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短編①門派を追放されたらライバルが溺愛してきました。
015:愛屋及烏
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「……俺は、凰黎のことが、好きなんだ……。心から、たぶん」
それでも背後には凰黎がいる。死ぬ間際でも気持ちを伝えられたのなら上々だろう。そう思って煬鳳は目を伏せた。
「煬鳳ーーーーっ!」
突然背後から押し倒されて、煬鳳は蛙の潰れたような声をだす。
「ぐえっ!?」
すぐに引き起こされたと思ったら、今度はきつく抱きしめられる。
「ほ、凰黎!?」
背後からぐいぐい抱きしめる凰黎の姿は、ボロボロの見た目に反して妙に元気そうだ。
「凰黎、お前、怪我は!?」
煬鳳の問いかけにケロリとした顔で凰黎は答える。
「ああ……実は汚れてはいますが、少し口を切った程度です」
「何で!?」
一体何がどうなっているのか。自分は幻でも見ているのか?
それに、二人でこんな会話をしているのに、誰一人割り込んでこないのも妙だ。
「やれやれ、本当に世話が焼ける兄貴で苦労させられるなぁ」
突然重々しい口調から一転して、軽い口調で夜真が言った。
「えっ……と……?」
先ほどまで皆が武器を構え、睨みつけていた筈なのに何故か皆がニコニコしている。妙に慈愛に満ちた視線に囲まれて煬鳳は戸惑った。
一体何が何なのか、夜真に仔細を問いただそうとすると――。
「煬様、申し訳ございません!」
何故か皆が一斉に跪き、煬鳳に向かって拝礼する。
「ちょ、ちょっと! 一体何がどうなってるんだ!?」
「も、申し訳ございません! 実は……」
いつからいたのか分からないが、善瀧が煬鳳たちの前に進み出る。と思った瞬間に地面に頭を擦り付けて土下座した。
「善瀧!?」
「あ~、実は以前からずっと凰殿の門弟の方々から相談を受けていたんすよ。凰殿がうちの煬兄のことをずっと好きなのに、全く想いに気づいて貰えないどころか会話する機会すらもらえない。あまりにも不憫なのでなんとか二人きりの時間を作ることができないか――ってね」
善瀧の肩を抱き立ち上がらせると、夜真が答える。
「昔っからそうだけど、煬兄はとにかく人の話を聞こうとしない。俺達が何度言っても凰殿の顔を見れば嬉々として飛び掛かっていくし、埒が明かないってんで、門派の皆と相談して一芝居打つことにしたんだ」
ケロリとした顔で理由を聞かされて、煬鳳はすぐに反応できなかった。いきなり罠に嵌められて力を奪われ、誰一人味方するものも無く山に置き去りにされたのが、まさか全て「実はお芝居でした!」などと言われようとは。
俄には信じられず、呆然としたまま頭の中を整理するので精一杯だ。
「う、嘘だろ……?」
「騙して悪かったよ、煬兄。でも、煬兄には幸せになって貰いたくて……皆、涙を呑んで相手が凰殿なら……って協力することにしたんだ」
(ん?)
その言葉が些か引っかかる煬鳳だった。
「貴方を慕う門派の弟子たちが、こっそり貴方の後援会を作っていたそうですよ」
「えっ!?」
そっと耳打ちした凰黎の言葉に目をひんむいて、煬鳳は振り返る。ついでにそのあと、門弟たちを見回すと、何故か皆恥じらいながら温かい視線を送ってくる。
「貴方はずっと自分の周りは敵ばかりだと思っていたようですが、本当は皆から慕われていたということです。思いに気づかれなかったのは私だけではなく、他の皆も一緒だったということですね」
「で、でも、俺、自分勝手で我が儘だったし、周りに迷惑かけまくって酷いことを……」
混乱しながらも煬鳳はたどたどしくも言葉を紡ぐ。
あまりの急転直下の事実が受け止めきれない。何より、自分自身の今までの行いを見て――信じることができないのだ。
「そこがやんちゃで可愛いって評判だったけど?」
「嘘!? 何それ!?」
半ば絶叫交じりに聞き返す煬鳳に夜真はにやりと笑った。
「ま、煬兄も、そして俺達も。今までちょっと調子に乗り過ぎていたと反省しているんすよ。実は、凰殿についての相談を受けたことを切っ掛けに、他門派とも交流するようになって、今は互いの理解を深めるための合同の親睦会を計画中なんすよ」
いつの間にそんな話に進展していたのか、そして切っ掛けがそれなのか、と戸惑い半分呆れ半分で煬鳳はその話を聞いている。しかしふと途中で思い立ち、煬鳳は凰黎に問いかけた。
「凰黎。お前、最初から知ってたのか? あいつらが俺とお前の話す機会を設ける為に……って」
「まさか。私がその、皆の作戦を知ったのは今日ここに来たあとです」
「じゃ、なんでノリノリでさっきは死にかけてるふうを装ってたんだ?」
「……計画に乗っかるつもりはなかったのですが、貴方の本心には興味があったので。それで暫くのあいだ様子を見守ることにしました」
「ええ~っ!」
言われてみれば凰黎は「来ては駄目だ」とは言ったがそれ以上のことは言わなかった。殴られたことは本当のようだが、凰黎の性格的に煬鳳を騙すようなことは言いたくはなかったのだろう。だから余計なことは言わなかったのだ。
とはいえ悔しいものは悔しい。
まさかの芝居と知って堪らず煬鳳は声を荒げた。
「お、俺は凄い心配したんだぞ! お前を助けるために、今の俺の力でどうしたらいいのか、必死で考えていたんだ!」
そんな煬鳳を凰黎が包み込む。凰黎に包まれると、もうそれだけで全てがどうでもよくなってしまう。
気恥ずかしかったはずなのに。
いや、今だって照れくさい。けれど不思議と安心感で胸が一杯になって、気づけば煬鳳も凰黎を抱き返していた。
耳を寄せ囁くように凰黎は煬鳳に告げる。
「許してください。貴方の本心が聞きたかったのです。……昨晩はちゃんと答えを貰えなかったから……不安で仕方がなかったんです」
「凰黎でも不安なときがあるのか?」
煬鳳は驚く。
常に笑みを湛えながら、焦った素振りなど見たこともない。そのような完璧な人が、あろうことか煬鳳のことなどで不安になるのだろうか?
煬鳳の疑問をよそに凰黎は煬鳳の頬に手を添えた。
「それは当然ありますよ。ずっと想い続けていた人なのですから」
つい最近まで一切気づかない気持ちだったのに――今はその言葉を聞くだけで胸が暖かくなる。同時に、この感情を認識するために一体どれほどの人間が茶番を演じたのだろうかと考えて、苦笑いもする。
煬鳳は唇を尖らせながらそっぽを向く。少しばかり頬が熱い。
「ゆ、許すも何も、俺は凰黎に世話になりっぱなしだ。俺に文句なんか言えないよ。……でも、そんなことして、お前の地位と名誉に傷がついても知らないからな?」
むくれた煬鳳の頬を愛おしそうに撫で、その手は頤に添えられる。少しだけ意地悪な笑顔を浮かべたあとで凰黎は煬鳳の耳元で囁いた。
「私はこの世の何よりも一番欲しいものが手に入るなら、地位も名誉も投げ捨てたって構いません。他の誰にも渡したくないんです」
凰黎の腕はずっと煬鳳を抱きしめたまま。どうやら他の者たちの前で解放する気はないらしい。
「な、なあ凰黎」
見上げた煬鳳に凰黎は微笑みかける。昨晩とは違う、いつもの温かい微笑みに心から安堵の気持ちを覚え、同時に顔が熱くなる。
「何ですか? 煬鳳」
「今の言葉は、本当か? その……欲しいものが手に入ったら、そのまま手元に置いてくれるのか?」
煬鳳の質問に対し、今度は凰黎が聞き返す。
「それはつまり……昨晩の私の言葉を、信じて貰えるということでしょうか? 私の気持ちに応えて頂けると?」
昨晩の言葉。
頭に焼き付いて離れぬほどにしっかりと覚えている。
『貴方を……愛しているからです』
煬鳳はガチゴチになりながらも強く頷く。
ようやく自分の気持ちに気づけたのだから、迷うことはできない。
(それもこれも、あいつらのおかげ、なのかな……)
芝居にしても随分と酷い仕打ちを受けたものだと思うが、今となっては力などどうでもいいとさえ思う。
何故なら、そのおかげでこうして、命よりも大切だと思える人の存在に気づけたのだから。
「は~あ、悪者の役も大変だったなぁ。俺が煬兄を裏切るようなことするわけないだろ? なんたって、俺も小さい頃から兄貴同然に煬兄と暮らしてたんだから」
「俺もそう思ってたから、裏切られたと思ったときは滅茶苦茶落ち込んだんだよ!」
「それはほんと、悪かったと思ってるって! それでもどうなるかは運任せだったわけで。この作戦が失敗したら誰が告白するかで門派内で大乱闘になってたかもしれないな! いやぁ。本当に良かった!」
「全く……!」
煬鳳も反省すべき点は多いと思っている。しかし殆ど悪びれていない夜真は少し反省した方が良いと、心の中で思う。
「あ、そうだ。善瀧から尋ねられたんすけど、どこぞの掌門が死んだっていうあの件。あれは俺らのせいでも煬兄のせいでもないんだよ」
「え!?」
善瀧から当時のことを尋ねられた夜真は、その掌門と戦った時のことや、その後のことを調べたらしい。確かに煬鳳にボロボロに負けて面子を潰されたのは確かだったが、そこまで煬鳳が怒ったのには理由があった。
「その掌門が、門弟に命じて勝負の前に俺達に毒を盛ったんだよ。それで、俺を始めとしてかなりの人数が毒で大変なことになって……。それで怒った煬兄がたった一人でそいつらを全員ぶちのめしたってわけ」
「そんなこと、あったっけか……」
あったのだ、と夜真は頷く。
煬鳳はうんうんと唸りながら記憶を手繰り寄せようとしたが、凰黎のほうが先に思い出したらしい。
「そうだ! 思い出しました! 確かその件は他の門派の間でもかなり物議をかもして……件の門派は随分糾弾され、皆に外道だと責められたのだとか。結果、責任を取る形で掌門は自害、門派も滅門してしまったという話がありました。あの者たちがその門弟だったのですね……」
どうやら昨日は気が動転していたこともあって、まさかその件が発端だったとは凰黎も気づかなかったらしい。
ということはだ。
「つまり、逆恨みってことだったのか……」
勿論、他に何一つ恨まれるようなことをせずに生きてきたわけではない。それでも、あの強い言葉に激しく動揺したことを思い出せば、少しばかり気持ちが軽くなった。
「だから貴方を信じていると言ったでしょう?」
凰黎の眼差しが、温かい。
掛け値なしに己を信じてくれる眼差しを、これほど嬉しいと感じたことはなかった。
「……そうだな。お前は、俺より俺のことをよく知ってるよ。本当に凄い奴だ」
「それだけですか? 他に言うことは?」
煬鳳は凰黎を見る。
何故か周りの者たちも煬鳳と凰黎のことをじっと見守っている。
煬鳳はどうすべきか考えて――凰黎の正面にちょこんと正座すると、おずおずと口を開く。
「俺も、お前のことをもっと知りたい。……お前が俺のことを知っているのと同じくらいか、それよりもっとだ」
「もちろん。時間は沢山あるのですから」
凰黎の笑顔の眩しさに少し戸惑いがちに煬鳳は口にする。
「……それからもう一つ」
――昨晩はあのような形ではあったが、凰黎は自分の気持ちを煬鳳に伝えた。
今度は煬鳳がちゃんと言葉にする番だ。
先ほどは夜真に向かって言ったから、今度は煬鳳に向けて。
「俺も、お前のことが好きだ。凰黎――」
凰黎の両肩に手をかけ少しばかり背筋を伸ばす。ゆっくりと近づいてゆく凰黎の綺麗な顔が、この上なく嬉しそうに微笑んでいる。
二人の唇が重なり合い、祝福の歓声が絶え間なく降り注いだ。
* * *
それから一月ばかり時が流れた。
煬鳳と凰黎は、今も変わらず清瑞山の小屋でいつも通りの暮らしを続けている。この先ずっと小屋暮らしを続けるわけではないのだが、今は暫く二人だけの時間をゆっくりと楽しみたいと二人で決めた。
あのあと、夜真は煬鳳に奪った力は全て返すと申し出たのだ。煬鳳の力は全て霊珠の中に封じ込めていたらしい。初めは力など必要ないと断ったのだが、何か予測できぬ事態が起こったときに己の身が守れなければ困る、と凰黎に説得されて渋々力を戻してもらうことにした。
どさくさに紛れて掌門の座も突っ返されてしまったのが面倒で仕方ない。
本当は無力なままでも気楽でいいと思っていたので、力を戻されたことを少しばかり残念にも思った。
凰黎としては薪拾いの際に煬鳳が襲われたことがよほど衝撃だったのだろう。確かに力が無くても生きてはいけるだろうが、この先凰黎に何かあったときに守ることもできないようでは煬鳳とて死んでも死にきれない。なのでやはり、力を戻して貰ってよかったと思っている。
『な、儂が言ったとおりじゃったろ』
「鯉爺さん、いたのか……」
川辺で洗濯をしている煬鳳のことを鯉仙人が川から覗いている。めでたく両想いになったあとも何故か鯉仙人は凰黎の小屋にしょっちゅうやってくるのだ。二人だけの時間をゆっくり楽しみたいのだが、この鯉がいつ来ているのかと思うと少しばかり落ち着かない。
「あのさ。俺と凰黎はもう気持ちを伝えあったんだから、鯉爺さんの役目は終わっただろう」
『そうはいかん。恋人たちの行く末を見届けるのも鯉仙人としての役目……』
「ただの野次馬じゃないか」
やっぱりこの鯉、油断ならない。
世話にはなったがやはり追い払ってしまおうか。
そんなことを考えていると、誰かの話す声が聞こえてくる。
「あ、煬兄!」
「夜真! それに善瀧か」
やって来たのは夜真と善瀧。あれから彼らは時折連れ立って小屋を訪れるようになったのだ。善瀧は変わらぬ礼儀正しさで煬鳳に挨拶をする。
「煬殿、お久しぶりです。凰様は?」
「奥でメシ作ってる。……呼んでこようか?」
「いえ、我々はお二方に土産を届けるだけでしたので、お手を煩わせることは……」
善瀧が遠慮しようとした時に小屋の戸が開く。
「善瀧、それに夜真。よく来ましたね。ちょうど朝餉ができたところですから一緒にどうぞ」
二人は顔を見合わせ、凰黎に礼を言って小屋へと入ってゆく。煬鳳もそれに続こうとして……戸口に立つ凰黎に目を向けた。
「なあ凰黎。もしかしてあいつら……」
言いかけた煬鳳に、凰黎は人差し指を唇に当てる。
そんな凰黎に笑いかけると、煬鳳も小屋の中へと入っていった。
* * *
――それがつい、数か月前の話。
今となっては二人でいることが当たり前のように感じられるというのに、少し前までは言葉すらまともに交わさなかった。
人生どこでどう変わるか分からない。
本当に不思議なものだ。
それでも背後には凰黎がいる。死ぬ間際でも気持ちを伝えられたのなら上々だろう。そう思って煬鳳は目を伏せた。
「煬鳳ーーーーっ!」
突然背後から押し倒されて、煬鳳は蛙の潰れたような声をだす。
「ぐえっ!?」
すぐに引き起こされたと思ったら、今度はきつく抱きしめられる。
「ほ、凰黎!?」
背後からぐいぐい抱きしめる凰黎の姿は、ボロボロの見た目に反して妙に元気そうだ。
「凰黎、お前、怪我は!?」
煬鳳の問いかけにケロリとした顔で凰黎は答える。
「ああ……実は汚れてはいますが、少し口を切った程度です」
「何で!?」
一体何がどうなっているのか。自分は幻でも見ているのか?
それに、二人でこんな会話をしているのに、誰一人割り込んでこないのも妙だ。
「やれやれ、本当に世話が焼ける兄貴で苦労させられるなぁ」
突然重々しい口調から一転して、軽い口調で夜真が言った。
「えっ……と……?」
先ほどまで皆が武器を構え、睨みつけていた筈なのに何故か皆がニコニコしている。妙に慈愛に満ちた視線に囲まれて煬鳳は戸惑った。
一体何が何なのか、夜真に仔細を問いただそうとすると――。
「煬様、申し訳ございません!」
何故か皆が一斉に跪き、煬鳳に向かって拝礼する。
「ちょ、ちょっと! 一体何がどうなってるんだ!?」
「も、申し訳ございません! 実は……」
いつからいたのか分からないが、善瀧が煬鳳たちの前に進み出る。と思った瞬間に地面に頭を擦り付けて土下座した。
「善瀧!?」
「あ~、実は以前からずっと凰殿の門弟の方々から相談を受けていたんすよ。凰殿がうちの煬兄のことをずっと好きなのに、全く想いに気づいて貰えないどころか会話する機会すらもらえない。あまりにも不憫なのでなんとか二人きりの時間を作ることができないか――ってね」
善瀧の肩を抱き立ち上がらせると、夜真が答える。
「昔っからそうだけど、煬兄はとにかく人の話を聞こうとしない。俺達が何度言っても凰殿の顔を見れば嬉々として飛び掛かっていくし、埒が明かないってんで、門派の皆と相談して一芝居打つことにしたんだ」
ケロリとした顔で理由を聞かされて、煬鳳はすぐに反応できなかった。いきなり罠に嵌められて力を奪われ、誰一人味方するものも無く山に置き去りにされたのが、まさか全て「実はお芝居でした!」などと言われようとは。
俄には信じられず、呆然としたまま頭の中を整理するので精一杯だ。
「う、嘘だろ……?」
「騙して悪かったよ、煬兄。でも、煬兄には幸せになって貰いたくて……皆、涙を呑んで相手が凰殿なら……って協力することにしたんだ」
(ん?)
その言葉が些か引っかかる煬鳳だった。
「貴方を慕う門派の弟子たちが、こっそり貴方の後援会を作っていたそうですよ」
「えっ!?」
そっと耳打ちした凰黎の言葉に目をひんむいて、煬鳳は振り返る。ついでにそのあと、門弟たちを見回すと、何故か皆恥じらいながら温かい視線を送ってくる。
「貴方はずっと自分の周りは敵ばかりだと思っていたようですが、本当は皆から慕われていたということです。思いに気づかれなかったのは私だけではなく、他の皆も一緒だったということですね」
「で、でも、俺、自分勝手で我が儘だったし、周りに迷惑かけまくって酷いことを……」
混乱しながらも煬鳳はたどたどしくも言葉を紡ぐ。
あまりの急転直下の事実が受け止めきれない。何より、自分自身の今までの行いを見て――信じることができないのだ。
「そこがやんちゃで可愛いって評判だったけど?」
「嘘!? 何それ!?」
半ば絶叫交じりに聞き返す煬鳳に夜真はにやりと笑った。
「ま、煬兄も、そして俺達も。今までちょっと調子に乗り過ぎていたと反省しているんすよ。実は、凰殿についての相談を受けたことを切っ掛けに、他門派とも交流するようになって、今は互いの理解を深めるための合同の親睦会を計画中なんすよ」
いつの間にそんな話に進展していたのか、そして切っ掛けがそれなのか、と戸惑い半分呆れ半分で煬鳳はその話を聞いている。しかしふと途中で思い立ち、煬鳳は凰黎に問いかけた。
「凰黎。お前、最初から知ってたのか? あいつらが俺とお前の話す機会を設ける為に……って」
「まさか。私がその、皆の作戦を知ったのは今日ここに来たあとです」
「じゃ、なんでノリノリでさっきは死にかけてるふうを装ってたんだ?」
「……計画に乗っかるつもりはなかったのですが、貴方の本心には興味があったので。それで暫くのあいだ様子を見守ることにしました」
「ええ~っ!」
言われてみれば凰黎は「来ては駄目だ」とは言ったがそれ以上のことは言わなかった。殴られたことは本当のようだが、凰黎の性格的に煬鳳を騙すようなことは言いたくはなかったのだろう。だから余計なことは言わなかったのだ。
とはいえ悔しいものは悔しい。
まさかの芝居と知って堪らず煬鳳は声を荒げた。
「お、俺は凄い心配したんだぞ! お前を助けるために、今の俺の力でどうしたらいいのか、必死で考えていたんだ!」
そんな煬鳳を凰黎が包み込む。凰黎に包まれると、もうそれだけで全てがどうでもよくなってしまう。
気恥ずかしかったはずなのに。
いや、今だって照れくさい。けれど不思議と安心感で胸が一杯になって、気づけば煬鳳も凰黎を抱き返していた。
耳を寄せ囁くように凰黎は煬鳳に告げる。
「許してください。貴方の本心が聞きたかったのです。……昨晩はちゃんと答えを貰えなかったから……不安で仕方がなかったんです」
「凰黎でも不安なときがあるのか?」
煬鳳は驚く。
常に笑みを湛えながら、焦った素振りなど見たこともない。そのような完璧な人が、あろうことか煬鳳のことなどで不安になるのだろうか?
煬鳳の疑問をよそに凰黎は煬鳳の頬に手を添えた。
「それは当然ありますよ。ずっと想い続けていた人なのですから」
つい最近まで一切気づかない気持ちだったのに――今はその言葉を聞くだけで胸が暖かくなる。同時に、この感情を認識するために一体どれほどの人間が茶番を演じたのだろうかと考えて、苦笑いもする。
煬鳳は唇を尖らせながらそっぽを向く。少しばかり頬が熱い。
「ゆ、許すも何も、俺は凰黎に世話になりっぱなしだ。俺に文句なんか言えないよ。……でも、そんなことして、お前の地位と名誉に傷がついても知らないからな?」
むくれた煬鳳の頬を愛おしそうに撫で、その手は頤に添えられる。少しだけ意地悪な笑顔を浮かべたあとで凰黎は煬鳳の耳元で囁いた。
「私はこの世の何よりも一番欲しいものが手に入るなら、地位も名誉も投げ捨てたって構いません。他の誰にも渡したくないんです」
凰黎の腕はずっと煬鳳を抱きしめたまま。どうやら他の者たちの前で解放する気はないらしい。
「な、なあ凰黎」
見上げた煬鳳に凰黎は微笑みかける。昨晩とは違う、いつもの温かい微笑みに心から安堵の気持ちを覚え、同時に顔が熱くなる。
「何ですか? 煬鳳」
「今の言葉は、本当か? その……欲しいものが手に入ったら、そのまま手元に置いてくれるのか?」
煬鳳の質問に対し、今度は凰黎が聞き返す。
「それはつまり……昨晩の私の言葉を、信じて貰えるということでしょうか? 私の気持ちに応えて頂けると?」
昨晩の言葉。
頭に焼き付いて離れぬほどにしっかりと覚えている。
『貴方を……愛しているからです』
煬鳳はガチゴチになりながらも強く頷く。
ようやく自分の気持ちに気づけたのだから、迷うことはできない。
(それもこれも、あいつらのおかげ、なのかな……)
芝居にしても随分と酷い仕打ちを受けたものだと思うが、今となっては力などどうでもいいとさえ思う。
何故なら、そのおかげでこうして、命よりも大切だと思える人の存在に気づけたのだから。
「は~あ、悪者の役も大変だったなぁ。俺が煬兄を裏切るようなことするわけないだろ? なんたって、俺も小さい頃から兄貴同然に煬兄と暮らしてたんだから」
「俺もそう思ってたから、裏切られたと思ったときは滅茶苦茶落ち込んだんだよ!」
「それはほんと、悪かったと思ってるって! それでもどうなるかは運任せだったわけで。この作戦が失敗したら誰が告白するかで門派内で大乱闘になってたかもしれないな! いやぁ。本当に良かった!」
「全く……!」
煬鳳も反省すべき点は多いと思っている。しかし殆ど悪びれていない夜真は少し反省した方が良いと、心の中で思う。
「あ、そうだ。善瀧から尋ねられたんすけど、どこぞの掌門が死んだっていうあの件。あれは俺らのせいでも煬兄のせいでもないんだよ」
「え!?」
善瀧から当時のことを尋ねられた夜真は、その掌門と戦った時のことや、その後のことを調べたらしい。確かに煬鳳にボロボロに負けて面子を潰されたのは確かだったが、そこまで煬鳳が怒ったのには理由があった。
「その掌門が、門弟に命じて勝負の前に俺達に毒を盛ったんだよ。それで、俺を始めとしてかなりの人数が毒で大変なことになって……。それで怒った煬兄がたった一人でそいつらを全員ぶちのめしたってわけ」
「そんなこと、あったっけか……」
あったのだ、と夜真は頷く。
煬鳳はうんうんと唸りながら記憶を手繰り寄せようとしたが、凰黎のほうが先に思い出したらしい。
「そうだ! 思い出しました! 確かその件は他の門派の間でもかなり物議をかもして……件の門派は随分糾弾され、皆に外道だと責められたのだとか。結果、責任を取る形で掌門は自害、門派も滅門してしまったという話がありました。あの者たちがその門弟だったのですね……」
どうやら昨日は気が動転していたこともあって、まさかその件が発端だったとは凰黎も気づかなかったらしい。
ということはだ。
「つまり、逆恨みってことだったのか……」
勿論、他に何一つ恨まれるようなことをせずに生きてきたわけではない。それでも、あの強い言葉に激しく動揺したことを思い出せば、少しばかり気持ちが軽くなった。
「だから貴方を信じていると言ったでしょう?」
凰黎の眼差しが、温かい。
掛け値なしに己を信じてくれる眼差しを、これほど嬉しいと感じたことはなかった。
「……そうだな。お前は、俺より俺のことをよく知ってるよ。本当に凄い奴だ」
「それだけですか? 他に言うことは?」
煬鳳は凰黎を見る。
何故か周りの者たちも煬鳳と凰黎のことをじっと見守っている。
煬鳳はどうすべきか考えて――凰黎の正面にちょこんと正座すると、おずおずと口を開く。
「俺も、お前のことをもっと知りたい。……お前が俺のことを知っているのと同じくらいか、それよりもっとだ」
「もちろん。時間は沢山あるのですから」
凰黎の笑顔の眩しさに少し戸惑いがちに煬鳳は口にする。
「……それからもう一つ」
――昨晩はあのような形ではあったが、凰黎は自分の気持ちを煬鳳に伝えた。
今度は煬鳳がちゃんと言葉にする番だ。
先ほどは夜真に向かって言ったから、今度は煬鳳に向けて。
「俺も、お前のことが好きだ。凰黎――」
凰黎の両肩に手をかけ少しばかり背筋を伸ばす。ゆっくりと近づいてゆく凰黎の綺麗な顔が、この上なく嬉しそうに微笑んでいる。
二人の唇が重なり合い、祝福の歓声が絶え間なく降り注いだ。
* * *
それから一月ばかり時が流れた。
煬鳳と凰黎は、今も変わらず清瑞山の小屋でいつも通りの暮らしを続けている。この先ずっと小屋暮らしを続けるわけではないのだが、今は暫く二人だけの時間をゆっくりと楽しみたいと二人で決めた。
あのあと、夜真は煬鳳に奪った力は全て返すと申し出たのだ。煬鳳の力は全て霊珠の中に封じ込めていたらしい。初めは力など必要ないと断ったのだが、何か予測できぬ事態が起こったときに己の身が守れなければ困る、と凰黎に説得されて渋々力を戻してもらうことにした。
どさくさに紛れて掌門の座も突っ返されてしまったのが面倒で仕方ない。
本当は無力なままでも気楽でいいと思っていたので、力を戻されたことを少しばかり残念にも思った。
凰黎としては薪拾いの際に煬鳳が襲われたことがよほど衝撃だったのだろう。確かに力が無くても生きてはいけるだろうが、この先凰黎に何かあったときに守ることもできないようでは煬鳳とて死んでも死にきれない。なのでやはり、力を戻して貰ってよかったと思っている。
『な、儂が言ったとおりじゃったろ』
「鯉爺さん、いたのか……」
川辺で洗濯をしている煬鳳のことを鯉仙人が川から覗いている。めでたく両想いになったあとも何故か鯉仙人は凰黎の小屋にしょっちゅうやってくるのだ。二人だけの時間をゆっくり楽しみたいのだが、この鯉がいつ来ているのかと思うと少しばかり落ち着かない。
「あのさ。俺と凰黎はもう気持ちを伝えあったんだから、鯉爺さんの役目は終わっただろう」
『そうはいかん。恋人たちの行く末を見届けるのも鯉仙人としての役目……』
「ただの野次馬じゃないか」
やっぱりこの鯉、油断ならない。
世話にはなったがやはり追い払ってしまおうか。
そんなことを考えていると、誰かの話す声が聞こえてくる。
「あ、煬兄!」
「夜真! それに善瀧か」
やって来たのは夜真と善瀧。あれから彼らは時折連れ立って小屋を訪れるようになったのだ。善瀧は変わらぬ礼儀正しさで煬鳳に挨拶をする。
「煬殿、お久しぶりです。凰様は?」
「奥でメシ作ってる。……呼んでこようか?」
「いえ、我々はお二方に土産を届けるだけでしたので、お手を煩わせることは……」
善瀧が遠慮しようとした時に小屋の戸が開く。
「善瀧、それに夜真。よく来ましたね。ちょうど朝餉ができたところですから一緒にどうぞ」
二人は顔を見合わせ、凰黎に礼を言って小屋へと入ってゆく。煬鳳もそれに続こうとして……戸口に立つ凰黎に目を向けた。
「なあ凰黎。もしかしてあいつら……」
言いかけた煬鳳に、凰黎は人差し指を唇に当てる。
そんな凰黎に笑いかけると、煬鳳も小屋の中へと入っていった。
* * *
――それがつい、数か月前の話。
今となっては二人でいることが当たり前のように感じられるというのに、少し前までは言葉すらまともに交わさなかった。
人生どこでどう変わるか分からない。
本当に不思議なものだ。
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魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
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