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悠弥と遥
朝霧不動産
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「あ、いや……ちょっと見てただけなので」
「見るだけでも大丈夫ですよ。外は寒いですし、どうぞ!」
ドアを開け放ち、悠弥を招き入れる。
ちょうどそろそろ部屋探しをしようと思っていたところだ。そこまで言われては断る理由もない。悠弥は引き込まれるように、店へ入った。
カウンターの席をすすめられ、そこに座る。
古びた外観とは似つかわしくなく、清潔感ある綺麗な店内だった。白を基調としたインテリアでまとめられ、綺麗に整っている。縦のストライプが入った壁紙も、まだ新しいようだ。最近リフォームしたのだろうか。
不動産屋にしては、いささか少女趣味すぎる雰囲気ではあるが。
奥の扉が開き、小ぶりの盆にお茶を乗せ、彼女がこちらにいそいそと歩いてくる。
「どうぞ。温まって行ってくださいね」
お茶を差し出し、再びあの笑顔を向ける。
こちらが思わずホッとしてしまうような、営業スマイルとはどこか違う柔らかい表情。
デスクの引き出しから名刺入れを取り出し、両手で丁寧に差し出す。
「朝霧遥と申します。よろしくお願いします」
悠弥も椅子から腰を浮かし、それを両手で受け取る。
「あ、すみません、自分、いま名刺を持っていなくて。東雲悠弥といいます」
言って気がつく。
名刺を持っていない……というか、そもそも今現在、無職だ。
(最悪だ。職も決まってないのに部屋探しに来るとか、迷惑すぎる)
無職で賃貸物件を探すのは非常に困難なのだ。おおかたの場合、入居審査にまず通らない。不動産屋によっては門前払いをくらうこともある。
「東雲さん、どんなお部屋に興味がありますか? 一人暮らし用を見てらっしゃったみたいですけれど」
カウンターに設置されたモニターの電源を入れつつ、遥が問う。
悠弥は少し躊躇してから、ゆっくりと話し始めた。
「実家から出ようと思ってるんですけど……あの、最近退職して、こっちへ戻ってきたので……その……職探し中でして。契約するのが難しいかと思うんですよね」
遥は悠弥と向かいあう形で腰掛け、うーん、と小さく唸った。
「お急ぎで入居したい、というわけではないんですね?」
「ええ、まあ……いい物件があれば早めに、という感じで……」
答えながら、胸中は穏やかでない。
(無職のうえ、すぐに入居する気がないなんて、俺、最低な客じゃないか……)
営業マン時代に、こんな客にあたったなら、「ハズレを引いた」と思っただろう。適当にあしらって次の客を取ったほうが利益になる。
だが、遥は違っていた。
「お仕事を探すのも大変ですよね。息抜きついでに、住みたいお部屋を探してみてください」
キーボードを叩き、モニターに映し出す物件情報を絞り込みながら、楽しそうに語りかけてくる。
「あ、そうだ! ちょうどいい物件があります」
立ち上がり、背後のラックから黒いファイルを取り出した。
「これなんて、いかがでしょう」
『メゾン江崎』
賃料3万5千円で共益費込。洋間八帖、バストイレ別の1K。駐車場、駐輪場あり。築年数は25年になる。
立地は、市内中心部からは少し離れるが、自転車圏内といったところ。悪くない。近隣の相場から見ると、少し安く思える。
下の方に鉛筆で、保証人不要と走り書きがされている。
経験上、こういう築古の物件は、資料だけでは判断できない。
実際に現地に行ってみたら、ゴミが散乱する荒れ放題のアパートだった、などということはざらにあるのだ。
「この広さと立地にしては、他と比べるとけっこう安いみたいですね。しかも保証人不要……なにか理由でもあるんですか?」
角が立たないよう、努めて明るく尋ねた。
遥は少し含み笑いをして答える。
「ちょっと山道を登るのがネックではありますけれど……。この物件、オーナーがすっごくいい方なんです。新生活を始める若者たちを応援したいって、良心的な金額でお部屋を提供してくれているんですよ。だから、ここは条件に合う方にしかご紹介しないんです」
「新生活っていうと……学生とか就職したばかりの人とか、ですか。年齢的には大丈夫ですかね……。俺、今年25になるんだけど」
「全然問題ないですよ!」
にっこりとこちらに微笑んで、嬉しそうに続けた。
「もしよかったら、これから見に行きませんか?」
「いいんですか?」
「もちろん! すぐに準備しますね」
言うが早いか、遥は手早く物件資料のコピーを取り、『朝霧不動産』とロゴの入った大判の封筒に入れて悠弥に手渡す。
遥は店内を忙しく動き回る。くるくると踊るように軽やかに。
奥のホワイトボードにかけてある車のキーを手にし、電話機を操作して留守電を設定する。間仕切りの裏に姿を消したと思ったら、アイボリーのコートを羽織って姿を見せた。その手にはもう一つ、鍵が増えている。アパートの鍵だろう。
そしてカウンターの中から出て、悠弥の横を通り過ぎ、早足で出入り口へ。
「表に車を回してきます。少々お待ち下さいね」
悠弥はひとつ頷いて、まだ温かいお茶を飲み干した。
駆け足のパンプスの音が遠ざかり、しばらくすると安っぽいエンジン音が近づいてくる。
悠弥も立ち上がり、入り口へ向かう。
「お待たせいたしました! どうぞお乗りください」
「見るだけでも大丈夫ですよ。外は寒いですし、どうぞ!」
ドアを開け放ち、悠弥を招き入れる。
ちょうどそろそろ部屋探しをしようと思っていたところだ。そこまで言われては断る理由もない。悠弥は引き込まれるように、店へ入った。
カウンターの席をすすめられ、そこに座る。
古びた外観とは似つかわしくなく、清潔感ある綺麗な店内だった。白を基調としたインテリアでまとめられ、綺麗に整っている。縦のストライプが入った壁紙も、まだ新しいようだ。最近リフォームしたのだろうか。
不動産屋にしては、いささか少女趣味すぎる雰囲気ではあるが。
奥の扉が開き、小ぶりの盆にお茶を乗せ、彼女がこちらにいそいそと歩いてくる。
「どうぞ。温まって行ってくださいね」
お茶を差し出し、再びあの笑顔を向ける。
こちらが思わずホッとしてしまうような、営業スマイルとはどこか違う柔らかい表情。
デスクの引き出しから名刺入れを取り出し、両手で丁寧に差し出す。
「朝霧遥と申します。よろしくお願いします」
悠弥も椅子から腰を浮かし、それを両手で受け取る。
「あ、すみません、自分、いま名刺を持っていなくて。東雲悠弥といいます」
言って気がつく。
名刺を持っていない……というか、そもそも今現在、無職だ。
(最悪だ。職も決まってないのに部屋探しに来るとか、迷惑すぎる)
無職で賃貸物件を探すのは非常に困難なのだ。おおかたの場合、入居審査にまず通らない。不動産屋によっては門前払いをくらうこともある。
「東雲さん、どんなお部屋に興味がありますか? 一人暮らし用を見てらっしゃったみたいですけれど」
カウンターに設置されたモニターの電源を入れつつ、遥が問う。
悠弥は少し躊躇してから、ゆっくりと話し始めた。
「実家から出ようと思ってるんですけど……あの、最近退職して、こっちへ戻ってきたので……その……職探し中でして。契約するのが難しいかと思うんですよね」
遥は悠弥と向かいあう形で腰掛け、うーん、と小さく唸った。
「お急ぎで入居したい、というわけではないんですね?」
「ええ、まあ……いい物件があれば早めに、という感じで……」
答えながら、胸中は穏やかでない。
(無職のうえ、すぐに入居する気がないなんて、俺、最低な客じゃないか……)
営業マン時代に、こんな客にあたったなら、「ハズレを引いた」と思っただろう。適当にあしらって次の客を取ったほうが利益になる。
だが、遥は違っていた。
「お仕事を探すのも大変ですよね。息抜きついでに、住みたいお部屋を探してみてください」
キーボードを叩き、モニターに映し出す物件情報を絞り込みながら、楽しそうに語りかけてくる。
「あ、そうだ! ちょうどいい物件があります」
立ち上がり、背後のラックから黒いファイルを取り出した。
「これなんて、いかがでしょう」
『メゾン江崎』
賃料3万5千円で共益費込。洋間八帖、バストイレ別の1K。駐車場、駐輪場あり。築年数は25年になる。
立地は、市内中心部からは少し離れるが、自転車圏内といったところ。悪くない。近隣の相場から見ると、少し安く思える。
下の方に鉛筆で、保証人不要と走り書きがされている。
経験上、こういう築古の物件は、資料だけでは判断できない。
実際に現地に行ってみたら、ゴミが散乱する荒れ放題のアパートだった、などということはざらにあるのだ。
「この広さと立地にしては、他と比べるとけっこう安いみたいですね。しかも保証人不要……なにか理由でもあるんですか?」
角が立たないよう、努めて明るく尋ねた。
遥は少し含み笑いをして答える。
「ちょっと山道を登るのがネックではありますけれど……。この物件、オーナーがすっごくいい方なんです。新生活を始める若者たちを応援したいって、良心的な金額でお部屋を提供してくれているんですよ。だから、ここは条件に合う方にしかご紹介しないんです」
「新生活っていうと……学生とか就職したばかりの人とか、ですか。年齢的には大丈夫ですかね……。俺、今年25になるんだけど」
「全然問題ないですよ!」
にっこりとこちらに微笑んで、嬉しそうに続けた。
「もしよかったら、これから見に行きませんか?」
「いいんですか?」
「もちろん! すぐに準備しますね」
言うが早いか、遥は手早く物件資料のコピーを取り、『朝霧不動産』とロゴの入った大判の封筒に入れて悠弥に手渡す。
遥は店内を忙しく動き回る。くるくると踊るように軽やかに。
奥のホワイトボードにかけてある車のキーを手にし、電話機を操作して留守電を設定する。間仕切りの裏に姿を消したと思ったら、アイボリーのコートを羽織って姿を見せた。その手にはもう一つ、鍵が増えている。アパートの鍵だろう。
そしてカウンターの中から出て、悠弥の横を通り過ぎ、早足で出入り口へ。
「表に車を回してきます。少々お待ち下さいね」
悠弥はひとつ頷いて、まだ温かいお茶を飲み干した。
駆け足のパンプスの音が遠ざかり、しばらくすると安っぽいエンジン音が近づいてくる。
悠弥も立ち上がり、入り口へ向かう。
「お待たせいたしました! どうぞお乗りください」
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