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アルゴスの献身 1

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 「君は、顔色が悪いな」
ザンニーニが、モルの顔を覗き込んで言った。

「テレサにも言われた」
「また、彼女の家に行ったのか」
「ああ」

 ウィーン近郊に住む妹一家を、モルは、ちょくちょく訪れていた。テレサの三人の娘たちも、モルによく懐いていた。

「それに、少し痩せた」
「食欲がまるで湧かないんだ」

深いため息を、ザンニーニがついた。

「やっぱり、療養が必要なんだな」
「スイスへ行くよう、上から命じられた」
「遠いな。いつ、帰ってくる」
「帰還命令が出たら」

憂鬱そうな色が、ザンニーニの顔を覆った。

「ケーヴェンフュラー伯爵夫人から出た話はどうするんだ?」
「ザンニーニ。なぜ、お前が知ってる」
「知ってるさ」

 どこから聞いたか、ザンニーニは、どうしても答えようとしなかった。仕方がないから、モルは白状した。
「あの話は、断った」

「またか」
うっすらと、ザンニーニが笑った。
「なぜ、断った?」

「今回のお相手は、二十歳のお嬢さんだぞ。彼女の夫になるには、俺は、年寄り過ぎる」
「前も、同じようなことを言ったな。だが、お前はまだ、たったの三十五歳だろ?」
「充分、年寄りだよ」

 まだ何か言いたげなザンニーニを残し、モルは、彼の部屋の外に出た。さきほど小金を握らせておいた子どもが、大急ぎで、預けた馬を引いて戻ってきた。

 モルは、馬に跨った。

 ……だが、どうにもやはり、体調が悪い。
 ……また、ホメオパシーでも受けてみようか。

 少量の毒を用いて、体の抵抗力を上げるという療法だ。
 実際、自分はそこまで悪くないと、モルは思っていた。
 プリンスのあの苦しみに比べたら、大概の病は、単なる不調に過ぎない。特にモルは、軍人だ。身体は人一倍、丈夫にできている。


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