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第41話  世界を巡る

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イスタ周辺の山中。
そこには多数の人々が野宿をしていた。
彼らが住み慣れた街は、何者かの攻撃で焼き尽くされてしまった為だ。

多くの者が逃げおおせたが、今度は日々の暮らしがままならない。
彼らはその日を安全に暮らせるかどうかわからず、不安な日々を送っていた。


「親方! 空を見てよ!」


少年の嬉しそうな声が響く。
親方はというと寝転がったまま、そちらを見ようとすらしない。


「なんだうるせえ。寝かせろよ」
「凄いんだって! 流れ星がいっぱい!」
「あーそうかい良かったなぁ。ついでに願い事もしとけよ」
「ふんだ。じゃあ親方の分はお願いしてあげないからね!」
「はいはい、それは困りましたーっと」


少年はいつまで経っても起き上がらない親方に不満だった。
空に浮かび上がる、数えきれない程の流れ星を一緒に見たかったのに。
相手にされなかった少年は、小さな声で願い事を呟いた。


「みんなの暮らしが元通りになりますように……」


願い事を呟くなり、少年の体が蒼く光った。
そしてその光は小さな球となり、夜空へ向かって飛んでいった。


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王都、路上にて。

かつては賑わいを見せていた都も、今は死んだように静まり返っていた。
王が不在の都である。
さらに言えば、治安維持を担う騎士の姿も無い。
日々もたらされる不穏な報せに、人々はすっかり沈み込んでいた。

そんな王都の夜道を一人の女が歩いている。
足取りは妙に怪しく、真っ直ぐ歩くことすら出来ていない。


「まったく、何だってのよ。こんな時代になるなんてさぁ」


彼女は闘技場勤めの者だ。
王家の存在無くして成り立たない職業のため、実質仕事を失っているのだった。


「レインきゅーん。助けてよー! この国も、私の暮らしも!」


その声が叫ばれるや否や、彼女の体が蒼く光る。
そしてやはり、光球は天高く昇っていった。


「なんだぁ? 飲みすぎたかな……」


空を泳ぐ数多の星を、彼女は信じられない面持ちで眺めていた。



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「せんせー! はやくはやく!」
「いたた。リリィ、わかったから手を放しておくれ」


少女の手に引かれて一人の牧師が連れられていた。
マークスである。
リリィは説明をする前に『拉致』する傾向にあるので、この牧師にとってはいつもの事だった。


「ほらみて! おほしさま!」
「これは……。なんとも、まぁ……」


生まれて初めて見た光景に言葉を失った。
空一面の流れ星など、書物の中でしか知らないのである。


「リリィ。流れ星にお願い事をすると、なんでも叶うと聞きます。何か願ってみてはどうですか?」
「うん、おねがいするー!」


マークスはそれから視線を空へ向け、彼もまた祈った。


「未来ある若者たちに、幸福がありますように」


その時、マークスの体が光った。
想定外の結果に彼はうろたえた。
そして、隣にいるリリィも同じように光る。
その光景は、空に光球が昇るまで続いた。


「せんせー、いまのなぁに?」
「何だろうねぇ。神様が与えてくださった奇跡かもしれません」
「キセキー、きれいー!」


2人は長い間空を眺めていた。
時を経る毎に増えていく、流れ星を見つめながら。



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「なぁ、そろそろ家に入りなさい。今日は彼も来ないだろう」
「そうかもね。でも、後少しだけレインを待つよ」


ウェステンドの小さな家。
その前にレインの両親が立っていた。
陽が暮れても外で立ち尽くす妻を、夫が呼び掛けたのである。


「そんな心配してても仕方ないだろう。頼もしい友人も居ることだし」
「そうだねぇ。でも何だか不安で……」
「おや、この空は……!」


夫がそこで異変に気づく。
夜の割に明るいと思ったら、空が一面に輝いているのだ。
まるで空に青く光る河が流れているようである。


「凄いな、こんな空があったなんて」
「あなた。祈りましょ。こんな夜なら神様も願いを聞いてくれるはずだよ!」
「わかったよ。それで気が済むのなら」


2人の祈りも空へと昇っていった。
そしてそれは、大きな流れに乗り、中央大陸へと向かっていくのだった。



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「クッ なんだこの光は……?」
「グスタフ、よそ見をするな!」
「見て! ガーゴイルたちが消えていくわ!」
「本当だ。この光のお陰か?」


私たちの回りが突然青く輝き始めました。
それはどこか心を暖めるような、優しさを秘めています。


「みなさん! 扉が開きました!」
「よし、こっちも安全のようだ! 中へ向かうぞ!」
「わかった。ミリィとオリヴィエは後に続け!」
「はいよ。オリヴィエお手柄ー!」


階段からみなさんが戻ってきました。
これでレインさんを助けられます。
どうか、無事でいてください!

扉の中も青い光で満たされています。
もしかすると、塔全体が光っているのかもしれません。


「ねぇ、向こうにレインくんが居るよ!」
「無事だったのか! おおぃ、リーダー!」


のそりのそりと、体を揺らしながらこちらへ歩いてきます。
かなり具合が悪そうに見えますが……。


「ふぅ、ふぅ、やってくれるじゃないか。タダの雑魚だと思ってたら、こんな秘策を……!」
「レインくん? 何を言って……」
「皆さん離れてください!」
「オリヴィエ? 急にどうした?」
「あなたは誰ですか! レインさんをどこへやりましたか!」


姿形を似せようとも、私の目はごまかせません。
その魂の濁り様、あの人とは似ても似つきませんから。


「くふ、ふ。あのでき損ないだったら、もうこの世には居ないよ。僕が飲み込んだんだ」
「なんですって?! それじゃあ、レインさんは……」
「死んだよ、アッサリと。僕の力を前に簡単にね」


レインさんが、死んだ?
私が気を付けてなかったばかりに、死なせてしまった?
そんな、そんな事って……。


「前までの僕だったら危なかったけど、さすがは完全なる体。巫女の力にも負けてないね」
「クソッ! リーダーを解放しろ!」
「聞こえなかった? アイツは死んだの。そして僕に吸収されたんだって」
「だったらお前を殺してでも奪い返すからな!」
「へぇ、僕を殺すって?」


男から黒い波動のようなものが発せられました。
部屋の中の青い光が黒く塗り替えられていきます。


「グスタフ! 来るぞ!」
「グハァッ!」
「お前も死ね」
「グァァ!」


それはあっという間でした。
男の拳が振られたかと思うと、2人は動くこともできずに倒されてしまいました。
そして、呻くような声が私たちに投げ掛けられました。


「ミリィ、オリヴィエ、にげろ。コイツには叶わん」
「そんな事はできません!」
「このぉ! ライトニングニードル!」


鋭い稲妻が男の方へ飛んでいきました。
それは回避されず見事に直撃。
直撃したのですが……。


「ほんと弱っちいなぁ。雷魔法だったらこれくらいはやってよね」
「くっ。マジックシールド!」
「ミリィさん!」


黒色の雷がミリィに撃たれました。
彼女は防御体勢に入りましたが、ダメージが通ってしまったようです。
体のあちこちが焦げてしまっています。


「今回復を……」
「君が一番邪魔くさいなぁ」


ミリィに駆け寄ろうとしたとき、目の前に立ち塞がりました。
レインさんと同じ体つきの、それなのに全く似つかない男によって。


「レインさん! こんな男に負けないでください! あなたは本当に強い人なんですから!」
「ハハッ。説得作戦かな? 悪いけど無駄骨だよ」
「オリヴィエ! 避けて!」
「キャアアーーッ」


とっさにヒールを自分にかけました。
それでどうにか致命傷を避けられたようです。
ですが、それも無意味かもしれません。


「悪くない反射神経だね。即死させるつもりだったのに」
「うう……」
「うんうん。いたぶるのは良くないよね。調子に乗ってると足元を救われちゃうから」


足音がこちらに近づいてきます。
逃げようにも、もはや体を起こすことも叶いません。
ヒールの回復が追い付かないのです。


「じゃあ、殺しまーす」


その声とともに、ひとつの不快な音が聞こえました。


ーーグシャリ。
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