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雨女
真実と事実
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「お待たせいたしました。お着替え完了ですよ……あら?」
階段を下りて顔を出した遥が、入口で佇む客人に気づく。
遥の後ろから顔を覗かせた時雨は、その姿を確認すると少し後ずさった。
「あ、朝霧さん! お疲れ様ッス、自分、昼間お世話になった佐川ッス」
「ええ、もちろん覚えていますよ。そちらの方は……」
「芦田です……。いきなりすみません、あの……お祓いしてもらえるって聞いて……」
芦田がすがるような目で遥を見つめていた。
「あ、なるほど。祠を壊してしまったという方ですねぇ……」
苦笑を浮かべ、時雨の方を振り返る。
時雨は白いロングスカートに、薄いブルーのシャツに着替えていた。遥の服なのだろうが、よく似合っている。
佐川たちから目をそらし、遥の後ろに隠れるように身を引いた。
「大丈夫ですよ」
そんな時雨の様子を見かねて、遥は時雨に小さくささやいた。
「ちょうどよかったです。少しお話をしましょう」
そう言うと、遥は奥の応接コーナーに皆を通した。
二人にも、時雨の姿はしっかり見えているようだった。
佐川と芦田が長ソファに、遥と時雨がそれに対するように手前のソファにかけた。悠弥はカウンターから事務椅子を移動し、テーブル横に陣取る。
皆が着席したところで、遥が時雨を紹介した。
「こちら、廃村に住んでいた方のお孫さんなんですよ」
なるほど。そういうことにしておけば、時雨がこの話に絡んでもおかしくはない。
言われた時雨は一瞬キョトンとした表情を浮かべた。「大丈夫、合わせておいて」という意味を込めて悠弥が頷くと、意図が伝わったのか、佐川たちにお辞儀をしてみせた。
そんな時雨の会釈を受け、男二人は落ち着かない様子で、慌ててお辞儀を返す。
「私も先ほど伺ったばかりの話なんですけれど」と前置きをして遥が話し始める。
「あの小さな神社は、今でこそ手入れがされず、あんな状態でしたが、その昔はとても大事にされていた神社だったそうです」
最後の住民が移住したあとも、時折神社の手入れにくる人がいたという。
「でも、それももう十数年前のこと。今では、ほとんど手付かずで放置されてしまっていたようですが」
芦田は両手を膝の上で組み、背を丸めて俯いたまま微動だにしない。
「あなたたちは、その神社と御神体である鏡を壊してしまったから、何か悪いものに憑かれている、祟られていると感じているのですね」
これには佐川が答えた。
「帰りの車の中で見た、赤い着物の女……あれが俺たちに取り憑いてるんじゃないかって思うんスよ。車のハンドルが効かなくなったのもその直後だし……。コイツなんて、今でも夢に見るし、ずっと気配がするって……」
芦田が小刻みに体を震わせた。
赤い着物の女という言葉に、時雨は表情を緩めた。それが山姫だとわかって可笑しくなったのだろう。
悠弥にもわかる。山姫に他意はない。おそらく山を荒らすものを追い返しただけだ。車の中まで追いかけるとは、少々いたずらが過ぎる気もするが。
「時雨さん、あの祠に祀られていたもののこと、教えていただけますか」
祀られていたもの、その本人であるはずの時雨に、遥はあえて話を促した。
わずかな間をおき、時雨はぽつりぽつりと話しはじめる。
「あの祠に祀られていたのは、山の主さまです。山と、里を守っていらっしゃる方。山が開かれ、里を築くとき、最初に作られたのがあの祠です」
想定と違う言葉が返ってきたことに、悠弥は思わず口を挟む。
「ちょっと待ってください。あの祠には……雨の神様が祀られていたんじゃないんですか?」
雨の神である時雨が祀られていた祠が壊れた為に、その力が弱まり、雨の制御ができなくなったという話だったはずだ。
「そう。私たちは雨の神様が祀られていたと思って、あの祠を調べました。でも、よくよく伺うと、少々違うお話があるみたいです」
その先は、昔話と思って聞いてください、と時雨が話し始めた。
階段を下りて顔を出した遥が、入口で佇む客人に気づく。
遥の後ろから顔を覗かせた時雨は、その姿を確認すると少し後ずさった。
「あ、朝霧さん! お疲れ様ッス、自分、昼間お世話になった佐川ッス」
「ええ、もちろん覚えていますよ。そちらの方は……」
「芦田です……。いきなりすみません、あの……お祓いしてもらえるって聞いて……」
芦田がすがるような目で遥を見つめていた。
「あ、なるほど。祠を壊してしまったという方ですねぇ……」
苦笑を浮かべ、時雨の方を振り返る。
時雨は白いロングスカートに、薄いブルーのシャツに着替えていた。遥の服なのだろうが、よく似合っている。
佐川たちから目をそらし、遥の後ろに隠れるように身を引いた。
「大丈夫ですよ」
そんな時雨の様子を見かねて、遥は時雨に小さくささやいた。
「ちょうどよかったです。少しお話をしましょう」
そう言うと、遥は奥の応接コーナーに皆を通した。
二人にも、時雨の姿はしっかり見えているようだった。
佐川と芦田が長ソファに、遥と時雨がそれに対するように手前のソファにかけた。悠弥はカウンターから事務椅子を移動し、テーブル横に陣取る。
皆が着席したところで、遥が時雨を紹介した。
「こちら、廃村に住んでいた方のお孫さんなんですよ」
なるほど。そういうことにしておけば、時雨がこの話に絡んでもおかしくはない。
言われた時雨は一瞬キョトンとした表情を浮かべた。「大丈夫、合わせておいて」という意味を込めて悠弥が頷くと、意図が伝わったのか、佐川たちにお辞儀をしてみせた。
そんな時雨の会釈を受け、男二人は落ち着かない様子で、慌ててお辞儀を返す。
「私も先ほど伺ったばかりの話なんですけれど」と前置きをして遥が話し始める。
「あの小さな神社は、今でこそ手入れがされず、あんな状態でしたが、その昔はとても大事にされていた神社だったそうです」
最後の住民が移住したあとも、時折神社の手入れにくる人がいたという。
「でも、それももう十数年前のこと。今では、ほとんど手付かずで放置されてしまっていたようですが」
芦田は両手を膝の上で組み、背を丸めて俯いたまま微動だにしない。
「あなたたちは、その神社と御神体である鏡を壊してしまったから、何か悪いものに憑かれている、祟られていると感じているのですね」
これには佐川が答えた。
「帰りの車の中で見た、赤い着物の女……あれが俺たちに取り憑いてるんじゃないかって思うんスよ。車のハンドルが効かなくなったのもその直後だし……。コイツなんて、今でも夢に見るし、ずっと気配がするって……」
芦田が小刻みに体を震わせた。
赤い着物の女という言葉に、時雨は表情を緩めた。それが山姫だとわかって可笑しくなったのだろう。
悠弥にもわかる。山姫に他意はない。おそらく山を荒らすものを追い返しただけだ。車の中まで追いかけるとは、少々いたずらが過ぎる気もするが。
「時雨さん、あの祠に祀られていたもののこと、教えていただけますか」
祀られていたもの、その本人であるはずの時雨に、遥はあえて話を促した。
わずかな間をおき、時雨はぽつりぽつりと話しはじめる。
「あの祠に祀られていたのは、山の主さまです。山と、里を守っていらっしゃる方。山が開かれ、里を築くとき、最初に作られたのがあの祠です」
想定と違う言葉が返ってきたことに、悠弥は思わず口を挟む。
「ちょっと待ってください。あの祠には……雨の神様が祀られていたんじゃないんですか?」
雨の神である時雨が祀られていた祠が壊れた為に、その力が弱まり、雨の制御ができなくなったという話だったはずだ。
「そう。私たちは雨の神様が祀られていたと思って、あの祠を調べました。でも、よくよく伺うと、少々違うお話があるみたいです」
その先は、昔話と思って聞いてください、と時雨が話し始めた。
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