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鎌鼬
ただいま1
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ようやく視界がはっきりとしてきて、外の音も耳に入るようになってきた。
騒ぎを聞きつけた住人が外に出てきたのか、何やら複数の声が聞こえる。
「そいつを捕まえてくれ!」
颯太の声。
低く唸る獣の咆哮のような音。
ドン、という鈍い衝撃音。
「ぐえっ」
腹の底から押し出されるようなうめき声。
「外でいったい何が……」
途端に静まりかえった外の様子を伺いながら、再び頭を抱えてうずくまっていた美琴を抱き起こす。
「美琴、大丈夫か?」
殴打されたのだろう、左頬が痛々しく変色している。
「大丈夫……」
かなり弱々しい「大丈夫」が逆に心配だった。
美琴は身を起こそうとするが、なかなか立ち上がれないようだった。
後頭部に当てていた右手にはべったりと血がついている。
「騒がしい様子でしたが、みなさんご無事で?」
開け放ったままの玄関から心配そうに顔を覗かせたのは、この階に住む早乙女という女性。
「早乙女さん……でしたよね!? この子、怪我してるんです、救急車を……呼んでもらえませんか?!」
早乙女も御多分に漏れずあやかしだ。でも、彼女は人間社会で暮らして長いと言っていたはず。
早乙女は二人の様子を見て緊急事態を察知したのか、すぐに合点した。
「わかりました、すぐ電話いたしましょう」
早乙女は小走りに自室に戻り、今度はスマホを片手に、なにやら話しながら戻ってきた。
ここの住所、けが人がいることなど、ちゃんと伝えることができているようだ。
持参したタオルで美琴の後頭部を押さえ、手早く止血処置を始めた。
「すぐに来てくださいますよ。あまり動かさずに待っているように、とのことで」
悠弥は早乙女に美琴をたのみ、壁伝いに歩き外に出る。
階下では住人たちが次々に顔を出してきていた。
駐車場に颯太の姿を見つけ、よろけつつも手すりに頼りながら階段を降りる。
「颯太! だいじょう……え?」
颯太の横に大きな黒い熊がいる。
その足元には、うつ伏せに倒れた男。
「熊……もしかして、後藤……さん?」
二本の足で立ち、男を見下ろす熊が一頭。その大きな体躯をゆっくりと動かし、こちらを振り向いた。
101号室の後藤剛。悠弥が引越しの挨拶に行ったときに会った彼は、体育会系の好青年だった。遥からは、鬼熊という熊のあやかしであると聞いている。
熊が空に向けてひとつ吼えた。オオォォン……と低いうなり声が聞こえると同時に、その姿がゆらぐ。ひと呼吸の後に、はっきりとした人の姿が現れた。
(本物だ……本物のあやかしだ……)
颯太も後藤も、獣の姿が本来の姿なのだろう。再びぼんやりとしてきた意識の中で、悠弥は今更ながら、本当にあやかしがいるのだと感心していた。
こちらに向けて、熊――後藤が何事か話しかけてくる。
しかし悠弥の耳には届かなかった。
見える景色が目まぐるしく、ぐるぐると回るようだ。悠弥はその場にへたり込んだ。
(警察を……呼ばないと……)
遠くからサイレンが聞こえてくる。救急車の音だろうか。
(美琴……大丈夫……かな……)
そこで意識が途切れた。
騒ぎを聞きつけた住人が外に出てきたのか、何やら複数の声が聞こえる。
「そいつを捕まえてくれ!」
颯太の声。
低く唸る獣の咆哮のような音。
ドン、という鈍い衝撃音。
「ぐえっ」
腹の底から押し出されるようなうめき声。
「外でいったい何が……」
途端に静まりかえった外の様子を伺いながら、再び頭を抱えてうずくまっていた美琴を抱き起こす。
「美琴、大丈夫か?」
殴打されたのだろう、左頬が痛々しく変色している。
「大丈夫……」
かなり弱々しい「大丈夫」が逆に心配だった。
美琴は身を起こそうとするが、なかなか立ち上がれないようだった。
後頭部に当てていた右手にはべったりと血がついている。
「騒がしい様子でしたが、みなさんご無事で?」
開け放ったままの玄関から心配そうに顔を覗かせたのは、この階に住む早乙女という女性。
「早乙女さん……でしたよね!? この子、怪我してるんです、救急車を……呼んでもらえませんか?!」
早乙女も御多分に漏れずあやかしだ。でも、彼女は人間社会で暮らして長いと言っていたはず。
早乙女は二人の様子を見て緊急事態を察知したのか、すぐに合点した。
「わかりました、すぐ電話いたしましょう」
早乙女は小走りに自室に戻り、今度はスマホを片手に、なにやら話しながら戻ってきた。
ここの住所、けが人がいることなど、ちゃんと伝えることができているようだ。
持参したタオルで美琴の後頭部を押さえ、手早く止血処置を始めた。
「すぐに来てくださいますよ。あまり動かさずに待っているように、とのことで」
悠弥は早乙女に美琴をたのみ、壁伝いに歩き外に出る。
階下では住人たちが次々に顔を出してきていた。
駐車場に颯太の姿を見つけ、よろけつつも手すりに頼りながら階段を降りる。
「颯太! だいじょう……え?」
颯太の横に大きな黒い熊がいる。
その足元には、うつ伏せに倒れた男。
「熊……もしかして、後藤……さん?」
二本の足で立ち、男を見下ろす熊が一頭。その大きな体躯をゆっくりと動かし、こちらを振り向いた。
101号室の後藤剛。悠弥が引越しの挨拶に行ったときに会った彼は、体育会系の好青年だった。遥からは、鬼熊という熊のあやかしであると聞いている。
熊が空に向けてひとつ吼えた。オオォォン……と低いうなり声が聞こえると同時に、その姿がゆらぐ。ひと呼吸の後に、はっきりとした人の姿が現れた。
(本物だ……本物のあやかしだ……)
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こちらに向けて、熊――後藤が何事か話しかけてくる。
しかし悠弥の耳には届かなかった。
見える景色が目まぐるしく、ぐるぐると回るようだ。悠弥はその場にへたり込んだ。
(警察を……呼ばないと……)
遠くからサイレンが聞こえてくる。救急車の音だろうか。
(美琴……大丈夫……かな……)
そこで意識が途切れた。
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