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第4話  成長するモンスター

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はぁ、本当にひどい目にあった。
出来ることならあの町にはもう近寄りたくはないな。
あれから僕とオリヴィエは次の町である、イスタに移動中だ。
とにかく拠点となる場所が必要だからだ。

移動中に魔物に出くわしたんだけど、オリヴィエの魔法がとても役に立った。
クイックという素早さをあげる魔法で援護をしてくれるし、傷ついたら回復もしてくれる。
素晴らしい……仲間がいるって素晴らしい!

クイックのおかげで敵の攻撃を避け易くなったし、攻撃も前より当たるようになった。
なんと言っても、グリーンスライムの素材を手に入れられるようになった事が大きい。
無駄な傷を付けずに倒せるようになったからだ。
もう僕の財布は既に空っぽだし、オリヴィエは誘拐された後だから財布なんて持って無い。
だから僕たちは無一文ファミリーなわけで。
これからは素材を売って口を糊する生活になるから、頑張って倒さないと。


戦闘を何回かこなしたあたりで、お互いの能力の話になった。
その時オリヴィエから教えてもらったステータスはこうだ。

年齢  16歳(女)
職業  聖職者
レベル 3
生命力 10
魔力  22
攻撃力 2
防御力 5
素早さ 7

習得魔法
・ヒール
・クイック

役職 シスター


羨ましい。
魔力の高さや魔法欄じゃなくて、役職が。
人に見せても恥ずかしくない、その役職が。

さすがに生命力や攻撃力は僕の方が高いけど、魔力は比べるまでもないね。
やっぱりこの変態役職はかなり弱いんじゃないかな。
せめて戦闘慣れして、武器もまともなものにすればマシになるのかな?
このままじゃ僕の方が足手まといになりかねない。


「レインさん、大丈夫ですか? そろそろ陽が暮れますし、移動はまた明日にしましょう。」
「そう……だね。そうしようか。」


魔物を的確に倒せるようにはなったが、楽になったとは言ってない。
魔法で素早く動けるようになった分、体へのフィードバックも大きかった。
肉体疲労が倍にでもなったような気さえする。
女の子を一人で見張りをさせるのは気が引けたけど、僕も体力が空っぽだ。
情けない気分のまま先に眠らせてもらった。
もちろん異変があったら叩き起こすよう頼んで。

数時間後、オリヴィエに起こされた。
正直あの街での出来事がフラッシュバックしてあまり眠れなかったけども、時間が来たなら交代だ。
僕が寝てる間、何事も無かったらしく平穏そのものだったとか。
見張りの交代をして火の回りに身を起こした。

焚き火の側では黒猫が丸くなって眠っている。
何の心配もなさそうにのんびりと。
僕もそんな風に、心置きなく眠りたいもんだよ。

それにしても本当に静かだなぁ。
焚き火から聞こえるパチリッ なんて音くらいしか聞こえない。
暗闇の中の静寂は威圧感を感じさせつつも、なんとも言えない安心感も与えてくれる。
そんな静寂を突き破って、オリヴィエが横になりながら話しかけてきた。


「レインさん、私は神に仕える身です。聖職者なのです。だから変な事をしてはいけませんよ?」
「え、うん。わかってるよ。」
「でも、ちょっとくらいなら……気づかないかもしれませんよ?」
「そ、そうなの?」
「そうですね、ちょっと手を繋ぐとか、頭ナデナデするくらいなら私も起きないと」
「オリヴィエさん、もう寝たら?」


この子は普段真面目で真っ直ぐな性格をしてるけど、たまに変な事を言うんだよね。
どっちが素顔の彼女なのかわからなくなる。
まぁ、本人すらわかってない事かもしれないけど。


何事も起きず、僕がオリヴィエの頭をナデナデするなんて事もなく、夜が明けた。
イスタの街に向かう途中で魔物を倒していると、僕のレベルが上がった。
全ステータスが1しか上がらないのは前と同じだけど、今度は魔法を覚えた。
なんだろう、使える魔法だといいんだけどね。


「えっと、スニークって魔法を覚えたみたいだ。」
「スニークは足音や気配を消せる魔法ですね。不意打ちや潜入時に役立つものです。」
「ほんと? じゃあさっそく・・・。」


スニークを唱えると、二人の足音が消えた。
草を分けても、ジャンプしても、岩を蹴りつけても一切物音がしなかった。
しかも魔法を唱えると自分だけじゃなく、オリヴィエにも効果が及んだ。
残念な点といえば、効果時間が短い事くらいかな。
でもこれって、地味に凄い魔法なんじゃ?
ちなみに消費魔力は2で、最大6しかない僕には3回しか使えないんだけど。
それでも優秀な魔法を覚えられて、とても嬉しかった。


「便利な魔法ですね、おめでとうございます。」
「ありがとう。これで今後の戦闘がもっと楽になるね。」
「でもレインさん、その魔法は町中で使わない方がいいですね。」
「え、どうして?」
「見た目が奇抜な男性が、音もなく近づいて来たとしたらどうでしょう?」
「あ。」


そうだった。
僕は今ギリギリ陰部が隠れている程度の【変態スタイル】の男として見られているんだった。
オリヴィエが普通の対応をしてくれるから、つい忘れてしまっていた。

背後から足音を一切させずに歩み寄ってくる半裸の男……。
あ、完全にアウトだコレ。
より変態加減に磨きがかかってしまった。
浮かれていた気分が一気に沈み込むようだ。


「その魔法を使われてしまうと、私もあなたにきっと気づけませんね。」
「そうだね、考えて使わないとはぐれてしまったり色々と」
「だから、その魔法を使って私のスカートの中を覗き込んだり、首元の匂いをクンカクンカしてはいけませんからね?」
「うん、しないから。安心していいから。」
「でも、後ろから優しく抱きしめたり、耳元で甘く囁いたりすると高ポイントですよ。」
「オリヴィエさんは僕を何だと思ってるんだい?」


変態の誤解が解けたんじゃなかったのか。
事ある毎に妙な話題を振られて、リアクションに困ってしまう。
僕が何かをする前提でロジックを組み立てないでほしいなぁ。

気分の波を乱高下させながらも、キッチリ魔物は倒して進んでいった。
昼をいくらか過ぎた頃、遠くにイスタの街並みが見えた。

僕は先日の惨状を思い出しながら、気を引き締めつつ向かうのだった。
それからは特に何事もなく、無事イスタの街についた。
入り口で衛兵と揉める事を覚悟してたけど、ここには門自体がなかった。
だから出入り自由ということだ、なんて素晴らしい!

街に入ると途端に周囲がザワつきだした。
まあ、当然といえば当然かもしれない。
声を潜める気がないのか、断片的に言葉が聞こえてくる。
なんのつもり……変態じゃん……みんなに注意を……女性の一人歩きはしばらく……。  
おかしいね、ただ往来を真っ直ぐ歩いてるだけなのにね。


「オリヴィエさん、ごめんね。キミまで不快な思いをさせちゃって。」
「いえ、これくらい。レインさんの苦痛に比べたら些細なものです。」
「そう言ってくれると助かるよ。まずは宿屋に向かおうか。」
「わかりました。ここでは泊めてくれるといいですね。」


そう、そこが問題だ。
魔物の素材を売ることができたので、宿賃くらいは財布に入っている。
でもお金の問題じゃなく、僕が居ると泊めてもらえない可能性が高い。
だから一計を案じることにした。


「いらっしゃい、お嬢さんお泊まりで?」
「ええ、ひと部屋お貸しください。」
「お一人様ですな、20ディナになりますがよろしいですか?」
「ええ、魂は二人分ですが。では20ですね。」
「ハッハッハ、さすがに魂からはお金は結構ですよ。ごゆっくり。」


よし、オリヴィエは問題なかったな。
そこで僕はスニークを唱えてから、隙をついて同じ部屋に潜り込んだ。
なんか犯罪者っぽいけど成功だ!
このまま次の朝まで居座って、出るときにはまたスニークで移動するって作戦だ。
もちろん無賃で泊まるのは犯罪だから、テーブルにもう一人分の宿賃は置いていくことにして。
ついでに猫も一匹いるけども、まぁそこはご愛嬌って事で。


「良かった。うまくいったんですね。」
「ありがとうオリヴィエさん、おかげで宿に泊まれるよ。」
「本当に大変な身上ですね、施設が利用できないなんて。」
「ほんとだよねぇ。これもあのいい加減な女神様のせいだよ。」


〈人の陰口を叩くときは気を付けなよ、特に.アタシの場合は。〉


「うわっ! 急に話しかけないで!」
「え、レインさん。どうしたんです?」

〈こんなカワイイ子を宿屋に連れ込んじゃってさ、オタノシミでもする気?〉

「違いますってば、こっちはそれ所じゃないんですよ?」
「レインさん、大丈夫ですか?」
「ごめん、オリヴィエさん。ちょっとこれから女神様と話し合うから。」
「え? か、神?!」

<それで、何のようですか?手短にしてください。>
<えぇー。あの純粋だったレインきゅんが、こんなにやさぐれちゃって。母さん悲しい。>
<誰のせいですか、ほんの数日で全自動にやさぐれると思います?>
<何さ、周りにからかわれるくらいで不幸ヅラしちゃってさ? そんな根性じゃこの先生きてくの大変よ?>

不幸ヅラって誰のせいだよ。
しかも、からかわれる程度にしか見えてないの?
神様にとってはあれも悪ノリのレベルに感じるの?

<からかわれるなんて次元じゃないでしょ、危うく殺されかけたんですから。>
<……マジ?>
<町中の人が突然、殺せ殺せの大合唱ですよ。今生きてるのが不思議なくらいです。>
<ちょっと確認する。えぇっと、何これ? 感情値オーバーフロー、異常な数値です、参照元を確認してください? こんなの初めて見たけど。>
<女神様?>
<うーん。これはアタシがなんとかするから、しばらく派手に動かないでね。じゃね。>
<え、ちょっと!>


それ以来呼び掛けても返事はなかった。
突然やってきて突然消えるよな、あの人。
あんなのが側にいたら物凄く振り回されそうな気がするぞ。


「オリヴィエさんごめんね、ちょっと長くなって」
「レインさん!!」
「うわ、なになに?!」
「あなたは、神様と対話ができるのですね?! 私は一度さえも聞いたことのない神の御声を聞けるのですね!!」
「え、うん。たぶんそう。不思議な力を使えてたし。声の主は神様だと思うよ?」
「素晴らしい! レインさんは最高です! どうか私をずっと、ずーーっとお側に置いてください!」
「え、怖いよオリヴィエさん。ちょっと落ち着いて?あともう少し離れて?」


跳び跳ねたりクルクル回り出したり、しばらく一人お祭りモードになってた。
あまり騒がないでほしいよ、人が来ちゃったら面倒だもの。


「とりあえず、ゆっくりお風呂にでも入ってきなよ。疲れただろうしさ。」
「お風呂ですか? フムフム、なるほど。ではここはひとつ、あなたの策に乗るとしましょうか。」
「策?」
「レインさん、私はびっくりするくらい無防備に裸体を晒しながら湯あみをしてきますので、決して覗かないでくださいね。」
「う、うん。安心して。もちろんそんな事はしないから。」
「え?」
「うん?」


なんでそんな顔になるの?
まるで構って貰えなかった犬みたいな表情じゃない。


「レインさん、私ってそんなに魅力ないですか?」
「ちょっと待って、何の話?」
「もう少し興味を持って貰えないと、さすがに傷つきますよ。」
「えぇ……じゃあどんな返しをしたら良かったの?」
「うーん。凄く見たい気持ちはあるけれども、悪いことはできないから遠慮する、とか。」
「そんな気の利いた返し、社交界慣れした貴族様じゃなきゃ無理じゃない?」


この子は普段あんなに頼りになるのに、たまに頭のネジが吹っ飛ぶんだよなぁ。
それはもう、亜音速で。

それからオリヴィエを宥めてから、今後のスケジュールについて話し合うことになった。
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