気が付けば、異世界で最強クラスだったミカの日常

島津祥光

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来訪者その2

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 気が付けばボクは何もない場所にいた。
 ううん、少し違うかな。ボクはそこに存在していた。
 
 不思議なコトに辺り一面全部真っ暗なんだけど、そんなに怖さは感じなくて、むしろ妙に心地いいと思える。
 それに地に足がついてない、っていうか、フワフワ、と浮かんでいるような、漂っているような感覚。
 此処が何処かなんて見当もつかない、何でいるかも同じく。

 ただ、漠然とだけど分かるコトがたった一つ。

 それはボクはもう、元のボクじゃないんだってコト。だって、今のボクは────。


◆◆◆


 燃えていく、ボクの手足が、身体が燃えていく。
 痛い、な。ああ、痛いな。
 何でこんなにも熱いのだろう。まるで熱湯でも浴びたみたく、全身が沸騰していく。
 もう、何だよ。失われていく。手や足が燃えて、崩れちゃうじゃないか。これじゃ死んじゃうじゃないか。
 ああ、イヤだイヤだ。
 誰が大人しく死んでやるものか。絶対に死んでやるものか。




 時間に換算すれば大体二秒から三秒。それがボクがのに要した秒数。命数って言い換えてもいいかもね。そう、使うのはボク自身の命そのもの。

”リバース”

 ボクはそう声にならない声を心の中で呟く。たったそれだけのコトで変化は生じる。
 文字通りの意味で、ボクの身体を燃やし続けていた火は消えていく。
 消えていく、というよりはまぁ、なくなったっていうのが正しいかな。燃やすモノがなくなったら、火だって消えてしまうのは当然のコト。
 
「うん、バッチリだ」

 再生リバースさせた肉体には何の変調もない。手足、関節、ミカボクというモノを規定する全てが元通り。まるで何事もなかったかのようだ。

「じゃあ、今度はコッチの番だよね」

 幸いなコトに相手は血に飢えた魔物だ。なら、遠慮するコトはないよね。思いっきりもらうよ。
 ああ、イヤだけど。仕方がないよね。ボクだってガマンしてきたんだ。でも、最初にしかけたのはそっち。殺すつもりできたのもそっち。だったら、文句はないはずだ。殺しにきたんだから、殺されてもね。

「────」

 言葉は要らない。ただ念じるだけ。それで事足りる。本来なら魔法を使うには詠唱が必須らしい。でもコレは違う。魔法ではなく、魔力拘束リミッターの解除。普段はジャマでしかない余分ムダな魔力を強制的に抑え込む為の拘束具。まとっていた外套は瞬時に消え去り、枷が外れたボクの体内には力が満ち満ちていく。
 ああ、身体が軽い。さっきまでとはまるで違うモノみたいだ。
 階段を一気に飛び降りて着地。うん、我ながらキレイな着地だ。目の前には小さなリザード。もっとも小さいとは言ってもボクとほぼ同じ体長なのだから成体だろうけど。あ、目があった。

「グシャアアアアア」

 リザードはボクのコトをエサとでも思ったか、口を開き、歯を剥き出して向かってくる。鋭そうな歯だ。こんなのに噛まれでもしたら、人体なんて簡単に噛み砕けちゃうだろうし、引き裂かれるだろうね。相手もこっちを舐めてるみたいだ、口を開いたままで襲いかかってくる。
 でも悪いね。それじゃダメだよ。

 グシャという何かの潰れるような音。勿論ボクじゃないよ、これは相手の頭が吹き飛んだ音。特別何かしたワケじゃなく、単に相手の顔へ平手打ちしただけ。いいや、それも正確じゃないな。ただ手で軽く撫でただけ。たったそれだけのコトでリザードの頭はそこから損なわれた。

「グ、アギャアアアアア」

 巨大リザードの絶叫。あまりにもうるさいから手で耳を塞ぐ。

「ガアアアアア」「グルウウウウウ」

 さっきの絶叫は、どうも命令だったのか、他のリザード達がこっちへと向かってくる。

「そんなので足りると思ってるワケ?」

 きっと鏡を見たらヒドい顔をしてるんだろうな。だって、ボク、今…………どうしようもなく愉しいのだから。ああ、自由だ。今のボクはきっと誰にも止められやしない。例え、相手がだとしても、ね。





 空気が張り詰めていくのが分かった。誰もが眼下の光景に釘付けになっている。

「長、あれは一体何なのですか?」
「…………」
「確かに、彼は強いです。実際あの魔物の群れを全く寄せ付けてない、ですが…………」

 長、つまりはリリエの祖母には彼が何を言いたいのかが良く分かる。口をつぐみ、それ以上言わないのは、彼が優しい人間だからだろう、とも。

 あまりにも違う。
 金髪の少年はあまりにも別物だった。
 その手が、足が、魔物へと添えられた瞬間に、肉は削られ、吹き飛び、穿かれていく。

(何という魔力量さね)

 決して魔物が弱い訳ではない。実際、この高台に逃げ込むまでに村の住人の多くが傷を負い、命を落とした。
 あのリザードはサンドリザード。文字通りの気候に適応した種であり、特徴は分厚い皮膚。熱を遮断する事で照りつける日中の陽射しにも、凍てつくような夜の寒さにも耐えられる。そしてそれは鎧の如き防御力をも兼ね備えており、なかじっかな攻撃では突き破れない、はずだった。

(実際、わたしらの武器はほとんど通じなかった)

 それが一体、どうしてだろう。あまりにも無造作に金髪の少年は魔物を葬っていく。まるで相手になってない。子供と大人、いや、そんなものじゃない力の差。
 一方的な虐殺が繰り広げられ、眼下には見る見るうちに血の梅が出来上がっていく。

「あれだけの魔力を持っているなんて…………まさか」

「ううん、違うよおばあちゃん」

 長が振り向くと、そこにいたのは愛する孫娘の姿。いつもとはまるで別人のような、憂いを秘めた表情を浮かべていて、何故か嫌な予感がした。

。だって────」

 その言葉は、まさに彼女が恐れたもの。こうなるのだけは避けるべく、長い年月守ってきたモノが崩れた事を明示していた。





「うん、これであとはお前だけだよ」

 ポタポタ、と滴り落ちる血を払い、残った敵に視線を向ける。
 我ながらヒドい光景だと思う。辺り一面が血の海になってるし、肉片やら何やらがそこら中に散らばっちゃってる様はボクという存在モノが如何に理不尽なのかをこれ以上なく明確にしてる。

「ああ、そうだね…………」

 巨大リザードの目からは僅かな動揺の色が見える。無理もないか、今の今まで、多分生まれてから今日に至るまでどれだけの歳月を生きてきたのかは分からないけども、目の前の魔物はずっとだったのだろう。
 常に頂点に君臨し、周囲を支配し、そして蹂躙してきたのだろう。

「…………」

 たったの一歩、歩を進めただけで相手は後退していく。

「グ、ルウ?」

 自分でも何をしてるのか分かっていないに違いない。
 キミは失敗した。なまじ強すぎたのが仇になった。

「どうすんの? 逃げる? それとも、戦って死ぬ?」
「…………ア、ガアアアアアアア」

 巨大リザードが突進してくる。四本足をドスドスと踏み締めながら、一目散に向かってくる。鈍重そうな見た目とは裏腹の速度にはちょっとだけ驚いたけども。

「【デナイ クレイヴィング】」

 それは唯一無二の
 もっとも魔法、とは言っても、火や水に風、地などの主だった属性魔法とは体系の異なる魔法。
 自然に存在する様々な要素を活用するのではなく、ボクそのものをリソースとして発動する異端の技。
 そしてリソースというのは、ボク自身を流れるこの血潮。

 言葉を紡いだ刹那、相手へと差し出されたボクの右手。そこに刻まれた十字の傷口から血が噴き出す。その赤いモノは瞬時に形を構築。一本の赤い槍へと変化。

「グアギャアアアアア」

 巨大リザードが突進しながら、口を開き火の吐息を放つ。さっきまでとは勢いが全く違う、全力の攻撃。ボクを恐れ、認めた上での立ち向かう姿は立派かも知れない。
 でもね。キミは逃げるべきだったよ。

 赤い槍が意思でもあるかのように飛び出す。そう、アレには意思というモノが存在する。ボクが相手への害意を抱いた瞬間から、、という意思が込められている。
 火の吐息を赤い槍はまるで意に返すコトもなく突っ切っていく。そしてそのまま一直線に相手へと狙いを定めて、突き刺さる。

「爆ぜろ」

 そして槍はその場で爆発。相手諸共に粉々に跡形も残さずに消え失せた。
 ああ、終わった。
 声がするから上を見上げれば、リリエちゃんが階段を降りてくるのが見える。

「う、く、」

 あ、ちょっともう限界だ。今の戦闘以前に消耗し過ぎてたのを失念してた。
 血が足りないかな。あの魔物、粉々じゃなかったら、吸えば良かったかも。
 そんなコトを思ってる内に、ボクはパタリと倒れ込んだ。


◆◆◆


「う、ん」

 アレ、何だろう。心地いいな。
 この感覚、は…………そうだ。穏やかな日中、一面の芝生に寝っ転がった時に似てるかな。
 ああ、何だか懐かしいな。

「…………目、覚めた?」
「ん?」

 アレ? 気のせいだろうか。目の前に天使がいるぞ。でも何だか見覚えのある天使だぞ。

「どうしたの?」
「ウキョッ」

 思わず飛び起き、後ろへと飛び退く。イヤイヤイヤ、アカンて。何よこの可愛い生き物リリエちゃん。ああ、あきまへんって。そんなクリクリとした目でコッチを見ちゃいかんですたい。あちきの理性が蒸発してしまいますがな。
 とは言え、今回は何とか理性が本能に勝った。少しばかりその場でゴロゴロと転がっているのはまぁ仕方ないコトだよ。

「はい、これ飲んで」

 リリエちゃんが差し出したカップに入ってたのは、赤い液体。ボクという存在モノがどういったモノであるのかをこれ以上なく自覚させる蠱惑的な命の雫。

「で、でもどうして?」

 コレが差し出された、というコトはボクの正体がバレた、という何よりの証。
 そう。今のボクは。人の姿こそしてはいるけど、中身は完全に別のモノ。
 真性の怪物、それがボクの正体。ここまで何とか誤魔化してきたハズだったけど、もうそれは通じない。だって、この芳しい香りを前に、隠していたはずの牙が伸び出してきたから。

「大丈夫だよ、この血なら、きっとミカは元気になれるはずだからね」
「ああ、」

 正直言うともう限界だった。この砂漠に来てからずっと消耗しっぱなしで、ろくすっぽ回復する間なんてなかった。かと言って血なら何でもいいワケでもない。
 吸血鬼と一口に言っても違いは存在する。例えば力の弱い吸血鬼であれば、どんな血でも問題ない。魔力の貯蔵量が少ないから、摂取すべき血液の量も少なくて済む。
 ボクの場合はそれとは逆。魔力の貯蔵量がとてつもなく大きいので一旦減った魔力の回復には一苦労。誰の血でもいいからってバカスカと飲み干しても意味はない。量よりも質こそが肝要らしい。

「あ、んぐ、ごくん」

 ボクは誘惑に抗えずに、カップの血を一心不乱に飲み干す。喉を通り、そこから内臓へ、血中へと浸透していく。ああ、身体中全てが目覚めていく。さっきまで半ば半死人だった吸血鬼の肉体に活力が戻るのが、力が漲る。いい血だ。強い魔力を含んだ良質の血だ。

「ああ、ありがとう。助かったよ」
「良かったです」
「でも一体誰の血なんだい?」
「え、っと」

 リリエちゃんは顔を背けて、手で顔を覆った。ああ、そういうコト。匂いがしないのは、傷口を回復魔法で治したからだろう。何にしても、ボクがここで言うべき言葉は決まってる。

「リリエちゃん、本当にありがとう。キミは僕の命の恩人だよ」

 嘘偽りなど一切ない、本心からの言葉。思えばこの子には二度も救われた。
 砂漠で動けなくなった時も彼女が見つけてくれなきゃ、そのまま死んでたかも知れない。
 今だってそう。血を貰えなきゃ、枯渇した魔力を補充しなきゃ、一体どうなったコトか。
 あのの命令でここに来たけど、キミに会えたこの幸運だけは本当に良かった。

「その、ミカさん」
「ん、何だい?」
「一つお願いが……」

 何だろうか、リリエちゃん。あんなに改まった顔をして。何か大事な話でもあるんだろうか?

「え、っと。言いにくいな」
「遠慮なんか要らないって、ボクに出来るコトなら何でもオッケーさ。何せキミはボクの命の恩人なんだから」

 だって恩人の頼みだからね。出来る限りのお礼は返さなきゃな。

「え、っとぉ…………」
「もしかして物凄く大変なコトなのかな?」

 何だろ? どうにもハッキリしない感じだ。そんなにボクが頼りないのかな?

「任せな、吸血鬼の、それも真祖のボクにかかればちょっとやそっとの困難なんかちょちょいのちょい、ってヤツだ。だから大船に乗ったつもりで、いや、ここ砂漠だから、ええ、っとぉ」
「はい、じゃあお願いします」
「うん、よっし。何でも来い」
「私を一緒に連れて行って下さい」
「……………………はぃ?」

 ちょっと待て。今、何て言ったよこの子? 一緒に?

「ええ、っとぉ…………何処に?」

 いやいや、冗談だ。絶対に冗談だ、そうに決まってる。

「ミカさんの行く所なら、何処までも」
「ちょっと、待って」
「ミカさん、何でも来いって言いました」
「え、うん」
「出来ることなら何でもオッケーって言いました」
「うん、はい」
「遠慮するなって言いましたよね?」
「…………言いました」
「私は命の恩人、なんですよね」
「う、……そうです」
「なら約束守って下さい」
「────」

 あ、コレあかんヤツだ。目が座ってる。何が何でも一歩だって退かないつもりだ。この子絶対について来る気だ。
 だけど、それは危険だ。ボクはこれからもあちこちクソッタレの命令で旅をする。きっとあのヤロウのコトだ。魔物とかなんとか厄介事のオンパレードに違いないんだ。そんな旅にこんなまだ小さな女の子なんか……。
 何とか説得材料を見つけねば。そう思って周囲に視線を巡らせれば、向こうにはリリエちゃんのおばあちゃん、つまりは長の姿。よし、コレだ。そうと決まれば一気呵成に。ボクは大声で叫ぼうとして。

「ああ、おばあちゃんならもういいよって言ってくれましたよ?」
「ぐっふぅ」

 手回し済みかよ。この子思った以上の策士か。じゃあ何か、もう打つ手なしってか?

「なので諦めてくださいね」
「──────────うん」

 ニッコリした笑顔が眩しい。ああ、コレはもう仕方がないってコトなんだな。


◆◆◆


 ザ、ザ、という足音。砂を踏み締めて、ボク、……は旅をする。
 容赦なく照りつける陽射しはボクの身を焼き尽くしそうだ。いや、実際ほんのちょっと焼いてるんだよね。ボク、直射日光に弱いからさ。こんだけ強い陽射しは殺人的だよホント。

「うふふ、うっれしいなぁ」

 リリエちゃんはこの歩きにくいコトこの上ない砂の大地をモノともせず、軽やかな足取りで歩いていく。
 このうだるような暑さにも全く動じず、タフって言うのか、それともこんなの慣れっこなのか。いずれにせよ羨ましい限りです。

「私、村からこんなに離れたのって初めてなんですよ?」
「へぇ、そうなんだね」
「はい。だってですもの、私」
「ん?」

 今、何て仰いましたかこの子? 何だか物凄く重要そうなワードを聞いた気がするんですけど、けどもさ。

「あ~、の御告げって馬鹿に出来ないですよねぇ」
「…………………………」

 神様ねぇ、ほうほう。

「リリエちゃん。ちなみに神様は何って言ったのかな?」
「もうすぐ、あなたを世界へと連れ出す御使いが来るから、楽しみに待ってて、でした」
「────」

 ガッデム。あんの神様クソッタレ。つまりこれもやっぱし大体がアンタの差し金か。何がちょっとした魔物退治だ。コッチの方がメインだったんじゃないか。確かにリリエちゃんがカワイイのは認める。ああ、認めますともよ。だけどね、ボクは今や吸血鬼。おまけに男だ。これじゃ間違い、はないな、子供だし。ロリはいかんいかん。カワイイモノを愛でるのが好きなのであって、あれこれしようだなんて思わない。思っちゃいないんだからね。

「どうしましたぁ、先行っちゃいますよ?」
「うん、待って」

 ああ認めます、今のボクはあまりにも何も知らない。知ってるコトなんて本当に少しだけなんだ。
 だから今は大人しくアンタの目論見にだって付き合ってやる。世界を知る為にもね。
 でもね、いつか。いつか絶対にギャフンと言わせてやるからな。覚えてやがれ、いいや、覚えておくな。むしろ忘れろ、油断しとけ。

「リリエちゃん、ちょ、早いって、ブホウッッ」
「ミカさん、砂地獄です気を付けて」
「い~や~だぁぁぁぁ~」

 ちくしょう、絶対ギャフンって言わせてやるんだからなッッッッッ。

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