竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも

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8 バートラフの生い立ち

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 マティルドは、悲し気に首を横に振った。
「バートラフ殿下のご出産は大変な難産で、ジュリア様は亡くなられてしまったのです」
「まあ……」

 胸が塞がれる思いだった。バートラフは、生まれると同時に母を失ったのだ。

「やはり、竜と人間ではうまくいかないのかもしれませんね。赤子のバートラフ様がご無事であられたことだけが救いでした」
「本当に」

 よほどの難産だったのだろう。バートラフは、もしかしたら、無事に生まれて来れなかったかもしれない。そう思うと、彼の存在が、いっそう尊く、愛おしく思えた。

「出産の直後から、陛下は、恋人の命と引き換えに生まれてきたバートラフ殿下を疎むようになりました」
「え……?」

 衝撃が走った。ワッツァの考え方は、あまりに理不尽だ。

「ジュリア、さん? その方が亡くなったのは、バートラフのせいじゃないわ。お産のせいよ!」
 悲し気にマティルドは頷いた。
「陛下はそうは考えませんでした。赤子をソスクレアの離宮に遠ざけ、ご自身は、人間に対して過酷に振る舞われるようになりました。実のところ、貴女が無事に到着なさって、わたしはほっとしているのです」
「……」

 ぞっとした。
 タスイマ島で、わたしはワッツァに、殺されていたかもしれないのだ。

「けど、バートラフは、彼のたった一人の後継ぎなんでしょう?」
 やっとのことで、わたしは言った。
 ワッツァには、他に子どもはいないはずだ。
 執事はうっすらと笑った。
「妃殿下。竜は長生きなのです。後継ぎなど必要ありません」
「いくら長寿でも、永遠には生きられない筈よ」
「竜が死ねば、この国のどこかで、新しい竜が誕生します。そうやって、竜の数は保たれているのです」

 だから、皇子を産むお妃も要らないってわけね。
 いろいろわかった気がした。
 かといって、今の状況がどうなるわけでもないけれど。
 そもそもワッツァには、妻など必要ないのだ。どうしたってわたしには、バートラフの養育係以外の意味はない。
 遠い目をして執事は続ける。

「バートラフ殿下は、いわば、生まれるべきではなかった非公式な存在。それゆえでしょうか。彼は、日常的に竜に接することがおできにならないのです」
「どういうこと?」
「彼の半分は人間です。竜の瘴気に影響されてしまう。成長なされば、そのようなこともなくなるでしょう。ですが、幼くていらっしゃる間は、おそばに侍り、日常的にお世話申し上げるには、竜の気は強すぎるのです」
「あなただって竜人でしょ?」

 執事は上級職だ。人間に任されるわけがない。
 マティルドはため息を吐いた。

「私は年を取りました。天に召される日も近い。年老いた竜の気は弱いのです」
「そんなこと言わないで! いつまでも元気でいてよ!」
「妃殿下は、本当にお優しい。大丈夫です、あと数百年は」
「数百年……」

 思わず憮然とした。わたしよりずっと長生きじゃん!

「私ほどの年寄りでなくても、竜の形にならなければ、それほどの瘴気は発生しません。けれど、若い竜にとって、ずっと人型を保つのは退屈なものなのです」

 つまり、竜に変化さえしなければ、瘴気は発生しないということだ。
 そういえばわたしは、女官が変化した竜の背に乗って、この宮殿に来たんだっけ。
 ここには、馬車でだって来られる。それなのに彼女は、わざわざ竜の姿になった。
 カミラというあの女官の悪意を感じた。

「実は、妃殿下。本日、バートラフ殿下が妃殿下にご無礼申し上げたのには、理由がございまして。養育係だった竜人が里下がりをしてしまったのです」
「里下がり?」
「死は汚れです。宮殿で死ぬわけには参りません」
 死が近づいた竜は、自ら山奥に籠り、他者との付き合いを断つのだという。
「そうだったの」

 気の毒に、バートラフ。
 乳母のアーヤと離れ離れになってしまったわたしには、彼の気持ちが痛いほどよくわかる。

「エミーガルは、殿下がお生まれになった時からずっとお側に侍り、お世話申し上げてきました。殿下は彼女を、それはそれは慕っておりました」
 なるほど。
 エミーガルという竜人が里下がりをしたから、早急にバートラフの面倒を見る人が必要になったわけね。

 年老いた竜で子どもの世話ができる者が見つからなかったのだと、マティルドは言った。それならというわけで、人間の子守りを探してくれるようワッツァに頼んだところ、今回の婚姻となった。
 マティルドの言う通り、竜は、跡継ぎを生み育てる必要はない。バートラフが生まれてきたのは、彼の母親が人間だったからだ。竜人にとって結婚は、何の意味も持たない。
 確かにワッツァは、わたしを息子の養育係にすると言った。わたしは、宮廷を退いたエミーガルの代わりに雇われたに過ぎない。
 それがわたしの結婚だ。

 悔しくはない。
 逆だ。

「マティルド」
 わたしは執事の手をがしっとつかんだ。たじたじと執事が後じさる。
「わたし、精一杯、バートラフ殿下をお世話するわ。この身に代えても、彼を立派に守り育ててみせる!」

 バートラフが最オシだったからなのは、言うまでもない。彼には幸せな人生を歩んでほしい。
 だがそこには確かに打算もあった。バートラフに殺される運命から免れたいという。その為には、幼い彼を、愛と安心に包んで育て上げなければならない。

 「ところで、バートラフのお母さんの出身地……アガテ辺境伯領ってどの辺りかしら?」
 輿入れの前、大急ぎでお妃教育が施された。ロシュフォイユ帝国の地理についてはだいたい把握しているはずだけど、アガテという名に心当たりはない。
「今は、アガテ辺境伯領はございません」
「まさか、お取り潰しになったの?」
「いいえ。ジュリア様がお亡くなりになったのは、もう、180年も前ですから」
「180年!」

 いったい、バートラフって幾つなのよ?

「竜の年の取り方は、人間とはだいぶ違います」
 すました顔で、マティルドは言った。

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