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第三部
3ー42 従属国の王
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プリニシア王フィリップは玉座で報告を聞いた。
同盟相手である新生グラン王国より、最新鋭の兵器を預けられたのである。
かの国はもはや、獣人も亜人も寄せ付けぬ超大国だ。
そこから寄越されたものは禍々しく、見るものを圧倒し、口上が伊達では無いことを確信させる。
ーー鉄包車(てっぽうしゃ)。
まるで馬車の荷台を、全て鉄で生み出したかのような代物であった。
素材として黒鉄が使用されているので、魔法に対して無敵の防御力を誇る。
更には備え付けられた大砲。
こちらの砲弾も黒鉄製であり、魔力で身を守る亜人だけでなく、結界すらも容易く打ち破れると聞く。
すなわち、甦った魔王ですら……かつては大陸最強とされた魔王ですら葬ることができるのだ。
「このようなものを贈られては……戦わぬわけにはいかぬ」
フィリップは頭痛を覚えたようにこめかみを揉んだ。
グランから散々出兵を促されているが、戦力不足を理由に断っていたのだ。
再三の要請に対し、難色を示し続けた結果がこれである。
「どうあっても争わせるつもりか。どこまでも血生臭いものだ」
フィリップは壁に掛かる王国旗を見上げた。
勇壮なる鷹(たか)の舞う、力強いデザインだ。
かつては大陸を二分するほどの権勢を振るったものだが、今やグランの番犬程度である。
……私は何の為に生まれたのか。
人民を極力死なせぬように立ち回るだけで精一杯とは、自立できぬ王の滑稽さよ……。
思わず口から漏れそうになるが、群臣に聞かせる訳にはいかない。
それは彼なりの、惰弱な王を支えてくれる人々への礼儀であった。
だが、フィリップの細やかな努力を嘲笑うかのように、世情とは動き続けるもの。
それは衛兵の言葉を端緒とする。
「陛下、グランよりクウギョ様がお見えです」
「……お通ししろ」
「ハハッ!」
脳裏に浮かぶのは、獰猛でまとわりつく様な顔。
フィリップは目を背けたくなる気持ちを堪えつつ、来訪者を出迎えた。
現れた男は気心知れた友人を訪ねるかのようであった。
当然のように膝を着くような真似はしない。
むしろフィリップが立ち上がり、頭を下げる有り様だった。
「久しいな。息災かな?」
「これはこれはクウギョ殿。遠路はるばるご足労いただき、感謝の言葉もございません」
「ハッハッハ。フィリップ王よ、他人行儀を申されるな。我らの仲であろう」
ふてぶてしい言い様や尊大さには、もはや慣れた。
それも自国と相手の戦力比を考えれば、当然の処世術だと言える。
下手に怒りをぶつけてしまえば滅亡であり、実際にグランの支配を受ける小国も、いくつかは攻め滅ぼされていた。
ーーグランの機嫌を決して損ねてはならぬ。
それは周辺国の主たちの共通認識であり、唯一の同盟国であるプリニシアとて例外ではない。
「此度は我がグランの史上類を見ぬ兵器、鉄包車を2輌ほど持って参ったぞ。持つべきは友と思わぬか?」
「真に。卿のお力添えには心服致します」
「うむ、うむ。これで戦力は十分。魔王を自称する連中も、瞬く間に葬ることができよう」
「そ、そうだな。急ぎ編成し、大陸西部を制圧してごらんにいれましょう」
「大王は確信しておられるぞ。盟友たるプリニシアの勝利をな」
「この次こそ……確実な勝利を献上いたしましょう」
フィリップは少し声をおとした。
胸にこっそりと隠した『シルヴィアたん名言集』を指でなぞりながら。
それからもしばらくの間、世間話を装った尋問は続いた。
クウギョはさすがに手練れのようで、時には貶し、かと思えば持ち上げるという態度で接した。
荒波のように不安定な距離感。
どうにか腹の内をさぐられまいと、フィリップは懸命に堪えた。
どれくらいの質問が投げ掛けられたか。
疲労でフィリップの頭が白んじた頃、クウギョは半歩だけ後ろに下がった。
謁見の終わりを報せるサインである。
「ところで王よ。これより貴殿の『庭先』をお借りしてな。ひとつ催し物を、と考えておる。このあとご予定はいかがかな?」
「大変興味深いのですが、検分や編成に立ち会わねばなりませぬ。またいずれの機会にて……」
「ふむ、ふむ。そなたにこそ列席してもらいたかったが、事情故に仕方あるまい。よく励むのだぞ」
悪臭のような高笑い撒き散らして、クウギョは去っていった。
フィリップはその去り行く背中を見つめながら反芻していた。
こちらに落ち度は無かったか。
攻め込まれる口実を与えては居ないか。
それを三度ほど繰り返し、深い息と共に全身の力を抜いた。
虎口を脱したような思いである。
だが、安心するのは早計であった。
クウギョの残虐さ、無法さを忘れたつもりはないが、少しばかり甘く見ていたのだ。
いったい『何を』催すつもりなのか。
それを尋ねなかったことは、フィリップ王の失策となるのである。
同盟相手である新生グラン王国より、最新鋭の兵器を預けられたのである。
かの国はもはや、獣人も亜人も寄せ付けぬ超大国だ。
そこから寄越されたものは禍々しく、見るものを圧倒し、口上が伊達では無いことを確信させる。
ーー鉄包車(てっぽうしゃ)。
まるで馬車の荷台を、全て鉄で生み出したかのような代物であった。
素材として黒鉄が使用されているので、魔法に対して無敵の防御力を誇る。
更には備え付けられた大砲。
こちらの砲弾も黒鉄製であり、魔力で身を守る亜人だけでなく、結界すらも容易く打ち破れると聞く。
すなわち、甦った魔王ですら……かつては大陸最強とされた魔王ですら葬ることができるのだ。
「このようなものを贈られては……戦わぬわけにはいかぬ」
フィリップは頭痛を覚えたようにこめかみを揉んだ。
グランから散々出兵を促されているが、戦力不足を理由に断っていたのだ。
再三の要請に対し、難色を示し続けた結果がこれである。
「どうあっても争わせるつもりか。どこまでも血生臭いものだ」
フィリップは壁に掛かる王国旗を見上げた。
勇壮なる鷹(たか)の舞う、力強いデザインだ。
かつては大陸を二分するほどの権勢を振るったものだが、今やグランの番犬程度である。
……私は何の為に生まれたのか。
人民を極力死なせぬように立ち回るだけで精一杯とは、自立できぬ王の滑稽さよ……。
思わず口から漏れそうになるが、群臣に聞かせる訳にはいかない。
それは彼なりの、惰弱な王を支えてくれる人々への礼儀であった。
だが、フィリップの細やかな努力を嘲笑うかのように、世情とは動き続けるもの。
それは衛兵の言葉を端緒とする。
「陛下、グランよりクウギョ様がお見えです」
「……お通ししろ」
「ハハッ!」
脳裏に浮かぶのは、獰猛でまとわりつく様な顔。
フィリップは目を背けたくなる気持ちを堪えつつ、来訪者を出迎えた。
現れた男は気心知れた友人を訪ねるかのようであった。
当然のように膝を着くような真似はしない。
むしろフィリップが立ち上がり、頭を下げる有り様だった。
「久しいな。息災かな?」
「これはこれはクウギョ殿。遠路はるばるご足労いただき、感謝の言葉もございません」
「ハッハッハ。フィリップ王よ、他人行儀を申されるな。我らの仲であろう」
ふてぶてしい言い様や尊大さには、もはや慣れた。
それも自国と相手の戦力比を考えれば、当然の処世術だと言える。
下手に怒りをぶつけてしまえば滅亡であり、実際にグランの支配を受ける小国も、いくつかは攻め滅ぼされていた。
ーーグランの機嫌を決して損ねてはならぬ。
それは周辺国の主たちの共通認識であり、唯一の同盟国であるプリニシアとて例外ではない。
「此度は我がグランの史上類を見ぬ兵器、鉄包車を2輌ほど持って参ったぞ。持つべきは友と思わぬか?」
「真に。卿のお力添えには心服致します」
「うむ、うむ。これで戦力は十分。魔王を自称する連中も、瞬く間に葬ることができよう」
「そ、そうだな。急ぎ編成し、大陸西部を制圧してごらんにいれましょう」
「大王は確信しておられるぞ。盟友たるプリニシアの勝利をな」
「この次こそ……確実な勝利を献上いたしましょう」
フィリップは少し声をおとした。
胸にこっそりと隠した『シルヴィアたん名言集』を指でなぞりながら。
それからもしばらくの間、世間話を装った尋問は続いた。
クウギョはさすがに手練れのようで、時には貶し、かと思えば持ち上げるという態度で接した。
荒波のように不安定な距離感。
どうにか腹の内をさぐられまいと、フィリップは懸命に堪えた。
どれくらいの質問が投げ掛けられたか。
疲労でフィリップの頭が白んじた頃、クウギョは半歩だけ後ろに下がった。
謁見の終わりを報せるサインである。
「ところで王よ。これより貴殿の『庭先』をお借りしてな。ひとつ催し物を、と考えておる。このあとご予定はいかがかな?」
「大変興味深いのですが、検分や編成に立ち会わねばなりませぬ。またいずれの機会にて……」
「ふむ、ふむ。そなたにこそ列席してもらいたかったが、事情故に仕方あるまい。よく励むのだぞ」
悪臭のような高笑い撒き散らして、クウギョは去っていった。
フィリップはその去り行く背中を見つめながら反芻していた。
こちらに落ち度は無かったか。
攻め込まれる口実を与えては居ないか。
それを三度ほど繰り返し、深い息と共に全身の力を抜いた。
虎口を脱したような思いである。
だが、安心するのは早計であった。
クウギョの残虐さ、無法さを忘れたつもりはないが、少しばかり甘く見ていたのだ。
いったい『何を』催すつもりなのか。
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