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第九話  大賢者のお国事情

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国王は苛立っていた。
かつて無いほど苛立っていた。
それは突如起こった城の破壊についてでも、その結果として客間に追いやられた事でもない。


「ファウストは何をしておるか」
「それが、忽然と姿を消してしまいまして」
「早く捜し出せ」
「ただちに!」


何度出されたか判らない同じ命令が、客間に響く。

王は内心どころか、傍目から見ても判るほど、酷く落ち着かない様子だった。
しきりに足を揺すり、肘掛けを爪先でトントンと叩き続ける。

その態度には居並ぶ廷臣たちも萎縮してしまい、咳払いひとつ出来ないで苦心しているようだ。
そこの者たちは代わる代わる、肩を不自然に動かしている。
喉にからんだタンを飲み込もうとしているのだろう。


「ファウストだけでなく、クラストも、その一味も消えた。兵士どもは何をしていたのだ?」
「申し訳ございません。何分(なにぶん)幽霊のように消えてしまいまして」
「……役立たずどもめ」


報告した文官が睨まれる。
この王は、一度憤慨すると見境がなくなると有名であった。
なので家臣一同は生きた心地がしていない。

だが幸いな事に、王は怒っているというよりも、不安なのであった。
知恵袋として数々の助言をくれたファウスト。
誰よりも饒舌で、王の耳を愉しませたファウスト。

全服の信頼を寄せていた家臣が行方不明とあって、王の情緒は平衡を失っていたのである。


ーーおのれクラストめ。何を企んでおる。余は次にどうすべきか。


一寸先は闇。
王には明確なプランは無かった。
全てがいち廷臣に委ねられ、依存していたからである。

その頼れる臣も、今は姿が見えない。
藁にもすがる思いで、王はこれまでの言葉を振り返った。


ーー陛下。かの英雄たちが強大なる魔王様と相対したことは、全てが虚言にございます。証拠はこちらに。

ーー陛下。王たるもの、最上の人でなくてはなりませぬ。英雄を騙る愚か者や、南に眠る魔王様を誅滅なさいませ。さすれば、史上比類なき名君として君臨できましょう。

ーークラストという老人は、研究と称して大金をせびりますが、使途は不明です。研究を怠り、かといって私服を肥やしている様子もありません。反乱を企てているのでは?


可能な事であれば、王はすぐにでも英雄たちの処刑を果たしたかった。
それを押し止めたのは、家督を次代に譲ったはずの先代たちである。
余りにも強硬な反対を前に躊躇したが、その結果が現状である。
老人に何が出来ると侮っていた事を、王は心より悔やみ、そして再び怒りの炎を燃やした。


「兵どもに伝えよ。クラストとその一派の家を焼き尽くせ。些細な家具や所持品に至るまで全てだ」
「しょ、承知いたしましたァ!」


出し抜かれたままでは、彼の自尊心が納得しない。
そして、この状況下で真っ先取った行動が、恥をそそぐこと。
その一事が王の性質を如実に現していた。

その日の内に、クラストとフロウの家は焼かれてしまった。
どちらも無人だったので人的被害は無い。
しかしその一方で、数々の研究結果や考察という知的財産から、名品稀少品といったものまで全てが灰塵へと帰した。
人類の繁栄に計り知れない恩恵を授けたであろう全てが、癇癪ひとつで燃え尽きたのだ。
後世の研究者はこの事件について『史上に例を見ない愚行であり、蛮行である』と断ずる。

しかし、その時を生きる者たちには報せようもない。
報告のあとに残されたのは、王の不満げな鼻息だけであった。
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