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第40話  祈りの歌

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「ようこそ、終末の塔へ」


男はわざとらしく一礼した。
上部だけの態度ということは考えるまでもない。


「この塔はなんだ! お前は誰なんだ! これまでの異変もお前のせいか!」
「ハッハッハ。質問はひとつずつにしてくれよ」


どこまでも人を食ったような態度だ。
その余裕がまた腹立たしい。


「この塔は文字通り、あらゆる命を葬るものだ。それはこの星だけでなく、あらゆる星の生命までもね」
「星たって? それは一体何なんだ!」
「ああ、その概念がわかんないか。じゃあ、あらゆる命を殺す装置と考えてくれ」
「そんな恐ろしいものだったのか、今すぐ悪巧みをやめろ!」
「強気だねぇ。お仲間がいるからかな?」


男は片手を僕の方に向けた。
すると、ガコンと重い音が室内に響いた。
入口の扉が閉められたようだ。


「まさか入り口が!?」
「これで邪魔は入らない。そもそも君以外を招くつもりはないからね」
「目的は僕か?」
「半分正解、半分間違いだね。知りたいかい?」
「早く話せ! 痛い目を見たいのか?!」
「野蛮だねぇ、いいけどさ。君はね、僕の付属品なんだよ。本来ならサポートだけする存在なの」
「付属品……だって?」
「そうだよ。君の力を吸収することで、僕は完全な力を手に入れる。そうなればこんな狭い世界だけじゃなく、あらゆる世界に力を及ぼせるんだ」


こいつは何の話をしてるんだろう。
完全に僕の理解を越えている。
あらゆる命を奪う?
僕が付属品?
完全な力?

わからない事ばかりだけど、ひとつだけハッキリしていることがある。
この男を生かしておいてはダメだ。
確実に仕留めないと危険な人物だ。


「おや、僕に歯向かう気?」
「当たり前だ! ここでお前を倒して、世界を元通りにするんだ!」
「はぁ、アホらし。英雄にでもなったつもりかな。下の魔物相手に勝ち続けて調子に乗ってるの?」
「どうだっていいだろ! 行くぞ!」


跳躍して間合いを一気に詰めた。
そして槍の届く範囲となる。
躊躇せずに、胸を狙った。
確実に仕留めるために。
手加減のない本気の突きだったけど、見事にはずされてしまった。


「怖いなぁ。殺す気だったでしょ?」
「当たり前だ! まだまだ行くぞ!」
「はぁー。めんどくさいなぁ」


胴を狙った横薙ぎ。
足元からの摺り上げ。
頭や胸を狙った乱打。

すべてが外されてしまった。
掠り傷ひとつ負わせる事も出来ていない。


「クソッ。なんで当たらないんだ?!」
「何でだろうねぇ? 君が弱すぎるからじゃない?」
「だとしても、諦める訳にはいかない!」
「ほんとに英雄気取りだね。虫酸が走るほど」


男の両手が赤黒く光る。
そして僕の方へ手を向けた。
すると僕の足元に魔方陣が浮かび上がった。


「なんだ、これ?! 体が……動かない!」
「もうちょっとお喋りしたかったけどね、やめだ。このままじゃうっかり殺しちゃいそうでさ」
「ちくしょう、動けよ!」
「無駄無駄。おとなしく僕に吸収されちゃいな」


魔方陣から黒い霧が吹き出した。
それは僕の体を包むように、全身にまとわりつく。
そして、目も、耳も使い物にならなくなってしまった。

「そのまま飲み込まれちゃってね。さよならー」

遠くからそんな声が聞こえた。
僕はその言葉に何も返すことが出来なかった。


ーーーーーーーー
ーーーー


私たちは、レインさんを追いかけ続けました。
ここは一本道です。
なので、すぐに追い付けると思ったのですが。


「開かねぇな、この扉」
「レインさんはこの中に居るんでしょうか?」
「そうとしか考えられない。他に行く場所もないからな」
「レインさん……」


開かない扉の前で悪戦苦闘していると、向こう側から声が聞こえてきました。


「クソッ なんで当たらないんだ!?」


レインさんの声です。
やはり扉の向こうに居るのでしょう。
それも独りきりで。


「この闘気、戦闘中だな」
「そんな……早く助けに行きましょう!」
「それができるならやってるわよ! 剣もダメ、魔法攻撃でもダメだったじゃない!」


開かないなら破壊。
そう考えて皆で攻撃をしたけども、それもダメでした。
何か仕掛けでもあるんでしょうか?
一刻を争う事態で、呑気に探している余裕はあるのでしょうか?


「オリヴィエ。歌だ」
「歌、ですか?」
「声なら中へ届くようだ。それなら歌でレインのサポートも出来るはずだ」
「わかりました。試してみます」


喉を鳴らし、肩を解(ほぐ)してから姿勢をただしました。
可能な限り質の高いサポートをしようとして。
心を静めて歌い出そうとした、その時です。
ここで事態が悪化しました。


「ギュォオオーッ!」
「まずい、この声はガーゴイルだ!」
「階段の下から来るわ、迎撃しましょう!」
「よし。オリヴィエはそのまま歌を頼む。階段の方はオレたちで時間を稼ぐ!」
「大丈夫なのですか? 倒せないのでしょう」
「どっちみちリーダーが居なきゃ全滅だ。こうする他は無い」
「わかりました。こちらは私にお任せください」


私は再び心を静めました。
周りの喧騒が遠ざかり、そして意識の外へ追いやられていきます。
世界から物音が消えたときに、私は歌いはじめました。
心を込めて一節一節丁寧に。


『迷える子たち 
 嘆き苦しむ子たち
 膝を折って泣く姿に 
 偉大なる父も母も胸を痛める

 時に世界は孤独だろう
 時に世界は残酷だろう
 それでも目を背けてはいけない
 誰かを恨んではいけない
 その苦しみには必ず意味がある
 その涙が無駄になることはない

 たとえ今は苦しくとも 
 より幸福な未来があなたを待っている
 私たちの想像主は
 いつの日も私たちを見守っている
 あなたが一番に輝ける その日が来るまで』


思い付いたものは、修道院勤めだった頃に耳にした歌でした。
苦境に陥っている人のためのものです。
私の声は届いているでしょうか。
レインさんの助けになれているでしょうか。


「グスタフ、考えたな? ここで戦っている限り私たちも歌の恩恵を受けられるぞ」
「おうよ。どうだエルザ、惚れ直したか?」
「調子に乗るな。すべては私に一撃を入れてからだ」
「そんなもん、すぐにでもやってやらぁ! 5年以内にはな!」
「ちょっと! 2人とも真面目に戦ってよ!」


レインさん、聞こえますか?
あなたの元へ集まって、命がけで戦っている仲間の声が。
あなたに惹かれ、信じている人たちの声が。


「オリヴィエ、様子はどうだ?!」
「変わりありません!」
「わかった! 引き続き歌ってくれ!」
「わかりました!」


レインさん。
姿が見えなくて心配です。
お怪我はされてませんでしょうか。

そして、すみません。
苦境のあなたの側に居られなくて。
出発のときには大口を叩いたというのに、私もまだまだ未熟ですね。

なので、せめてこの場からは離れません。
たとえ危険が迫ろうとも、ここで無惨に殺されようとも構いません。
あの言葉に嘘偽りは無いのです。


私はあなたを決して独りにはしません。


今の私に出来ること。
ただ祈り、そして歌うだけ。
それがよい未来に繋がると信じて、何度も繰り返して歌い続けました。
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