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第10章 「裏工作」
第65話「ものを言うのはカネ」
しおりを挟む(UnsplashのWiktor Marcinkowskiが撮影)
翌日の午後1時。
聡は、政治上のボ”にあたる横井謙吉《よこいけんきち》とともにコルヌイエホテルの巨大なバンケットルームにいた。
あたりには保守派の国会議員たちが群れをなし、三々五々に談笑していた。 群れの中心には、このパーティの主催者である与党幹事長の今村《いまむら》の姿がある。
聡はついさっき、今村のもとへ行き、丁重に挨拶をした。そのためにわざわざ名古屋から東京まで来たのだった。
保守派与党の幹事長である今村に顔を見せておくことは、まぢかに迫《せま》った衆院選で必ず役に立つ。それが分かっているから、横井もゴリ押ししたのだろう。
今村には、まだ公認候補にすらなっていまい若い男に無駄な時間をついやす義理などない。
しかし名古屋で代々、保守政党の国会議員を輩出《はいしゅつ》してきた”松ヶ峰家”の名とカネがあるなら、話は別。
結局、ものを言うのはカネだ。
秘書の音也《おとや》は、今回の顔合わせのためにいくら”積んだ”のだろう、と聡は考えた。しかしすぐに頭を振り、
『音也のことだ、必ず支払った金額以上のものを手に入れるはずだ。いや、もうとっくに手に入れているかもしれない』
と思いなおした。
有能な秘書でもある音也は、政治の世界での泳ぎ方を熟知している。聡は命じられるままに進めばいい。
選挙に勝って衆院議員になることが、聡と松ヶ峰家の最終目的なのだから。
そんなことを考えている隣で、横井は細《ほそ》イタチのような顔をなでおろし、せかせかと煙草をくわえた。
聡がはすぐにライターを取りだし、火をつける。
「先生、禁煙されていたんじゃなかったですか。その、あたらしいカノジョが煙草ぎらいだから」
ふむん、と横井は小さな鼻をうごめかしてうなった。
「あの女な、切れたわ、もう」
「え、早くないですか? 一年がかりで口説《くど》き落とした”錦《ニシキ》”のナンバーワンでしょう」
横井は憮然《ぶぜん》とした表情で
「あの女にはえらいこと金をかけたのに……嫁に見つかってご破算《はさん》だ」
そう言いながら、横井はすうっと視線を周囲にすべらせた。
こういうときの顔は、油断もすきもない。
何を考えているのかわからないが、いずれにせよ、人《ひと》の良《い》いことばかりを考えているはずがない。
政治家とは、そう言うものだ。考えていることが手に取るようにわかっては、とても腹芸も裏芸もこなせない。
松ヶ峰聡が踏み込もうとしているのは、海千山千《うみせんやません》の男たちがしのぎを削る戦場なのだった。
おれは政治家に向いていない、ともう何百回も考えたことが、また聡の脳裏をよぎった。
そんなとき、ふいに横井が聡に言った。
「今回は、あの女の子を連れてこんかったのか」
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