【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)

061:堅物宮主(二)

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 恒凰宮こうおうきゅうの門は華美ではなかったが重厚で威厳のある造りをしていた。全体的な色味は落ちついてはいるが、門に施された数々の装飾は、どれをとっても驚くほど精巧だ。おまけに誰に彫らせたのかは分からないが、なにがしかの瑞獣の像が門脇に鎮座していて、門の前に立つ煬鳳ヤンフォンたちをジロリと像の瞳が睨む。

彩鉱門さいこうもんと同じように、この石像が門番の役目をしてるってことか……)

 能力のほどは分からないが、少なくとも石が意志を持った時点で相当なものだ。

蓬静嶺ほうせいりょう凰霄蘭ホワンシャオランと申します。先日こちらに伺うとお伝えさせて頂きました」

 凰黎ホワンリィが石造の前に立ちそのように伝えると、石像は門のほうに向き直って「入りなさい」と言った。

(どうやって入るんだ? もしかして勝手に開けて良いのか?)

 煬鳳ヤンフォンがそんなことを考えているあいだに、石像たちは門を開けてくれたらしい。鈍い音に顔をあげると、門は既に開かれていた。

「行きましょうか、煬鳳ヤンフォン

 今度は凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンの手を取って歩みを進める。
 恐らくは――ようやく覚悟が決まったのだ。
 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィに手を引かれ、恒凰宮こうおうきゅうに足を踏み入れた。

 ――神の血を引く一族。

 初め聞いたときはとても信じ難いと思ったが、恒凰宮こうおうきゅうの中に入って『それもあるかもしれない』とすぐに煬鳳ヤンフォンは思った。恒凰宮こうおうきゅうの内装は玄烏門げんうもん蓬静嶺ほうせいりょう、まして五行盟ごぎょうめいのそれとは随分異なっていたが、装飾も控えめに白で構成された柱や壁は、どこか異質でそれなのに神々しさを感じられる。
 門弟たちは凰黎ホワンリィの姿に気づくとみな驚いたように一度は足を止め、なにか声を掛けようとして言葉を飲み込んでいる。そのことに煬鳳ヤンフォンは気づき、なんとももどかしい気持ちを覚えた。

宮主ぐうしゅ様。お二人をお連れしました」

 門弟の一人、燐瑛珂リンインクゥは謁見の間に煬鳳ヤンフォンたちを連れてきた。しかし謁見の間の中には誰もおらず、周囲を見回せば開かれた格子戸の向こうに誰かの白い袖がちらりと覗く。格子戸の前まで辿り着いたとき、高欄から外を見ている男が宮主ぐうしゅであり、凰神偉ホワンシェンウェイなのだと煬鳳ヤンフォンはようやく理解した。

 振り向いた男の視線が凰黎ホワンリィへと向けられる。
 氷から削りだした彫刻のように整った眉と鼻筋と鋭い視線。眉目秀麗という言葉の似合う男だが、微かな青を帯びた冷たい瞳に優しさは感じられず、まるで氷のような視線を煬鳳ヤンフォンに向けてくる。どこか凰黎ホワンリィにも似た雰囲気を持ってはいるが、凰黎ホワンリィの持つ温かみを目の前の男から感じることは一切なかった。
 彼の纏う白い衣袍には繊細な文様が銀糸で描かれており、雪原に降り積もる雪のように控えめで、それでいて美しい。
 男の傍には数人、彼の補佐らしきものが控える。みな一様に口を開くことはなく、ただ静かに傍でじっとするのみ。

阿黎アーリィ

 開口一番、凰神偉ホワンシェンウェイ凰黎ホワンリィに呼びかけた。

「……宮主ぐうしゅ様、お久しぶりです」

 他人行儀な凰黎ホワンリィの言葉に凰神偉ホワンシェンウェイの眉がぴくりと跳ねる。凰神偉ホワンシェンウェイは周りの門弟たちを下がらせると凰神偉ホワンシェンウェイ燐瑛珂リンインクゥ、そして煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィの四人だけがその場に残った。

「本来そなたはこの恒凰宮こうおうきゅうにいるべき者であるのだから、周りの者を気にする必要はない。先日は五行盟ごぎょうめいで大変な騒ぎがあったようだな。……噂の黒冥翳魔こくめいえいまの力を受け継ぐものというのは、そちらの男か」

 凰神偉ホワンシェンウェイの視線が煬鳳ヤンフォンを睨む。その視線の冷たさに煬鳳ヤンフォンはぞくりと身を震わせた。怖いわけではなかったが、言いようもない威圧感が男の視線だけで煬鳳ヤンフォンにのしかかってきた感じがしたのだ。

「心配は無用です、兄上。彼は五行盟ごぎょうめいのごく一部の者が言うような人間ではありません」

 凰黎ホワンリィの声が聞こえた瞬間、その威圧感は一瞬にして霧散する。

(なんだったんだ? いまの)

 しかし、凰神偉ホワンシェンウェイの意識は既に煬鳳ヤンフォンには向けられておらず、只管その視線は凰黎ホワンリィに向けられるのみ。唖然とする煬鳳ヤンフォンには一瞥もくれず、凰神偉ホワンシェンウェイ凰黎ホワンリィに話しかける。

「そなたからこちらに来ると報せが届いたときは驚いたが、ここを出て一度も、頑なに手紙一つ寄越さなかったそなたのことだ。きっとよほどの理由があるのだろう、違うか?」
「兄上の仰る通りです」

 凰黎ホワンリィは頷く。

「私にできることなら……いや、まず場所を変えよう。茶の支度を」

 凰神偉ホワンシェンウェイ燐瑛珂リンインクゥに命じると、「ついてきなさい」と煬鳳ヤンフォンたちに促した。
 星霓峰せいげつほうという特殊な場所にあるせいか、恒凰宮こうおうきゅう自体はそこまで巨大ではないものの、庭に関してはことのほか広大だ。にもかかわらず庭の手入れは非常に行き届いており、無造作という感じは全く感じられない。
 湖にかかる回廊を通り抜け広々とした空間が見えてくると、そこでは既に侍従たちが卓子たくしの上に器を並べ、主と客人を迎える支度を済ませていた。

「そなたが蓬静嶺ほうせいりょうに養子に出されてはや十八年になる。……父上と母上が亡くなったときも、そなたは戻ってはこなかったな」
「申し訳ありません。私は既に恒凰宮こうおうきゅうの者ではありませんでしたので……」
「分かっている。父上も母上も理解されていた。そうでなければ、そなたをあちらにやった意味もない。……蓬静嶺ほうせいりょうでは健やかに過ごせているのか? 寂しいと感じたことはなかったか?」
「はい。嶺主りょうしゅ様もとても良くして下さっています。蓬静嶺ほうせいりょうに来たばかりの頃はさすがに恋しさを覚えることもありましたが……」

 凰黎ホワンリィはちらりと煬鳳ヤンフォンを見る。

「いまは大切な人がいますから、寂しいと感じることは殆どありません」
「……」

 凰黎ホワンリィの視線の先を辿っていた凰神偉ホワンシェンウェイ煬鳳ヤンフォンの視線とがぶつかった。すっと細められた鋭い凰神偉ホワンシェンウェイの眼差しに煬鳳ヤンフォンは怯む。

(なんかさっきからうすら寒いと思ったら、こいつが敵意を向けてきてるのかよ……)

 その真意は何なのか。
 兄上、と呼ぶからには凰神偉ホワンシェンウェイ凰黎ホワンリィの兄なのだろう。しかし、なぜ父母がいて凰黎ホワンリィが養子に出されなければならなかったのか。彼らの会話だけでは到底理解できるはずもなかった。

 彼らの会話から察せられるのは、凰黎ホワンリィ凰神偉ホワンシェンウェイの弟であり、五つの頃に恒凰宮こうおうきゅうから蓬静嶺ほうせいりょうに養子に出されたこと。それから一度も恒凰宮こうおうきゅうに連絡を取ることはなかったこと。ただ、会話から察するに何かしらのやり取りはあったのだろう。五行盟ごぎょうめいでの話も知っているようだったから、五行盟ごぎょうめい本部などで顔を合わせる機会もあったのかもしれない。

 それから、凰神偉ホワンシェンウェイという人間は煬鳳ヤンフォンから見てかなり厳しく冷たい男だと思うのだが、不思議なことに凰神偉ホワンシェンウェイから向けられる弟に対する視線は、どれだけ年月が隔てようと兄弟に向けるそれと変わらないように思えた。

「今日こちらに伺ったのは、兄上にお願いがあってのことです」

 凰神偉ホワンシェンウェイ凰黎ホワンリィの言葉に耳を傾けている。

恒凰宮こうおうきゅうの宝剣、万晶鉱ばんしょうこうの短剣を私にお貸し頂きたいのです」
「理由は?」
「彼――煬昧梵ヤンメイファン翳炎えいえんを宿した影響もあって、日に日に増大する霊力に体を蝕まれています。端的に言うなら、彼の霊力は特殊であり、通常のそれとは異なっていて実体を半分持っています。そうして身体に留め置けなくなった霊力は体を突き破り、それがだんだんと大きくなっているのです。ですから――」
万晶鉱ばんしょうこうの宝剣でそれをなんとかしたいと?」
「はい」

 凰黎ホワンリィの返事を聞いた凰神偉ホワンシェンウェイの表情があからさまに曇る。

恒凰宮こうおうきゅう万晶鉱ばんしょうこうの宝剣を持っていることを世間が知ったら大変なことになる」
「存じております。彩鉱門さいこうもんの件を見れば火を見るより明らかなこと」
「それでも、そなたは宝剣を欲すると? そなたに万晶鉱ばんしょうこうが扱えるとでも思っているのか?」
「はい。万が一私が扱えなかったとしても、他に扱える者を探します」
「宝剣で解決するという確信はあるのか?」
「それは……なんとも申し上げられません。しかし、優れた医者に診て貰っても彼を治療することは不可能でした。私にできるのは、ありとあらゆる可能性を探ることだけなのです」

 いくつかの応酬が続いたあと、言い切った凰黎ホワンリィの言葉に凰神偉ホワンシェンウェイは溜め息をつく。煬鳳ヤンフォンのことをジロリと睨んだあと、もう一度凰黎ホワンリィの真剣な眼差しを見てもう一度凰神偉ホワンシェンウェイは大きな溜め息をついた。

阿黎アーリィが生まれて初めてこの兄を頼ったのだ。私とて叶えてやりたくないわけではない。……しかし、いま万晶鉱ばんしょうこうの宝剣を渡すには危険が伴う」
「危険、と言いますと?」

 凰神偉ホワンシェンウェイは立ち上がり、一つの方向を指差した。

「あちらには何があるか知っているか」
翳冥宮えいめいきゅうでございましょう」
「その通りだ。翳冥宮えいめいきゅう黒冥翳魔こくめいえいまが滅ぼしてしまって以来、陰気の渦巻く禁忌の場所に代わってしまった。恒凰宮こうおうきゅうは本来ならば翳冥宮えいめいきゅうと共に原始の谷を守らねばならぬ宿命。その片方が失われてしまったいま、恒凰宮こうおうきゅう一つでも役目を果たせるようにならなくては存在意義が失われてしまう」

 凰神偉ホワンシェンウェイの言った『存在意義』いう言葉は鸞快子らんかいし盈月楼えいげつろうで話したことと重なっている。やはり彼の望みを叶えるならば、恒凰宮こうおうきゅうの存在意義をどうにかしてやらねばならないということだ。
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