ライヒシュタット公とゾフィー大公妃――マクシミリアンは誰の子?

せりもも

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史実と虚構の狭間

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「ライヒシュタット公とゾフィー大公妃 マクシミリアンは誰の子?」は、2018年から2020年にかけてカクヨムさんで連載した、「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」を元にしています。「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」は、史実に即したお話です。それで、「マクシミリアンは誰の子?」も、私が読んだ、何冊かの評伝に従って創りました。


叔父フランツ・カールとの幼い日のエピソード、母マリー・ルイーゼとの関係性、ゾフィーが「聖餐」を受けるように勧める役を果たしたこと、彼が亡くなった時、叔父のフランツ・カールがひどく泣いたことなどは、史実に則っています。軍務のキャリアや、声変わりの年齢、彼がフランツ・カールを「下品」だと評したことなども、記録が残っています。
「フランツェン」「フランツル」の呼び名については、評伝から拝借しましたが、この他にも「フランキー」などがあり、実際のところ、誰がどう呼んだかは、正確ではないかもしれません。


創作部分は、心理描写や、その心理を導くための情景描写です。たとえば、当時、扇言葉や、犬が主役の演劇が流行ったのは史実ですが、そこで交わされる会話や心情描写は、私の創作です。
「あずまやにてライヒシュタット公爵のまわりに集う皇帝一家」の絵については、作者と制作年月日以外は、フィクションです。





ゾフィーとライヒシュタット公の間に、恋愛感情はあったか。ということについて、補足します。

ライヒシュタット公とゾフィー大公妃の恋は、恐らく、須賀しのぶ『帝冠の恋』や、それを元にした宝塚のお芝居の影響が強いのだと思います。(『帝冠の恋』は、連載を始めてから読んでみましたが、宝塚のお芝居には、まだ触れる機会がありません)
また、マクシミリアンがライヒシュタット公の子どもだという噂は、マクシミリアンが辿った悲劇的な運命から、今でもそう、囁かれているようです。


ここで少し、マクシミリアンがなぜライヒシュタット公の子だと言われるのか、彼の辿った運命に絡めてお話しします。


マクシミリアンは、兄のフランツ・ヨーゼフと仲が悪かったといいます。それは、父親が違うせいだと、まことしやかに言われてもいます。しかしフランツ・ヨーゼフ自身もライヒシュタット公のことが好きでしたし、これは当たらないと思います。兄弟が不仲だったとしても、それには別の理由があったのでしょう。

(本編ご参照下さい。『ナポレオン2世ライヒシュタット公』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129)
また、後に、ライヒシュタット公の遺骸をフランスへ、の声を、フランツ・ヨーゼフは断固として退け、ハプスブルク家の霊廟に安置し続けました)


20歳の時、海軍の将校だったマクシミリアンは、1つ年上のマリア・アメリアに恋をします。

彼女の母、アメリー・ド・ボアルネは、ナポレオンの養子、ウジェーヌ・ボアルネ(先妻ジョゼフィーヌの連れ子)の娘です。つまり、マクシミリアンが恋をしたお相手は、ライヒシュタット公の兄(血は繋がっていません)の孫娘に当たるわけです。

ちなみに、マリア・アメリアの父は、ブラジル皇帝かつメキシコ王だったドン・ペドロ。彼の最初の妻が、ライヒシュタット公の叔母であったレオポルディーネです。
(『黄金の檻の高貴な囚人』「もう一人の売られた花嫁」、ご参照ください
https://kakuyomu.jp/works/16816927619976738092/episodes/16816927859098656278)

婚約までしたのですが、マリア・アメリアは、21歳で亡くなってしまいます。結核でした。この悲恋、彼の母と、ライヒシュタット公の間柄を彷彿とさせますね。


5年後、25歳の時、マクシミリアンは結婚します。お相手は、ベルギーの王女シャルロッテです。彼女は、1830年7月革命で王位についたルイ=フィリップの孫に当たります。

結婚の直前、マクシミリアンは、ロンバルド=ヴェネト王国の副王に任命されます。しかし、実際の実権は、オーストリア皇帝、兄のフランツ・ヨーゼフにありました。兄弟の不仲からか、彼はわずか2年で解任され、トリエステへ退けられてしまいます。

失意のマクシミリアンに甘い声を掛けてきたのが、ナポレオン3世(1世の甥。ライヒシュタット公には従兄に当たります)だったのです。
ナポレオン3世は、マクシミリアンに、メキシコ皇帝即位を打診しました。兄のフランツ・ヨーゼフも母ゾフィーも反対したのですが、特に兄の反対は逆効果でした。

悪いことに、マクシミリアンの妻、シャルロッテもまた、フランツ・ヨーゼフの妻、エリザベト皇后に対し、激しい対抗心を燃やしていました。彼女は夫のメキシコ皇帝即位を、積極的に後押しします。

こうしてマクシミリアンはオーストリア皇位継承権を放棄し、メキシコ皇帝となったのです。

しかしわずか3年で、メキシコ自由主義者による蜂起が起こります。それ以前に、ナポレオン3世はアメリカ合衆国の圧力で、メキシコからは手を引いてしまっています。

マクシミリアンは退位を考えますが、妻のシャルロッテは反対します。彼女はヨーロッパに戻り、ナポレオン3世やローマ教皇に協力を要請しますが、いずれも話を聞いてもらえません。結果、彼女はパラノイアの症状を示し始め、兄によって、幽閉されてしまいます。


一方、自由主義派に捕らえられたマクシミリアンは、銃殺刑に処されてしまいます。銃殺の直前、マクシミリアンはシャルロッテ逝去の知らせを受け取りますが、これは誤報でした。精神に異常をきたしたまま、彼女は86歳まで生きました。


・ライヒシュタット公の義理の兄の孫との、叶わなかった初恋。

・ルイ=フィリップ(7月革命時、ライヒシュタット公がフランスにいたら、王位は彼のものだったと言われています)の孫娘との、悲惨な結果に終わった結婚。

そして、
・ナポレオンの甥の口車に乗せられる形でメキシコへ渡り、その裏切りで銃殺されてしまった最期。

こうした因縁から、マクシミリアンは、ライヒシュタット公の子だと、当時から今に至るまで、まことしやかに囁かれているのです。


ゾフィー大公妃も、夫フランツ・カールも、表立っては、マクシミリアンはライヒシュタット公の子ではない、と言っていません。皇族だから当たり前かもしれませんが、その理由について、この小説には、私なりの考えを述べてみました。


もうひとつ、私が最初に、ゾフィー大公妃とライヒシュタット公の恋愛を疑った理由、特に、マクシミリアンは、夫F・カールの息子であると信じた理由を述べておきます。

以下は、マクシミリアンがメキシコへ渡る際、母のゾフィー大公妃が彼に送った手紙です。

「御機嫌よう、…………祝福と祈りと涙がお前のお供をします。神の御加護があらんことを! お前にもう会うことができない。ここ故郷の大地で最後に一言。達者でお暮らし! は深い悲しみの心で繰り返し繰り返し祝福を贈ります」
(『イカロスの失墜―悲劇のメキシコ皇帝マクシミリアン一世伝』菊池良生:傍点せりもも)

この手紙には、ゾフィーの嘆きと同じく、覇気がないと言われ続け、ゾフィーの尻に敷かれっぱなしだった父親のフランツ・カール大公の悲しみが込められているような気がしてなりません。
姉レオポルディーネがブラジルへ嫁ぎ、二度と再び、自分達家族に会えなかった過去、そして、父フランツ帝の悲痛を、F・カール大公は思い出していたのではないでしょうか。







在りし日のライヒシュタット公は、友人のプロケシュに、ゾフィー大公妃のことを以下のように描写してみせました。

「穏やかな日々の楽しい仲間。中庭の砂漠にあるオアシス。彼女は、心を潤すことなく、彼(ライヒシュタット公)の目を惹いた」
 (Anton Prokesch von Osten "Mes relations avec le duc de Reichstadt")

彼は、大好きな美しいゾフィーにさえ、本心を見せることがなかった、ということでしょう。
後にプロケシュは、ライヒシュタット公は、女性に触れることなく、墓に行ったのだ、という意味のことを言っています。反面、ライヒシュタット公は、皇族から庶民まで、女性たちに大変な人気がありました。恋人候補(?)として、何人か、実名も伝わっています。



ライヒシュタット公が亡くなった後、ゾフィー大公妃は、彼に最後まで付き添っていた軍の付き人・モルに、「彼はいつも礼儀正しかった」と述べたそうです("Die Letzten Tage desu Herzog von Reichstadt":J.K.Mollの日誌)。

このゾフィーの言葉が、ライヒシュタット公の恋の全てを表しているような気がしてなりません。踏み込んで欲しいのに、踏み込んで来ない。礼儀正しさは、内気の裏返しです。自信の無さと言ってもいい。この小さなお話では、そこに着目しました。

ライヒシュタット公が、たとえ6つ年上の美しい叔母に恋心を抱いていたとしても、彼は決してそれを口にしなかったでしょう。それは、彼の礼儀正しさと、そして、優しさによるものです。優しい人に、略奪愛はできません。


なお、叔父のフランツ・カールが訪ねてきた時、眠っていた彼を起こさなかったといって従者が叱られたというエピソードも、モルの日誌によるものです。彼が、非常に礼儀正しい青年であったことは、間違いありません。

しかしながら、本編では、もう少し仕掛けを施しておきました。
マクシミリアンだけではなく、もし、フランツ・ヨーゼフ(彼は後の皇帝です)までもが、ライヒシュタット公の子だと、世間で認識されていたら? 

これは、真実である必要はありません。、ハプスブルク宮廷で、彼は、強大な権力を握ることができたでしょう。そして彼は、フランスへ渡り……。

……「あの子の死は、あの子自身と、わが王朝……両方にとって、本当に不幸だったのか。それを、考えずにはいられない。(略)私が生きている間は、大丈夫だろう。不幸が襲うのは、私の子どもたちだ」

フランツ帝がモルに語った言葉です。もし、ライヒシュタット公が早くに亡くならなかったら、オーストリアの運命は、また、違ったものになったことでしょう。皇帝の長男、フェルディナンドは、即位できなかったかもしれません。それが、祖父の皇帝が恐れていたことだと、私は思います。

その辺りを、ライヒシュタット公の最期の日々に割り込ませて描きました。







ヴァーサ公に関しましては、彼の出自、経歴以外は、全てフィクションです。フランツとゾフィーが、同じ人物に恋をしたら、さぞや楽しいコイバナが、二人の間で展開されるだろうな。そんな腐的不純な動機から、ゾフィーのお相手として、ライヒシュタット公の演習の上官、グスタフ・ヴァーサを起用しました。肖像画を見たら、イケメンでしたし。ちょっと、「友人」のプロケシュに感じが似ていて、恐らくこのタイプが、ライヒシュタット公の好みどストライク……失礼致しました。



ゾフィーの後日譚は、短編集「黄金の檻の高貴な囚人」中の、「1848 ウィーン革命」に、宰相メッテルニヒとの絡みで出てきます。彼女は、ハプスブルク家の女傑への道を歩み出しています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/268109487/121264273





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