蟻魔王ございます

蟻村 和希

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蟻の巣

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 なんだここは・・・?
 そこはほの暗い洞窟のような場所であった。真っ暗――というわけではないが、わずかに周囲を確認できるほどの明るさだった。
 俺は辺りを見回そうとした。と思ったら。
 首が動かせん!
 何故だ!?
 腹の方に少々の圧迫感を感じ、そしてこの視界の低さ、俺は多分うつ伏せに寝転がった状態なのだろうと結論づいた。
 それで首を動かそうとするが、動かない。
 正確に言うと、なんだか首というものがないような感じがする。
 なんというか、胴にそのまま上向きに顔が引っ付けられているような感覚だ。
 どういうことだ。俺は確認のために手を顔に持っていこうとする。だが。
 手が短い!
 何故だ!?
 腹の辺りにある手を動かすのだが、腹の辺りから出た手はすぐに地面に接してるような気がする。そして気のせい、だと思いたいが手?脚?がもう一対ずつある。
 どうなっているのだ!
 感覚的に、芋虫になった気もちだ。
 精一杯体を動かそうとするが、言うことをきかない。六本もある手足はなんとも頼りない。頑張ってその手足で這いずろうとしたが、力が全くないのかそれともそれに対し体がでかすぎるのか、どうにもこうにもできなかった。
 しかし、どうにもできないではダメだ。
 俺は全力で体をくねらせ始めた。右、左、右、左とうねうねして反動を使って、ころりん。
 どうにか体を少しだけ横に逸らすことができた。
 そこで俺は驚くものを発見する。
 
 なんだこれは・・・?
 目に映ったのは、白い巨大な楕円形の物体。そして、同じく白い巨大な、幼虫。それが何十個もそこにはあった。
 これはもしや卵か・・・?そしてこの幼虫はこの卵から孵化したもの・・・?
 よくよく白い楕円形の物を観察してみると、真っ白の物から透明に近いものがある。透明に近いものは、透けて中が確認でき、見るともぞもぞと幼虫と思しき生物が中で蠢めいていた。
 やはりこれは幼虫、とその卵。気色の悪いものである。
 しかし一体全体ここはどこなのだ。そしてこの幼虫たちはなんの幼虫なのだろうか。
 俺はふと考える。
 目算、3メートル前後。巨大すぎる。大陸はいたるところを回ったがこんな巨大な虫など見たことも聞いたこともない。
 そしてこの薄暗い洞窟。これは巣か。自然に出来た洞窟か、もしくは産卵用に意図的に作った場所か・・・。
 そこまで考えると、一つの悪い予感が頭をよぎった。
 待て!そうだとしたらまずい状況だ!
 動きづらくなったこの体、これは多分なんらかの毒か魔法をかけられている。
 そしてかたわらには山のように積み重なる卵と幼虫!
 少し考えれば誰でも解る。俺はこいつらの、餌にされようとしている!
 まずい、まずいまずいまずい!逃げなければ!
 しかし不自由極まりないこの状況。手脚は動かないし体は感じたことがないほど重い。自分では満足に動くこともできん。
 魔法は使えるのか?
 俺は神経を集中させ魔力を体の底から絞り出す。するとじんわりとした温かい物が全身を血液のようにめぐり始めた。そこでさらに魔力を練り始める。
 良し、魔力量や流れに問題は無い。ということは魔法は使える。そして魔法を使えなくさせる類の魔法や、魔力の流れを抑制する魔法をかけられていることではないことが判明した。
 ならばやはり毒。その可能性が極めて高い。
 クソ!俺様をこんな惨めな恰好にしやがって、俺を誰だと思ってやがる!
 俺は魔王アングルクス=ドラドだぞ!
 暴君、魔帝と恐れられた最強の――。

 ――ん?
 
 そこで、自分が何者かを思い出した俺は、ふと自分の身に何が起こったのかを思い出しはじめていた。
 そうだ。俺は魔王だ。なんで魔王の俺様がこんなところで虫の餌になっているんだ?
 いつ、何が、どうなって俺はここに来たんだ?
 覚えているのは・・・、そうだ。あの時の記憶が最後だ。他の魔王共の動きが鈍くなってきたという報告を、いつも通り根城でベリスから聞いていて・・・。

 『なら一気に攻め込んで叩き潰せ。 いくらこちらに被害が及ぼうとも気にするな。 代えはいくらでも効く』

 そうやって答えて、側近共を追い払った後・・・、あいつ・・・。

 ――俺を刺しやがった!!!!

 そうだ全部思い出したぞ!
 俺はあの時、あいつに、ベリスに後ろから刺されたのだ!
 前々から側近共までも俺に反感を持っていたのは知っていたが、まさかベリスまで・・・。
 行き倒れていたところを拾ってやって手塩にかけて育ててやったというのに、恩を仇で返しやがって。
 まあしかしこれで全ての合点は着いた。あの時、ベリスの刃は不意打ちではあるが俺の魔力障壁を簡単に貫き、俺の体に食い込んだ。相当のエンチャントの組み込まれた武器だったんだろう。その辺の武器では俺の障壁は貫くことはおろか、障壁に触れた瞬間砕け散るはずだ。
 そして貫かれた俺は身動きもとれずに気を失った。これは毒による効果だろう。強力な即効性の神経毒、魔力による防御は意味を成さない。
 つまるところ、あの武器は高位の対魔力障壁アンチマジック付与エンチャントと、俺の肉体を縛るほどの劇毒付きの超名刀だったわけだ。
 それで動きを封じ、こうやって虫の巣に捨てて幼虫の餌ってわけか・・・。
 愛されてるようだな俺は。
 だがネタが解ればこっちのものだ。魔法は使えるみたいだから、すぐにこの体の自由を奪う毒を浄化し、そして虫を皆殺し。べリスには俺に反逆したことへの報いを受けさせてやる。
 待ってろよべリスめ。

 「状態異常回復呪文リフレッシュ!!!」

 よし、これで体が動くはずだ。
 
 ――おや?

 動かんではないか。何故だ?
 俺様の莫大な魔力量で状態異常回復呪文リフレッシュを唱えれば、不治の病でも一瞬で治るはずだぞ?
 毒、呪い、能力低下の区別なく、ゾンビでさえ生き返るというほどだというのに。
 もしや不発?いやそれは無い。魔力の流れは感じられたし、変な緑色の光も弾けた。不発なはずはない。
 では何故?

 「回復魔法ヒール!!」

 これも違うようだ。さきほどうねうねした時の疲労感は取り除けたが。
 ということは毒の類ではない?しかしそれでは現状の説明がつかない。毒以外で俺の身動きを縛ることなど不可能に等しい。
 もう物理的に縛ることしか手段は無いはずだ。しかしそんな感覚は無い。体が重いと言っても完全に動けないというわけではない。
 気になるのは、手足の違和感か・・・。本数というかついてる位置というか長さというか、凄い違和感。
 もしや意識を奪われている間に、物凄い太らされた!?
 
 ――ありえる。

 体が物凄く太ったとしたら、この手足の短いような違和感、動きづらい体、上向きについているような顔の違和感など説明がつく。虫の餌にしようとしているならなおさらだ。手足がもう一対あるような感覚だとかは多分俺の翼だろう。そして万が一俺が根城に戻ったとしても、太っていたら俺だと解らないかもしれないし、威厳も無くなってしまうやもしれん。
 ここまで考えていたのかべリスめ・・・。流石は唯一俺様が認めた魔人、えげつないことをする。

 ガサッ

 その時、視界の端の方で何かが動くような物音がした。
 光のほとんど刺し込まぬ洞窟の中である。俺はよく目を凝らした。

 「何者だ!」

 俺はその方向に叫んだ。
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