30 / 70
30 謝罪
しおりを挟む
「あなたに、謝らなければいけないことがあるの」
馬車が沼沢地を過ぎると、わたしはヨハンナに話しかけた。
「あなたにきつく当たってしまったわ。怒鳴ったり、居丈高に名前を聞いたりして。あなたは、こんなにバートラフのことを気にかけてくれていたのに」
あんな風に人を怒鳴りつけたのは、わたしには初めての経験だった。我ながら最低だったと思う。
ヨハンナは穏やかに微笑んだ。
「それは、私が、殿下は、成竜になる前に身罷られた方がよいと申し上げたからでしょう?」
わたしは恥じ入り、馬車の座席で縮こまる思いだった。
「あの後でわかったの。あなたは、人でもなく竜でもない、どっちつかずのバートラフの身を案じて、あんな風に言ったのだと」
「わたしも、妃殿下にお詫びを申し上げなくては」
ヨハンナが改まって言い、わたしは慌てた。
「ちょっと。止めてよ」
「いいえ。これだけは申し上げないと。わたしは、妃殿下がどのような方か存じ上げませんでした。まさかこれほど、殿下に親身に接して下さるとは。感謝申し上げます」
「いやいやいや。あなたがお礼を言うことじゃないでしょ」
「妃殿下が嫁いでいらしたのは、次の王子をお生みになる為だと思ったものですから。ですから、てっきり、邪魔なバートラフ殿下を殺しにソスクレア宮殿にいらっしゃったのかと」
「そんなわけないじゃない!」
思わず笑ってしまった。
継母が継子を虐め殺すのは昔話などでよくある設定だ。小説「ツェデイの聖女」でも、殺しはしなかったけど、バートラフの継母は、幼かった彼を虐めぬいた。
でもわたしは、後妻とは名ばかりの、養育係に過ぎない。
「わたしがワッツァの子を産むことなんか、永遠にないわ。わたしはね。あの人の好みでなんか1ミリもないのよ」
「それは僥倖にございます」
自虐だったのに、ヨハンナは、変な風に真に受けた。
「人間が竜とまぐわえば、到底無事では済みません。ジュリア様の御遺体は、それはそれは酷いものだったと、わが一族の間では伝えられております」
ジュリア……バートラフのお母さんだ。
「ジュリアさんは、お産で亡くなったと聞いたわ」
「お産までもったのは奇跡です。皇帝の寝所に入ったその日から、あの方は、亡くなられたも同然の御身体でした。ご自分が懐妊されたことも、出産されたこともおわかりにならなかったと、わが一族には言い伝えられております」
震えあがったわたしを、ヨハンナは横目で流し見た。
「竜は、淫乱な生き物だと申します」
つまりジュリアさんは、ワッツァに凌辱されて亡くなったということ?
妊娠出産は、彼女の意志ではなかったのだ。
輿入れの夜、深夜ずっと聞こえていた、建物を揺るがすような音が耳の奥に蘇る。
カミラでよかったのだ。わたしには、竜王の欲望を受け止めきれなかったろう。
それ以上のことを問うのは、淑女の嗜みに反する。また、おぞましい話を聞きたくもなかった。しかも、元凶は自分の夫なのだ。
話し声の絶えた馬車が、ひたすら皇都への街道を走っていく。
最初の日は、晴天だった。宮殿の予報士によると、旅の間中、晴れが続くはずだった。
ところが、翌日から、陽の光が遮られるようになってしまった。少し先はよく晴れて見えるのに、どういうわけか、馬車の上だけは、厚い雲が日射しを遮っているのだ。
帝都からは、バートラフの召喚状と前後して、山賊の襲来に注意するよう、警告が届いた。他国で食いっぱぐれた人間が流れてきて、街道筋で人や馬車を襲うのだという。
それで御者には、腕の立つ従者が選ばれた。
けれど、全くの杞憂だった。
対抗して走って来る馬や馬車に乗った人達は、なぜか上空にばかり気をとられていた。山賊はおろか、旅人さえ、わたしたちの馬車を見向きしない。
馬車は無事に、皇都コンディエンヌの城門を潜った。
馬車が沼沢地を過ぎると、わたしはヨハンナに話しかけた。
「あなたにきつく当たってしまったわ。怒鳴ったり、居丈高に名前を聞いたりして。あなたは、こんなにバートラフのことを気にかけてくれていたのに」
あんな風に人を怒鳴りつけたのは、わたしには初めての経験だった。我ながら最低だったと思う。
ヨハンナは穏やかに微笑んだ。
「それは、私が、殿下は、成竜になる前に身罷られた方がよいと申し上げたからでしょう?」
わたしは恥じ入り、馬車の座席で縮こまる思いだった。
「あの後でわかったの。あなたは、人でもなく竜でもない、どっちつかずのバートラフの身を案じて、あんな風に言ったのだと」
「わたしも、妃殿下にお詫びを申し上げなくては」
ヨハンナが改まって言い、わたしは慌てた。
「ちょっと。止めてよ」
「いいえ。これだけは申し上げないと。わたしは、妃殿下がどのような方か存じ上げませんでした。まさかこれほど、殿下に親身に接して下さるとは。感謝申し上げます」
「いやいやいや。あなたがお礼を言うことじゃないでしょ」
「妃殿下が嫁いでいらしたのは、次の王子をお生みになる為だと思ったものですから。ですから、てっきり、邪魔なバートラフ殿下を殺しにソスクレア宮殿にいらっしゃったのかと」
「そんなわけないじゃない!」
思わず笑ってしまった。
継母が継子を虐め殺すのは昔話などでよくある設定だ。小説「ツェデイの聖女」でも、殺しはしなかったけど、バートラフの継母は、幼かった彼を虐めぬいた。
でもわたしは、後妻とは名ばかりの、養育係に過ぎない。
「わたしがワッツァの子を産むことなんか、永遠にないわ。わたしはね。あの人の好みでなんか1ミリもないのよ」
「それは僥倖にございます」
自虐だったのに、ヨハンナは、変な風に真に受けた。
「人間が竜とまぐわえば、到底無事では済みません。ジュリア様の御遺体は、それはそれは酷いものだったと、わが一族の間では伝えられております」
ジュリア……バートラフのお母さんだ。
「ジュリアさんは、お産で亡くなったと聞いたわ」
「お産までもったのは奇跡です。皇帝の寝所に入ったその日から、あの方は、亡くなられたも同然の御身体でした。ご自分が懐妊されたことも、出産されたこともおわかりにならなかったと、わが一族には言い伝えられております」
震えあがったわたしを、ヨハンナは横目で流し見た。
「竜は、淫乱な生き物だと申します」
つまりジュリアさんは、ワッツァに凌辱されて亡くなったということ?
妊娠出産は、彼女の意志ではなかったのだ。
輿入れの夜、深夜ずっと聞こえていた、建物を揺るがすような音が耳の奥に蘇る。
カミラでよかったのだ。わたしには、竜王の欲望を受け止めきれなかったろう。
それ以上のことを問うのは、淑女の嗜みに反する。また、おぞましい話を聞きたくもなかった。しかも、元凶は自分の夫なのだ。
話し声の絶えた馬車が、ひたすら皇都への街道を走っていく。
最初の日は、晴天だった。宮殿の予報士によると、旅の間中、晴れが続くはずだった。
ところが、翌日から、陽の光が遮られるようになってしまった。少し先はよく晴れて見えるのに、どういうわけか、馬車の上だけは、厚い雲が日射しを遮っているのだ。
帝都からは、バートラフの召喚状と前後して、山賊の襲来に注意するよう、警告が届いた。他国で食いっぱぐれた人間が流れてきて、街道筋で人や馬車を襲うのだという。
それで御者には、腕の立つ従者が選ばれた。
けれど、全くの杞憂だった。
対抗して走って来る馬や馬車に乗った人達は、なぜか上空にばかり気をとられていた。山賊はおろか、旅人さえ、わたしたちの馬車を見向きしない。
馬車は無事に、皇都コンディエンヌの城門を潜った。
43
あなたにおすすめの小説
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
婚約破棄された元聖女、魔王の息子に攫われて溺愛されています
百合川八千花
恋愛
魔王を討伐し、十年にわたる戦いを終えた聖女アルティア。
帰還した王国で待っていたのは、王太子からの婚約破棄と――その子供だった。
絶望の中、現れたのはかつて共に戦った魔王の息子、ヴェルグ。
「君はもう自由だ。だったら僕が攫うよ」
突然の求婚(という名の略奪)と共に、アルティアは隣国・アシュフォード帝国へ連れ去られる。
辺境伯となったヴェルグの領地で始まるのは、
「君のために用意してた」
と語られる豪華すぎる“同棲部屋”、
壁一面に飾られた聖女の肖像画コレクション、
そして、「僕のもの」発言が止まらない溺愛×執着ラブ生活!
しかしその頃、聖女を失った王国では、魔王の呪いによる異変が始まっていて――
これは、運命に選ばれ続けた聖女と、ただ彼女だけを愛した元魔王の息子の、
甘くて狂おしい、世界と愛の再構築ラブファンタジー。
【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです
天咲リンネ
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。
しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。
契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。
亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。
たとえ問題が起きても解決します!
だって私、四大精霊を従える大聖女なので!
気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。
そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
氷の魔術師(引きこもり)のはずなのに、溺愛されても困ります。
入海月子
恋愛
「もう、なんですぐ石になるのよ〜!」
没落貴族のサナリは突然、天才だけど人嫌いの魔術師シーファから世話係に指名された。面識もないのにと疑問に思うが、騙し取られた領地を取り戻すために引き受けることにする。
シーファは美形。でも、笑顔を見たことがないと言われるほどクール……なはずなのに、なぜかサナリには蕩ける笑みを見せる。
そのくせ、演習に出てくださいとお願いすると「やだ」と石(リアル)になって動かない。
なんでよ!?
3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~
放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」
最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!?
ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる