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アンジェリカ
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ある日、リール王国の第一王女アンジェリカ姫が城の自室で倒れているのが発見された。
幸い命に別状はないが、意識が戻らず、こんこんと眠り続けているのだという。
輿入れの5日前だ。
国同士の政略結婚。
両国の和平を象徴する婚姻だ。中止や延期は有り得ない。
すでに各国には大々的に周知してしまっているのに、今更アンジェリカ姫以外を輿入れさせるわけにいかない。
悩んだ王はメイドに産ませた妹姫を思い出した。美しいアンジェリカ姫には及ばないが、アンジェリカ姫と同じ髪色、ほんの少し薄いが同じ色の瞳。
アンジェリカ姫と一つ違いの妹姫は、母親が違うが、よく似ていた。
「とりあえず、アンジェリカ姫様が目覚める迄、身代わりを立てればいいのでは。」
**************
「本当にアンジェリカ姫によく似ているのだな。」
婚姻式典の前に花嫁の控え室に現れたエドワード王太子は、薄いベールを持ち上げてみて驚いた。
化粧を施したその顔は、本物のアンジェリカ姫と並べてみなければ、偽物だとは気が付かないだろう。
「これなら身代わりだと言われなければ、我が国ではわからないな。
お前は何のためにこの国にきたのか理解しているのか?」
「はい。エドワード王太子殿下。
私はアンジェリカ姫の身代わりとして、病の王女が癒えるまで、王太子妃を務めるようにと、リール王より命じられて参っております。」
「……」
ベールを戻すとエスコートするように右手を差し伸べた。
「この婚姻は我がクルザー王国の威信がかかっている。第一王女の身代わりを頼むぞ。
アンジェリカ妃。」
「はい!アンジェリカ姫の名を汚さないよう、精一杯がんばります!」
美しい婚礼衣装を纏った花嫁と花婿は、手を取りあい、歓声を受けながら婚姻式への扉を開いた。
**************
私にとっては、永遠かと思われるほど長い婚姻の式典が終わったのは、日もとっぷりと暮れた頃でした。
多分、問題はなかったと思うわ。
エドワード王太子殿下にエスコートしていただいて、城の大広間にひしめき合う人々を見た時から記憶が曖昧になっているけど、誰にも怒られなかったのだから大丈夫だったのでしょう。
「第一王女殿下の身代わりですので、王太子殿下の御渡りはございません。ごゆっくりおやすみください。」
もともとアンジェリカ妃に付けられるためだったというメイドは、私の夜の身支度を終えると部屋を出て行きました。
目覚めたアンジェリカ姫と交代した時、メイドたちが不信を抱かぬよう、あらかじめ数人のメイドには身代わりの事情は話してあるのだと言っておりました。
おかげで私は彼女たちを騙すような気を使わないで済みますが……。
「ふうっ!!」
私は大きく息を吐き出して、フカフカのベットに倒れ込みました。
5日前、突然離宮から連れ出され、見たこともない美しい衣装を着付けられました。そして、このクルザー王国へと嫁ぐようにとリール国王に命じられて、馬車に押し込まれたのです。
アンジェリカ姫が目覚めるまでの身代わりとして務めて来いと……。
アンジェリカ姫はこの輿入れを待ち望んでいたとのことでした。
大国クルザー王国の王太子妃に、そしてゆくゆくは王妃となるのだから、幸せが約束されているのだから、決してそのお名前を汚してはいけないと、馬車での移動の3日間、繰り返し繰り返し刷り込まれました。
いつまで身代わりを続けるのかしら。
アンジェリカ姫が目を覚ますまで?
アンジェリカ姫が、目を覚さなかったら?
……考えるのはやめよう。
今日だけで一年分の神経をすり減らした気がするのに、これがいつまで続くかわからないなんて。
明日からは各国の要人との晩餐会が続くらしいけど、マナーのことを考えると頭が痛くなってくるわ。
**************
アンジェリカ王太子妃として挨拶をする。
アンジェリカ王太子妃として手を振る。
アンジェリカ王太子妃としてお茶をいただく。
アンジェリカ王太子妃として陳情を聞く。
アンジェリカ王太子妃として貴族と交流する。
アンジェリカ王太子妃として王太子のご機嫌伺いに行く。
アンジェリカ王太子妃として……
アンジェリカ王太子妃として…
「アンジェリカ。」
「は、はい!」
いけない!
王太子殿下とのお茶会の最中に、ぼうっとしてしまったわ。
「疲れているのだろう。婚姻式典の後から、休みらしい休みもないからな。」
「いえ、そんな。それは王太子殿下も一緒ですので。」
「アンジェリカ妃のお茶会はとても評判がいいんだ。とても心が安らぐと。」
「ありがとうございます。至らないところを補ってくれるメイドの皆さんのおかげです。」
エドワード王太子殿下はとてもお優しい。
私は王族としての教育はほとんど受けていないも同然なので、上手くこなせているとすれば、周りの人々のお陰なのに、こうして労ってくださる。
「先日、橋の復旧作業にも顔を出してくれただろう。皆、喜んでいた。」
「あの、私がこんなに顔を出してしまってよろしいのでしょうか?アンジェリカ姫ではないのに。」
優しさに甘えて、ずっと心に燻っている疑問が出てしまいました。
「君は今、第一王女アンジェリカ姫の身代わりとしてここにいる。身代わりならば王太子妃の公務をすることは当たり前だからね。なんの問題もないよ。」
猫のように目を細める王太子殿下は、優しく見えるが、少し…ほんの少しだけ瞳の奥に剣呑な光が見えるような気がするけど…。
「知っての通り、クルザー王国は私の父が興した新興国だ。父の方針で慣習より能力が優先されることが多い。
君がアンジェリカ姫の身代わりとして振る舞い、その責務を全うしようとしているから、たとえ未熟だとしても皆が君を認めているんだろう。」
やっぱり未熟ですよね、ご迷惑おかけしてます。
でも嬉しい。
リール王国では、私は離宮に追いやられ、存在しない者として扱われてきた。
今もアンジェリカ姫の身代わりとしてしか、存在していないけど、私のしたことが認められているのだから。
「人はなすべき事をなさねばならない。
人を使う王族ならなおさらだろう。」
**************
アンジェリカ妃の身代わりとして、1年が過ぎようとしています。
言われるがまま行ってきた公務もずいぶん慣れ、私なりに工夫を凝らしたり、意見を言うこともできるようになりました。
「もう直ぐ第一王女がやってくるかもしれない。」
国境からお戻りになった王太子殿下をお出迎えすると、嬉しそうにおっしゃった。
隣にあるロッド王国との小競り合いを収めに、国境へと向かった王太子殿下の元には何か知らせがあったのでしょうか?
アンジェリカ姫がいつお目覚めになったのか。いつこちらへいらっしゃるのか。
嬉しそうな殿下のご様子に、私は何もお聞きすることができませんでした。
もう直ぐアンジェリカ姫の身代わりが終わる。
やっと身代わりという重荷がおろせるのだけど、身代わりではなくなる私はどうなるのだろう。
母を奪われた。
優しかった乳母も奪われた。
自由に生きる術を奪われた。
そして、私の名も、私の存在も奪われた。
このままアンジェリカ妃の身代わりだった私すら奪われてしまうのかしら……。
アンジェリカ様
アンジェリカ妃殿下
アンジェリカ
アンジェリカ…
……貴方が呼んでくれるから
私は…アンジェリカ姫がの身代わりのままでいたい……
**************
それは突然だった。
アンジェリカ姫が謁見の間にいらしていると、メイドが伝えてきた。
私はなぜか正装をさせられ、謁見の間に連れてこられました。
謁見の間には壇上に陛下がお座りになっていらっしゃいます。
一段降りたところに王太子殿下がお立ちになり、そして御二方の前にはアンジェリカ姫が、頭を下げています。
私は陛下へ一礼しますと、王太子殿下の隣へと並びます。
アンジェリカ姫が一瞬顔を上げてこちらを見ましたが、私はまだアンジェリカ妃なのです。
「リール王国第一王女殿下、顔を上げてください。」
王太子殿下の言葉でアンジェリカ姫が顔を上げます。いささかやつれたようなお顔ですが、病は本復されたのでしょう。
「リール王国が王女アンジェリカ・リールですわ。
クルザー国王陛下ならびにエドワード王太子殿下、はじめまして。」
花が綻ぶような笑顔のアンジェリカ姫は、やはり私とは華やかさがまったく違います。
「リール王国第一王女アンジェリカ姫。
病は問題無いのか?」
「ええ、もうすっかり良くなりましたわ。ご心配をおかけいたしました。
身代わりの者はお役にたてましたでしょうか?」
陛下とアンジェリカ姫が会話する間、王太子殿下は、穏やかな笑みでアンジェリカ姫を見つめておられます。
「ああ、アンジェリカ妃は王太子妃としての務めを良く果たしてくれているよ。」
「それは何よりですわ。
これからは私が妃としての務めを果たさせていただきますわ。
私は語学も得意ですの。是非とも外交はお任せください。」
そうですね。私は外交にはまったく関わらせていただいておりません。語学は勉強を始めたばかりですので、役には立たないのです。
「そうして、ロッド王国と繋ぎをつけるつもりかい?」
穏やかな表情のまま、王太子殿下がおっしゃった言葉に、アンジェリカ姫の顔色が変わりました。
「な、何をおっしゃっているのか、わかりませんわ。」
「君が病だと偽り、ロッド王国のエドワード王太子と接触を図っていたことは知っているよ。」
ロッド王国?
このクルザー王国は、今の陛下がロッド王国から独立して興した国と学びました。
ですのでロッド王国とはまだ、一触即発の状態で、先日もエドワード王太子殿下が、国境に出向かれたのです。
ロッド王国の王太子殿下もエドワード様とおっしゃるのですね。混乱しますわ。
そのロッド王国のエドワード殿下ととアンジェリカ姫が接触していたという事はどういうことでしょうか?
「残念ながらロッド王国のエドワード王太子は亡くなってしまったがね。国境での紛争の途中でね。
それで計画が狂って、慌ててこの国に乗り込んできたのだろう。
今更ながら身代わりと交換して、この国の王太子妃の座に収まろうとしてな。」
「でも、アンジェリカ姫は元々エドワード殿下に嫁いで、王太子妃になるはずだったのですわ。
わざわざロッド王国と手を組む意味がありませんわ。」
国王陛下と王太子殿下の御前だというのに、思わず声が出てしまいました。
慌てて謝罪しようとしましたが、エドワード殿下は人差し指を私の唇の前に立てて微笑みます。
「身代わりに嫁ぐのは嫌だったのだろう。」
「身代わりですか?」
「私は、ロッド王国エドワード王太子の身代わりだったからね。
由緒正しいリール王国の王女サマは、計略とはいえ、たかが身代わりだった独立国の王太子なんぞに嫁ぎたくなかったのさ。」
「わ、私はそのような事は思っておりませんわ!
だって私この国に嫁ぐのを楽しみにしておりましたの。ええ、とても。」
アンジェリカ姫が私をギラリと射殺すような目で私を睨みつけます。
「そうだわ!その身代わりがロッド王国と通じているのだわ!!」
「え、私はそのような事は」
「黙りなさい!貴女は身代わりなのだから、黙って私の身代わりになればいいのよ!」
身代わり、身代わりと都合のいい事ばかり喚く第一王女にうんざりします。
クルザー王国に嫁いだのも身代わり。
ロッド王国と通じたのも身代わり。
すべて身代わりがやった事だというのなら、本物のアンジェリカ姫とは一体どこにおられるのでしょう。
「いいや、アンジェリカ姫。ロッド王太子殿下への手紙には君の、第一王女しか使えないサインが入っているよ。」
王太子殿下が侍従から受け取り、開いた手紙には確かにアンジェリカ第一王女のサインがあります。私には使えない王族特有の書体です。
「それは……」
「リール王家は大陸でも最も古い血筋だ。その血筋を誇り、今は失われたこの文字で必ずサインをするのだったな。」
王太子殿下がはじき飛ばした手紙は、ハラリとアンジェリカ姫の足元に飛んで行きました。
「リール王国第一王女アンジェリカ。我が国に敵対するものをこのまま無罪とすることは出来んな。処分はエドワード、お前に任せよう。」
「ち、違う!違うわ!!」
今まで、顔色は変えても悠然としていたアンジェリカ姫だったのですが、流石に衛兵に囲まれて取り乱し、私の事を指差し叫びました。
「アンジェリカ姫はあっちよ!
私は身代わりですの!」
「は?」
「ロッド王国と通じたのは、本物のアンジェリカ姫なんでしょ!
私、私は身代わりですの!ですから私はリール王国に帰してください!」
今度は貴女が身代わりですか……。
「どうあっても自分の行動の責任は取らないおつもりなのですね。」
「なによ!偉そうに!何様のつもりなの」
「私はクルザー王国、王太子妃のアンジェリカですわ。」
ならば私はアンジェリカになりましょう。
クルザー王国アンジェリカ王太子妃としての私を奪わせたりはしない。
「たとえ処刑されるとしても、私がアンジェリカです。もう身代わりだからと振り回されたりしませんわ!
王族だからといって、いいえ、王族だからこそやるべき事をやらないで責任をなすりつけるような事は許されないわ。
アンジェリカ姫は身代わりで十分よ!!」
「「ははははっ!」」
興奮した気持ちは、陛下と王太子殿下の大きな笑い声で一気に覚めました。
私は、私はなんて事を……
王太子殿下は怒りで真っ赤になったアンジェリカ姫の側へ歩いて行かれます。
「そなたはアンジェリカ姫の身代わりなのだな。」
「ええ!ええ!そうですわ!身代わりですの。」
身代わりであれば助かると思ったのでしょう。プライドすら捨てたようなその姿に王太子殿下はにっこり笑っておっしゃいました。
「なら身代わりとして死んでもらおう。」
「え?!」
「身代わりは黙って見代わりになっていればいい。
連れて行け。」
「なぜ!なぜですの!っ離しなさい!!私を誰だと思っているの!!!」
衛兵たちは、喚き、暴れるアンジェリカ姫を拘束して出て行ってしまいました。
「エドワード、アンジェリカ。これでロッド王国の方はひと区切りがついたな。」
「ええ、しばらくはロッドに肩入れするような国は現れないでしょう。」
陛下がそうおしゃられても、私はサッパリわかりません。そんな私の様子を見て陛下は苦笑されました。
「エドワード。もう下がっていいから、アンジェリカと良く話し合いなさい。
アンジェリカがこの国に残ってくれるかも含めてな。」
**************
私は王太子殿下と一緒に部屋へ戻りました。
初めて入る夫婦の部屋です。応接室のソファに座ると、すぐにお茶の用意が整いました。
「落ち着いた?」
御行儀が悪いですが飲みながらうなずきます。
暖かいお茶を飲んでホッとしました。それに思ったより喉が乾いていたようです。
「アンジェリカがあんな啖呵を切ると思わなかったよ。」
「お恥ずかしいです。
………………
あの、私はどうなるのでしょうか?」
「どうなるって?アンジェリカは自分で決めだだろう。
クルザー王国のアンジェリカ王太子妃だって。」
ええ、あの時は必死でしたの。
「クルザー王国がロッド王国から独立してからというもの、ロッド王国はこの国を取り戻そうと色々画策していたんだ。
リール王国の第一王女が嫁ぐと知って、ロッド王国のエドワードは第一王女に近づいたみたいだな。
嫁いできたら隙をついて、私か父上を暗殺して、内部からロッド王国を引き込むつもりだったのだろう。」
「暗殺!わ、私、そんな事、引き受けたりしていません!」
もしかして、私はずっと疑われていたのでしょうか?
もしや私は知らないうちに、エドワード殿下を危険に晒していたのでは!!
ザアッと血の気が落ちるのがわかります。
「わかってる。はじめはアンジェリカが代わりに送り込まれた間諜だと思ったよ。身代わりの捨て駒としてな。
だが、アンジェリカはリール王国とも、ロッド王国とも接触はない。
私とも最低限の接触しかしない。
その内、アンジェリカ姫を探っていた密偵から『嫌になったから身代わりに行かせた』と言っていたと連絡があったよ。」
アンジェリカ姫……習い事とかとは訳が違いますよ……そんな大事なこと、嫌になったからって放り出さないでください…
結果的に良かったのかもしれませんが#
身代わり__私__#のこと気軽に使い過ぎです。
「アンジェリカはアンジェリカで『アンジェリカ姫の名を汚さない為』などと言って一生懸命、王太子妃の公務を頑張るものだから。」
クックッと笑いながら言われるととても恥ずかしいです。何度も言いますが、私は必死だったのです。
王太子殿下は私の隣に座りなおし、私の手を取りました。
「ずっと思っていた。
いつかアンジェリカが身代わりをやめて、私の隣に立ってくれないだろうかと。」
「身代わりをやめる…」
「そう、本当の自分に戻っても、この国の王太子妃のままでいてくれないか。」
ぎゅっと握りしめた手がとても暖かくて、身代わりの間は触れることのできなかった、その暖かさが私の存在を確かにするような気がして。
「私、名前も無いのです。
母が付けてくれた名前があったはずなのに。アンジェリカ姫の身代わりだから、アンジェリカでいいと…」
「私も一緒だ。
私も身代わりだった。
だが、身代わりでないエドワードと父を望んでくれたこの国の人々のお陰で、私は身代わりをやめることができたんだ。
私にとってアンジェリカは君だけだよ。第一王女と同じ名前だからと言って関係ない。この城にいる者、この国のみんなは君以外のアンジェリカは知らない。
私たちは君を求めているんだ。」
エドワード殿下がジッと私の目を覗き込んできます。
「アンジェリカ、君を愛している。」
嬉しいのに。
嬉しいのに、喉が詰まって声が出ません。
「っ!……はっ…い!私…も………」
上手に返事ができない代わりに私は、エドワード殿下にぎゅっと抱きつきました。
エドワード殿下の暖かさが、腕から胸から、触れ合ったすべてのところから感じられます。
エドワード殿下も強く抱きしめてくれました。
ずっとずっと、感じることのできなかった暖かさに、知らず涙が溢れてしまいます。
この暖かい体温を貴方も感じているのでしょうか。
「アンジェリカ。」
「エドワード様。」
エドワード様の口づけとともに、私は本物のアンジェリカになったのです。
**************
その後、クルザー王国は、国力の弱まったロッド王国、リール王国を併合し大陸で最も大きな国となった。
その数年後、国王に即位したエドワード国王陛下とアンジェリカ王妃は内政に努め、長期にわたるクルザー王国繁栄の礎を築いたと言われる。
また、この二人の仲睦まじさは、国民の広く知るところであり、愛された王妃の名にあやかり、アンジェリカと名付けられた娘は幸せになれると、広く伝えられたのである。
fin
幸い命に別状はないが、意識が戻らず、こんこんと眠り続けているのだという。
輿入れの5日前だ。
国同士の政略結婚。
両国の和平を象徴する婚姻だ。中止や延期は有り得ない。
すでに各国には大々的に周知してしまっているのに、今更アンジェリカ姫以外を輿入れさせるわけにいかない。
悩んだ王はメイドに産ませた妹姫を思い出した。美しいアンジェリカ姫には及ばないが、アンジェリカ姫と同じ髪色、ほんの少し薄いが同じ色の瞳。
アンジェリカ姫と一つ違いの妹姫は、母親が違うが、よく似ていた。
「とりあえず、アンジェリカ姫様が目覚める迄、身代わりを立てればいいのでは。」
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「本当にアンジェリカ姫によく似ているのだな。」
婚姻式典の前に花嫁の控え室に現れたエドワード王太子は、薄いベールを持ち上げてみて驚いた。
化粧を施したその顔は、本物のアンジェリカ姫と並べてみなければ、偽物だとは気が付かないだろう。
「これなら身代わりだと言われなければ、我が国ではわからないな。
お前は何のためにこの国にきたのか理解しているのか?」
「はい。エドワード王太子殿下。
私はアンジェリカ姫の身代わりとして、病の王女が癒えるまで、王太子妃を務めるようにと、リール王より命じられて参っております。」
「……」
ベールを戻すとエスコートするように右手を差し伸べた。
「この婚姻は我がクルザー王国の威信がかかっている。第一王女の身代わりを頼むぞ。
アンジェリカ妃。」
「はい!アンジェリカ姫の名を汚さないよう、精一杯がんばります!」
美しい婚礼衣装を纏った花嫁と花婿は、手を取りあい、歓声を受けながら婚姻式への扉を開いた。
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私にとっては、永遠かと思われるほど長い婚姻の式典が終わったのは、日もとっぷりと暮れた頃でした。
多分、問題はなかったと思うわ。
エドワード王太子殿下にエスコートしていただいて、城の大広間にひしめき合う人々を見た時から記憶が曖昧になっているけど、誰にも怒られなかったのだから大丈夫だったのでしょう。
「第一王女殿下の身代わりですので、王太子殿下の御渡りはございません。ごゆっくりおやすみください。」
もともとアンジェリカ妃に付けられるためだったというメイドは、私の夜の身支度を終えると部屋を出て行きました。
目覚めたアンジェリカ姫と交代した時、メイドたちが不信を抱かぬよう、あらかじめ数人のメイドには身代わりの事情は話してあるのだと言っておりました。
おかげで私は彼女たちを騙すような気を使わないで済みますが……。
「ふうっ!!」
私は大きく息を吐き出して、フカフカのベットに倒れ込みました。
5日前、突然離宮から連れ出され、見たこともない美しい衣装を着付けられました。そして、このクルザー王国へと嫁ぐようにとリール国王に命じられて、馬車に押し込まれたのです。
アンジェリカ姫が目覚めるまでの身代わりとして務めて来いと……。
アンジェリカ姫はこの輿入れを待ち望んでいたとのことでした。
大国クルザー王国の王太子妃に、そしてゆくゆくは王妃となるのだから、幸せが約束されているのだから、決してそのお名前を汚してはいけないと、馬車での移動の3日間、繰り返し繰り返し刷り込まれました。
いつまで身代わりを続けるのかしら。
アンジェリカ姫が目を覚ますまで?
アンジェリカ姫が、目を覚さなかったら?
……考えるのはやめよう。
今日だけで一年分の神経をすり減らした気がするのに、これがいつまで続くかわからないなんて。
明日からは各国の要人との晩餐会が続くらしいけど、マナーのことを考えると頭が痛くなってくるわ。
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アンジェリカ王太子妃として挨拶をする。
アンジェリカ王太子妃として手を振る。
アンジェリカ王太子妃としてお茶をいただく。
アンジェリカ王太子妃として陳情を聞く。
アンジェリカ王太子妃として貴族と交流する。
アンジェリカ王太子妃として王太子のご機嫌伺いに行く。
アンジェリカ王太子妃として……
アンジェリカ王太子妃として…
「アンジェリカ。」
「は、はい!」
いけない!
王太子殿下とのお茶会の最中に、ぼうっとしてしまったわ。
「疲れているのだろう。婚姻式典の後から、休みらしい休みもないからな。」
「いえ、そんな。それは王太子殿下も一緒ですので。」
「アンジェリカ妃のお茶会はとても評判がいいんだ。とても心が安らぐと。」
「ありがとうございます。至らないところを補ってくれるメイドの皆さんのおかげです。」
エドワード王太子殿下はとてもお優しい。
私は王族としての教育はほとんど受けていないも同然なので、上手くこなせているとすれば、周りの人々のお陰なのに、こうして労ってくださる。
「先日、橋の復旧作業にも顔を出してくれただろう。皆、喜んでいた。」
「あの、私がこんなに顔を出してしまってよろしいのでしょうか?アンジェリカ姫ではないのに。」
優しさに甘えて、ずっと心に燻っている疑問が出てしまいました。
「君は今、第一王女アンジェリカ姫の身代わりとしてここにいる。身代わりならば王太子妃の公務をすることは当たり前だからね。なんの問題もないよ。」
猫のように目を細める王太子殿下は、優しく見えるが、少し…ほんの少しだけ瞳の奥に剣呑な光が見えるような気がするけど…。
「知っての通り、クルザー王国は私の父が興した新興国だ。父の方針で慣習より能力が優先されることが多い。
君がアンジェリカ姫の身代わりとして振る舞い、その責務を全うしようとしているから、たとえ未熟だとしても皆が君を認めているんだろう。」
やっぱり未熟ですよね、ご迷惑おかけしてます。
でも嬉しい。
リール王国では、私は離宮に追いやられ、存在しない者として扱われてきた。
今もアンジェリカ姫の身代わりとしてしか、存在していないけど、私のしたことが認められているのだから。
「人はなすべき事をなさねばならない。
人を使う王族ならなおさらだろう。」
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アンジェリカ妃の身代わりとして、1年が過ぎようとしています。
言われるがまま行ってきた公務もずいぶん慣れ、私なりに工夫を凝らしたり、意見を言うこともできるようになりました。
「もう直ぐ第一王女がやってくるかもしれない。」
国境からお戻りになった王太子殿下をお出迎えすると、嬉しそうにおっしゃった。
隣にあるロッド王国との小競り合いを収めに、国境へと向かった王太子殿下の元には何か知らせがあったのでしょうか?
アンジェリカ姫がいつお目覚めになったのか。いつこちらへいらっしゃるのか。
嬉しそうな殿下のご様子に、私は何もお聞きすることができませんでした。
もう直ぐアンジェリカ姫の身代わりが終わる。
やっと身代わりという重荷がおろせるのだけど、身代わりではなくなる私はどうなるのだろう。
母を奪われた。
優しかった乳母も奪われた。
自由に生きる術を奪われた。
そして、私の名も、私の存在も奪われた。
このままアンジェリカ妃の身代わりだった私すら奪われてしまうのかしら……。
アンジェリカ様
アンジェリカ妃殿下
アンジェリカ
アンジェリカ…
……貴方が呼んでくれるから
私は…アンジェリカ姫がの身代わりのままでいたい……
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それは突然だった。
アンジェリカ姫が謁見の間にいらしていると、メイドが伝えてきた。
私はなぜか正装をさせられ、謁見の間に連れてこられました。
謁見の間には壇上に陛下がお座りになっていらっしゃいます。
一段降りたところに王太子殿下がお立ちになり、そして御二方の前にはアンジェリカ姫が、頭を下げています。
私は陛下へ一礼しますと、王太子殿下の隣へと並びます。
アンジェリカ姫が一瞬顔を上げてこちらを見ましたが、私はまだアンジェリカ妃なのです。
「リール王国第一王女殿下、顔を上げてください。」
王太子殿下の言葉でアンジェリカ姫が顔を上げます。いささかやつれたようなお顔ですが、病は本復されたのでしょう。
「リール王国が王女アンジェリカ・リールですわ。
クルザー国王陛下ならびにエドワード王太子殿下、はじめまして。」
花が綻ぶような笑顔のアンジェリカ姫は、やはり私とは華やかさがまったく違います。
「リール王国第一王女アンジェリカ姫。
病は問題無いのか?」
「ええ、もうすっかり良くなりましたわ。ご心配をおかけいたしました。
身代わりの者はお役にたてましたでしょうか?」
陛下とアンジェリカ姫が会話する間、王太子殿下は、穏やかな笑みでアンジェリカ姫を見つめておられます。
「ああ、アンジェリカ妃は王太子妃としての務めを良く果たしてくれているよ。」
「それは何よりですわ。
これからは私が妃としての務めを果たさせていただきますわ。
私は語学も得意ですの。是非とも外交はお任せください。」
そうですね。私は外交にはまったく関わらせていただいておりません。語学は勉強を始めたばかりですので、役には立たないのです。
「そうして、ロッド王国と繋ぎをつけるつもりかい?」
穏やかな表情のまま、王太子殿下がおっしゃった言葉に、アンジェリカ姫の顔色が変わりました。
「な、何をおっしゃっているのか、わかりませんわ。」
「君が病だと偽り、ロッド王国のエドワード王太子と接触を図っていたことは知っているよ。」
ロッド王国?
このクルザー王国は、今の陛下がロッド王国から独立して興した国と学びました。
ですのでロッド王国とはまだ、一触即発の状態で、先日もエドワード王太子殿下が、国境に出向かれたのです。
ロッド王国の王太子殿下もエドワード様とおっしゃるのですね。混乱しますわ。
そのロッド王国のエドワード殿下ととアンジェリカ姫が接触していたという事はどういうことでしょうか?
「残念ながらロッド王国のエドワード王太子は亡くなってしまったがね。国境での紛争の途中でね。
それで計画が狂って、慌ててこの国に乗り込んできたのだろう。
今更ながら身代わりと交換して、この国の王太子妃の座に収まろうとしてな。」
「でも、アンジェリカ姫は元々エドワード殿下に嫁いで、王太子妃になるはずだったのですわ。
わざわざロッド王国と手を組む意味がありませんわ。」
国王陛下と王太子殿下の御前だというのに、思わず声が出てしまいました。
慌てて謝罪しようとしましたが、エドワード殿下は人差し指を私の唇の前に立てて微笑みます。
「身代わりに嫁ぐのは嫌だったのだろう。」
「身代わりですか?」
「私は、ロッド王国エドワード王太子の身代わりだったからね。
由緒正しいリール王国の王女サマは、計略とはいえ、たかが身代わりだった独立国の王太子なんぞに嫁ぎたくなかったのさ。」
「わ、私はそのような事は思っておりませんわ!
だって私この国に嫁ぐのを楽しみにしておりましたの。ええ、とても。」
アンジェリカ姫が私をギラリと射殺すような目で私を睨みつけます。
「そうだわ!その身代わりがロッド王国と通じているのだわ!!」
「え、私はそのような事は」
「黙りなさい!貴女は身代わりなのだから、黙って私の身代わりになればいいのよ!」
身代わり、身代わりと都合のいい事ばかり喚く第一王女にうんざりします。
クルザー王国に嫁いだのも身代わり。
ロッド王国と通じたのも身代わり。
すべて身代わりがやった事だというのなら、本物のアンジェリカ姫とは一体どこにおられるのでしょう。
「いいや、アンジェリカ姫。ロッド王太子殿下への手紙には君の、第一王女しか使えないサインが入っているよ。」
王太子殿下が侍従から受け取り、開いた手紙には確かにアンジェリカ第一王女のサインがあります。私には使えない王族特有の書体です。
「それは……」
「リール王家は大陸でも最も古い血筋だ。その血筋を誇り、今は失われたこの文字で必ずサインをするのだったな。」
王太子殿下がはじき飛ばした手紙は、ハラリとアンジェリカ姫の足元に飛んで行きました。
「リール王国第一王女アンジェリカ。我が国に敵対するものをこのまま無罪とすることは出来んな。処分はエドワード、お前に任せよう。」
「ち、違う!違うわ!!」
今まで、顔色は変えても悠然としていたアンジェリカ姫だったのですが、流石に衛兵に囲まれて取り乱し、私の事を指差し叫びました。
「アンジェリカ姫はあっちよ!
私は身代わりですの!」
「は?」
「ロッド王国と通じたのは、本物のアンジェリカ姫なんでしょ!
私、私は身代わりですの!ですから私はリール王国に帰してください!」
今度は貴女が身代わりですか……。
「どうあっても自分の行動の責任は取らないおつもりなのですね。」
「なによ!偉そうに!何様のつもりなの」
「私はクルザー王国、王太子妃のアンジェリカですわ。」
ならば私はアンジェリカになりましょう。
クルザー王国アンジェリカ王太子妃としての私を奪わせたりはしない。
「たとえ処刑されるとしても、私がアンジェリカです。もう身代わりだからと振り回されたりしませんわ!
王族だからといって、いいえ、王族だからこそやるべき事をやらないで責任をなすりつけるような事は許されないわ。
アンジェリカ姫は身代わりで十分よ!!」
「「ははははっ!」」
興奮した気持ちは、陛下と王太子殿下の大きな笑い声で一気に覚めました。
私は、私はなんて事を……
王太子殿下は怒りで真っ赤になったアンジェリカ姫の側へ歩いて行かれます。
「そなたはアンジェリカ姫の身代わりなのだな。」
「ええ!ええ!そうですわ!身代わりですの。」
身代わりであれば助かると思ったのでしょう。プライドすら捨てたようなその姿に王太子殿下はにっこり笑っておっしゃいました。
「なら身代わりとして死んでもらおう。」
「え?!」
「身代わりは黙って見代わりになっていればいい。
連れて行け。」
「なぜ!なぜですの!っ離しなさい!!私を誰だと思っているの!!!」
衛兵たちは、喚き、暴れるアンジェリカ姫を拘束して出て行ってしまいました。
「エドワード、アンジェリカ。これでロッド王国の方はひと区切りがついたな。」
「ええ、しばらくはロッドに肩入れするような国は現れないでしょう。」
陛下がそうおしゃられても、私はサッパリわかりません。そんな私の様子を見て陛下は苦笑されました。
「エドワード。もう下がっていいから、アンジェリカと良く話し合いなさい。
アンジェリカがこの国に残ってくれるかも含めてな。」
**************
私は王太子殿下と一緒に部屋へ戻りました。
初めて入る夫婦の部屋です。応接室のソファに座ると、すぐにお茶の用意が整いました。
「落ち着いた?」
御行儀が悪いですが飲みながらうなずきます。
暖かいお茶を飲んでホッとしました。それに思ったより喉が乾いていたようです。
「アンジェリカがあんな啖呵を切ると思わなかったよ。」
「お恥ずかしいです。
………………
あの、私はどうなるのでしょうか?」
「どうなるって?アンジェリカは自分で決めだだろう。
クルザー王国のアンジェリカ王太子妃だって。」
ええ、あの時は必死でしたの。
「クルザー王国がロッド王国から独立してからというもの、ロッド王国はこの国を取り戻そうと色々画策していたんだ。
リール王国の第一王女が嫁ぐと知って、ロッド王国のエドワードは第一王女に近づいたみたいだな。
嫁いできたら隙をついて、私か父上を暗殺して、内部からロッド王国を引き込むつもりだったのだろう。」
「暗殺!わ、私、そんな事、引き受けたりしていません!」
もしかして、私はずっと疑われていたのでしょうか?
もしや私は知らないうちに、エドワード殿下を危険に晒していたのでは!!
ザアッと血の気が落ちるのがわかります。
「わかってる。はじめはアンジェリカが代わりに送り込まれた間諜だと思ったよ。身代わりの捨て駒としてな。
だが、アンジェリカはリール王国とも、ロッド王国とも接触はない。
私とも最低限の接触しかしない。
その内、アンジェリカ姫を探っていた密偵から『嫌になったから身代わりに行かせた』と言っていたと連絡があったよ。」
アンジェリカ姫……習い事とかとは訳が違いますよ……そんな大事なこと、嫌になったからって放り出さないでください…
結果的に良かったのかもしれませんが#
身代わり__私__#のこと気軽に使い過ぎです。
「アンジェリカはアンジェリカで『アンジェリカ姫の名を汚さない為』などと言って一生懸命、王太子妃の公務を頑張るものだから。」
クックッと笑いながら言われるととても恥ずかしいです。何度も言いますが、私は必死だったのです。
王太子殿下は私の隣に座りなおし、私の手を取りました。
「ずっと思っていた。
いつかアンジェリカが身代わりをやめて、私の隣に立ってくれないだろうかと。」
「身代わりをやめる…」
「そう、本当の自分に戻っても、この国の王太子妃のままでいてくれないか。」
ぎゅっと握りしめた手がとても暖かくて、身代わりの間は触れることのできなかった、その暖かさが私の存在を確かにするような気がして。
「私、名前も無いのです。
母が付けてくれた名前があったはずなのに。アンジェリカ姫の身代わりだから、アンジェリカでいいと…」
「私も一緒だ。
私も身代わりだった。
だが、身代わりでないエドワードと父を望んでくれたこの国の人々のお陰で、私は身代わりをやめることができたんだ。
私にとってアンジェリカは君だけだよ。第一王女と同じ名前だからと言って関係ない。この城にいる者、この国のみんなは君以外のアンジェリカは知らない。
私たちは君を求めているんだ。」
エドワード殿下がジッと私の目を覗き込んできます。
「アンジェリカ、君を愛している。」
嬉しいのに。
嬉しいのに、喉が詰まって声が出ません。
「っ!……はっ…い!私…も………」
上手に返事ができない代わりに私は、エドワード殿下にぎゅっと抱きつきました。
エドワード殿下の暖かさが、腕から胸から、触れ合ったすべてのところから感じられます。
エドワード殿下も強く抱きしめてくれました。
ずっとずっと、感じることのできなかった暖かさに、知らず涙が溢れてしまいます。
この暖かい体温を貴方も感じているのでしょうか。
「アンジェリカ。」
「エドワード様。」
エドワード様の口づけとともに、私は本物のアンジェリカになったのです。
**************
その後、クルザー王国は、国力の弱まったロッド王国、リール王国を併合し大陸で最も大きな国となった。
その数年後、国王に即位したエドワード国王陛下とアンジェリカ王妃は内政に努め、長期にわたるクルザー王国繁栄の礎を築いたと言われる。
また、この二人の仲睦まじさは、国民の広く知るところであり、愛された王妃の名にあやかり、アンジェリカと名付けられた娘は幸せになれると、広く伝えられたのである。
fin
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