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第18章「コルヌイエホテルにて」
第147話「ハムスターのプライド」
しおりを挟む(Unsplashのyuezhi chenが撮影)
「あっ、ツインではダメでしたか? セミスイート2室にするか迷ったんですけど」
環が尋ね返すと、今野イライラと不案内《ふあんない》な東京の道を歩き始めた。
「ツインもセミスイートも、2部屋もいらないだろ」
「でも、コルヌイエホテルにはシングルがないんですよ、ツインかダブルか、セミスイート……」
「ダブルひとつでいいじゃん」
むっと口をとがらせ、今野はせかせかと歩いていく。
「いまさら俺たち、別の部屋で寝る必要がある? 君が何を考えているのか、さっぱりわからないよ」
「……あ」
環はようやく今野の不機嫌の意味を悟り、小さく口をあけて立ち止まった。
「今野さん。私、そういうつもりじゃ――」
「そう言うつもりじゃなくてもさ」
今野は、コルヌイエホテルのガーデン棟の入り口の前、ドアマンに声が聞こえないところで環をふりかえった。
まるでリスがカリカリとクルミのかたい殻《から》をかじり続けるように、噛みついてくる。
「君にとっちゃ、俺なんか一緒に連れて歩くのが恥ずかしい男なんだよ。そりゃそうだ、君は毎日、聡さんとか音也のアニキみたいな超絶イケメンを見てるんだもんな。俺なんかハムスターレベルだろ」
環は何を言っていいのかわからず、ただ黙って立ち尽くしていた。
今野も言いすぎたと思ったのか、ちらりと背後の環を見てから苦笑《にがわら》いをした。
「わかってよ。ハムスターにもプライドってもんがあるんだ。君の息《いき》ひとつでふっとぶようなプライドだけどね……」
「今野さんは、ハムスターなんかじゃありません」
環はかろうじてそう言った。
今野は愛嬌のある顔をくしゃりとゆがめて、仕方なさそうに笑う。
「じゃあ、俺は君の何なの? ――って、そこまで追い詰めても、答えは分かんないんだろ。君にも」
それだけ言うと、今野は呼吸を整えていつもの明るく軽い表情を作り直した。
「ほら、ついたよ。この先は君が案内してよ。チェックインはメイン棟のロビーだよね」
ええ、と答えてから環は今野と一緒に入っていった。隣にいる今野の肩が少し張っている。
男の人と一緒にいるってむずかしい、と環は内心でため息をついた。
しかし今野の不機嫌は長く続かなかった。
コルヌイエホテルの華やかなメインロビーにつくと、今野は環をラウンジの椅子に座らせ、荷物を見ているように言いつけて自分ひとりで身軽にチェックインカウンターに向かい、手続きを済ませた。
そのとき、環は今野の相手をしているのが、顔なじみのベテランホテルマン井上であることに気がついた。
おもわず安堵の言葉がもれる。
「ああ。井上さんがいらしゃる……もう安心だわ」
その口調が、おどろくほど亡き松ヶ峰紀沙に似ていることに、環自身は気づかない。
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