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陳蔡之厄黒炎山(黒炎山での災難)
050:狐死首丘(八)
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「それにしても、黒炎山に封印されてた黒冥翳魔の一部が俺に宿って、それが黒曜になっただなんて……」
落ち着いたあとで煬鳳は、凰黎からざっくりと煬鳳の体を使って黒曜が凰黎に語って聞かせたことがなんであったかを教えて貰った。小屋にいたときにたまたま煬鳳に黒曜の意識を持った翳炎が宿り、その後意識は別々に存在しているがほとんど煬鳳の霊力と翳炎とが完全に一つになってしまったこと。
黒曜の本当の名前は翳黒明――清林峰で黒冥翳魔が名乗っていた名前だった。
「切っ掛けなんて些細なものです。それに黒曜自身は煬鳳と仲良くやっていきたいと思っているようですから……いままで通りの関係で良いのではないでしょうか」
そうだぞ、とばかりに煬鳳の隣の椅子にちょこんと乗った黒曜が鳴く。この黒い鳥は常々聞き分けが良いし、よく言葉を理解すると思っていた。しかし元が人間であるならば、それは当然のことだろう。
「いままでどおりねえ。ま、黒冥翳魔と対峙するときはちょっと厄介だけど。黒曜も俺にとって居いないなんてこと考えられない存在だしな」
『クエェ』
妙に嬉しそうな黒曜の泣き声。これが黒冥翳魔の一部であるなんて、信じられるだろうか?
「もしかしたら……」
煬鳳はぽつりと呟く。
「もしかしたらさ。黒冥翳魔って本当は怖い奴じゃないのかもな」
「は!?」
突然発した煬鳳の言葉に驚いて、彩藍方は煬鳳に詰め寄った。
「いや、何言ってるんだ? そもそもこの睡龍の地を滅ぼそうとしてあいつは五行盟に封じられたんだぞ!?」
「いや、まあそうなんだけどさ。なんていうか……清林峰で会ったときも、多分俺たちが気づかなかったらあいつは戦わなかったんじゃないかなって思ったんだ。そりゃ、確かに俺の翳炎の力が分かってからは、俺の力を狙ってるけど」
清林峰での黒冥翳魔の目的は、失った己の体を復活させるために使える霊薬があるか確認することだった。彼が清林峰にいるあいだ、もしかしたら霊薬は盗んだかもしれないが誰かを傷つけることはなかったように思う。
今回煬鳳を狙ってきたことは否定できないが、言い伝えに聞くような、手当たり次第には貝の限りをつくす人物には見えなかったのだ。
「煬鳳の意見は半分正しいと考えますが、半分は難しいところですね」
「凰黎」
「私は黒曜から直接彼の過去についての話を聞きました。彼は『暴走し自分を見失い、あちこちやらかしたことは大体間違いない』と己のしたことを認めました。ですから、事実として彼が封じられるべきことをした、それは間違いありません」
煬鳳は五行盟のことをほとんど知らない。けれど凰黎は五行盟の一つ、蓬静嶺の門弟であり、黒冥翳魔についても知っている。知らない煬鳳が語ることと知っている者が語ることは、重みが違う。
「ごめん、それもそうだな」
素直に煬鳳は凰黎に誤った。
「あ、ですが全部とは言ってませんよ? したことは間違いないですが『暴走し自分を見失い』というところが重要だと考えます」
「というと?」
聞き返す煬鳳に凰黎は「つまり……」と続ける。
「黒曜も翳冥宮の件には何かあるようなことを話していましたし、小宮主であった頃の黒冥翳魔はそれなりに評判の良い若者であったそうですから、、そんな彼が暴走してしまうような切っ掛けがあったのかもしれません。……その謎を解くのが黒曜と、そして黒冥翳魔共通の願いであり、その内容次第では彼は戦う必要がなくなり、煬鳳が敵視されることもなくなる……かもしれませんね」
「本当かなあ」
さすがにそこまで上手くいくものだろうか。いくらなんでも都合が良すぎるのではないかと煬鳳は思った。
「ですが――先ほど、私が黒冥翳魔に『煬鳳を狙うのを止めるなら、翳冥宮で起きた事件の真相解明に協力してもいい』と伝えたら大人しく去りましたよ?」
「は!?」
今度は煬鳳と彩藍方、同時に二人が叫んだ。
「ちょっと、俺あのとき何も聞かなかったんだけど!?」
「そりゃそうですよ。近寄る暇もなかったので彼にしか聞こえない方法で伝えたので」
「……」
あんな状況でそのようなことをしていたとはつゆ知らず。感心するやら呆れるやらで隣にいる彩藍方を見ると、彼もまた煬鳳と同じような複雑な表情を浮かべていた。
その日の晩は山から下りず、煬鳳たちは彩鉱門に泊まることにした。彩鉱門に被害はなかったものの、掌門の息子が黒冥翳魔に体を明け渡してしまったことは、さすがに門弟たちに暗い影を落としている。
掌門や彩藍方との夕餉を終えた煬鳳は、三人のために用意された部屋へと戻った。彩菫青が付き添っていたはずの小黄は、一人中庭に取り残され泣いていた。煬鳳たちが小黄を見つけて駆け寄ると、小黄も泣きながら煬鳳に抱き着いたのだ。きっと余程心細かったのだろう。
「凰大哥、煬大哥、なんで僕を一人にしたの!」
わあわあと大泣きした小黄を宥めるのに随分と苦労したものだ。そんな小黄も、夕餉を食べる頃には落ち着いて、彩鉱門の料理を笑顔で頬張った。
「明日は山から下りるから、ちゃんと寝ておくんだぞ」
寝台に小黄を寝かせると、すぐに小黄はすやすやと寝息を立て始める。よく考えてみれば小黄とは今日会ったばかりだし、彼は黒炎山の途中にたった一人で隠れていたのだ。その後は煬鳳たちと共に行動したが、子供の身で経験するには相当過酷な一日だったことだろう。煬鳳は小黄の頭をそっと撫で、立ち上がって凰黎の方を見た。
「もう寝ちまったよ」
「疲れていたのでしょう」
「うん、そうだと思う」
夜はまだ早い。
煬鳳はもう少し起きているつもりだ。凰黎もきっと、同じ考えだろう。月明かりが照らし格子戸に影を落とす。
「痣の具合は?」
「平気だ。霊力もほとんど使わなかったし」
実のところ呪符を描くときに霊力は使っている。だからいまは平気でも呪符を用意した段階ではそうはいかなかった。もちろん、その際は凰黎に付き添って貰い、都度体を冷やして貰ったのだが。
凰黎の瞳が真っすぐに煬鳳を見つめていた。
「煬鳳……」
見つめられたことで頬が、体が熱くなる。煬鳳は目を閉じると凰黎の口づけを待った。
「ちょっといいかい? お二人さん」
「ぶっ!」
絶妙な瞬間に背後から呼びかけられ、同様のあまり煬鳳は凰黎の胸に頭を突っ込んでしまった。立っていたのは彩藍方だ。
「お前かよ! 藍方!」
堪らず煬鳳は彩藍方に叫んだが、部屋の奥で小黄が寝ていることを思い出し、慌てて声を落とす。
「お楽しみのところ悪かったな、お二人さん。でも、実は二人が待ちわびたことをできるだけ早く伝えたかったんだ」
「それは、もしかして……」
凰黎の声が微かに上ずった。彼がそれほど動揺を見せることも珍しく、煬鳳は驚いて凰黎のことを見る。
「そう――万晶鉱のことさ」
落ち着いたあとで煬鳳は、凰黎からざっくりと煬鳳の体を使って黒曜が凰黎に語って聞かせたことがなんであったかを教えて貰った。小屋にいたときにたまたま煬鳳に黒曜の意識を持った翳炎が宿り、その後意識は別々に存在しているがほとんど煬鳳の霊力と翳炎とが完全に一つになってしまったこと。
黒曜の本当の名前は翳黒明――清林峰で黒冥翳魔が名乗っていた名前だった。
「切っ掛けなんて些細なものです。それに黒曜自身は煬鳳と仲良くやっていきたいと思っているようですから……いままで通りの関係で良いのではないでしょうか」
そうだぞ、とばかりに煬鳳の隣の椅子にちょこんと乗った黒曜が鳴く。この黒い鳥は常々聞き分けが良いし、よく言葉を理解すると思っていた。しかし元が人間であるならば、それは当然のことだろう。
「いままでどおりねえ。ま、黒冥翳魔と対峙するときはちょっと厄介だけど。黒曜も俺にとって居いないなんてこと考えられない存在だしな」
『クエェ』
妙に嬉しそうな黒曜の泣き声。これが黒冥翳魔の一部であるなんて、信じられるだろうか?
「もしかしたら……」
煬鳳はぽつりと呟く。
「もしかしたらさ。黒冥翳魔って本当は怖い奴じゃないのかもな」
「は!?」
突然発した煬鳳の言葉に驚いて、彩藍方は煬鳳に詰め寄った。
「いや、何言ってるんだ? そもそもこの睡龍の地を滅ぼそうとしてあいつは五行盟に封じられたんだぞ!?」
「いや、まあそうなんだけどさ。なんていうか……清林峰で会ったときも、多分俺たちが気づかなかったらあいつは戦わなかったんじゃないかなって思ったんだ。そりゃ、確かに俺の翳炎の力が分かってからは、俺の力を狙ってるけど」
清林峰での黒冥翳魔の目的は、失った己の体を復活させるために使える霊薬があるか確認することだった。彼が清林峰にいるあいだ、もしかしたら霊薬は盗んだかもしれないが誰かを傷つけることはなかったように思う。
今回煬鳳を狙ってきたことは否定できないが、言い伝えに聞くような、手当たり次第には貝の限りをつくす人物には見えなかったのだ。
「煬鳳の意見は半分正しいと考えますが、半分は難しいところですね」
「凰黎」
「私は黒曜から直接彼の過去についての話を聞きました。彼は『暴走し自分を見失い、あちこちやらかしたことは大体間違いない』と己のしたことを認めました。ですから、事実として彼が封じられるべきことをした、それは間違いありません」
煬鳳は五行盟のことをほとんど知らない。けれど凰黎は五行盟の一つ、蓬静嶺の門弟であり、黒冥翳魔についても知っている。知らない煬鳳が語ることと知っている者が語ることは、重みが違う。
「ごめん、それもそうだな」
素直に煬鳳は凰黎に誤った。
「あ、ですが全部とは言ってませんよ? したことは間違いないですが『暴走し自分を見失い』というところが重要だと考えます」
「というと?」
聞き返す煬鳳に凰黎は「つまり……」と続ける。
「黒曜も翳冥宮の件には何かあるようなことを話していましたし、小宮主であった頃の黒冥翳魔はそれなりに評判の良い若者であったそうですから、、そんな彼が暴走してしまうような切っ掛けがあったのかもしれません。……その謎を解くのが黒曜と、そして黒冥翳魔共通の願いであり、その内容次第では彼は戦う必要がなくなり、煬鳳が敵視されることもなくなる……かもしれませんね」
「本当かなあ」
さすがにそこまで上手くいくものだろうか。いくらなんでも都合が良すぎるのではないかと煬鳳は思った。
「ですが――先ほど、私が黒冥翳魔に『煬鳳を狙うのを止めるなら、翳冥宮で起きた事件の真相解明に協力してもいい』と伝えたら大人しく去りましたよ?」
「は!?」
今度は煬鳳と彩藍方、同時に二人が叫んだ。
「ちょっと、俺あのとき何も聞かなかったんだけど!?」
「そりゃそうですよ。近寄る暇もなかったので彼にしか聞こえない方法で伝えたので」
「……」
あんな状況でそのようなことをしていたとはつゆ知らず。感心するやら呆れるやらで隣にいる彩藍方を見ると、彼もまた煬鳳と同じような複雑な表情を浮かべていた。
その日の晩は山から下りず、煬鳳たちは彩鉱門に泊まることにした。彩鉱門に被害はなかったものの、掌門の息子が黒冥翳魔に体を明け渡してしまったことは、さすがに門弟たちに暗い影を落としている。
掌門や彩藍方との夕餉を終えた煬鳳は、三人のために用意された部屋へと戻った。彩菫青が付き添っていたはずの小黄は、一人中庭に取り残され泣いていた。煬鳳たちが小黄を見つけて駆け寄ると、小黄も泣きながら煬鳳に抱き着いたのだ。きっと余程心細かったのだろう。
「凰大哥、煬大哥、なんで僕を一人にしたの!」
わあわあと大泣きした小黄を宥めるのに随分と苦労したものだ。そんな小黄も、夕餉を食べる頃には落ち着いて、彩鉱門の料理を笑顔で頬張った。
「明日は山から下りるから、ちゃんと寝ておくんだぞ」
寝台に小黄を寝かせると、すぐに小黄はすやすやと寝息を立て始める。よく考えてみれば小黄とは今日会ったばかりだし、彼は黒炎山の途中にたった一人で隠れていたのだ。その後は煬鳳たちと共に行動したが、子供の身で経験するには相当過酷な一日だったことだろう。煬鳳は小黄の頭をそっと撫で、立ち上がって凰黎の方を見た。
「もう寝ちまったよ」
「疲れていたのでしょう」
「うん、そうだと思う」
夜はまだ早い。
煬鳳はもう少し起きているつもりだ。凰黎もきっと、同じ考えだろう。月明かりが照らし格子戸に影を落とす。
「痣の具合は?」
「平気だ。霊力もほとんど使わなかったし」
実のところ呪符を描くときに霊力は使っている。だからいまは平気でも呪符を用意した段階ではそうはいかなかった。もちろん、その際は凰黎に付き添って貰い、都度体を冷やして貰ったのだが。
凰黎の瞳が真っすぐに煬鳳を見つめていた。
「煬鳳……」
見つめられたことで頬が、体が熱くなる。煬鳳は目を閉じると凰黎の口づけを待った。
「ちょっといいかい? お二人さん」
「ぶっ!」
絶妙な瞬間に背後から呼びかけられ、同様のあまり煬鳳は凰黎の胸に頭を突っ込んでしまった。立っていたのは彩藍方だ。
「お前かよ! 藍方!」
堪らず煬鳳は彩藍方に叫んだが、部屋の奥で小黄が寝ていることを思い出し、慌てて声を落とす。
「お楽しみのところ悪かったな、お二人さん。でも、実は二人が待ちわびたことをできるだけ早く伝えたかったんだ」
「それは、もしかして……」
凰黎の声が微かに上ずった。彼がそれほど動揺を見せることも珍しく、煬鳳は驚いて凰黎のことを見る。
「そう――万晶鉱のことさ」
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