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第5章「母の遺したもの・藤島環」
第38話「すべての秘密は露見する」
しおりを挟む弁護士事務所でうつむく藤島環《ふじしまたまき》の声は、わずかにふるえていた。
「なんだか、まだ混乱しているんです。
紀沙《きさ》おばさまが亡くなられてから、知らなかった事ばかりが出てきて……。あんなに長いあいだおばさまと一緒にいたのに、私は何も知らなかったんです」
聡《さとし》の耳に、亡母の親友である北方御稲《きたかたみしね》の言葉がよみがえった。
『紀沙は紀沙で、秘密の多い女だった』
たしかに、松ヶ峰紀沙《まつがみね きさ》には一人息子にも娘のように育てた藤島環にも、言い残しておかないことがたくさんあったらしい。
だが、すべての秘密を突き止める余裕は、今の聡にはない。まずは目前の選挙が最優先事項だ。
とはいえ、いずれ、すべての秘密は露見《ろけん》するだろうと聡は考えている。永遠に守りきれる秘密はないからだ。
聡の不穏な考えとは別に、三木《みき》は弁護士らしいおだやかな声で環に言った。
「おそらくね、紀沙さんは環ちゃんの将来を心配しておられたんだと思うよ。
財団の資金は7億円もあって、他の理事は報酬を受け取らないと決まっている。だから単純計算で、70年後までは環ちゃんの給料が確保されている。
おまけに財団法人の事務所になっている名東区《めいとうく》の家に住めば家賃はいらないし、水道光熱費も事務所の経費で落ちる。
環ちゃんは紀沙さんのコレクションを管理している限り、ひとりでも十分、生きていけるんだ」
三木の言葉で、環は松ヶ峰紀沙の意図《いと》を理解したらしい。ほうっと長い息を吐いた。
利口《りこう》な子だな、と聡はあらためて妹分《いもうとぶん》にやさしい視線をあてる。それから、
「その名東区の家、おれはまだ見たことがないんですよ。
そうだ、今から行くか、たまちゃん? 三十分もあればつくだろ。あっ、家の鍵がないか」
「鍵は持っています。ひょっとしたら、三木先生にお預けすることになるかと思っていましたので」
「そか。じゃあ、行こう」
聡は身軽に立ち上がった。
「三木先生、あとの手続きをお願いします。とにかく、たまちゃんの良いようにしてもらいたいんで」
「了解です」
三木も簡単に答えて、聡と環に手を振って見せた。
そのまま聡たちは事務所を出た。
しかし階段を2階ぶん降りたところで、聡はパタパタとスーツを叩いた。
「やべ。スマホを事務所に置いてきた。たまちゃん、先に降りて、外で待っていくれ」
環は素直に階段を下りてゆく。
それを確かめて、聡は 足早《あしばや》に事務所へ戻った。扉をノックする。
スマホを置いてきた、なんて嘘だ。
聡には、三木に確認したいことがある。
もう一度いいかげんにノックしてから、そっと扉を開いた。三木に呼びかけようとして、話し声に気づいた。
三木が、電話で話しているらしい。
盗み聞きはいけないと思いつつ、足音を忍ばせて入り込む。
耳を澄ませると、三木ののんびりした声が聞こえてきた。
「三木です、どうも。
ええ、たった今、環ちゃんと話したところです。そうですね……喜ぶというよりは、迷惑《めいわく》がっているという感じでしたよ。
7億円は多すぎるとね」
電話口で相手が何かを言ったらしく、はは、と三木が笑う声が聞こえた。
「ご安心を。例のことは、言わずにすみました。
僕なりの解釈を環ちゃんに話したら、それで納得したようです。ええ、きっと環ちゃんから、あなたへ連絡がいくでしょう」
たまちゃんから、連絡がいく……?
三木先生の電話、相手は一体誰だ?
聡はできる限り首を伸ばして、耳を澄ませた……。
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