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第24話  価値観の崩壊

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片田舎の村の道端にて。
そこには不機嫌全開の溜め息が辺りに響き渡っている。
それは自然に漏れたと言うよりは、周りに知らしめたいかのようであった。


「人里離れた場所に期待したけど、完全に空振りじゃないの」


魔術師ミリィは大層不機嫌だ。
お眼鏡に叶うようなダンジョンも、稀少な魔物も見つからないからだった。
長い髪をしきりにかきあげて不機嫌を露にしている。
普段から雑に扱われているが、彼女の真っ赤な髪はしなやかで美しかった。


「こんな人の居ない村でも男ってヤツは……。うっとおしいったらないわよ」


これも彼女の不機嫌さを助長していることだ。
その持ち前の美貌から、常に見知らぬ男たちを寄せ付けてしまう。
魔術の研究に没頭したい彼女にとっては、ありがた迷惑以外の何物でもない。
この村に限ってはヨボヨボの年寄りが言い寄って来るというイレギュラーが起きたものの、概ねいつも通りだった。


「あぁ、退屈。なんかこう……ガツーンと来ることはないかしらね?」


彼女は飽き飽きしていた。
底の知れた男たちからの安い求愛に。
目を瞑っていても撃退できる魔物たちに。
自分の想定を越えることのない、この世界に。

普段は魔法の研究ばかりに携わっているが、内実そこまで夢中ではない。
彼女に真新しい情報を与えてくれる物事が、未知の世界の研究くらいしかないからだ。


「はぁ……。まだ中央大陸の方がマシだったかなぁ」


つい考え事をしつつ歩いてしまう。
思考の奥深くまで潜っているためか、道行く人にも気づけていない。
そして無防備だった彼女は、出会い頭に人とぶつかってしまった。


「痛いッ?!」
「あっ、ごめんなさい!」


現実に引き戻されたミリィは自分の目を疑った。
その衝撃は彼女の固定観念を『ガツーン』と叩き壊すのに、十分な破壊力を秘めていた。


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ーーーー


「大丈夫? 怪我はしてない?」
「あ……あぁ……」


ぶつかった拍子に女の人を転ばせてしまった。
僕は手を差しのべてるんだけど、彼女は震えるばかりで手を取ろうとしない。
ここでも僕の見た目がネックになっているようで、乾いた笑いが込み上げてくる。


「レインさん、どうかしましたか?」
「女の人とぶつかっちゃったんだけど……この様子でさ」
「どうしましょう。一応ヒールかけましょうか?」
「そうだね。お願いするよ」


オリヴィエが彼女の傍でしゃがみこみ、魔法をかけようとしたその時だ。
その女性が突然立ち上がり、僕の首に飛び付いた。


「ええ?! 何ですかッ どうしたんですか!」
「あなた最高よ! そんなギリアウトな姿でうろつくなんて、誰が考えられると言うの?!」
「訳わかんない、とにかく離れてくださいよ!」
「嫌よ。ようやく見つけた生き甲斐だもの! 絶対に逃がさないから!」


この人凄い力だ!
その細腕のどこから出てるんだろう。
グスタフと2人がかりでようやく引き剥がす事ができた。
それだけ動けるなら、怪我なんかしてないよね!


「ダメですよ、レインさんとイチャついて良いのは私だけなんですから」
「それ以前の問題だよ。権利云々の話じゃないでしょ」
「あら、フィアンセが居たの? じゃあ2番目でいいわ。よろしくね」
「よろしくねって、何?!」
「あなたたち冒険者でしょ? 私も連れていってよ。役に立つわよ」


この人はヤバイ。
僕の頭の中で緊急信号(アラート)が鳴り響く。
グスタフとオリヴィエも同意見らしく、僕たちは一斉にその場を逃げ出した。

もう少しあの村でゆっくりするつもりだったけど、こうなっては仕方がない。
村が見えなくなる所まで走り続けた。


「なんだったのかな、すっごく変な人だったね」
「それにしてもリーダーはモテるな。中央大陸でも女が寄ってきたもんな」
「へぇ、あなたってモテるのね。まぁ2番目まで譲る気はないけどね」
「うわぁッ!」


いつの間にかさっきの人が真後ろに現れた。
ちゃんと撒けたと思ったのに!


「魔術師をナメちゃだめよ。特に私のことはね?」
「そんな! いったいどうして?」
「転移ってやつよ。これでもう離ればなれにならずに済むわね」
「えぇ……?」


それからしばらくの間、3人がかりで説得を試みたけど、無駄な努力に終わった。
本当に人の話を聞かないタイプで、何を言っても通じなかったのだ。
最終的に僕らが折れる形で決着が着いた。
魔法に詳しい人が居てくれると助かる、という計算も手伝った為だ。

正直、僕は頭痛がして仕方がない。
せめてリーダーポジションをグスタフに擦り付けたくなってしまった。
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