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第17話  母への贈り物

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僕たちは今、西大陸の玄関口とも言える「ナダウの港町」に到着した。
中央大陸を出るには苦労するかと思ったけど、グスタフの伝手をたどって商船に乗せてもらうことができた。
もちろんまともな部屋なんか与えられず、積荷に挟まれるような渡航だった。
船酔いと打ち身に耐える二日間。
もう頼まれても乗りたくはない。

僕たちの中で一番元気だったのは、猫のミクロだ。
暖かそうな場所を見つけては横になり、退屈になったらオリヴィエに甘える。
彼女は顔を真っ青にしながらもミクロの相手をしていた。
なんというか、律儀だなぁ。


下船する時は、夜の暗がりに隠れつつスニークで脱出。
法に触れる移動手段なので、見張りに見つかると不味いらしいからだ。
魔法を習得したときは変質者っぽくて嫌だったけど、意外と活躍できて嬉しい限り。
グスタフも「潜入や奇襲に重宝する」って誉めてくれたし、ちょっとだけ誇らしい。

路地裏の安宿で1泊をした僕たちは、すっかり太陽が高くなった頃に街へ出た。
暗いうちに出立する話もあったけど、そこまで気にする必要はないとグスタフは言う。
どうやら中央大陸と西大陸は別の国らしい。
これからは衛兵に見つかっても捕まらないだろう、という事だった。
国って1個しかないと思ってた僕には驚きの話だ。


「国ってたくさんあるんだってね。オリヴィエさんは知ってた?」
「私も知りませんでした。レインさんのほくろの数くらいあるのでしょうか」
「その口ぶりだと、僕のほくろの数を把握してる事にならない?」


この問いかけに返事は無かった。
さすがに知らないよね、ね?


宿を後にしながら、いつものような会話をしていたところ、路地裏から怒鳴り声が聞こえた。
気になってしまい視線を送る。
オリヴィエもグスタフも同じだ。
僕たちは全員その場面に釘付けになってしまった。

怒鳴り声をあげた方は、性質(たち)の悪そうな男。
そっちは別に気にならない。
ケンカや騒ぎくらい起こしそうなタイプだし。
問題は相手の方だ。
どう見ても、10にもなっていない少女だった。


「おねがい、かえして! だいじなおカネなの!」
「うるせえな。おめえみてえなガキに金なんか必要ねえんだよ! 大人の俺様がきっちり有効に使ってやるよ」
「ダメ! お花かうの! そのおカネでお花をかうのー!」
「邪魔くせえんだよ、この野郎! 殺されたくなきゃすっこんでろ!」
「いたいっ!」
「ハッ。その辺で物乞いでもしてな。小銭くらい恵んでもらえるだろうよ」
「おかあさーーん、おかあさぁーーん!」


男が路地の奥へ消えていった。
愉快そうに高笑いしながら。


「あのさ、僕ちょっとトイレに行ってくるよ」
「奇遇だな。オレもあそこで用を足してくる」
「偶然ってあるんですね。私もお手洗いに行きたかったんです」


ごめん、これは僕が悪かった。
別の単語を選べばよかったね。
それと言葉にしなくても理解してくれて、ありがとう。


「へっへっへ、あのガキんちょ。思ったより持ってたな。これで今日も酒が飲めるっと」


僕たちは背後から静かに男の背中に迫った。
よほど浮かれているのか、周りに全く注意を払っていない。
隠密系の魔法を使うまでも無かった。

まずオリヴィエが、持っていた杖を無防備な足に絡ませた。
男は受け身すら取れずに、顔面から地面に倒れる。
路上に転がる銀貨をすかさず僕が拾い上げた。


「オイ! そいつに触るんじゃねえ!」


うつ伏せのまま男が叫んだ。
でもそれすらもママならなくなる。
背中を思いっきりグスタフが踏みつけたからだ。
肺の息をすっかり吐き出した男は、次の息を求めて体を暴れさせた。

それを許さないグスタフは、さらに力を強めたみたいだ。
ミシリ、ミシリという生々しい音が薄暗い路地に響く。
男の顔が赤黒く変色した頃に、グスタフは足を上げた。
それで相手を自由にするつもりはないらしく、今度は男の右手を思いっきり踏みつけた。

今度はボキリと重い音が鳴り響く。
加減をする気は無いみたいだ。
可哀想だとは微塵も思わない。
僕たちは相手を寝そべらせたまま問い詰めた。


「あの金はどうした。あの少女と何があった」
「あんだよ、テメエらには関係ねえだろが!」
「ほう、右手だけじゃなく左手もいらんか。まぁ人から奪うだけの手なら要らんか」
「やめろ! あのガキが大事そうに持ってたから、ちょっと借りただけだ!」


一切悪びれない態度に苛立ちが募っていった。
それは僕だけじゃないようで、二人の顔色も酷いものになっていく。


「弱っちいくせに金なんか持ち歩くからだ。オレの方が強え、だから奪えた。テメエらだってオレから奪ったじゃねえか」
「奪わないよ。僕たちはあの少女にこれを返すんだ」
「へっ。いい子ちゃん気取りの英雄被(かぶ)れか。その態度が寿命を減らしても遅えぞ、コラ」
「リーダー、どうする? こいつはいっそ切り殺した方がいいぞ」
「うーん、さすがに盗みだけで殺すのは、ちょっと罰が重すぎない?」
「レインさん。私にいい考えがありますよ」


あれ、この流れ前もあったような?
具体的には闘技場の受付であったような。
まぁ、こんな男に時間をかけてもしょうがないので、オリヴィエの案を採用することにした。


「オイ、お前ら何する気だ? オレは『黒狼団』の一員なんだぞ!」
「知らん」
「何それ?」
「犬より猫の方が好きです」


男の必死の強がりを聞き流して、僕たちは刑を執行した。
両手を縛って吊るし上げ、下半身を露出させた。
ズボンも下着も剥いてしまったので、完全に全部出てる。
胸には大きく『天誅』とだけ書いて。


「まぁこんなもんだな。声を出せば助けてもらえるぞ」
「クソッ こんな事してタダで済むと思うなよ!」
「こんな格好の男が噂となったら、レインさんの姿も目立ちにくくなるでしょう。良かったですね」
「僕より下の存在がこれくらいしか居ないって事実は、結構堪えるけどね」


男をそのまま放置して、さっきの場所へと向かった。
少女は道の端でずっと泣いていた。
行きずりの子供なのに、その姿には胸が張り裂けそうになる。


「お嬢ちゃん。君が探しているのはこれでいいんだよね?」
「……えっと、えっと。おにいちゃんは、だあれ?」
「僕らの事は気にしないで。これは君のものなんだよね」
「うん。こわいおじちゃんに、とられちゃったの。それとおんなじ色の、ぴかぴかのおカネ」
「もう怖がらなくていいんですよ。私たちがやっつけましたから」
「ほんとうに? ほんとうに、かえしてくれるの?」


少女の手がゆっくりと銀貨へ伸ばされる。
その両手は土や泥ですっかり汚れていた。


「もちろんですよ。はい、どうぞ」
「ありがとう、ありがとう! キレイなおねえちゃん! はだかのおにいちゃんたち!」


子供ってのは正直だよなぁ。
こっちの二人は裸のお兄さんらしい。
僕は好き好んでこの格好をしてるわけじゃないんだよ。

少女の身の安全を気遣って、用事を見届けてから家まで送る事にした。
また似たような事が起きたらと思うと、放っておけなかった。
聞いたところによると、どうやら貯めたお小遣いで母親に花束を買うつもりらしい。

なんていい子なんだろう。
お店で花を手に入れた時の表情なんか、それはいい笑顔だった。
美しく咲き誇る花々が霞んでしまうくらいの華やかさで。
「これできっと、おかあさんもよろこぶよー」なんて言っちゃってさ。

天使ってこの世に居たんだなぁ。
両手でがんばって抱え込んじゃってさ。
こんな姿見たら、お母さん泣いちゃうと思うよ?


「おかあさん、はい。だいすきな お花!」
「ねえ、ここって」
「……今は静かにしましょう」
「そう、だね」


僕たちは案内された。
少女の家にではない。
教会の裏手にひっそりとある、母が眠る場所に。
少女は大きな花束を、そこに優しく置いた。
それに応えたかのように、そよ風がサァッと流れた。


「おかあさん、ゆりの花、だいすきだったよね。いっぱいもってきたから、さびしくないよね」


百合の花を見つめる少女の目に、この光景はどう映っているんだろう。
こんな年齢で親と引き裂かれた絶望は、どれ程深いのだろう。
僕は何をしてやれるかわからず、小さな背中をじっと見つめていた。
グスタフも何も言わず、ただ遠くを見るようにしながら腕組みをしている。
オリヴィエも言葉を見つけられていない。
無言で少女の肩に手を添えただけだった。
しばらくそうしていると、背後から足音が聞こえてきた。


「リリィ、戻ったんだね。その方たちは……?」
「せんせー、お花かってきたの。おかあさんがすきだったの!」
「そうかい、きっとお母さんも喜んでいるよ」


やってきたのは牧師らしき男だった。
40代くらいの物腰の柔らかい人。
僕たちと少女を交互に見ながら話していた。


「このおにいちゃんたちが、リリーがないてるところを、たすけてくれたの。やさしいの!」
「そうですか、お世話になったのですね。そうとは知らず、お礼を申し上げるのが遅れまして……」
「いやいや、気にしないでください。僕たちは大したことをしていません」
「よろしければ、中へ。我々教会の者はどなたであろうと門を開きます」
「レインさん、良かったですね。初めてお会いする方に不審がられませんでしたよ」
「いや、今の言葉は……やくざもの相手に使う言葉だと思うよ」


一般人に向ける言葉じゃないもんね。
そもそも教会は、普通に暮らす人の為の場所な訳だし。
わざわざ「誰にでも門を開く」って口にしているのは、そういう事だよ。


後をついていくと、応接室のような場所に通してくれた。
オリヴィエの言う通り、初対面でここまで信頼されるのも珍しい。
でもそんな感慨に耽っているのも束の間だった。
僕たちはこの席で、街が抱える大きな問題を知る事となる。
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