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Ⅳ
りんごジャムと赤カブのマリネ
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郵便局で用を済ませ、村の大通りを歩いていると、米村さんが歩いてきた。
顔見知りの人だ。
郵便局でよく会う。
目を合わさぬよう、俯いたまま軽く頭を下げた。そのまま通り過ぎようとする。
「野添さん」
呼び止められた。
……なんで?
溂は、村の誰とも、親しくつきあってはいなかった。つきあう理由もきっかけもないのだから、仕方がない。
「りんごのジャムな。うまかったよ」
「は?」
驚いて振り返ると、米村さんは、にこにこ笑っている。
「ありがとう。あんなに安くて、いいのかい?」
「はあ?」
「皮を煮出して赤くするんだってね。色がきれいで、孫が喜んでたよ」
「……?」
「また、買わせてもらうよ」
……というか、あなたにジャムを売った覚えは全く無いのですが。
きょとんとしている溂を置いて、米村さんはどんどん、歩いていってしまった。
「あなた、あれ、ほら、あの、赤かぶのマリネ。おーいしかったわよぉー。お酢がよく効いていて」
スーパーで溂の顔を見るなり、その婦人は、ぺらぺらとしゃべり始めた。
中年、といわれるほどの年齢だ。だが、バスや電車で、席を譲られるほどではない。
「塩加減も、ちょうどよかったわ。うちはほら、お父さんが減塩でしょ? あのくらいがちょうどいいの」
名前も知らない人だ。顔も……見たことがあるような、ないような……。
「また頼むわね。次はピクルスが欲しいわ。もう少ししたら。……いつも来てくれるあの子に言えばいいのかしら。あの白い子に」
「白い子?」
「そう。真っ白で銀色の髪の」
「七緒は、言葉はわからないと思いますが?」
フロレツァールの集合知の教えを守り、七緒は、溂以外の人とは、口をきかない筈だ。
「あら、七緒ちゃんって言うの!? きれいな子よね。確かにね。真っ白なのに、七色の光が尾を引いて流れていくイメージがあるわよね。すごくいい名前ね!」
ネーミングセンスを褒められた。
「そういえば、あの子、口をきいたことがなかったわ。だったら、もうひとりの子に注文するわね。ピクルス。妹の家の分も頼もうかしら」
いや、口をきかない以前に、言うことがあるだろう、と、溂は思った。
羽が生えていることとか。
鳥の足をしていることとか。
フロレツァールであることとか!
喋るだけ喋り散らすと、女性は、じゃあねー、と言って立ち去った。
寺に戻って厨を開けると、案の定、ストックしておいた保存食が、あらかたなくなっていた。
誰と誰の仕業か、容易に見当がついた。
顔見知りの人だ。
郵便局でよく会う。
目を合わさぬよう、俯いたまま軽く頭を下げた。そのまま通り過ぎようとする。
「野添さん」
呼び止められた。
……なんで?
溂は、村の誰とも、親しくつきあってはいなかった。つきあう理由もきっかけもないのだから、仕方がない。
「りんごのジャムな。うまかったよ」
「は?」
驚いて振り返ると、米村さんは、にこにこ笑っている。
「ありがとう。あんなに安くて、いいのかい?」
「はあ?」
「皮を煮出して赤くするんだってね。色がきれいで、孫が喜んでたよ」
「……?」
「また、買わせてもらうよ」
……というか、あなたにジャムを売った覚えは全く無いのですが。
きょとんとしている溂を置いて、米村さんはどんどん、歩いていってしまった。
「あなた、あれ、ほら、あの、赤かぶのマリネ。おーいしかったわよぉー。お酢がよく効いていて」
スーパーで溂の顔を見るなり、その婦人は、ぺらぺらとしゃべり始めた。
中年、といわれるほどの年齢だ。だが、バスや電車で、席を譲られるほどではない。
「塩加減も、ちょうどよかったわ。うちはほら、お父さんが減塩でしょ? あのくらいがちょうどいいの」
名前も知らない人だ。顔も……見たことがあるような、ないような……。
「また頼むわね。次はピクルスが欲しいわ。もう少ししたら。……いつも来てくれるあの子に言えばいいのかしら。あの白い子に」
「白い子?」
「そう。真っ白で銀色の髪の」
「七緒は、言葉はわからないと思いますが?」
フロレツァールの集合知の教えを守り、七緒は、溂以外の人とは、口をきかない筈だ。
「あら、七緒ちゃんって言うの!? きれいな子よね。確かにね。真っ白なのに、七色の光が尾を引いて流れていくイメージがあるわよね。すごくいい名前ね!」
ネーミングセンスを褒められた。
「そういえば、あの子、口をきいたことがなかったわ。だったら、もうひとりの子に注文するわね。ピクルス。妹の家の分も頼もうかしら」
いや、口をきかない以前に、言うことがあるだろう、と、溂は思った。
羽が生えていることとか。
鳥の足をしていることとか。
フロレツァールであることとか!
喋るだけ喋り散らすと、女性は、じゃあねー、と言って立ち去った。
寺に戻って厨を開けると、案の定、ストックしておいた保存食が、あらかたなくなっていた。
誰と誰の仕業か、容易に見当がついた。
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