴンに飛び込んで、息をひそめる。

 大量のふあふあちゃんは、そのワゴンの前を通り過ぎて、去っていった。

「ねえ、アレはいったい何なの?」

 狭いワゴンの中で息を整えながら、ふあふあちゃんたちに気付かれないように、アリサはこっそりと拓光とマクスウェルに訊ねる。

「知らないよ。突然、園内中のふあふあちゃんの絵が飛び出して、具現化して、ああやって追い掛けてきたんだ」

「ああ、それぞれ単体は柔らかいし軽いし、そんなに害は無さそうやねんけど、ああも大量に集まられると厄介や。さすがにあの数で押しつぶされたら窒息してまう」

 薄暗いワゴンの中を見回すと、メニュー表や調理器具が見える。どうやら、ホットドッグやポップコーンの販売車のようだ。

「ああ……ザ・ブックを置いてきちゃった」

 あまりに急な襲撃に、ザ・ブックを拾い上げる余裕もなかった。本を開くと飛び出してくるオジサンはあくまでグラフィックだ。ザ・ブックは物理的に自ら動くことはできない。今も、地べたに転がったままになっているに違いない。

「まあ、あの状況じゃ仕方ないよ。また余裕があるときに回収しに行こう。青の魔女の目的はザ・ブックじゃない。放っておいても襲われることはないだろう」

「うん……そう、だね」

 ザ・ブックのことは心配だけれども、今はそれ以上に自らが置かれている状況のほうが難題だろう。

「で、これからどうするのよ?」

「どうするって?」

「この状況よ」

 いつまでもこんな場所に留まってはいられない。ふあふあちゃんの群れはその数を増しながら、園内中を探し始めている。見つかるのも時間の問題だろう。そもそも、この遊園地を支配している青の魔女が、アリサたちがこの車内に逃げ込んだのを知らないはずもない。彼女はアリサの心が折れるさまを特等席で楽しむ、と言っていた。ならば、ここにこうして隠れて、徐々に追い詰められながら、それでも足掻く様子を見て、笑おうとしているに決まっている。

 それに、このワゴン内は三人でずっと隠れ潜むには少し狭すぎる。

 隣に座る拓光と肩と肩がずっと触れ合っている。服越しにもその体温が伝わってきて、アリサはずっと顔を顰めている。

「とにかく、一番厄介なのはあのゴーレムやろ。なら、まずはアレを無効化するしかないんちゃう?」

 と、マクスウェルはそっと外を覗き見る。

「あのゴーレムをなんとかできるの?」

「僕単独では不可能や。でも、キミと協力すれば、なんとかなるかもしれん」

 そう言って、マクスウェルは背中のライフル銃を手に取り、弾丸を装填する。

「そのライフルで?」

「だから、このライフルと、キミの魔法で、や。ええか?」

 と、マクスウェルはアリサと拓光にこのライフル銃が持つ効果を伝える。
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