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第八章 ~強欲~

8-4.騙すモカ

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 「モカを撃ったのは誰だぁ!!」

 しかし、それを見たモカッチャ達は心を動かされ、怒り狂った。

 「逃げるよサフィア!」

 その怒りは凄まじく、ゴーダンが撤退を即決するほどだった。

 「逃がすなぁ! 死刑だ! 捕まえて六転水廻り(むてんみずめぐり)にしろぉ!!」

 モカを怪我させた憎き狂人を捕まえるため、全力で追いかける住民達。安い演技で火を点けられた本物の怒りが、二人を追いかける。

 「これで大人しくなってくれ」

 ゴーダンがふところから取り出したのは、狐耳と一緒にくすねたモカの商品。

 「おぉっ! こっ、これは!」

 『モカと楽しむ特製コーヒーカップ』や『お風呂も一緒のモカのもこもこリネン』伝説の画家ブレイダーが描いたとされる絵画『コーヒーを飲むモカ』。高値かつ限定の商品の数々に目を奪われた住人は思わず足を止める。後続の住民はそれにぶつかり、派手に転倒した。

 なんとか住民達を撒いた二人は、深く息を吐いた。

 「六転水廻りね……王様を襲撃したわけじゃないんだが……」狐耳を外しながら、ゴーダンは言う。

 『六転水廻り(むてんみずめぐり)』とは、過去の大罪人に行った、最も残酷で苛烈な処刑方法。四肢を削いでありとあらゆる苦痛を与えた後、長期間死体を晒す。ナディルの歴史上最初に行われた死刑であり、その凄惨さから、後の裁きや刑罰の基準となった。

 六転とは、火、氷、風、雷、土、それと物理を含む六種類の痛み。与えた傷を水の魔法「レーデル」で無理やり治し、また別種の痛みを与える。故に水廻り。

 「客席からの攻撃は住民が出張ってくる。罪のない一般人と戦うのはちょっとね……」

 「あの人、自分から当たりに行ってた」

 いつの間にか狐耳を外していたサフィアがそう言った。

 サフィアの放ったクレットは十二分に手加減をしており、速度も威力も並以下だった。回避可能なのはもちろん、子供に当てても泣かれないくらいだ。

 「いい子を演じたんだ。親衛隊を庇って見せれば、より好かれる」

 「呪いで自分を好き・・にさせてるのに、更に好かれようとしたの?」

 「……確かに、そこは引っかかる」

 不意に人の声が聞こえ、こっそり物陰から覗くゴーダン。

 「モカが襲われた。あいつらぜってぇ許さねぇ。あの狐耳ども」

 「モカは落ち込んでる。だから、ミンキーを渡さないと……モカには俺達のミンキーが必要だ」

 ある老人は財布からありったけの硬貨を取り出し、またある青年は懐から宝石を取り出した。衣服を弄っても何も出なかった少年は、近くに落ちていた綺麗な石を拾った。

 「宝石はもうねぇけど、今はこれしかねぇ。渡しに行こうぜ」

 「ミンキーは捧げ物ってところか……ひどいな」住民達の背中を見ながら、ゴーダンは言う。

 喜怒哀楽……最低限の意思はあるが、どれもモカが中心になっている。

 住人の後をつけたが、モカには会えなかった。なけなしのミンキーは、代わりに親衛隊が受け取っていた。

 「用心深い方が、探し甲斐があるけどさ……」

 結局どこを探しても見つからず、足が止まった二人。そこに聞こえてきたのは、女性の鼻歌。

 「フッフフフフンフーン ミルク多め~」

 「えぇ……嘘……」

 声の方へ歩き出したゴーダンが、思わず困惑する。そこに居たのはモカだった。岩に座って、機嫌よく歌っている。

 「お金数えてる……」

 モカの横には硬貨や宝石が置いてあった。ここは人通りの少ない場所ではあるが、開放的だ。目立つ衣装を着ていれば、遠目からでも分かる。

 「あっ」一番安い硬貨が地面を転がっていき、それを慌てて拾うモカ。

 「あぶねぇあぶねぇ……」

 「こんにちは。モカさん」

 驚いて顔を上げるモカ。しかしゴーダンの顔を見て、口角を上げた。

 「およ? 見ない顔モカねぇ……新しいモカッチャさんかな?」

 二人が襲撃したことには気づいてないらしく、嬉しそうに笑うモカ。

 モカを初めて見た時から、何か違うと感じているゴーダン。近くで話してみて、その感覚は更に強くなったが、まだ言葉にはできなかった。

 「私達はある仮面を探していてね。君を狩りに来た」

 剣を抜いて見せるゴーダン。

 「荒っぽいわねぇ。モカが強欲のメオルブ・・・・・・・だっていう証拠はあるモカ?」

 「強欲のメオルブなんだ……」思わず出てしまったサフィアのつぶやきを聞き、事態に気付くモカ。

 「はうぁっ!!」大げさかつ間抜けな声が漏れ出た。

 「君が怪しいと思った理由は……もう話さなくていいよね」

 ゴーダンの言葉に合わせ、サフィアが手に炎を灯す。

 「しょうがないなぁ……じゃあ特別にいいものを見せてあげも……あげるモカ」

 モカは立ち上がると、両手を回しながら回転し、両手の親指と人差指で作った円を上空に向けた。

 「モカモカーーシーゲナ!」

 真上に打ち上げられたのは『シーゲナ』土の塊を飛ばす土属性の基礎魔法。奇天烈な動きと土塊に目を奪われ、空を仰ぐ二人。それは目眩ましだった。

 「モカは忙しいから、また後で相手してあげるモン!! 相手するモカ!」

 いきなり逃げ出したモカ。サフィアの炎魔法を見て、吸い上げた金……みんなの気持ちが燃えると判断したためだった。

 「次から次へと小物みたいな動きを」

 追いかける二人。サフィアも走りながらエルフィを撃つが、かわされてしまった。

 「消えた?」角を曲がったところでサフィアが口にする。

 先の通路にモカの姿はなかった。何人かの住人がくたびれて座っているだけな上、隠れられるような場所もない。

 「そこの人、ここでモカを見なかった?」

 「近くに居るのか? どこだ!? 教えてくれ!」

 「失礼。勘違いだったみたいだ」強引に引き剥がして辺りを見回すが、やはりモカは居ない。あっさり見つかったメオルブは、追いかけてきた二人を簡単に撒いてみせた。

 状況を整理し、考え込むゴーダン。

 顔を見られた以上、モカは用心し、より姿を現さなくなる。それに、逃げる能力にも長けているようだ。

 「一番確実なのは舞台に直接殴り込む、だけど……モカッチャ全員と親衛隊を相手にすることになる」

 言いながら、その方法は現実的ではないと思った。わざわざ攻撃を庇ってかわいそうなモカを演出する以上、住民を利用するのは想像できたからだ。

 「理想は人気のない場所で襲撃するか、それともメタリィさんみたいに誘き出すか……」

 「いい方法があるよ」

 サフィアはある物を拾い上げ、それをゴーダンに見せた。
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