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第14章「惚れているからこそ、探さない」

第122話「この子を、たすけてやれ御稲」

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 北方は冷めたコーヒーに手を伸ばした。
 聡には、御稲の一挙手一投足《いっきょいっとうそく》に、責められているような気がする。

 聡が生まれた直後から知っている、亡き母の親友。
 おのれにも他人にも厳しいバレエダンサーの冷たい視線が、聡に浴びせられていた。
 ふいに御稲が口を切る。

「お前が、わびる事じゃない」
「いや、しかし。音也《おとや》が御稲先生にあんなことを頼んだのは、選挙のためです。票取《ひょうと》りがうまくいっていれば、対立候補を取り下げてくれだなんてことを、むりに先生にねじ込んでもらう必要はなかった。
 つまり、おれがしっかりしていれば――」
「そういう事じゃない、と言っているんだ。聡」

 聡は視線を落としたまま、次に来るはずの御稲の叱責《しっせき》を待った。
 自分がふがいないから、松ヶ峰家《まつがみねけ》の総領として確固《かっこ》たる行動をとらないから、選挙参謀である音也が、裏工作を頼まなければならなかった。

 その責任は、最終的に聡にある。
 しかし、つづく北方の言葉は単なる叱責よりも聡の下腹に、ずしりと響いた。

「あれは、あたしとのあいだのことだ。お前には立《た》ち入《い》る余地はないんだよ」
「先生と、音也のあいだ……? どういう意味です?
 あいつはなぜ簡単に、おれの人間関係に入りこめるんだ? おれの中には一歩も入ってこようとしないくせに――」
「聡。いいか、あたしがあの子の頼みを聞いてやろうと思ったのは、お前のためじゃない。
 あの子が、死んだ史郎《しろう》に似ていたからだよ」
「何をワケのわからないことを――え、しろう? 自由党の、鹿島《かしま》幹事長の弟さんの、鹿島史郎《かしましろう》さんのことですか」

 聡は混乱したまま、北方の顔を見た。
 きれいになめしたような皮膚の上に、かっきりと秀麗な目鼻《めはな》が乗っている。その美しさは、60才を過ぎても変わらない。
 シャープな御稲の顔が、聡を見ている。
 ほんの少しだけ、眉間《みけん》にしわをよせて。

「先月かな。あの子があたしに、おまえの対立候補をひっこめるよう、鹿島《かしま》の兄に口をきいてほしいと頼んできた。
 はじめは、そんなことをしてやるつもりはなかったよ。どんな相手が立候補しようが、おまえは勝つと思っているしね。それなのに」

 北方は、持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。
 磁器のカップと磁器の皿がぶつかって、かちん、と高い音を立てた。

「あの子が話しているあいだじゅう、あたしの耳にはなぜかずっと史郎の声が聞こえていた。
 『この子を、たすけてやれ御稲。お前が助けられなかった俺の代わりに、この子を助けてやれ』って」
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