「何もない、静かな部屋」 キスを待つ頬骨シリーズ2.5

水ぎわ

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第14章「惚れているからこそ、探さない」

第121話「最初の男はどうせ、たたき台」

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(UnsplashのTiraya Adamが撮影)

 環は目を丸くして、

「城見監督と、連絡が取れるんですか?」

 と尋ねた。北方は軽くうなずき、

「昔の知り合いだが、まだ共通の知人がいるんでね。そこを通せば、お前が会いたがっていると城見に伝えることができるよ。
 お前が本当に、望むならね――どうする、環?」
「……お会いします」

 環はきっぱりとそう言った。
 まっすぐに北方を見て、

「城見監督にお時間を取っていただけるのなら、お会いします。直接お会いして、この時計をお渡ししたいんです。
 それが紀沙おばさまのご供養《くよう》になると、思われませんか、御稲先生?」

 北方は椅子に掛けた上着の内ポケットを探り、妙な顔をしてから手を引っ込めた。まるで、あるはずのものがない、ことに気づいたように。
 その様子を、聡はじっと見つめている。
 北方はわざと聡を無視するように、カフェの出入り口に目をやり、

「連絡がついたら、お前に言うよ。
 ところで、環、さっきからカフェの入り口でうろうろしているオッチョコチョイは、知り合いかい?」

 聡が背後を見ると、カフェの入り口あたりでしきりに歩き回っている若い男の姿があった。
 今野だ。

「おかしいな、あいつ、どうしてこんなところに……? 16時まで、空いているはずなのに」

 すると環がまるい顔を赤らめて、

「あの、私の右足の捻挫《ねんざ》がまだ治りきっていないので、いったん家に送ってから横井先生の事務所に行くって言ってくださって……その」
「ふうん」

 北方は、わずかに伸びあがるように入り口を見た。

か?」
「……はあ」
「ちっとばかり物足《ものた》りない男だとは思うがね。しかしまあ、お前がそう言うなら」
「その……はい」

 北方は、ふっくらした頬を赤らめている環に言った。

「さあ、お行き。男を手足のように使うとは、お前もなかなかやるじゃないか」

 環はいっそう顔を赤くして、ぺこりと頭を下げてからゆっくりと捻挫のテーピングが付いたままの右足をかばって歩き始めた。
 聡はじっと、妹分《いもうとぶん》の後ろ姿を見送る。

「まさか、コンにかっさらわれるとはね」
「気にするな。最初の男は、どうせ『たたき台』だ。次に期待しな」
「どうだか……ああ見えて、今野もけっこうな男なんでね。ずるずると、たまちゃんを結婚式まで引きずっていくかもしれないよ」
「そうかねえ」

 そういう北方も、めずらしく落ち着きがない。

「あたしには、とっくに環があいつの首輪をつかんでいるように見えるがね。まあいい。
 さて、今度はお前のことだ、聡。
 あたしに詫《わ》びたい、とは、どういう意味だ?」

 聡は深々《ふかぶか》と御稲に頭を下げた。

「音也《おとや》のことです。あいつが大変な事をお願いいたしまして、誠に申しわけございませんでした」
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