【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)

065:堅物宮主(六)

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 次の日、朝餉もそこそこにして煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィ恒凰宮こうおうきゅうを再び訪れた。鸞快子らんかいしは今日も村で人々の悩みに耳を傾けている。彼は『いつかの時がきたら』と言ってはいるが、村人たちにはそういった約束事はしていないようだ。
 さすがに村人たちでは、返す当てもないからだろう。村人が好意で持ってくる、ちょっとした物を有り難く受け取っていた。

(よっぽど人助けが好きなのか……それとも他に何があるのやら)

 半ば趣味である、とは本人も認めていたのだが。



 恒凰宮こうおうきゅうに再びやってきた煬鳳ヤンフォンたちは、燐瑛珂リンインクゥに中庭へと案内された。

「帰ったと思ったらまたやってくるとは。いったいどういった風の吹き回しなのやら」

 嬉しさ半分、不機嫌半分。
 昨日ぶりに会った凰神偉ホワンシェンウェイの表情から読み取ることができる感情は、そんなところだ。き届けられない頼みごとをして断ったのだから、また来る必要があるのか、というところだろうか。

(でも、弟が来て嬉しいことは嬉しいんだな)

 先ほどからずっと凰黎ホワンリィの方に視線が向いている。煬鳳ヤンフォンのことなど居ないも同然だ。凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンか、どちらが話すか視線で窺ったあと、凰黎ホワンリィ凰神偉ホワンシェンウェイに口を開く。

「兄上。今日こちらにやってきたのは、兄上と取り引きをしたいと思ったからです」
「取り引き、だと? そなたに私と取り引きできるような材料があるとでも?」

 凰神偉ホワンシェンウェイの視線が鋭く変化する。先ほどまでは感情の端々に弟への想いが見え隠れしていたが、いまこの男の言葉から感じるのは宮主ぐうしゅとしての使命のみ。
 消えゆく門派を背負う身としては、弟だからという前提条件は存在しないということ。

「はい、兄上。兄上は……いえ、恒凰宮こうおうきゅうには大きな悩みがおありでしたよね。原始の谷の門番としての使命のこと。それに伴って翳冥宮えいめいきゅうを立て直す必要もあるでしょう」

 仮にそれが到底実現不可能なことだったとしても――。という言葉は飲み込んだようだ。

「何が言いたい?」
「私がその悩みを取り払って差し上げる、というのはいかがでしょうか。……つまり、恒凰宮こうおうきゅうと対を成す翳冥宮えいめいきゅうを復興させる手伝いをする、ということです」

 そんな凰黎ホワンリィを蔑むような瞳で凰神偉ホワンシェンウェイは見る。お前などにできるのなら、自分がとっくにやっている――とでも言いたげだ。

「そなたにできるのか? それが。我等が長い時間をかけても成すことができなかったのだぞ」
「私は、できないことは申しません」

 凰黎ホワンリィはきっぱりと言い切った。
 ハッタリという手もあるだろうが確かに凰黎ホワンリィは、できないことをできるなどと言ったりはしない。
 凰黎ホワンリィ冥界めいかいに赴き、魔界の皇帝ではなくその皇太子に相談を持ち掛け、約束を取り付けること。そして、翳冥宮えいめいきゅうの記憶を唯一残す存在、黒冥翳魔こくめいえいまこと翳黒明イーヘイミンの協力を取り付けて、復興の手助けをしてもらうことを告げた。

「馬鹿にしているのか? 黒冥翳魔こくめいえいまがどんなことをしてどのような末路を迎えたのか、知らぬわけではあるまい。そして彼の怨念が消えたとは到底思い難い。なのにお前は、その者の協力を取り付けることができると言うのか?」
「はい。翳冥宮えいめいきゅうが滅んだ件に関しては、まだ解決していない謎が多すぎます。確かに黒冥翳魔こくめいえいまによって翳冥宮えいめいきゅうは滅びましたが、彼が何故一族を皆殺しにしたのか、その理由すら誰も知らないのです」

 凰黎ホワンリィの言葉を凰神偉ホワンシェンウェイは黙って聞いている。

「……正直に申し上げます。煬鳳ヤンフォンの体には黒冥翳魔こくめいえいまの魂魄の一部が同化しているのです。かつて黒冥翳魔こくめいえいまであった彼は、いまは黒曜ヘイヨウという鳥の姿で、煬鳳ヤンフォンが幼い頃より共存しながら生きています。彼が語ってくれた情報によれば、翳冥宮えいめいきゅうの一件、黒冥翳魔こくめいえいまが自分を見失い、暴走するきっかけになった理由についてはどうやら裏があるようなのです。彼もその件について解決したいと願っており、また黒冥翳魔こくめいえいまも同様にその件の真相の解明を願っています」
「そなたがその件も解決する、というのか?」
「はい。実はここに来る前に黒冥翳魔こくめいえいまにも話を持ち掛けました。まだ返事は貰っていませんが、興味は示したので恐らくは承諾するでしょう。彼一人で解決するより我々の力を利用した方が確実ですから」

 難しい顔で凰神偉ホワンシェンウェイは考え込む。いまのはあくまで希望的観測だからだ。宝剣を貸し出すならば、希望だけではなく確証が欲しい。彼が考えていることはそんなところだろう、と煬鳳ヤンフォンは思った。


『――ちょっといいか』

 それまで黙っていた煬鳳ヤンフォンが不意に言葉を発したので、凰黎ホワンリィ凰神偉ホワンシェンウェイは二人とも煬鳳ヤンフォンを見る。彼は決意を固め、口を開く。

『俺は、さっきの話に出てきた黒曜ヘイヨウだ。もとの名前は翳冥宮えいめいきゅう翳黒明イーヘイミンという。普段は鳥の姿をしているが、言葉を話すためには煬鳳ヤンフォンの体を借りないと駄目なんだ。いま、どうしてもあなたたちに伝えたいことがあって、煬鳳ヤンフォンに体を貸してもらった』

 目つきや話し方が変化したことで、いま目の前の人物が煬鳳ヤンフォンでは無いことをすぐに凰黎ホワンリィは察したようだ。

煬鳳ヤンフォンは貴方に体を貸すことを許したのですね?」
『もちろんだ。もとより勝手に奪うことはできない』

 その言葉を聞いて、凰黎ホワンリィは安堵の溜め息をつく。真っ先に煬鳳ヤンフォンのことを心配したのは愛情深い彼らしい、と黒曜ヘイヨウは思う。

「貴公がまことに翳冥宮えいめいきゅう小宮主しょうぐうしゅであるという証拠は?」
『そうだな……翳冥宮えいめいきゅう恒凰宮こうおうきゅうは陰であり陽である。同時に双宮は神の力と魔の力という相反する力を持っているが、使命は同じであるため決まりごとも重なるものが多い。例えば、原始の谷の門を開くための手順は一子相伝で、兄弟がいようともその方法を受け継ぐのはただ一人』

「……」

 凰神偉ホワンシェンウェイは無言で黒曜ヘイヨウを見た。それは『間違っていない』という肯定の意だ。

恒凰宮こうおうきゅう宮主ぐうしゅ。あなたは扉を開く方法を教えられたが、弟である凰黎ホワンリィは知らないだろう。俺にも双子の弟である白暗バイアンがいたが、原始の谷を開く方法を教えられたのは、いずれ宮主ぐうしゅになると決められていた俺だけだった』

 凰神偉ホワンシェンウェイは眉間に皺を寄せてはいたが、黒明ヘイミンが話を区切ると目線で続きを促す。

『いくら翳冥宮えいめいきゅう翳冥宮えいめいきゅうの一族と同じ血を根源とする、特別な巫覡の血筋を持つ魔族まぞくを連れてきてもそれだけでは駄目だ。再び翳冥宮えいめいきゅうの役目を蘇らせるためには、血筋と、そしてその方法を伝えられるもの、この二つが必要。そうだろう?』

 重々しい溜め息と共に凰神偉ホワンシェンウェイは頷く。

『あなたは先ほど俺に証拠を求めたが、この話は恒凰宮こうおうきゅう翳冥宮えいめいきゅうの者しか知ることのない話だ。凰黎ホワンリィは幼い頃に恒凰宮こうおうきゅうを出ているから知るはずもない。そして翳冥宮えいめいきゅうはとうの昔に滅んでしまった。……口に出すのも憚られるが、他でもない俺が滅ぼしてしまったからだ。……だから、いまこの話をした、ということは俺が翳冥宮えいめいきゅう小宮主しょうぐうしゅ翳黒明イーヘイミンであるという証明にはならないか?』

 長いこと凰神偉ホワンシェンウェイは目を伏せていた。悩んでいるのか、思うところがあったのか、はっきりとは分からない。かなりの時間が過ぎたあとで、ようやく凰神偉ホワンシェンウェイは顔をあげた。

「信じよう。いまの話を聞いて、信じないという選択肢はありえない。確かに貴公は翳冥宮えいめいきゅう小宮主しょうぐうしゅであるし、乱心もしていないようだ」

 ようやく信じてもらうことができ、凰黎ホワンリィ黒曜ヘイヨウもほっと胸をなでおろす。

「そして翳冥宮えいめいきゅうを復活させるには貴公の力なくしては不可能だということがよく分かった。しかし、話したかったことはそれだけか?」
『もう少しある。少し長いけど聞いてくれ。煬鳳ヤンフォンにも聞かせておきたかったけど、あいつは聞けないんだよな』

 本当は煬鳳ヤンフォンにも聞かせたかったのだと、黒曜ヘイヨウは残念そうに息を吐く。

「それが分かっていて貴方に体を貸すことを許したのですから、仕方ありません。代わりに煬鳳ヤンフォンが目覚めたら私から伝えましょう」

 凰黎ホワンリィは困った顔で笑うと黒曜ヘイヨウに言った。
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