【完結】竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも

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57 命にかけて

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 「叔父さんと何を話していたんだい?」
テントを出るとバートラフが尋ねた。

 瘴気を測る計器の理論について意気投合した彼と魔術師は、一足先にテントの外に出て、なにやら実験をしていたようだ。魔術師は去り、バートラフだけがテントの入り口で待っていた。

「靴屋さんと厩番の話」

 わたしが答えると、バートラフは目をぱちぱちさせた。

「それだけ?」
「それだけよ」

 詳しい話をする気はない。

「あんまり長いことおしゃべりをしてたから、気が揉めた」

 気の毒なバートラフ。人間の為に、聖騎士団の仲間の為に、懸命に戦ってきたというのに、裏切り者と疑われるなんて。でも、これだけは伝えておかなくちゃ。叔父は、彼が憎くて、わたしが同行するのを止めたわけじゃない。

「叔父はもう、貴方のことは悪く思っていなくてよ」
「そうじゃなくて、」
「?」
「フリート騎士団長は、若々しくて、女性にもてる。だから……」

 「デジレ!」
よく知った声がして、セティが駆けてきた。
「やっと聖女の仕事が終わった。彼女、この頃、人使いが荒くて」

 息を切らせながら、そんなことを言う。
 自分への忠誠心を保つため、聖女は相変わらずセティを身近でこき使っているのだろう。

 すぐ近くまで来て、セティは初めてバートラフに気がついた。

「君もいたのか」
「ずっと彼女と一緒にいました」
「ふうん」

 セティは面白くなさそうだ。すぐにわたしに向き直った。

「一体君は、何をしに北の氷原へ行くんだ? 氷の平原で何ができると思っているんだ。第一、君が一緒だと、バートラフは思うように戦えないぞ」

「見くびらないで。わたしはバートラフの足手まといになったりしないわ!」

「騎士の訓練も受けていないのに、偉そうに」

 固い決意を述べたのに、一蹴された。

「そういう人間が戦いに臨んでも、ろくな結果にはならない」

「やってみなくちゃわからないでしょ! わたしだって、剣の練習を始めたのよ!」

 これにはバートラフも驚いたようだ。一つ残された銀色の目を大きく見張った。

「剣を習い始めたんですか?」

「ええ。叔父から。素振りばかりやらされてるけど」

「また叔父さんか……」
なぜか、暗い顔で俯いてしまった。

「いつから習い始めたんだよ」
揶揄うようにセティが問う。

「竜の浮島に結界を張った日からよ」

「ほんの数週間じゃないか」
馬鹿にしたように言い放つ。

 一緒に育った弊害だ。わずか数ヶ月年上なだけなのに、セティはしきりと兄貴風を吹かせようとする。

 わたしだって、付け焼刃であることは承知している。でも何もしないよりはましだ。とういうより、何かしないではいられなかった。

「誰にだって最初はあるのよ」

「そういうのを泥縄って言うんだよ」

「デジレは、僕と来ることを承諾してくれました。貴方とともに、聖騎士団に残るのではなく」

 わたしが言い負かされそうになっているのを見抜いたのだろう、バートラフが助太刀してくれる。

「だいたいセティウス、貴方にそんなことを言う資格があるんですか? 貴方は聖女の騎士でしょう? 聖女の身近にはべって、彼女の心配だけしていればいいんです」

「君だって、聖騎士じゃないか」

「僕は、一度は聖女に死刑を宣告された身です。僕が身近にいることを、彼女は望まないでしょう。僕だって同じです」
 ぐっとセティは言葉に詰まった。

 思わずわたしは耳をそばだてた。小説の中と違ってバートラフは、聖女に心を奪われてはいないようだ。
 そう気がついて、嬉しかった。

「だからって、デジレを巻き込むことはないだろう? 氷の宮殿に連れて行こうなんて。君と違って、彼女は普通の人間だ。極北の寒さに耐えられるわけがない。おまけに北の平原には、ワッツァがいるんだぞ」

「デジレは、大丈夫です」
 すがすがしいほどの自信だ。
「僕がどうなるかはわからない。けれど、デジレだけは、生きてメレンクールへ帰れるでしょう」

 馬鹿にしたように鼻を鳴らし、セティは眉を顰めた。

「まさか、自分が守るから、なんてめでたいことをぬかさないだろうな? きさまの魔力はワッツァには遠く及ばない」

「そうですね。でも、デジレには傷一つつくことはありません」

 自信ありげに言い放つ。

 わたしは不安になった。わたしの無事を保証する一方で、バートラフ自身は、死を覚悟しているように見えたからだ。

「貴方も無事で帰らなきゃ」

「ええ。ええ、そうですね、デジレ。まったくその通りです」

 「そこまで言うなら、誓え!」
剣を突き付け、セティが喚く。
「デジレを無事に返せ。元気な姿で、俺の元へと帰らせるんだ」

「彼女を貴方に返すわけにはいかない。そもそも彼女は貴方のものではない。返す理由がない」

 自身も剣を抜き、きっとなってバートラフが言い返す。

「ですが、貴方のお母上のいらっしゃるレゼルネ村へは、きっと無傷でお返ししましょう。このバートラフ・ド・ロシュフォイユ、命にかけて」

 二本の剣が空中で交わった。誓いの交差だ。
 見えない火花が激しく散ったようだった。





 レムリカ大陸の極北は、雪と氷で閉ざされた平原だ。一応、キエルーシ帝国の領土ということになっているが、キエルーシの皇帝も持て余しているらしい。固く凍った大地は、耕作や牧畜にはまったく不向きで、それどころか、人が住むには寒すぎる。

 この高原の北の最果てに、氷でできた宮殿がある。人も立ち入らぬ大地の果てに誰が造ったのか不明だが、キエルーシの記録では、まだ竜たちが浮島でおとなしくしていた時代に、忽然と現れたという。

 もしかしたら、聖女のような転生者が造ったのかもしれない。わたしのような、とは口が裂けても言えないけど。

 竜に変化したバートラフはわたしを乗せ、宮殿の上をゆっくりと旋回した。背中に乗せる前、彼はわたしに、防寒の魔法をかけてくれた。人が死ぬような寒さも耐えることができるという。

 幸いこの日は晴れていた。空の青さと相俟って、凍った雪の反射が目に眩しい。


 宮殿の前庭に降り立つと、彼は人の姿に戻った。

「本当にいいのですか? 僕に、ついてきてくれますか?」
「もちろんよ」

 少しでも頼もしく見えるよう祈りながら、わたしは頷いた。

 「では、参りましょう」

 彼はしっかりとわたしの手を握った。
 胸を張り、固い氷のゆかに最初の一歩を踏み出した。


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