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14 「気」を養うには
バートラフは、わたしをまいて、いつも一人でどこかへ行ってしまう。
帰ってくると、お風呂に入れようとするわたしの手をすり抜け、部屋に籠ってしまう。
なんだかひどく疲れているようで、気がかりだ。
そんなわたしを見て、執事のマティルドが教えてくれた。
実は彼は、次の魔力検定に向けて、修行を重ねていたのだ。
竜の魔力は、「気」を巡らすことによって生じる。だから、大きな力を発動するには、体内に取り込んだ「気」を、より強靭に育て上げねばならない。
山に登ったり、滝に打たれたり。
あるいは、長い時間座禅を組んで瞑想することもあった。
以前は、マティルドが指導していたという。けれど今は教えていない。
「ワッツァ陛下に禁じられたからでございます」
言いにくそうにマティルドが言う。
「なぜ? だって竜になれないまま、天が定めた時が来れば、バートラフは死んでしまうのでしょう」
驚いてわたしは問い返した。
「既に殿下には、教えられる全てをお授けしております。それを活かせないのは、なんと申しますか、そのう……」
マティルドは口を濁した。
「そのように、陛下がおっしゃったのです」
ワッツァは言ったのだ。それは、バートラフが無能なせいだ、と。
「なんてこと……」
つまりワッツァは、全てをバートラフの自己責任にしてしまった。
でも、それはバートラフのせいではない。彼は精一杯、頑張っているのだから。
ワッツァは、ひどい親だ。子どもを見殺しにするなんて、人倫に悖る。
あ、人でないか。
竜なんだ。
でも、バートラフの半分は、ジュリアさんから受け継いだ素質だ。
わたしと同じ、人間だ。
ぷんぷんと怒っているわたしを宥めるようにマティルドが言う。
「皇帝陛下を責めるのはおやめくださいませ。あまりに無能な竜は、天に代わって、皇帝や臣下の竜達が殺してしまうことさえあるのです。ですから、前回の魔力検定からバートラフ殿下が無事に帰られたのは、まさしく陛下の愛の証」
そんなことを言われても、素直に、ワッツァからバートラフへの「父の愛」を、信じることなんかできない。
なんとか、彼を一人前の竜にしてあげたい。生きて、幸せを掴む為に。
でも、わたしには、魔力だの気だのを使うことができない。彼に魔法を教えてあげることもできない。
いったいどうすればいいのだろう。自分の無力さが身に染みる。
「そうだ。誰かいい先生をお呼びして、魔力や気の手ほどきをしてもらったらどうかしら」
嫌味なやつだけど、ワッツァの義弟のオーギュストとか?
ところが、マティルドは首を横に振った。
「家庭教師を呼ぶことは、バートラフ殿下が嫌がられるのでございます」
「どうして?」
「この宮殿で働く者の大半は人間ですから」
「あ……」
年寄りではなく、力のある竜が来れば、魔毒もそれだけ増すことになる。それは、この宮殿で働く人間たちにとって、致命的な脅威となり得る。
わたしも含めて。
バートラフは、わたしたちを守るために、自ら、魔力を上達させる道を鎖しているのだ。まだ、あんなに小さいのに、人のことを気遣って。
「本当に殿下は、お優しい方です。龍にあるまじき優しさです。以前、宮殿のお庭で、野ネズミがヘビに丸のみにされる現場に居合わせたことがあるのですが、殿下は、目に涙を溜めておられました。あんなにお優しい竜人を、わたしは他に知りません」
聞いていて、わたしも胸がいっぱいになった。
マティルドが続ける。
「それに、気とは、修行や練習だけから得られるものではありません。魔術に関する技術の全ては、私からご伝授申し上げました。それでも魔力が顕現せず、完全な竜になれないというのは、陛下のおっしゃる通り、バートラフ殿下には、何か決定的に欠けているものがあるのです」
「彼に何が欠けているというの?」
「私にもわかりません」
悲し気に、マティルドは首を横に振った。
帰ってくると、お風呂に入れようとするわたしの手をすり抜け、部屋に籠ってしまう。
なんだかひどく疲れているようで、気がかりだ。
そんなわたしを見て、執事のマティルドが教えてくれた。
実は彼は、次の魔力検定に向けて、修行を重ねていたのだ。
竜の魔力は、「気」を巡らすことによって生じる。だから、大きな力を発動するには、体内に取り込んだ「気」を、より強靭に育て上げねばならない。
山に登ったり、滝に打たれたり。
あるいは、長い時間座禅を組んで瞑想することもあった。
以前は、マティルドが指導していたという。けれど今は教えていない。
「ワッツァ陛下に禁じられたからでございます」
言いにくそうにマティルドが言う。
「なぜ? だって竜になれないまま、天が定めた時が来れば、バートラフは死んでしまうのでしょう」
驚いてわたしは問い返した。
「既に殿下には、教えられる全てをお授けしております。それを活かせないのは、なんと申しますか、そのう……」
マティルドは口を濁した。
「そのように、陛下がおっしゃったのです」
ワッツァは言ったのだ。それは、バートラフが無能なせいだ、と。
「なんてこと……」
つまりワッツァは、全てをバートラフの自己責任にしてしまった。
でも、それはバートラフのせいではない。彼は精一杯、頑張っているのだから。
ワッツァは、ひどい親だ。子どもを見殺しにするなんて、人倫に悖る。
あ、人でないか。
竜なんだ。
でも、バートラフの半分は、ジュリアさんから受け継いだ素質だ。
わたしと同じ、人間だ。
ぷんぷんと怒っているわたしを宥めるようにマティルドが言う。
「皇帝陛下を責めるのはおやめくださいませ。あまりに無能な竜は、天に代わって、皇帝や臣下の竜達が殺してしまうことさえあるのです。ですから、前回の魔力検定からバートラフ殿下が無事に帰られたのは、まさしく陛下の愛の証」
そんなことを言われても、素直に、ワッツァからバートラフへの「父の愛」を、信じることなんかできない。
なんとか、彼を一人前の竜にしてあげたい。生きて、幸せを掴む為に。
でも、わたしには、魔力だの気だのを使うことができない。彼に魔法を教えてあげることもできない。
いったいどうすればいいのだろう。自分の無力さが身に染みる。
「そうだ。誰かいい先生をお呼びして、魔力や気の手ほどきをしてもらったらどうかしら」
嫌味なやつだけど、ワッツァの義弟のオーギュストとか?
ところが、マティルドは首を横に振った。
「家庭教師を呼ぶことは、バートラフ殿下が嫌がられるのでございます」
「どうして?」
「この宮殿で働く者の大半は人間ですから」
「あ……」
年寄りではなく、力のある竜が来れば、魔毒もそれだけ増すことになる。それは、この宮殿で働く人間たちにとって、致命的な脅威となり得る。
わたしも含めて。
バートラフは、わたしたちを守るために、自ら、魔力を上達させる道を鎖しているのだ。まだ、あんなに小さいのに、人のことを気遣って。
「本当に殿下は、お優しい方です。龍にあるまじき優しさです。以前、宮殿のお庭で、野ネズミがヘビに丸のみにされる現場に居合わせたことがあるのですが、殿下は、目に涙を溜めておられました。あんなにお優しい竜人を、わたしは他に知りません」
聞いていて、わたしも胸がいっぱいになった。
マティルドが続ける。
「それに、気とは、修行や練習だけから得られるものではありません。魔術に関する技術の全ては、私からご伝授申し上げました。それでも魔力が顕現せず、完全な竜になれないというのは、陛下のおっしゃる通り、バートラフ殿下には、何か決定的に欠けているものがあるのです」
「彼に何が欠けているというの?」
「私にもわかりません」
悲し気に、マティルドは首を横に振った。
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