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2章 発情への道
19 デートの約束
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ぱしゃん。
ぱしゃん。
川岸に座り込み、長い木の枝で、水面を叩いている男。
ぱしゃん。
ぱしゃん。
力なく枝を水面に落としては、やる気なさそうに、また持ち上げる。
2年前に配給された、ボロボロになったシャツを着たこの男は、言いうまでもなく、ロンウィ・ヴォルムス将軍だ。
じゃじゃうまケンタウロスのルイーゼは、同種の男と駆け落ちし。
優しい人魚のお姉さん、シャルロットは、故郷の海へ、恋人探し。
小鳥のアミルともぐらのラフィーは、将軍の玩具になるより、軍務を志し。
今や、彼は独りぼっち。
の、はずだが。
「寂しいよー、グルノイユ。賑やかだった俺のハーレムも、 とうとう、お前ひとりになっちまって」
俺一人?
それって、危なくね? 俺一人で、将軍の欲望を受け止めるの?
いやいやいや。
俺は、ハーレムの一員なんかじゃないから!
最初から、違うから!
「お前はちっとも話し相手になってくれないし」
仕方ないでしょ。
カエルの発声器官では、人の言葉は話せないんです。
「お願いだから、グルノイユ。早く発情してくれ。人間の姿になってくれよ」
話し相手なら、兵士達がいるでしょ! あなたは、そのみすぼらしい格好で、いつだって、兵士の輪の中に入っていくじゃないですか。
兵士の中は、彼の身なりのあまりのみすぼらしさに、自分たちの司令官だとわからない者がいる。
あまつさえ、将軍の悪口を言うやつさえいる。
いわく、
ロンウィはかたぶつだ。だって、規律が厳しすぎる。やつに、男の気持ちはわからねえ。
少しは略奪させろ。村の娘たちを、強姦させろ。
最後のはどうかと思うが、兵士たちと同じ焚火を囲みながら、そして、怪し気な濁り酒を回し飲みしながら、将軍は、いつも、笑って聞いている。自分の正体をさらすこともなければ、後から相手を咎めることもしない。
ついでだから言っておくが、彼は、軍の暴走を許すことは決してない。
つか、将軍がカタブツ?
ないないない。
それだけは、ない。
「俺は、寂しいんだよ。お前と、腹を割って話したいんだ」
いや、だからね。
部下の将校たちが、あなたと話したがってます。副官のレイなんて、いつもあなたを探してますよ。中央からの叱責やら、部下の不満やらが、彼の元に、どっさり届いているそうです……。
「グルノイユと同い年の女の子は、もう立派な人型だったぜ? お前の成長、遅くないか?」
ままま、まさか将軍、キャロラインに手を出した? 俺の幼馴染の!?
シャルロットは、彼はエッチしたがらないと言ってたけど、それは、相手が自分のものだからで。
そういうやつって、いるよね。
彼は前に、「そっちは間に合ってる」って言ってたし。
でも、いったい、誰と? まさか本当に、キャロライン?
「なあ、グルノイユ。俺がお前の発情、手伝ってやろうか?」
将軍が言い、俺がどうやって彼にぬめぬめ蹴りを食らわしてやろうか考えていた時。
「しょうぐぅーーーん!」
「ロンウィしょうぐーん!」
川の向こう岸で声がした。
村の女の子が二人、手を振っている。
俺の知らない子達だ。人か、人の姿をしている。
「あっ!」
手にした枝を放り出し、将軍は飛び上がった。
「メラニー! スカーレット!」
大声で呼びかけ、ぶんぶんと両手を振り回す。
女の子たちが、きゃっ、とかわいらしく笑った。
若干、あざとい。
「一緒に遊びましょうよ、将軍!」
「ゲームをする約束よ!」
「わかった!」
負けじと将軍が叫び返す。
「今夜、馬車で迎えに行くから!」
「きゃあ♡」
大喜びの女の子たち。
見ていて大変微笑ましく……なるわけない!
俺は、苦々しい思いで、対岸を眺めた。
ん?
苦々しい?
なんでかな……?
「必ず来てね!」
「待ってるわ!」
相変わらず手を振りながら、女の子たちは去っていく。
将軍はといえば、へらへらと手首を上下しながら、しまらない顔で、2人を見送っていた。
傍らに俺がいることなど、すっかり忘れている模様だ。
大変、腹立たしい。
だだ洩れてる。彼の心の声が。
「お迎えの馬車、どうしようかな。俺、持ってないんだよね。辻馬車じゃ、引っかかるモンもひっかからないし……。仕方ない。メヌエ将軍に借りるか」
「ロンウィ将軍」
背後から冷たい声がした。
俺と将軍が振り向くと、副官のレイが立っていた。
「にやけている場合ではありません」
「なんだ、レイか。ちょうどいいや。レイ、お前、ひとっ走り行って、メヌエ将軍から馬車を借りてきてくれないか? 彼には貸しがあるんだ。前に、ダンスのパートナーを譲ってやったことがある。すんごいかわいい子だったけど……」
「だから、デートは取りやめです」
「お前、なんてこと言うんだ? あわれな将軍の、たったひとつの楽しみを奪う気か?」
ロンウィ将軍が何と言おうと、レイは眉ひとつ、動かさなかった。
棒読みのように、彼は報告した。
「北軍のクレジュール将軍から、至急の伝令です。エスターシュタット軍が攻めてきました。クレジュール将軍の右翼は、戦わずして潰走、北軍壊滅の危機です」
「なんだって!」
ロンウィ将軍は叫んだ。
「北軍の右翼が潰走した? 話せ! 詳しく!」
ぱしゃん。
川岸に座り込み、長い木の枝で、水面を叩いている男。
ぱしゃん。
ぱしゃん。
力なく枝を水面に落としては、やる気なさそうに、また持ち上げる。
2年前に配給された、ボロボロになったシャツを着たこの男は、言いうまでもなく、ロンウィ・ヴォルムス将軍だ。
じゃじゃうまケンタウロスのルイーゼは、同種の男と駆け落ちし。
優しい人魚のお姉さん、シャルロットは、故郷の海へ、恋人探し。
小鳥のアミルともぐらのラフィーは、将軍の玩具になるより、軍務を志し。
今や、彼は独りぼっち。
の、はずだが。
「寂しいよー、グルノイユ。賑やかだった俺のハーレムも、 とうとう、お前ひとりになっちまって」
俺一人?
それって、危なくね? 俺一人で、将軍の欲望を受け止めるの?
いやいやいや。
俺は、ハーレムの一員なんかじゃないから!
最初から、違うから!
「お前はちっとも話し相手になってくれないし」
仕方ないでしょ。
カエルの発声器官では、人の言葉は話せないんです。
「お願いだから、グルノイユ。早く発情してくれ。人間の姿になってくれよ」
話し相手なら、兵士達がいるでしょ! あなたは、そのみすぼらしい格好で、いつだって、兵士の輪の中に入っていくじゃないですか。
兵士の中は、彼の身なりのあまりのみすぼらしさに、自分たちの司令官だとわからない者がいる。
あまつさえ、将軍の悪口を言うやつさえいる。
いわく、
ロンウィはかたぶつだ。だって、規律が厳しすぎる。やつに、男の気持ちはわからねえ。
少しは略奪させろ。村の娘たちを、強姦させろ。
最後のはどうかと思うが、兵士たちと同じ焚火を囲みながら、そして、怪し気な濁り酒を回し飲みしながら、将軍は、いつも、笑って聞いている。自分の正体をさらすこともなければ、後から相手を咎めることもしない。
ついでだから言っておくが、彼は、軍の暴走を許すことは決してない。
つか、将軍がカタブツ?
ないないない。
それだけは、ない。
「俺は、寂しいんだよ。お前と、腹を割って話したいんだ」
いや、だからね。
部下の将校たちが、あなたと話したがってます。副官のレイなんて、いつもあなたを探してますよ。中央からの叱責やら、部下の不満やらが、彼の元に、どっさり届いているそうです……。
「グルノイユと同い年の女の子は、もう立派な人型だったぜ? お前の成長、遅くないか?」
ままま、まさか将軍、キャロラインに手を出した? 俺の幼馴染の!?
シャルロットは、彼はエッチしたがらないと言ってたけど、それは、相手が自分のものだからで。
そういうやつって、いるよね。
彼は前に、「そっちは間に合ってる」って言ってたし。
でも、いったい、誰と? まさか本当に、キャロライン?
「なあ、グルノイユ。俺がお前の発情、手伝ってやろうか?」
将軍が言い、俺がどうやって彼にぬめぬめ蹴りを食らわしてやろうか考えていた時。
「しょうぐぅーーーん!」
「ロンウィしょうぐーん!」
川の向こう岸で声がした。
村の女の子が二人、手を振っている。
俺の知らない子達だ。人か、人の姿をしている。
「あっ!」
手にした枝を放り出し、将軍は飛び上がった。
「メラニー! スカーレット!」
大声で呼びかけ、ぶんぶんと両手を振り回す。
女の子たちが、きゃっ、とかわいらしく笑った。
若干、あざとい。
「一緒に遊びましょうよ、将軍!」
「ゲームをする約束よ!」
「わかった!」
負けじと将軍が叫び返す。
「今夜、馬車で迎えに行くから!」
「きゃあ♡」
大喜びの女の子たち。
見ていて大変微笑ましく……なるわけない!
俺は、苦々しい思いで、対岸を眺めた。
ん?
苦々しい?
なんでかな……?
「必ず来てね!」
「待ってるわ!」
相変わらず手を振りながら、女の子たちは去っていく。
将軍はといえば、へらへらと手首を上下しながら、しまらない顔で、2人を見送っていた。
傍らに俺がいることなど、すっかり忘れている模様だ。
大変、腹立たしい。
だだ洩れてる。彼の心の声が。
「お迎えの馬車、どうしようかな。俺、持ってないんだよね。辻馬車じゃ、引っかかるモンもひっかからないし……。仕方ない。メヌエ将軍に借りるか」
「ロンウィ将軍」
背後から冷たい声がした。
俺と将軍が振り向くと、副官のレイが立っていた。
「にやけている場合ではありません」
「なんだ、レイか。ちょうどいいや。レイ、お前、ひとっ走り行って、メヌエ将軍から馬車を借りてきてくれないか? 彼には貸しがあるんだ。前に、ダンスのパートナーを譲ってやったことがある。すんごいかわいい子だったけど……」
「だから、デートは取りやめです」
「お前、なんてこと言うんだ? あわれな将軍の、たったひとつの楽しみを奪う気か?」
ロンウィ将軍が何と言おうと、レイは眉ひとつ、動かさなかった。
棒読みのように、彼は報告した。
「北軍のクレジュール将軍から、至急の伝令です。エスターシュタット軍が攻めてきました。クレジュール将軍の右翼は、戦わずして潰走、北軍壊滅の危機です」
「なんだって!」
ロンウィ将軍は叫んだ。
「北軍の右翼が潰走した? 話せ! 詳しく!」
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