【完結】竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも

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43 薄墨のような不安

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 その晩、セティは庭に出て、月を見ていた。補足青い三日月だった。
 東のかなたある筈の浮島は、夜の静寂しじまに隠され、窺い知ることができない。

 ワッツァに連れ去られたデジレを思い、セティの心は千々に乱れた。無事でいてくれるだろうか。せめて生きてさえいれば、どんな状態であろうと、必ず自分が救い出して見せる。たとえ何度失敗しようと、決してあきらめない。

「眠れないのですか?」

 背後から声がした。
 先に休んだはずの聖女だった。
 セティは頷いた。

「久しぶりで故郷に帰ったものですから、いろいろ思い出してしまって」
「そうですか。お母さまにはすっかりよくして頂いて」
「オニババですよ、あれは」
「そんなことを言うものじゃありません」

くすりと聖女は笑った。

「それより、ジョスを見ませんでしたか? 庭で話した後、姿がみえないのです」
「バーサプロンが?」

 ワッツァの蛮行を聞かされ、芯から気分が悪そうだった彼のことを、セティは思い出した。

「あいつ、怖気づいたんじゃ……」

「いいえ、彼はそんな人じゃありません」
きっぱりと聖女は言い切った。
「むしろ彼は、道徳的な人間なのだと思います」

「道徳的?」

「彼は、戦争の話に怯えたのではなく、ワッツァの蛮行に憤ったのです。私には、そのように見えました」

「ワッツァの蛮行ですって?」

「デジレ姫をさらっていったことです。そして、彼女に子を産ませようとしていること」

 そういえばそうだったかもしれない、と、セティは思った。けれどその事実は、セティにとってこそ、衝撃だった。

 ソスクレア宮殿に連れ戻しに行った時、デジレには虐待されている様子はなかった。それどころか、彼女の存在を、ワッツァは無視しているようにさえ見えた。

 セティにとって、ひとつの安心材料だった。それで、牢を出された後、再び彼女の救出に向かうのではなく、まずは聖女の一行に加わったのだ。

 ワッツァを倒すにはそれが一番だと思ったからだ。彼を斃し、本当の意味でデジレを取り戻す為には、聖女の助けが必要だ。

 けれどまさか、ワッツァが彼女に子を産ませようと目論んでいたとは。母の話では、竜人の子を産むような羽目になったら、デジレは死んでしまうという。

 聖女の力を借りて、なんとしてでも彼女を助け出さねば、と思った。幸い聖女の作戦は、デジレ救出にとっても有利に働く。


 つまり、聖女に忠誠を誓いながらも、セティには、デジレ救出というもうひとつの目的があったのだ。但し、この二つは、背反してはいない。したがって、セティの心には、何の疚しさもない。それどころか彼は、デジレ救出が自分の真の目的だということに、気がついてもいなかった。あくまで、聖女に忠実に、大陸を救うことこそが正義だと信じていた。


 とはいえ、自分よりもデジレのことを思いやっている者がいると言われると、不快だった。たとえそれが、同じ騎士団の仲間であったとしても。

「お言葉ですが、聖女。イリヤ公国出身のバーサプロンにとって、デジレに同情を寄せる理由などないと思います」

 ジョス・バーサプロンは、メレンクールに入った時に、聖女の一行に加わった。イリヤ公国の出身だと言っていたが、遠く海の見える国からメレンクールまで来ていた理由は明かさなかった。

「貴方の言う通りです。彼は、デジレ姫とは無関係。ただ……」

「ただ?」

「セティウス。あなたはわたしの作戦を、浮足立っていると思いますか?」

 唐突に聖女が尋ねる。
 セティは一瞬、驚いた顔になった。高い能力を持つ聖女が迷っていることに気がついたからだ。

「思いません!」
だがすぐに彼は断言した。
「バーサプロンの言ったことを気にされているんですね? 時期尚早などではありません。機は熟しています、聖女」

 満足そうにうなずき、不意に聖女は話題を変えた。

「ところでセティ、貴方は、ワッツァの息子の顔を見ましたか?」
「いえ」
「貴方をソスクレア宮殿の牢から脱獄させたのは彼だと言っていましたが」
「俺が囚われていたのは地下牢でした。すごく暗かったんです。牢の扉が明けられた時も目が慣れず、それに外からの逆光で、彼の顔はろくに見えませんでしたし」
「そうですか」

「まさか、バーサプロンがバートラフだと思っていらっしゃるのですか?」

聖女は答えない。セティは首を傾げた。

「ロシュフォイユの皇子は、水色の髪に灰色の目だと聞いています。ジョスは黒い目に黒い髪ですし。第一、皇子には両目が揃っているはずですよ」
「そうですね」
「それにしても、ジョスのやつ、どこへいっちゃったんだろう。探してきましょう」
「いいえ。かえって好都合です。そのままにしておおきなさい」
「え?」

 意味が分からない。戸惑うセティに、聖女は問うた。

「セティウス・バーモント。いついかなる時も、私に忠誠を捧げると誓いますか?」
「もちろんです!」
「ほかの者に決して心を移さないと?」
「俺の忠誠心は、聖女だけのものです! 貴女の命令通り戦って死ねたら本望です」

 月明かりの下、強張っていた聖女の顔が解けていくのが見えたような気がした。
 ところが、深いため息が聞こえた。

「貴方と違い、聖騎士団の一員でありながら、バーサプロンが己の全てを捧げている人は、他にいるのです。同じその人に、貴方が傾かないことを祈ります」
「聖女。それ、どういう……?」
「貴方を信じているということです。セティ」
「光栄です」

 初めてセティと呼ばれた。その時感じたのは晴れがましさのはずだった。けれど同時に、薄墨のような不安が湧き上がってくるのを、セティは止めることができなかった。
 なおも聖女は続けた。

「さっき私は、バーサプロンがいなくなって好都合だと言いましね?」
「はい」
「実は……」

静かに聖女は話し始めた。




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