転移した体が前世の敵を恋してる(旧題;砂漠の砂は海へ流れ)

せりもも

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Ⅲ 東と西の狭間の国

砂漠に咲く血の花

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 サリが、上官のそばに屈みこみ、宥めるようにその背を撫でている。だが、シャルワーヌは、一向に立ち上がろうとしない。

 助けを求める目線を、副官が俺に向けてくる。引き寄せられるように歩み寄る。目の端に、サリが気を利かせて退いて行くのが見えた。

「シャルワーヌ」
側にしゃがみ込み、囁いた。

「……」
 シャルワーヌは答えない。見ると、両手で目を覆ってしまっている。

「俺を助けてくれたんだよね。ありがとう、シャルワーヌ」

 囁きながら、目の上の手を外そうとした。そんなに強く抑えたら、眼球を痛めてしまう。何より、俺を見て欲しかった。
 だが、抑えられた手は、びくとも動かない。
 静かに反応を待った。

 長い時間が流れた。

「時折、自分でもびっくりするほど残虐になる」
 低い声が聞こえた。
「戦場で俺は、多くの人を殺してきた」

「君が無駄に敵を殺さないことは、よく知っている」

 戦闘で、シャルワーヌの脚を撃った敵を、味方の兵士らが血祭りに上げようとしたことがあった。しかしシャルワーヌは、それを許さなかった。大量に出血し気を失う寸前、彼が下した最後の命令は、自分を狙撃した敵兵の助命指示だった。
 ……「殺すな、捕虜として連れ帰れ」

 上ザイードにいた頃、シャルワーヌ師団のベリル将軍から聞かされた話だ。

 シャルワーヌが顔を上げた。憑かれたような目をしている。

「違う! 違うんだ! 君に銃が向けられているのを見て、俺は理性を失った。君が殺される……そう思った瞬間、自分ではない何かになった。そしてタルキア人を……俺と同じ人間を、殺しまくった」

「そうだ。君が撃ってくれなかったら、俺は殺されていた」

 銃撃は正しかったのだと言おうとした。でも、できなかった。
 アガの部下6人と、俺。シャルワーヌが彼らを銃殺しなければ、今頃俺は死んでいた。俺が生きていられるのは、彼らが死んだからだ。

 だがそこに、命の軽重はあるのだろうか。
 俺の命は、彼ら6人の命より重いとでも? そう信じるのは、とんでもなく傲慢だ。

 シャルワーヌが激しく首を横に振った。

「もともと俺には、そういうところがあるのだ。何かの弾みで理性が簡単に吹っ飛んでしまう。そうしたら、どんなに残虐なことだってできる。無残な殺戮を平気でやってのける。気の毒な敵兵にも家族や、愛してくれる人がいただろう。そんな彼らを、いとも簡単に、まるで虫けらのように殺してしまえるんだ。しかも、一瞬でだ! 俺は、なんて恐ろしい男だろう」

 戦場を離れた兵士達が、戦地での行為を思い出し、精神的に追い詰められることがあるという。
 今のシャルワーヌは、まさにその状態だった。

 俺だって、前世では随分と人を殺した。同じユートパクス人を殺すことも多かった。砲兵出身だから、一度に殺した数は、シャルワーヌを遥かに凌ぐだろう。けれど、そのことを後から悔いたことは一度もない。
 全ては王の為にやったことだ。そう思って、自分の感情に蓋をしてきた。
 残虐で冷たい人間は、俺の方なのかもしれない。

「君は恐ろしい男なんかじゃない」

「今、見ただろ?」
シャルワーヌは顔を隠したまま、砂漠に散らばる死体を手で示す。
「俺は理性を簡単に飛ばす男だ」

「それは俺の為にやったことだ」
「殺すことはなかった。皆殺しにする必要なんかなかったんだ!」

 彼の体は、おこりに罹ったように細かく震えていた。その体を、俺は抱きしめた。
 強く命じた

「俺の為に傷つくな! 俺は、自分の大切な人が自分の為に傷つくのを見たくない!」

 硬直した背中がのけ反った。浅黒く日に焼けた顔に、驚愕が浮かぶ。
「た、大切な、……ひと?」
 ひび割れた唇から、掠れた声が漏れた。

「そうだ。君は俺の大切な人だ。だからお願いだから、俺の為に傷つくのは止めてくれ」

 ゆっくりと、両手が顔から外された。現れた濃い色の瞳が俺の上に止まる。

「俺は、君の大切な人なのか?」
「何度も言わせるな、馬鹿。俺は前世からずっと、君を愛し続けてきた」

 その瞬間、ありとあらゆる感情が、彼の全身に戻った。夏の朝の百花繚乱を思わせるその賑やかさは、彼の生命力そのもののようだ。

 座り込んだまま、太陽を思わせる笑顔を浮かべ、彼は俺の背中に手を回した。初めはおずおずと、途中から、とんでもない馬鹿力で締め付けてくる。
 まるで熊のような、がむしゃらな抱擁だった。

「苦しい。おいシャルワーヌ、俺を殺す気か……」
 胸が彼の胸に押し付けられ、圧迫されて苦しい。密着され、身動きひとつできない。

「もう少し。もう少しだけ、こうしてて……」
 切ない声でそう言われ、抵抗を諦めた。

 シャルワーヌが鼻先を俺の髪に埋める。頭頂部の髪の束が彼の口に含まれたのを感じた。
 胸に抱かれ、彼の匂いが濃厚に迫って来る。それは、何とも言えない安らぎを与えてくれた。

 彼の背中に回した腕に力を込めた。
 もっともっと、くっつけるように。彼と一つになって、決して離れないように。

 ずっと、こうしたかった。彼を忘れようとあがいている間も、多分。
 あの日、東の国境近くの洞窟で、彼と別れてからずっと……。
 だって、体は知っていた。俺がシャルワーヌを愛していると。
 ジウと二人分の抱擁だと思った。

 「シャルワーヌ将軍!」
 差し迫ったサリの声が聞こえた。

 この場にそぐわない叫びに、咄嗟に反応できない。彼の腕に抱かれ、暖かく安全なその中で、じっとしているばかりだ

 シャルワーヌが息を呑んだ。その体が急に大きくなったように感じる。より深く懐に封じ込められた気がした。彼は身を捻り、二人の位置を入れ替えた。

 遠くで乾いた音が聞こえた。
 俺を閉じ込めていた重い体が、ずるずると崩れ落ちていく。

「シャルワーヌ?」
「大丈夫だ。愛してる、エドガルド」

 近くでぱんぱんと続けざまに銃声がした。サリの撃った弾丸が、シャルワーヌの背後にいたオマリーに命中した。

 違う。
 じりじりとオマリーが迫っていたのは、俺の背後だった。腹に被弾した彼は死んではおらず、うつ伏せのまま、俺に照準を定めていた。
 それに気がついたシャルワーヌは、俺と位置を入れかえ、俺を庇い……。

「シャルワーヌ!」

 ああ、どうしよう。
 彼の背中と、そして肩から、噴水のように血が噴き出している。
 ……。







 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
※明日からは、ユートパクスへ帰国してクーデターを起こしたオーディン・マークス視点となります。狙撃されたシャルワーヌがどうなったかは、オーディン編の終了後、再来週のアップロードになります。


 いつもお読み下さって、本当にありがとうございます。連載開始から2年目に入ったこのお話、ようやくストーリーを畳み始めます。どうか最後までお付き合い頂けますように……。






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