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婚約者の存在

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 せっかく楽しみにしていた学園の入学式の前に、高熱を出したレスカは、二週間も寝込んでしまった。ベッドで夢現になりながら、恋しい婚約者マクロンの夢を見たが、残念ながら現実には学園の新学期が始まっていたためなのか、見舞いに訪れる姿はなかった。
 マクロンは忙しい。
 小さな頃から第一王子の側近候補として王宮に上がって、第一王子やその婚約者と様々なことを学んでいるらしい。
 婚約が決まってからその多忙のせいで会うことすらままならない事に業をにやしたレスカは、単身王宮へと乗り込んだ。

 柔らかな日差しを受ける中庭のガゼボで語らう3人の姿は、まるで教会にある天使のフレスコ画と見間違うほどだった。
 
「レスカ嬢?」

 花の陰に立ちすくむレスカに気がついたのはマクロンだった。

「どうしたんだい?こんな所に?」
「あの、今日はマクロン様とお茶会の予定で、お屋敷に行きましたらこちらだと。
 一目でもお目にかかれたらと思いまして…」
「あ、そうか!ごめん今日だったね。」

 困ったようなマクロンの顔を見て、レスカの顔が青ざめる。良く考えずともデビュタント前の子どもが、招待もなく来ていい場所ではないだろう。

「マクロン。もしかしてその子が婚約者なのかい?」
「まあ、可愛いわ。」

 そう言って気さくに挨拶したローランドとジュリアは、緊張して震えるレスカをガゼボに誘った。

「だってマクロンの婚約者よ。まるで妹みたいだわ。」
「マクロンの婚約者ならこれから長い付き合いになるからな。遠慮はいらないから遊びに来たらいい。」
「よろしいのでしょうか?マクロン様。」
「ああ、私はあまり家にいないからね。殿下の許可が出たから問題ないよ。」
「わあ、マクロンがハルトの事、殿下なんて呼ぶなんて。婚約者の前だからって格好つけちゃって。」
「うるさいですよ。ジュリアさ

 すでに政務の一端をこなす優秀だが、悪戯好きと言う側面を持つライオンハルト。
 妃教育をこなし、数ヶ国語を話す才女だが、面倒見が良いジュリア。
 将来の宰相候補として官吏の仕事を学んでいる優しい婚約者のマクロン。

 気の置けない3人の幼馴染に囲まれ、2歳下のレスカは妹のように可愛がられた。侯爵夫人になるため学びながら、3人が学園に入学するまではほぼ毎日、学園に入学をしてからは休みごとに王宮で交流を深めてきたのである。

 なのでやっと3人の後輩として学園に通えるようになったのに、気が付いた時には二週間もたっていてがっかりしてしまった。今年の入学式の挨拶はラインハルトが生徒代表で行ったはずである。ジュリアもマクロンも生徒会役員として壇上に上がると聞いていたので、レスカは楽しみにしていたのだ。


 体調が良くなって向かった学園は、もう仲の良いグループが出来ていて、出遅れてしまった感のあるレスカはなんとなくクラスに馴染めずにいた。
 昼休み、マクロンの教室に行こうとしたレスカが中庭を通りかかると、中庭の植え込みの向こう側にマクロンの姿が見えた。ちょっとびっくりさせようかとニンマリと笑ったレスカは静かに植え込みを迂回しながら近づいた。

「それからはレスカ嬢は登校していたのかい?」
「ああ、多分。」
「じゃあもう直ぐここを嗅ぎつけてやってくるだろうな。」
「嗅ぎつけるなんて、ひどいわ。」
「全く、平和な日常もさよならだ。」

 校舎の影になったところから、3人の声が聞こえてレスカはその場で固まった。

「レスカは貴方のことが好きすぎるだけよ。」
「だがこれから四六時中付き纏われると思うと気が滅入るよ。」
「まあ、迷惑にならない程度にして欲しいがな。」

 マクロンの大きなため息に続いて、それを宥めるような声が聞こえてくる。
(付き纏う?迷惑?)
 思いもよらなかった言葉に体が震え、その場に座り込みそうになって校舎の壁に縋り付くように手をつく。 

「そういえば生徒会にレスカ嬢を入れなくていいのか?きっとごねるぞ。」
「どうせ名前がなくても毎日くるだろうから、だったら優秀な人間をきちんと入れたほうがいい。」
「まあ、そうだな。」

 そう言って3人の笑い声が段々と遠くなっていく。
 人の気配がなくなって、レスカはその場に崩れ落ちた。






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