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フロレツァール・クラウド

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 フロレツァールにだって、言葉はある。

 古びた本堂の階段に座り、七緒が話し始めた。
 ただ、自分たちの言葉は、人間には聞き取れない音域で発話される。人間の耳では絶対に拾えない周波数で話すのだ。


 七緒の声は、高めの声が潰れたように不安定だ。喉に引っかかるように、少しだけ、しゃがれている。
 声変わりの声だと、溂は気がついた。


 「だって俺は今、お前の声を聞いてるよ?」
 七緒の肩に寄りかかり、溂は言った。白い羽が、ふんわりと二人の体を包み込んでいる。

「今話しているのは、人間の言葉だもの」
七緒は言い、すぐに、しょげたように付け加えた。
「ああ、あ、バレちゃった。本当は、人間に知られたらいけないんだ。フロレツァールに、言葉があるのも。本当は、人間の言葉をしゃべれるのも。だから今まで、内緒にしていたのに」

「内緒にしておかなくちゃいけないんなら、誰にも言わないよ。でも……」
「でも?」
「なんで、そんな風に思うんだ? つまり、人間に知られたらいけない、とか。そもそもその、フロレツァール語? お前、それをどうやって覚えたんだ?」

 人間の言葉は、溂がしゃべるのを聞いて、覚えたのだろう。赤ん坊と同じだ。
 詳しいことは知らないが、フロレツァールの頭部は、人間と同じ造りだ。発話に必要な舌や筋肉の構造も、恐らく同じなのだろう。人間の言語を話すことに、支障ははないはずだ。

 でも、フロレツァールの言葉は? 七緒はどうやって、フロレツァールの言葉を学習したのだろう。身近には、他に、フロレツァールは、一羽もいない。

 「ああ、それはねえ」
七緒は笑った。
「雲の上に、フロレツァールの財産があるの。フロレツァールなら、誰でもアクセスすることができるんだ。集合知? ずっと昔からの、知識の蓄積さ。僕も、何か新しいことを学んだら、そこに送らなくちゃならない。後から生まれるフロレツァールの為に」

 クラウドのようなものか?
 溂は思った。
 情報を、必要に応じて個人の端末にダウンロードするように、フロレツァールは、「雲の上」にある知識を共有している……。
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