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第八章 ~強欲~

8-5.異物

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 呪いの影響を受けないよう、町の外に避難した修。光弾の練習もそこそこに、リオン・サーガを開いてある能力を確認していた。

 名は『ベル・キロニカ』対象の意識を過去へと戻す能力。

 自分で読んでもよく分からずサフィアに聞いて、結局使い道が分からないと判断した能力。自由に条件を設定し、唱えてから少しの間を置いて発動する。しかし、魔法や棒のように痛みを与えられない。これを使うなら、普通に攻撃した方が良いと思っていた。

 だが、ゴーダンはこの能力を恐ろしい力・・・・・と評した。それが気になった修は、もう一度しっかり理解しようと思い、本を開いたのだ。

 リオン・サーガで一番よくわからない能力が、このベル・キロニカだ。過去には気付かぬ内に破れていたページも気になったが、それは戦闘中に破れたのだろうと結論づけた。後はこの力さえ理解できれば……

 カレン様はリオン・サーガにいくつかの魔法と神術、それとロウへの対策として、いくつかの能力を入れてくれた。

 考えても分からないなら、いっそ実際に使ってみるしか……

 「それが噂の本ですか」

 耳元で聞こえた声に反応し、一気に立ち上がる修。振り向くと、少し離れた場所に少女が立っていた。

 「あの子の言う通り、実に背後を取りやすい。まさに戦を知らぬ子供のようで、頼りがいのない背中だ」

 「……クリマ・プライド」

 現れたのは、コルオの相方クリマだった。

 「どうしてここに?」

 「強欲の監視です。私らは仮面を渡したメオルブが、ちゃんと呪いを振りまいているかを確認するのも仕事なんで」

 強欲……?と聞き返すと、クリマは「モカと名乗ってるやつですよ」と付け足した。

 「他の仮面は名前通りの状態になるよう呪いを振りまくが、強欲は別。仮面を着けた本人の欲を満たすため・・・・・・・・・・・・・・・・に、周りの人間を都合よく洗脳する。メオルブが欲しがれば、金、宝石、衣類、命さえも平気で捧げる。しかもあいつは呪うのに慣れているから、早く浅くさっと洗脳、なんて真似もできる」

 呪われかけたことを思い出す修に、クリマが更に重ねる。

 「他のメオルブみたいに気まぐれで殺したりはしないけどね。最も、モカへ渡す物がなくなった住民は、勝手に干からびて死んでいくんですけどね」

 仕事抜きでもよく喋ると思いながら、修が口を開く。

 「何故ザウリムに協力している?」

 「命を救われた礼です」あっさりと理由を話すクリマ。

 「私もかつてメオルブだった。いつ、どこで、誰に仮面を着けられたかは知りません」

 顔で手を覆いながら、説明を続ける。

 「仮面をつけて暴れたくなる衝動。変身して何かを壊し、呪いに堕ちていく人間を見る快感。それに一切の違和感を覚えることなく、正常だと思い込まされる精神操作。あの感覚は着けた者にしか分からず、抜け出した後でしか悪く言えない」

 「そこまで言っておいて、仮面を着けさせる側に回ったのか」

 「如何にも」肯定が鼻についた修が、言葉を続ける。
 
 「それで多くの人間が苦しんでいるんだぞ。着けた奴がじゃない。その周りに居る人達がだ」

 「知っていますよ。仮面で狂う人、仮面に狂わされる人。監視役をやっているんだ。そんなもの散々見てきた。仮面の知識はこちらの方が上。なんなら十二個ある仮面・・・・・・・の名前と能力を、しっかりと教えてあげましょうか?」

 煽るような物言いに眉を曲げる修に、もちろん冗談ですがと釘を刺す。

 「それに細かく言えば、苦しんでいるだけじゃない」

 なだめるかと思いきや、クリマは笑ってこう付け加えた。

 「ちゃんと死者だってでているでしょ?」

 命を軽視するような言い方に、修が顔を顰める。クリマはその顔を見ても動じることなく、嬉しそうに目を細めた。

 「顔も知らぬその他大勢などどうでもいい。所詮は贄。私達はザウリムに従うだけ」

 その言葉に修は棒を構えたが、クリマは恐れることなく、それを眺めた。

 「まぁまぁ抑えてください。今は楽しいお話の時間だ。ロイクみたいなお怒り顔はやめなさい」

 棒に目を向けたまま、クリマは続ける。

 「ふむ、良い棒だ。あの剣以外にも、能力を持った武器があったとはね。それも、ノグドの残骸から作られたんでしょうかね?」

 ウェンガルのことかと修が思っていると、クリマは更にこう続けた。

 「かつて最後のノグドによる支配が続いた時代。二十年ほど前、突如として一人の青年が現れました。それが後の英雄『ハウラ・ナート』」

 「歴史に興味はない」

  言って止まるなら語り屋などやっていないと言わんばかりに、クリマは続ける。

 「その勇者はどの属性にも属さない、独自の魔法を使っていたそうです。それは英雄術と呼ばれ、今も研究されている。一説では既存の魔法よりも応用が効いたとか。それこそ、神の壺を生み出したり・・・・・・・・・・もできたかもしれません」

 恐怖の時のことも当然知っている。コルオから聞き出したのだ。

 「諸悪の根源たるノグドを倒し、英雄と持て囃されたハウラですが、一部では彼を神の使いと呼ぶものも居た。本人はそれをいたく嫌っていたようですがね」

 「神の使い……」

 「世界というものは『異物』によって簡単に傾きます。人ならざる姿を持ったノグドがこの世に混乱を招き、人の理から外れた力を持った者、ハウラがそれを鎮めた。私から言わせれば、どちらも異物だ」

 化け物と英雄を一括りにするクリマ。当然世を狂わせている自分もコルオも、異物だと認識している。

 「そして今、メオルブがはびこり、世界に影響を与えている。それに立ち向ったのが、ロイクとあなた達。どちらも人以上の力を持った異物だ」

 歴史の話しのはずが、いつの間にか身近な話題へと変わっていた。

 「私は不思議で仕方ない。ロイクより弱いはずなのに、彼よりも多くの仮面を集めたあなたが。エルブの命瓶を作り出したあなたが」

 魔法も武器も半端で弱い。だが運が良くて、周りには必ず強い誰かが居る。だから勝ってこられた。運と縁だけの奴。

 これが相方コルオの、修への評価だった。クリマは全てを鵜呑みにはせず、むしろハウラと修を重ねていた。

 「コルオの評は散々ですが、残る仮面も三つとなった以上、見くびるつもりはありません。あなたは運と縁以外に、確かな力も持っているのでしょう」

 そう褒めた後「最も、欠けている部分も多いですが」と落とし、説明を続ける。

 「それは戦闘を経ていく上で培われていくであろう経験や勘。鍛錬を重ねて身につけていく動きや技術。強い戦士という結果に至る過程や、それを構成する要素があなたには無いのです」

 カレンから力を授かり、充分な鍛錬を行えなかった修。そんな事情を知らないながらも、クリマは修という人間を見抜いてみせた。

 クリマは才能を信じず、努力なくして強さは得られないと考えている。だからこそ、努力した様子も感じられず、これまで噂の一つも立たなかった修が引っかかった。まるで、突然出てきたかつての英雄のようだとさえ思った。

 「あなたは一体何者なんですか? 本当に……人間ですか?」

 誰も入ってこなかった領域に踏み込まれ、言葉を失う修。隠すつもりはなかったが、言う必要もないと思っていた自分の素性。そこへ最初に入ってきたのは他でもない、敵側の人間だった。

 「俺は……」

 修が声を発すると同時に、遠くで火柱が伸びていった。上空に向かって伸びる火柱が見えた。合流の合図にと決めていた、サフィアのエリスアークだ。親衛隊のものよりも、ずっと大きく太い。

 「お呼びがかかったようですね」言いながら道を空けるクリマ。

 「全ての仮面を集め、ロイクと共に現れる時を楽しみにしております。我が相方の刃からも逃れた、奇跡の異物様」

 「お前……」聞きたいことを飲み込んだ修は、町へと戻っていった。クリマは攻撃することなくその背中を見送り、鼻から息を吐く。

 「さて、見納めといきますか」

 クリマは火柱が消え去ったのを見て、別の場所へと向かった。
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