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幼少 ―初めての王都―
第74話 お菓子選び
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貴族が貴族をプライベートな空間に呼び出すとき、そこには確かな思惑が存在する。
思惑は政治的なものだったり、あれだったりこれだったりと色々あるが、大抵は碌なもんじゃない。
そしてその碌でもない提案を如何にして自分側に利があるよう仕向けるか考えを巡らす。
それが貴族同士の対談だ。
そう、非常に面倒。
貴族を相手取るぞと心の準備が出来ていても一苦労する代物なのだ。
にもかかわらず今の俺はというと完全なオフモード。
ハッツェン、マリエルと一緒にお菓子を食べて喋って楽しむぞモードだった。
どのように相手取るかを考えるのではなく退出する言い訳を考えることに脳のリソースをつぎ込むことこそが最善手である。
―――カチャ
「とてもいい香りでしょう?フィリグラン伯爵家が抱える農家で作られた茶葉を使用しているの」
「そうですね、いい香りです」
しかし、俺は早々に退出するどころか、沈み過ぎず沈まな過ぎずの絶妙なふかふか具合の椅子に座り、地面に着かない足をプラプラさせながらこうしてトルテ・フィリグランの従業員が入れた紅茶の匂いをかいでいた。
理由は簡単。
美人さんとお茶ができるから。
―――ではなく、これもまた勉強になると思ったから。
ヴァンティエール家を継ぐ者としていつかは経験しなければならない貴族とサシでの対談。貴族同士多数対多数の対面経験はあるけれど、一対一は何気に初めてだ。
普通こういった初めての経験というのは経験豊富な誰かのアシストが裏から入ったりするのだが、今の俺の後ろにいるのはハッツェンとマリエルだけ。
つまりは現場のアシストが存在しない。
そのうえ相手は若くして国内外に高い影響力を持つフィリグラン伯爵家の地位に着いた女傑ときた。
これだけであれば無理ゲーと言って差し支えのない難易度と言えよう。
しかし、相手の女傑が身内に近い人物であることが上手く絶妙な難易度バランスをとっているため即逃亡を考える必要がなくなった。
むしろ程よい緊張感の中臨める経験値稼ぎの場となった。
遅かれ早かれ通らねばならない道。
ならば早い方がいい。早くした分だけ思考、改善に使う時間を確保できるから。
前世をもって生まれた俺が持つ強み。
ヴァンティエールの血に頼らない俺自身の唯一の強みと言えよう。
まぁ、エルさんが俺を貴族としてここに招いたのかが定かでない現状、俺の考えはやや突飛なものであると思う。
ただただ親友の息子である俺と話がしたいがために呼んだという可能性が大いにあるからだ。
(でもなぁ……怪しいんだよなぁ……)
それでも疑ってしまうんだ。
まだちんちくりんにすぎない俺を鴨《かも》にしようとしているんじゃないかって。
流石にえげつない話はしてこないと思う。
それこそエルさんが暴利を得て俺が、ひいてはヴァンティエールが不利益を被るなんて話は天地がひっくり返ってもあり得ない。
いくらフィリグラン伯爵家の軍事力がすごかろうと、影響力が強かろうとヴァンティエールには敵わないからだ。
そもそもヴァンティエールを敵に回してまでの得たいというような利を俺から引き出すことはできない。持ってないもの、そんなもの。
でも貴重ではないがまぁ利になるかなぁくらいのものは少し持っている。
例えば、お菓子にまつわることとか…。
そのような些細な利でもできる限りもぎ取ろうとするのが貴族という生き物。
故に油断ならない。
現在俺がいる場所『トルテ・フィリグラン』はお菓子の店だしオーナーがエルさん本人だということからそこら辺関係の話をするために俺を呼び出したのだと睨んでいたりする。
「いきなり呼び出してしまってごめんなさいね。怒ってる?」
色々と考えを巡らしていた俺の額にしわが寄っていたらしい。
それを見たエルさんが俺を不機嫌にさせてしまったのではと声をかけてきた。
俺はいかんいかんと額に寄っていたしわを手でほぐし紅茶で舌を湿らせ、意地悪に返す。
「いえ、楽しい楽しいお菓子の時間を邪魔されましたけど、そこまで怒っていませんよ」
「怒っているじゃない、可愛い顔が台無しよ?」
「お菓子があればいつも通りの可愛いアルテュールに戻るかもしれませんね」
そしてサラッと菓子寄越せとお願いしてみた。
現伯爵家の当主に向かって何たる態度と思われ兼ねんがエルさんはこういった無駄に取り繕わない態度を好むのでこれでいい。プライベートの空間に限るけど。
それに俺の要求はあくまでも急遽呼ばれたことに対する対価に見合うものなので不遜に違いないがそこまで不遜ではない。
「―――メニューを持ってきて頂戴」
エルさんも当然そのことをわかっているので整った眉をピクリとさせた後、すぐにハッツェン、マリエル同様、部屋の隅で待機していた女性に声をかけ俺の前にメニュー表を持ってこさせた。
すっと音もなく目の前にメニュー表が差し出される。
そのメニュー表は明らかに一般客用のものではない。
(さっきのが庶民用だとすれば、これは貴族用・来客用と言ったところか)
「これはこれは。どうも気を遣ってくださって、いやぁすみませんね」
「はぁ……可愛げのない男はモテないわよ」
「男云々の前に俺はまだ子供ですので」
「可愛げのない子供は子供とは言わないわ」
「初耳です」
エルさんに散々なことを言われるが気にしない。右から左に聞き流す。
色気より食い気なのだ。
メニュー表の外見だけが変わって中身が変わらないなんてありえない話。
期待を胸に、まだ見ぬスイーツへ思いを馳せメニュー表を開く———
~クーヘン・ザルツ~ ズィルバー産 アメテュスト岩塩使用
~ケーゼ・ヴァイス~ ハイマーラント産 ウワッカムケーゼ使用
~ブロート・エントゾル~ シュピラール産 トリゴ使用
~ムース・ア・ラ・オープスト~ ゾ・エレ産 カカの実・ククの実使用
~カスターニエ・フリーレン~ グークヴェル産 カスターニエ使用
~クーヘン・パンペルムーゼ~ 水霊の森産 パンペルムーゼ使用
・
・
・
―――そして絶望した。
(値段が書かれてない…どうしよう…)
どれが美味しいのかなぁという考えからどれが安いかなぁという思考に早変わりする。
聞いたことのない菓子菓子菓子。聞いたことのない産地産地産地。
ここまではいい。むしろ大歓迎だ。
未知の料理・食材はそれだけで心躍る。
しかし、値段が書かれていないのは想定外だった。
いや、忘れていたという方が正しい。
格式高い店。特に料理店は値段表示がされていない店が多いと父上から習ったことがあるからだ。
今現在、俺の財布の中は絶賛東北、雪の中。
でもものによっては買えなくもない懐。何とも言えない絶妙な状態。
だから、値段が分からないというのは非常に困る。
値段をいちいち気にするなんて貴族らしくない。そんな下らないプライドによって生まれたメニューに値段を表記しないという悪しき風習に抗うための唯一の対抗手段である商品名と食材の産地からの値段推測は使えない。
だって知らないもの。商品名だけでなく産地名までも。
唯一分かるのは上から二つの地名、ズィルバーとハイマーラント。そしてそれぞれの食材、アメテュスト岩塩とウワッカムケーゼが最高級の岩塩とチーズであるということだけ。
つまり、お財布にやさしいスイーツを選ぶうえでは全く役に立たない情報だけを知っているということ。
選択肢から商品が二つ消えたことを喜ぶには、あまりにも選択肢《商品》自体が多過ぎる。
アメテュスト岩塩とはアルトアイゼン王国北部はエーデルシュタイン=ツィンク伯爵領最大の都市ズィルバーでしか採れない紫色の熱すると紫からピンクに変わるという摩訶不思議な岩塩のこと。
ウワッカムケーゼとは高級魔物肉でご存じウワッカム。その雌から出た乳で作ったチーズのこと。
魔物肉の中でも高級とされているウワッカムは種族の特性上、メスが少なくまたウワッカムの幼体はウワッカムの乳でしか育たないためチーズとかにしている余裕なんてない。それでもと作られたのがウワッカムケーゼだ。
故に数あるチーズの種類の中で最高級とされている。
予想していなかったところに関門が現れたと感じた俺はメニューを開いたままフリーズする。
しかし、知っているものに関する復習を行えるくらいには脳内は正常だった。
(何か頼まないと……)
―――値段判別が出来るほどの教養がない。
そう思われたくない一心でどの商品が財布にやさしいか必死に探す。
先ほどまであった、如何にして目の前の女傑と対等に渡り合おうかなどという貴族意識はどこかへ行った。
家庭教師の教えをまだ受けていない5歳児に誰が教養なんてものを期待しているのだろうか―――。
心の中でもう一人の自分が冷静に突っ込んでくるが無視する。
こちらには『たとえわずかな可能性であっても勉強ができないなんて死んでも思われたくない』という進学校出身の下らないプライドがあるのだ。
だが悲しいかな。わからないものは分からない。
刻一刻とタイムリミットは近づいてくる。
どれくらい俺はメニューと睨めっこしていたのだろうか。
「アル君?」
メニューを開いて以降、ずっと無言だった俺に違和感を覚えたエルさんが声をかけてくれた瞬間。
俺はえーいどうとでもなれ!とふと目に入った商品の名を待機していた従業員の女性に告げた。
「―――クーヘン・ショコラーデを一つくれ」
「畏まりました」
お辞儀を一つして女性は部屋から去ってゆく。
(頼む、安くあってくれ!)
心の中での必死の祈りとは反対に冷静沈着な態度でその時を待つ。
そしてその時はすぐに来た―――。
「アル君、あなた見る目あるわね。今あなたが頼んだ『クーヘン・ショコラーデ』は新商品なのよ。エテェネル王国の北、ワハシュ獣王国で最近になって発見された木の実からできるとろみのある甘味で―――」
エルさんが何やら楽しそうに話をしているが俺にはほとんど届いていない。
新商品=高価。
新食材=高価。
頭の中で二つのワードが高価と結びつく。
どうやら俺は賭けに負けたらしい。
(……足りなかったらヴァンティエール家につけとこ)
懐に訪れるであろうシベリアの冬。
その回避方法を思いつくことで何とか心を平穏を保ち、新商品『クーヘン・ショコラーデ』の到着を俺は待つことにした。
思惑は政治的なものだったり、あれだったりこれだったりと色々あるが、大抵は碌なもんじゃない。
そしてその碌でもない提案を如何にして自分側に利があるよう仕向けるか考えを巡らす。
それが貴族同士の対談だ。
そう、非常に面倒。
貴族を相手取るぞと心の準備が出来ていても一苦労する代物なのだ。
にもかかわらず今の俺はというと完全なオフモード。
ハッツェン、マリエルと一緒にお菓子を食べて喋って楽しむぞモードだった。
どのように相手取るかを考えるのではなく退出する言い訳を考えることに脳のリソースをつぎ込むことこそが最善手である。
―――カチャ
「とてもいい香りでしょう?フィリグラン伯爵家が抱える農家で作られた茶葉を使用しているの」
「そうですね、いい香りです」
しかし、俺は早々に退出するどころか、沈み過ぎず沈まな過ぎずの絶妙なふかふか具合の椅子に座り、地面に着かない足をプラプラさせながらこうしてトルテ・フィリグランの従業員が入れた紅茶の匂いをかいでいた。
理由は簡単。
美人さんとお茶ができるから。
―――ではなく、これもまた勉強になると思ったから。
ヴァンティエール家を継ぐ者としていつかは経験しなければならない貴族とサシでの対談。貴族同士多数対多数の対面経験はあるけれど、一対一は何気に初めてだ。
普通こういった初めての経験というのは経験豊富な誰かのアシストが裏から入ったりするのだが、今の俺の後ろにいるのはハッツェンとマリエルだけ。
つまりは現場のアシストが存在しない。
そのうえ相手は若くして国内外に高い影響力を持つフィリグラン伯爵家の地位に着いた女傑ときた。
これだけであれば無理ゲーと言って差し支えのない難易度と言えよう。
しかし、相手の女傑が身内に近い人物であることが上手く絶妙な難易度バランスをとっているため即逃亡を考える必要がなくなった。
むしろ程よい緊張感の中臨める経験値稼ぎの場となった。
遅かれ早かれ通らねばならない道。
ならば早い方がいい。早くした分だけ思考、改善に使う時間を確保できるから。
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ヴァンティエールの血に頼らない俺自身の唯一の強みと言えよう。
まぁ、エルさんが俺を貴族としてここに招いたのかが定かでない現状、俺の考えはやや突飛なものであると思う。
ただただ親友の息子である俺と話がしたいがために呼んだという可能性が大いにあるからだ。
(でもなぁ……怪しいんだよなぁ……)
それでも疑ってしまうんだ。
まだちんちくりんにすぎない俺を鴨《かも》にしようとしているんじゃないかって。
流石にえげつない話はしてこないと思う。
それこそエルさんが暴利を得て俺が、ひいてはヴァンティエールが不利益を被るなんて話は天地がひっくり返ってもあり得ない。
いくらフィリグラン伯爵家の軍事力がすごかろうと、影響力が強かろうとヴァンティエールには敵わないからだ。
そもそもヴァンティエールを敵に回してまでの得たいというような利を俺から引き出すことはできない。持ってないもの、そんなもの。
でも貴重ではないがまぁ利になるかなぁくらいのものは少し持っている。
例えば、お菓子にまつわることとか…。
そのような些細な利でもできる限りもぎ取ろうとするのが貴族という生き物。
故に油断ならない。
現在俺がいる場所『トルテ・フィリグラン』はお菓子の店だしオーナーがエルさん本人だということからそこら辺関係の話をするために俺を呼び出したのだと睨んでいたりする。
「いきなり呼び出してしまってごめんなさいね。怒ってる?」
色々と考えを巡らしていた俺の額にしわが寄っていたらしい。
それを見たエルさんが俺を不機嫌にさせてしまったのではと声をかけてきた。
俺はいかんいかんと額に寄っていたしわを手でほぐし紅茶で舌を湿らせ、意地悪に返す。
「いえ、楽しい楽しいお菓子の時間を邪魔されましたけど、そこまで怒っていませんよ」
「怒っているじゃない、可愛い顔が台無しよ?」
「お菓子があればいつも通りの可愛いアルテュールに戻るかもしれませんね」
そしてサラッと菓子寄越せとお願いしてみた。
現伯爵家の当主に向かって何たる態度と思われ兼ねんがエルさんはこういった無駄に取り繕わない態度を好むのでこれでいい。プライベートの空間に限るけど。
それに俺の要求はあくまでも急遽呼ばれたことに対する対価に見合うものなので不遜に違いないがそこまで不遜ではない。
「―――メニューを持ってきて頂戴」
エルさんも当然そのことをわかっているので整った眉をピクリとさせた後、すぐにハッツェン、マリエル同様、部屋の隅で待機していた女性に声をかけ俺の前にメニュー表を持ってこさせた。
すっと音もなく目の前にメニュー表が差し出される。
そのメニュー表は明らかに一般客用のものではない。
(さっきのが庶民用だとすれば、これは貴族用・来客用と言ったところか)
「これはこれは。どうも気を遣ってくださって、いやぁすみませんね」
「はぁ……可愛げのない男はモテないわよ」
「男云々の前に俺はまだ子供ですので」
「可愛げのない子供は子供とは言わないわ」
「初耳です」
エルさんに散々なことを言われるが気にしない。右から左に聞き流す。
色気より食い気なのだ。
メニュー表の外見だけが変わって中身が変わらないなんてありえない話。
期待を胸に、まだ見ぬスイーツへ思いを馳せメニュー表を開く———
~クーヘン・ザルツ~ ズィルバー産 アメテュスト岩塩使用
~ケーゼ・ヴァイス~ ハイマーラント産 ウワッカムケーゼ使用
~ブロート・エントゾル~ シュピラール産 トリゴ使用
~ムース・ア・ラ・オープスト~ ゾ・エレ産 カカの実・ククの実使用
~カスターニエ・フリーレン~ グークヴェル産 カスターニエ使用
~クーヘン・パンペルムーゼ~ 水霊の森産 パンペルムーゼ使用
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―――そして絶望した。
(値段が書かれてない…どうしよう…)
どれが美味しいのかなぁという考えからどれが安いかなぁという思考に早変わりする。
聞いたことのない菓子菓子菓子。聞いたことのない産地産地産地。
ここまではいい。むしろ大歓迎だ。
未知の料理・食材はそれだけで心躍る。
しかし、値段が書かれていないのは想定外だった。
いや、忘れていたという方が正しい。
格式高い店。特に料理店は値段表示がされていない店が多いと父上から習ったことがあるからだ。
今現在、俺の財布の中は絶賛東北、雪の中。
でもものによっては買えなくもない懐。何とも言えない絶妙な状態。
だから、値段が分からないというのは非常に困る。
値段をいちいち気にするなんて貴族らしくない。そんな下らないプライドによって生まれたメニューに値段を表記しないという悪しき風習に抗うための唯一の対抗手段である商品名と食材の産地からの値段推測は使えない。
だって知らないもの。商品名だけでなく産地名までも。
唯一分かるのは上から二つの地名、ズィルバーとハイマーラント。そしてそれぞれの食材、アメテュスト岩塩とウワッカムケーゼが最高級の岩塩とチーズであるということだけ。
つまり、お財布にやさしいスイーツを選ぶうえでは全く役に立たない情報だけを知っているということ。
選択肢から商品が二つ消えたことを喜ぶには、あまりにも選択肢《商品》自体が多過ぎる。
アメテュスト岩塩とはアルトアイゼン王国北部はエーデルシュタイン=ツィンク伯爵領最大の都市ズィルバーでしか採れない紫色の熱すると紫からピンクに変わるという摩訶不思議な岩塩のこと。
ウワッカムケーゼとは高級魔物肉でご存じウワッカム。その雌から出た乳で作ったチーズのこと。
魔物肉の中でも高級とされているウワッカムは種族の特性上、メスが少なくまたウワッカムの幼体はウワッカムの乳でしか育たないためチーズとかにしている余裕なんてない。それでもと作られたのがウワッカムケーゼだ。
故に数あるチーズの種類の中で最高級とされている。
予想していなかったところに関門が現れたと感じた俺はメニューを開いたままフリーズする。
しかし、知っているものに関する復習を行えるくらいには脳内は正常だった。
(何か頼まないと……)
―――値段判別が出来るほどの教養がない。
そう思われたくない一心でどの商品が財布にやさしいか必死に探す。
先ほどまであった、如何にして目の前の女傑と対等に渡り合おうかなどという貴族意識はどこかへ行った。
家庭教師の教えをまだ受けていない5歳児に誰が教養なんてものを期待しているのだろうか―――。
心の中でもう一人の自分が冷静に突っ込んでくるが無視する。
こちらには『たとえわずかな可能性であっても勉強ができないなんて死んでも思われたくない』という進学校出身の下らないプライドがあるのだ。
だが悲しいかな。わからないものは分からない。
刻一刻とタイムリミットは近づいてくる。
どれくらい俺はメニューと睨めっこしていたのだろうか。
「アル君?」
メニューを開いて以降、ずっと無言だった俺に違和感を覚えたエルさんが声をかけてくれた瞬間。
俺はえーいどうとでもなれ!とふと目に入った商品の名を待機していた従業員の女性に告げた。
「―――クーヘン・ショコラーデを一つくれ」
「畏まりました」
お辞儀を一つして女性は部屋から去ってゆく。
(頼む、安くあってくれ!)
心の中での必死の祈りとは反対に冷静沈着な態度でその時を待つ。
そしてその時はすぐに来た―――。
「アル君、あなた見る目あるわね。今あなたが頼んだ『クーヘン・ショコラーデ』は新商品なのよ。エテェネル王国の北、ワハシュ獣王国で最近になって発見された木の実からできるとろみのある甘味で―――」
エルさんが何やら楽しそうに話をしているが俺にはほとんど届いていない。
新商品=高価。
新食材=高価。
頭の中で二つのワードが高価と結びつく。
どうやら俺は賭けに負けたらしい。
(……足りなかったらヴァンティエール家につけとこ)
懐に訪れるであろうシベリアの冬。
その回避方法を思いつくことで何とか心を平穏を保ち、新商品『クーヘン・ショコラーデ』の到着を俺は待つことにした。
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