上 下
21 / 51

第18話  以心伝心

しおりを挟む
僕たちは牧師に奥へと案内された。
そこは応接間のようで、大きめのテーブルと何脚かの椅子が置かれている。
それらは古びてはいるが、品位や誇りが感じられ、『清貧』という言葉を思い起こさせる。

席に着くなり、目の前にコップが置かれた。

「大したもてなしは出来ませんが、こちらをどうぞ」

牧師は白湯を振る舞ってくれた。
僕たちは頭を下げつつ、フチが少しだけ欠けたコップに口をつける。
微かな気まずさを誤魔化すように、僕は小さく息を吹き掛けた。


「まずは、お礼を述べさせていただきます。リリィを気にかけてくださって、ありがとうございます」
「いえいえ、僕たちは通りすがりでして。……ええと」
「あぁ、申し遅れました。私はマークスという者です。ここで牧師をしております」


彼は静かに答えた。
微笑んではいるが、どこか曇りがある。
疲れているだけかもしれないけど、何か込み入った事情がありそうだ。


「失礼じゃなければ聞きたいんですけど……」
「お気遣いなく。私の知る限りでしたらお答えいたします」
「あの女の子、リリィが泣いている間、通行人は見て見ぬふりをしていました。あんなに幼い子が一人で泣いていたのに」
「そうでしたか。旅の方にお見せしてしまい、恥ずかしい限りです」
「僕はその様子が、とても異常に思えてしまったのです」
「なるほど……。結論から申し上げますと、余裕がないから。という答えとなります」


視線を落としてマークスは答えた。
記憶を辿っているのか、答えにくいだけなのか、そこまで読むことはできない。


「かつてこの街には、ずる賢い少年がいました。器用で頭の良い子だったのですが、性根までは宜しくなかった。悪目立ちをし続けた少年は方々で拒絶され、そして街を去ることになりました」


喉を湿らせたいのか、マークスは白湯をすすった。
その両目は何か深い色を帯びている。


「街を出た少年にその後何があったのか。経緯を知るものは居りません。ですが……より大きな人物となって戻ってきました。多数の荒くれ者を引き連れて」


両目に宿る色が、少しずつ深みを帯びていく。
それはもしかすると『後悔』なのかもしれない。

「彼らは自分達を『黒狼団』と呼び、街を事実上支配しました。初めは抵抗した私たちも、圧倒的な武力を前に降伏を余儀なくされました。その結果、我々は蓄えと尊厳を奪われていき、活力を失いました。あなたが抱いたという『異常』も、その一端と言えましょう」
「そうだったんですか。街はそんな状況下に……」


どうりで街に活気がないはずだ。
どことなく荒んだような空気なのも納得がいった。


「あなた方が心を痛める必要はありません。旅をされているのであれば、何かしらの使命をお持ちのはず。それを全うされるべきです」
「マークスさん、僕たちに何かお手伝いはできませんか?!」


僕はつい反射的に問いかけてしまった。
リリィという名の少女がそうさせたのかもしれない。
マークスは口よりも先に首の動きで答えた。


「その申し出は大変嬉しいのですが。あなた方に万が一の事があったとしたら、私は神になんと申し開きをすれば良いのでしょうか?」
「それは、その……」
「初対面にも関わらず、あなたはリリィの窮地を救ってくださいました。それだけで十分かと思いますよ。街の事は街のものがなんとかするでしょう」


それからも話は平行線となり、マークスはついに首を縦には振らなかった。
それから僕たちは、後ろ髪を引かれる思いで教会から立ち去った。
マークスとリリィに見送られながら。

しばらく歩いてから足が止まった。
心の警鐘がとうとう身体にまで及んだからだ。
このまま去るわけにはいかない。
こんな蛮行を許して良い訳がない。
僕の心はこれまでにないくらい、猛り狂っていた。


「オリヴィエさん、グスタフさんちょっといいかな?」


グスタフは力強く頷いた。
まるで『わかっている、何も言うな』とでも伝えるように。


「レインさん。以心伝心という言葉があります。今のあなたの心境は手に取るようにわかりますとも」
「ありがとう、オリヴィエさん……」


さすがに付き合いが長いだけに、彼女は全てを察してくれたらしい。
僕の心は途端に光が差したようになる。
以心伝心って、良い言葉だね。


「あなたは私にこう伝えたいはずです。僕たち正式にはお付き合いをしてないけど、ちょっとくらい味見しても良いだろう……」
「うん、ごめんね。考えを言葉にするのって大切な事だよね」


すぐに話し合いの場が持たれた。
街を救う提案に対して、2人は即答で応じてくれた。
なんとも頼もしい限りだ。

そして意思確認が終わった頃に、オリヴィエが少し遠慮げに話しかけてきた。


「あの、レインさん?」
「なんだい。何か気がかりでもあるのかな?」
「その……私はいつでも大丈夫ですから」
「それは人助けに関して、でいいんだよね?!」


オリヴィエは答えない。
優しげな微笑みを返しただけだ。
なんというか、掴み所のない子だ。
君は僕の良き理解者だけど、僕は君の事をちゃんと理解できてないよ?
少しくらいは難易度を下げて欲しいよ、まったくもう。
しおりを挟む

処理中です...