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第2章 領主時代

第20話  サンクス マイ コンスル

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週に二度、クライスは我が家にやってくる。
それはもちろん茶菓子を食うためではない。
食うためじゃないんだろ?オイ。
三個食いとかやめろ。


もちろん菓子のためだけではなく、決裁書や報告書、予算案に復興基金の設立、半壊した守備隊の再編に防衛システム、汚職貴族の対策やらなにやらもうニャムニャム。


「なんだこれ!あのトルキンっつう豚はこんなに仕事してたのか?!」
「いえ、あの塵芥ゴミッカス野郎の時は私が処理してましたよ。」
「じゃあこれもお前がやってくれよ!」
「今は非常時ですので、私の権限では無理です。」


完全な拒否だよこの野郎。
クライスが言うには、平時は過去の通例や習慣で対応できるが、根本的に作り替えようとしている状態ではそれが通用しないんだとか。
オレの判があらゆる面で必要になるらしい。
そして判を押すと言うことは、その命令を理解していると言うこと。
だから全てにおいて頭から目を通してしっかり把握してくださいというのは、この鬼畜眼鏡野郎の言。


なんの為の執政長官だ、と聞いた。
そうしたら、こうして魔王様に拝謁を叶える為です、なんてヌケヌケと抜かしやがる。
クッキーをサクサク頬張りながら、クソが。


もちろん領地経営なんてやったことがないから途方に暮れるばかり。
見かねてリタが手伝ってくれた。
偉大なる大狐はやはり違う。
森の賢人様(笑)はとっとと逃げたしな。
あいつは参謀ポジじゃなかったのか?


まず山のようにモリモリしてる仕事の束を、急ぎのものと急ぎじゃないものに分けた。
食料、仮設住宅、治安維持などを第一に、産業、防衛計画、医療福祉、流通再編などを第二と言った風に順位をつけていくとアラ不思議。
複雑に絡みあってたはずが、ものっすごいわかりやすくなった!


さすがリタ様できる女!
ふふっ、じゃあ夜はヤれるおん・・・
あ、慎んで遠慮いたします。


プンスカなんて擬音を聞きながらひとまず食料問題に目を通す。


「クライス、この半年に丸ってどういう意味だ?」
「それは街中の食料やら軍事用の糧食をかき集めて、街の人間が食べていける日数ですね。」
「これは少ないのか?」
「厳しいでしょう。必要以上の収穫があり、流通が復活すれば安定しますが。」
「流通はいまどうなってるんだ?」
「壊滅、というか全滅ですね。領主直々に略奪の限りを尽くしたという話が広まってしまいましたから。」


トルキンが流そうとした魔王による街の破壊の噂の流言だが、ほぼ失敗に終わったようだ。
国の中枢連中までどう思ってるかは知らないが、行商人など正確な情報が命の者たちは誤解なく事態をつかんだようだ。
だがオレの冤罪が晴れたと同時に、レジスタリアの街は領主自ら略奪をするという、極めて悪いイメージがついてしまった。
このままでは相手が売りに来る事は期待できない。
こちらから出向き持ち帰るという、片側通行の非効率なやり方でしか物資が手に入らないという現状だ。


「じゃあ、流通っつうか商人がやってくるようになれば解決するのか?」
「それはそうですが、悪いイメージを払拭するのは簡単じゃないですよ?」


ンフーこれだから素人は、クライスはそう言いたげな表情だ。
っていうか今言ったろ?
言ったよな、オウ?


「タネはおいおい話す。なるべく街の外に伝手のあるやつを呼んでこい。」
「わかりました、紅茶飲んだら行きます。」
「早くしろ!」


そして連れてこられたのは、もはや顔なじみであるガラス屋夫妻だ。
二人揃ってそれはもう、猛獣を前にしたように怯えている。


「ああああの、わわわわたわたくしどどどもが」
「おいクライス、これはどういうことだ?」
「? 早くしろって怒鳴っていたと伝えただけですが?」
「早くしろってのはお前に言ったんだよ。」


シルヴィアが、大丈夫おとさんこわくないよと言い、夫妻を徐々に落ち着かせてくれた。
どこぞのアホ執政官よりずっとお利口さんだね。


「ええと、お見苦しいところをお見せしてしまい・・・。」
「やめてくれ、オレはガラス屋の客の頃となんら変わっちゃいないんだ。あの時のように接してくれ。」
「アハハ、じゃあそう出来るように努力してみます・・・、はい。」
「本題に入るが、お前たちは他に細工物、希少金属を扱っているのは間違いないな?」
「ええ、その通りです。」
「希少金属を扱っているって事は、外の奴ら、特に商人と繋がりが深いと考えていいな?」


希少金属を集めようとすると、一つのエリアだけに絞って誼を結ばないはずだ。
鉱石の産地は大陸のあちこちに散らばっているのだから、ひと所だけで商売しようなどと考えるはずがない。
産地ごとに繋がりをもち、さらに同じ鉱石でも値段を逐一見比べる必要があるから、なるべく幅広いエリアで顔を売ろうとする。
農作物だったり建築資材だったり、他の業種よりも必然的に手広い商売になっているであろう。


「まぁ、他の商売人がどの程度やってるかまで良く知りませんがね、確かに色んなお得意さんと取引してますよ。」
「そいつらに金の臭いを嗅がせてやってくれないか?勿論資金はオレがもつ。」


オレが持つっつうかトルキンが溜め込んだ金から出すんだけどね。
それは復興予算として扱うから、今回の話でも気兼ねなくジャンジャン使えるってわけだ。


「それくらい容易いですが、具体的には何をすればいいんで?」
「相場の5割り増しで、物を選ばず手当たり次第に買い付けてくれ。」
「ご・・・5割もですか?」
「使えるものなら何だって買う、それらも全部割増しで買うと伝えてくれ。」
「あの、それは・・・。」
「食料や衣類は勿論、武器も医薬品も魔道具も、建築資材やら中間素材に至るまで、何でもだ!」


二人揃ってヒエェーとなっている。
まぁ、こんな無茶な話はそうそうないだろうな。


「クライス、それを賄うだけの財はあるんだろう?」
「ええ。それはもう凄まじい額の金がありますので、金で天空の塔が立つほどに。正直こんだけ溜め込んで、どこかの大国と戦争でもする気だったんですかね?国家予算レベルの資金がいち領主の懐に入ってましたよ。」


本人もなぜ金を集めているのか、わかってなかったんじゃないか?
あればあるほど良いなんて言葉で正当化して、歯止めが効かなくなっていったんだろう。
クライスがクイッと眼鏡を正してから言った。


「それで、その集めた物資を配り、復興もなさるおつもりですか?」
「それじゃダメだろ、前の状態に戻るだけだ。より良い国にはならんだろう?」
「まぁそうでしょうね。結局は復興前と同じような貧富の差が生まれ、豊かな者の首がすげ替わるだけ。元の木阿弥となるでしょう。」
「せっかく瓦礫の山からの再出発なんて苦労をするんだ、それじゃ報われないだろう?」


あくまでも今回集める物資は当座のものだ。
いずれは自ら生産し、余剰分は貯めるか外に売って外貨を得て、そして富を分配させる。
復興が成り、自活できるようになってからについても考えておく必要があった。
いくら莫大な財があるといっても、いつかは枯渇してしまうのだから。


クライスが身を乗り出して話を聞いていた。
オレの話に引き込まれているのか?
そんな前のめりになることもあるんだな。
普段からそのやる気を見せればいいのに。


「オレはな、職業によって収入に隔たりがあるのが気にくわなかったんだ。農民がいなきゃ困る、兵がいなきゃ困る、家を建てるやつが居なきゃ、店の売り子が、宿が、掃除屋が、どれも居なかったら困るんだろ?」
「そうですね・・・、ええ、まさしく。」
「居ないと困るというのはどの仕事でも同じなのに、官吏や兵士は高給取りで、売り子やら小作農やらは貧しい。これはおかしいだろ。仕事の全くできない官吏でも、酒を浴びる程飲めるくらいの稼ぎはある。その一方で小作農なんかは一家総出で働いても、十分な食料すら事欠くほどだろ?」
「ふむ・・・ふむ、私にも見えてきました。」
「オレが目指す国は、職業で貧富の差は分けない。努力や働きぶりには報る。各々の担当する仕事の出来具合で収入を決めたい。」
「働きぶりによる収入の区分となると、多岐にわたる職業の一般化にルール化が極めて難問でしょうが、思想としては正しいと思います。」
「そういった詳しい決まり事はほれ、有能な執政官殿がいるだろう?」


ポンッと彼の両肩を叩いた。
口をすぼめてォォオウとか言ってる。
数々の職種の仕事について評価し、統一された給与体系を生み出す事。
これは前例やら慣習のない話だが、様々な形で街の営みは記録されているはずだ。
過去のデータを精査して組み立てる仕事は、こいつの仕事にピッタリだろう。


ああ、なんて頼もしいのかこの眼鏡は。



「時間はある程度かけていいが、あんまりノンビリするなよ?永遠の時間なんてこの世にはないんだからな。」
「・・・、久しぶりに何か負けた気分です。これから頑張る為に頂戴します。」


そういってクライスはテーブルの上のお菓子をゴッソリ持って帰った。
オレはというと、久々に胸のつかえが取れたようで気分が良かった。


もちろんザマァなんて気持ちはないですよ、ええ勿論。
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