【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)

059:聖人君子(二)

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「分かっています。それがとても大変だということは。ですから、縋る思いで恒凰宮こうおうきゅうに行こうと考えているのです」
「確か恒凰宮こうおうきゅうには万晶鉱ばんしょうこうの短剣『露双ルーシュアン』があるのだったな」
「なんでそれを!?」

 彩藍方ツァイランファンが過去の記録を調べてようやく見つけた情報を、当たり前のように鸞快子らんかいしが知っていたことに驚く。鸞快子らんかいしは「なに、信頼できる情報筋から聞いただけだ」と適当にごまかされてしまった。

万晶鉱ばんしょうこうが眠る原始の谷へは、翳冥宮えいめいきゅうの協力なくしては開くことができない。新たな万晶鉱ばんしょうこうを手に入れることが難しい現在、既にある万晶鉱ばんしょうこうの剣に目を付けたのは良策だといえよう。問題はあの堅物の宮主ぐうしゅ凰神偉ホワンシェンウェイがおいそれと貸してくれるか、だな」
「……それでも、貸して頂くようお願いしなければなりません」

 凰黎ホワンリィは苦い顔のまま、絞り出すように言葉にする。鸞快子らんかいしはそんな凰黎ホワンリィを見ながら思案して一言。

恒凰宮こうおうきゅうを動かすなら、翳冥宮えいめいきゅうの件をうまく使うしかない」
翳冥宮えいめいきゅうって、もう滅んだんだろ? 一体どうする気なんだ?」

 だからこそ、原始の谷の封印を解くことができないのだから。いったい滅んだ門派のなにをうまく使うのか、と煬鳳ヤンフォンは思った。
 鸞快子らんかいしは薄っすら微笑みを湛えたまま、煬鳳ヤンフォンを見る。

「どうするかは、君たち次第だ。ただ間違いなく言えることは『恒凰宮こうおうきゅうをうまく乗せてやって協力を引き出す』のが最善だということ。恒凰宮こうおうきゅうの立場はいまとても微妙で危うい均衡の上に成り立っている。なぜなら本来対となるはずの存在がいなくなってしまい、存在意義が揺らいでいるからだ」
「つまり、彼らの存在意義をうまく固めてやるようにする、ということですね」
「そういうことだ」

 凰黎ホワンリィには鸞快子らんかいしの言った意味が伝わったようだ。

凰黎ホワンリィって本当に物知りだよな……)

 煬鳳ヤンフォンとさほど変わらない歳だというのに、何倍も大人びて見える。なんだか達観した雰囲気すら醸し出している。それは彼の育った境遇なのか、それとも何なのか。

垂州すいしゅうよりさらに遠方の地。睡龍の北端、冽州れいしゅう恒凰宮こうおうきゅうはある。船で向かうつもりなら相当な日数がかかると思うが」
「それは、仕方のないことです」
「そう言うな、凰黎ホワンリィ。……明日支度が終わったら盈月楼えいげつろうまで来るといい。もっと楽な方法で恒凰宮こうおうきゅうに連れていこう」

 凰黎ホワンリィの表情が「え、貴方一緒に行く気なんですか?」と主張している。

煬鳳ヤンフォンのことが心配なのだろう? なら一番早く辿り着く手段を考えたほうが賢明だ」

 鸞快子らんかいしはさも意外そうに言った。
 仮面で隠れているはずなのに、したり顔で語る鸞快子らんかいしの表情が見て取れるようで、心なしか言葉尻も少し楽しそうに聞こえる。

「……」

 凰黎ホワンリィはあからさまに渋い顔をしたが、当然、鸞快子らんかいしがそのようなことを気にするはずもない。なにせ彼から凰黎ホワンリィを煽ったのだから。
 それにしても、あの凰黎ホワンリィを手玉に取るなんて、本当に鸞快子らんかいしは凄い。

煬鳳ヤンフォン、こちらに」
「俺?」

 鸞快子らんかいし凰黎ホワンリィのやり取りをしみじみと眺めていた煬鳳ヤンフォンだったが、急に鸞快子らんかいしに呼ばれたので素っ頓狂な声をあげてしまった。煬鳳ヤンフォンに向かって手招きをする鸞快子らんかいしは、煬鳳ヤンフォンの隣で悩んでいる凰黎ホワンリィに目もくれない。戸惑いながら煬鳳ヤンフォン鸞快子らんかいしの傍までやってくると、煬鳳ヤンフォンの肩に手を掛けくるりと背を向けさせた。

「暫くそのままで」

 どうして良いか分からず戸惑っていると、背後から鸞快子らんかいしが呼びかける。煬鳳ヤンフォンの背に掌が触れた瞬間、背から力が流れ込み、次いで体の内側から冷気が広がっていくのを感じた。

「えっ……?」

 彼がなにをするのかと思っていたが、予想だにしなかったことが起きたので煬鳳ヤンフォンは驚く。凰黎ホワンリィがいつも煬鳳ヤンフォンの体の熱を下げてくれるように、鸞快子らんかいしもまた煬鳳ヤンフォンの体温を下げてくれようとしていたからだ。しかし、凰黎ホワンリィが普段やってくれているのと異なっている部分もあって、普段煬鳳ヤンフォンの体温を下げるときは凰黎ホワンリィが触れた部分から冷気が広がっていく。

 しかし、鸞快子らんかいしは背中に手を触れたにもかかわらず、手の当たった部分から冷気が広がったのではない。手の触れた部分の、内側から……まるで煬鳳ヤンフォンの体から冷気が湧き出たような感覚があったのだ。
 そして体から生まれた冷気はすぐ消えることはなく、煬鳳ヤンフォンの体温を下げ過ぎるわけでもなく、かといって弱くもなく、常に一定の体温を保てるように循環している。

「あ、有り難う。不思議なほど凄い楽になった。……あんたって凄い人なんだな」

 暫くあとに鸞快子らんかいしが手を離すと、煬鳳ヤンフォンは向き直って彼に礼を言った。

「なに。私の力ではなく――索冥花さくめいかの力だからな」
「へっ!? なんで?」

 とつぜん索冥花さくめいかの名前が出てきたので、煬鳳ヤンフォンは驚いた。

「驚いたか? 以前きみは、清林峰せいりんほう索冥花さくめいかを丹薬にしたものを飲んだと言っていた。あれは天命が尽きたものを蘇らせるほどの強烈な神薬だそうだな」
「あ、ああ」
「それが本当なら、もっとその効果が現れてもいいはずだ。……だから私は、君の体内にある索冥花さくめいかの成分に働きかけ、その力を引き出した」
「そんなこと、できるのか?」

 驚く煬鳳ヤンフォンに得意げに鸞快子らんかいしは頷いた。

「もちろん。その程度のことができぬようでは私の存在意義などなきに等しい。少しでも多くの人を救うために、私は努力を惜しまない」
「見返りもなしに?」
「それは少し違う。世間は『見返りも求めない聖人君子』だなどと誉めそやすが、私はいつだって『いつか頼みを聞いて欲しい』と約束して貰っている。中には約束を違えるものもいるだろうが……決して私は見返りを求めないわけではない」

 そう言われると確かにそうだ。
 全く見返りなど要らないと言ったのならともかく、『いつか頼みを聞いて欲しい』というのは立派な見返りを求める言葉だ。しかし、いつかの頼みというのは一体どれほどの痛みを伴う見返りなのだろうか。そう考えると具体的なことを言わず『いつか』というのはなかなかに恐ろしい。

「その、俺もいま、あんたに治して貰ったってことは、いつかあんたの頼みを聞けばいいのか?」
「君は別だ」
「はい?」

 恐る恐る訪ねたにもかかわらず『君は別』だなどと言われたので、煬鳳ヤンフォンは後退る。

(もしかして、とんでもない見返りを求められるんじゃ……)

 頼んでもいないことで見返りを求められるのはさすがに理不尽だ。答え次第では凰黎ホワンリィに怒ってもらおう。

「君は生きなさい」

 そう思った煬鳳ヤンフォンだったが、鸞快子らんかいしの『見返り』が予想だにしない言葉で驚き、言葉を失った。

「君の抱えている問題はとても厄介だ。私への謝礼は構わぬから、その代わりにしっかりと生きなさい。それがなによりの私が君を治療した『見返り』になるだろう」

 聖人君子というのは、どこまで聖人君子なのか。先ほどは「聖人君子ではない、見返りを求めている」と言われてなるほどと思ったはずなのだが。彼のいまの言葉は聖人君子以外の何物でもない。

(見返りに『私への謝礼は構わないからしっかり生きろ』なんて、どんだけ聖人なんだよ……!)

 意地悪な言動もするくせに妙なところで清らかな、この謎の男。本当に読めない奴だと煬鳳ヤンフォンは思った。
 鸞快子らんかいしがそんな高尚なことを言ったものだから凰黎ホワンリィがまた皮肉でも言うのではないかと凰黎ホワンリィの様子を見たのだが、凰黎ホワンリィは怒っているのかどうなのか、そっぽを向いていた。もしかすると煬鳳ヤンフォンの体を治療してくれた手前、なにも言えなかったのかもしれない。やがて凰黎ホワンリィは大きく溜め息をつくと、

「はあ……仕方ありませんね。背に腹は代えられません。煬鳳ヤンフォンが一日でも早く解放されるのなら」

 最終的に渋々鸞快子らんかいしが共に行動することを承諾した。

煬鳳ヤンフォンの治療をしてくださったことは感謝しています」
「礼には及ばない。どのみち気休め程度の対処法だ。なにもしなければ快適だろうが、霊力を使えば冷却は追いつかない。しかし、以前に比べればずっと回復が早まるはず。凰黎ホワンリィの助けがあればなお回復が早くなるだろう」

 鸞快子らんかいしの言葉に凰黎ホワンリィは深々と頭を下げる。
 つまり、爆発的に体の熱を下げることはできないが、索冥花さくめいかの効能によってある程度までの冷気を常に循環させてくれるということだ。これなら以前のように力を使ったあと周囲に熱をまき散らしたりすることも減るかもしれない。

 盈月楼えいげつろうをあとにした煬鳳ヤンフォンたちは建物の陰に既に隠れつつある楼閣を振り返る。ひょんなことから鸞快子らんかいしと共に恒凰宮こうおうきゅうに行くことになってしまったが、実に不思議な人物だ。

 冽州れいしゅうへ行く方法も何やら考えてくれているようだし、いったい鸞快子らんかいしはどのような方法を使うつもりなのだろうか。それに、彼は五行盟ごぎょうめい側の人間のはずで、本来なら煬鳳ヤンフォンたちの助けをする義務はないはずなのだ。

 なぜここまでしてくれるのだろうか?

凰黎ホワンリィも凄いけど、鸞快子らんかいしも凄いんだな」

 その答えが出るはずもなく、色々考えて煬鳳ヤンフォンから出てきたのはそんな言葉だけだった。隣を歩く凰黎ホワンリィの眉が微かに動く。
 その反応を見て煬鳳ヤンフォンは思わず口の端を上げた。

「もしかして拗ねた?」
「……違います」

 拗ねてる。絶対に拗ねてる。
 それがなんだか無性に嬉しくて堪らなくなり、煬鳳ヤンフォンは人目も憚らず凰黎ホワンリィに飛びついた。
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