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第18章「コルヌイエホテルにて」
第153話「城見龍里」
しおりを挟む(UnsplashのDavid Andicが撮影)
17時。
環はコルヌイエホテルのメインロビーに降りた。
夕暮れどきで、ホテルゲストだけでなく巨大な高級ホテルで食事をしたり待合せたりしている人でいっぱいだ。
環はメインロビーのレセプションカウンターの前を通り――カウンターの中には、さすがに美貌のホテルマン・井上の姿はなかった。勤務が終わったのだろう――すわり心地のよさそうな椅子で談笑している人たちを眺めた。
メインロビーには、環と待ち合わせているはずの映画監督・城見龍里《しろみりゅうり》らしき姿はなかった。
ゆっくりとオープンラウンジを眺め、それからもう少し先まで行ってみた。
この先はコルヌイエホテルのショッピングエリアになっていて、有名ブランドが並んでいる。
ショッピングエリアの手前に、小さなライブラリーラウンジがある。
宿泊ゲスト専用の小さなラウンジで、コルヌイエをよく知るゲスト以外は入りにくい場所だ。
まさかここにはいないだろうと環がのぞきこんだ。
なかには優雅な背もたれのついたチッペンデール風の椅子があり、長身の年配《ねんぱい》の男が座っていた。
男は手にした本をじっと見ている。
同じページに目を落としたまま、小刻《こきざ》みに右手の親指で頬のあたりをひっかいていた。
環は小さなライブラリーに入っていった。その気配に男は顔をあげた。
面長《おもなが》な、頬骨のやや高い顔つき。
目じりはかすかに下がり、唇は厚めで、ハンサムと言うよりは人好《ひとず》きのする顔だ。
城見龍里《しろみりゅうり》、62才。
香港在住の日本人映画監督で、去年撮った映画はカナダ・モントリオールの映画祭で最優秀賞を受賞した。
日本人とは言え、日本を離れて20年以上たっており、今では香港の映画監督としての知名度が高い。
そして松ヶ峰紀沙《まつがみね きさ》の、若き日の恋人だ。
環は男に声をかけた。
「城見さま、ですか? 私は藤島と申しますが」
男はふわりと笑った。
笑うと口元と目じりにクッキリとしわが寄り、人好きのする表情がもっと柔らかくなった。
「やあ、こちらが見つけるつもりだったのに。失礼した――ええと、少し待ってくれ、本にしおりを挟むから」
男は不器用に立ち上がり、着ている上着をパタパタと叩き始めた。立ち上がると、思ったより背が高いようだ。
聡や音也よりは低そうだが、今野よりは高い。ということは180センチ近いだろう。
城見は本を小脇《こわき》に抱えたまま、グレーのジャケットをしきりに叩いた。左の内ポケットに何かを入れているらしく、そこだけがふっくらと膨《ふく》らんでいた。
「おかしいな……どこかに、しおりがわりの飛行機のチケットを入れておいたんだが」
「それは……なくされたら大変なのではありませんか」
環は一気に心配になり、しゃがみこんで、ふかふかのカーペットを透かして見た。
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