【第三部スタート】魔王様はダラダラしたい

おもちさん

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第二部

2ー79  神様の消失

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まおダラ the  2nd
第79話 神様の消失



「月明さん! どこにいるの? 返事をして!」


どこにも彼女の姿はない。
呼び声に答えもない。
本当に忽然と居なくなったのだ。
残された服と鎧が無ければ、最初から居なかったと錯覚しそうだ。


「シルヴィ。どうしました?」
「月明さんが居ないの。鎧さんも人の形に戻らないし!」
「それってもしかして、力を使い過ぎたのかも」
「これからどうなるの? 教えて、アシュリー姉さん!」
「ツクモガミっていう精霊は、物に宿る情念を糧に生きるらしくて。使える力も想いの強さに依存すると聞きます。そんな彼らが想定以上の力を振るえば、その、消えてしまうとも」
「消える……? じゃあこのまま2人とも?」
「……恐らくは」


打ち捨てられた着物にそっと手を伸ばした。
まだ冷たくなってはおらず、ほのかに温かい。
鎧も泥がついており、まだ乾いていなかった。
月明さんと鎧さん。
あの2人が消えただなんて、信じたくはなかった。

それからも眺めていると、鎧に変化が起きた。
徐々にその色が薄くなり、やがて半透明になり、そして消えた。
あとには着物だけが残されている。


「鎧さん、消えちゃった……」


サァァと北風が吹く。
それが辺りのものを優しく舞い上げた。
故郷のヤポーネは南西の方角だから、このままじゃ帰ることすらできないだろう。
そう思っても私は、風の行方を見守るしかなかった。

よく晴れた空に木の葉が舞う。
青い空とかすれた雲を背景にして。
見つめる両目がぼやけていく。
それはやがて涙となって、泥に汚れた頬を伝った。


「ありがとう、そしてごめんなさい。あなたたちは別の国の神様なのに。こんな目に遭わせてしまって……」
「ぉーぃ」
「シルヴィ。手厚く葬ってあげましょう。まずは遺品をヤポーネに運びますか」
「ぉぉーぃ」
「ねぇ。なんか声が聞こえない?」
「そうですか? 空耳だと思いますけど」
「ここじゃ、ここに居るぞ!」
「やっぱり聞こえるってば!」


足元からだ。
身を屈めて注意深く眺めると、見つけた。
物凄く小さくなった月明さんと鎧さんを。
2人とも小指の先くらいの大きさになっていた。


「あぁ良かった! 無事……なのかな、これ」
「ふぅ。一時はどうなるかと思ったわ。このまま気づかれねば、羽虫どもの餌になるところじゃったぞ」
「ごめんね。まさかこんな姿になってるとは思わなくて」
「気にするでない。伝えてずにいたこちらにも落ち度はあるからの。それよりも救いあげてはくれぬか?」
「わかったよ。ちょっと待っててね」


私は手のひらを上に向け、地面に差し出した。
そこに鎧さんを抱き抱えた月明さんが乗る。
どうやら鎧さんは気絶しているらしい。


「話はたくさんあるけど、ともかく帰らない?」
「そうだね。テレジアやフランを療養させたいし」
「アタシはもう、平気ッスよ、えっへっへ」
「強がらないの。誰かにおぶってもらいなよ。ええと……」
「私が背負おう」
「じゃあ、エレナ姉さんお願いね」


私たちが移動しようと立ち上がると、月明さんの待ったがかかった。


「すまぬが、そこの着物と扇子を運んではくれぬか?」
「もちろん忘れないよ。安心して」
「頼む。今は亡き友の形見じゃ」


少し気になる言葉だったけど、私は質問することができなかった。
彼女も説明する気は特にないらしく、そこで口をつぐんだ。

それから私たちは森の家に帰還。
パパコロちゃんは同行せずに、森の奥深くへと戻った。
群れから長期間離れられないため、棲み家で体を休めるんだとか。
ひとまずお礼を告げ、彼とは別れた。
あとで傷薬とか届けておこう。

家が見えてくると、2つの影がこちらに迫ってきた。
それはもちろん、ケビンとコロちゃんだ。
コロちゃんは駆けたい気持ちを抑えつつも、しっかりと息子の隣をキープしている。
私のお願いを聞いてくれているらしい。


「ママァーー!」
「ケビン、ただいまー!」


小さな体が、でこぼこの道を懸命に走る。
私は敢えて迎えにいかず、その場で膝を折り、こちらへ来るのを待った。
転がる石が、岩が、地面の凹凸が息子を阻む。
そしてやはりと言うか、つまずいて突っ伏すようにして転んだ。


「うう、うう……」
「ほら泣かないのー。ママはここだよー?」


息子は口を歪ませながらも、再び立ち上がった。
がんばれ、後10歩。
膝を擦りむいても治せる!
だから今は歯を食い縛って進むんだ!

よろけつつも、私を目指して駆けてくる。
そして目の前までやってくると、私に飛び付いたのだ。


「ァアアーーン! ママァーー!」
「よしよし、痛かった? 寂しかったかなー?」
「たぶん、どちらでも無いと思うわ」
「じゃあ何だと思う?」
「嬉しいから、じゃないかしら」


リタ姉さんが不思議なことを言う。
嬉しいなら笑うはずじゃない、変なの。


「コロちゃんもありがとう。ずっと見守っててくれたんだね」
「ワン! オンオンッ!」
「あはは、くすぐったいよ」


右手に息子、左手にコロちゃんを抱えながら、私はしばらくじっとしていた。
そしてその時になって改めて実感した。

ーーあぁ、帰ってこれたんだ。

胸に込み上げる想いを噛み締める。
自分はなんて幸せなのかとも思いつつ。

ちなみに、左手の上に月明さんたちが居たことをすっかり忘れていた。
コロちゃんの首の毛に彼女たちを引っ掻けてしまった事は謝罪し、素直に反省したのだった。

それから家についた。
すると途方もない疲労感が吹き出してしまった。
眠気、怠さ、空腹感が一度に襲ってきて、どれから対処すればいいか解らなくなる。
それは皆も同じらしく口々に『腹へった』『眠い』『まずはお風呂に』なんてことを呟きだす。


「はぁ、私の戦場はまだ終わらないのね」
「ごめんねリタ姉さん。みんなも手伝おう?」
「じゃあお風呂の用意をお願いね。その格好じゃベッドで寝れないでしょ?」
「わかった、行ってくるよ」
「のう、すまんが、妾も湯浴みを所望したい。じゃが、この体ではどうしたものかと」


テーブルの上の月明さんが言う。
遠慮気な声は余りにも小さく、つい聞き逃しそうになる。
それでもリタ姉さんには届いたらしく、考えるような仕草をした。


「んーー、月明さんと鎧さんには工夫が必要よね」
「手間をかけさせて済まぬ」
「ううん。お安い御用よ。本当に簡単な事だし」


それからは気持ちだけ慌ただしくさせ、ノロノロと動き出した。

テレジアとフランは体を拭いてから、ベッドで療養。
エレナ姉さんは薪の準備。
私は水を貯めてお風呂の用意。
アシュリー姉さんは森の調査。
そして、残りは全部リタ姉さんが担当だ。

……ごめんね、もっと家事を覚えとくよ。

私が作業を終えてリビングに戻ると、見慣れない光景が広がっていた。
実際ケビンとコロちゃんは、目を丸くしてその様子を眺めている。

テーブルの上に一冊の本が立てられ、それを挟むように2枚のお皿が置かれている。
お皿には湯が張られているようで、ほんのり湯気が立ち上っていた。
そこからは何とも気持ちの良さそうな、蕩(とろ)けた声が聞こえてくる。


「あぁ、極楽じゃ。鎧よ、湯加減はどうじゃ?」
「クァーーッ! どうもなにも、最高にございますぞ。戦の後の風呂は格別でございますなぁ」


どうやら2人のためのお風呂らしい。
ちゃんと男女に分けて、衝立まで用意している。
確かにこれなら簡単に作れるね、うん。

ケビンたちはその様子をジッと眺めている。
物珍しいさが気を引くんだろうけど、女性の入浴を覗くだなんて宜しくないよね。


「ケビン、あまり見ちゃダメよ」
「これなぁに?」
「その人たちはね、神様なの。だから大事にしてね」
「わかった! ボクだいじにするよ」
「その、なんじゃ。拾った猫のような言い様は勘弁してもらえんか?」
「ゴハンはなにをあげたらいいの?」
「いや、だから、聞いてくれぬか?」


聞けと言われて、ケビンは月明さんに顔を近づけた。
その拍子で頭が本に当たり、パタンと倒れてしまった。


「あ」
「おや、倒れてしまったのう」


2枚の皿の隔たりが消えた。
そして互いの視線が重なる。
平然とする月明さんとは対照的に、青ざめる鎧さん。


「アアアァアーーーッ!」
「やかましいぞ鎧! 静かにせんか!」


叫んだ鎧さんは皿から飛び出し、月明さんに背を向けた。
そしてテーブルの上でうつ伏せになったまま、荒い呼吸をつく。
そんな大騒ぎする事かな? どうだろ。


「その気はなくとも、主家を裏切る真似をしでかしてしまった。これより切腹つかまつる!」
「ええ? ちょっと鎧さん?!」
「リタ殿。申し訳ないが、この身でも扱えそうな刃物はお持ちか?」
「んーー、生憎だけど用意がないわ」
「致し方無し。もはや武士の名誉も要らぬ。さぁ、ひと思いに踏み潰してくだされ!」
「あのさ、ちょっと落ち着こうよ」
「さぁ! さぁ!」


ちょっと大変なことになったぞ!
鎧さんは本気らしく、一歩も譲らない気配だ。
どうにかして宥めたいけども、何て言えばいいかな……。

ーーザバァ。

月明さんも皿から飛び出して、鎧さんの方へツカツカと歩きだした。
あれ、裸のままだけど?
布一枚羽織る事なく……鎧さんの前で仁王立ちですか!?


「こんのたわけが! 小娘の裸ごときに何を取り乱すか!」
「アァァア! げげげ月明様、何とはしたないお姿!」
「黙れ! 妾がはしたないなら、お主は面汚しじゃ! しっかりせい!」
「あああ解り申した! 大人しくします故、どうにかご勘弁を!」


叱る女性に謝るおじさん。
お互いに湯気の昇る裸のままで。
特に鎧さんは驚くやら慌てるやらで、ちょっと泣きそうな顔をしている。
その様子がどこか不思議で、可笑しくて、つい笑ってしまいそうになる。


「まったく。素肌ごときで恐れられる妾の身にもなってみい! ある意味途方もない侮辱じゃ」
「そうよね。鎧さんもブフッ大袈裟なのよ」
「リタ殿、笑(わろ)うたか?」
「そうだよ。あれは事故なんだから気にしないで良いのにヌフッ」
「娘御? そなたもか?!」
「アッハッハ! ごめん、私耐えらんない!」
「アハハハ! お腹、お腹痛い!」


とうとう堪えきれず、私たちは笑い出してしまう。
こうなるともう止められない。
それはしばらくの間治まる事なく、家の中を明るく彩った。

ちなみにアシュリー姉さんにこの話をしたら、私たち以上に大笑いをした。
その時の鎧さんといったら、一層身を小さくして、本当に消えてしまいそうだった。
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