【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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旧雨今雨同志们(古き友と今の友)

106:倚門之望(六)

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「良い質問だ、煬鳳ヤンフォン。まさに君の言う通り――五行盟ごぎょうめいには大きな秘密がある。何故ここに彩鉱門さいこうもん清林峰せいりんほう、そして蓬静嶺ほうせいりょうの三つの門派が揃っているのか。それは彼らに関わる重大な真実があるからだ。そう、清林峰せいりんほうが森の奥へと移り住むようになった切っ掛けの、あの襲撃事件。それに、彩鉱門さいこうもんも……」
「真実!?」

 真実と聞いて、清粛チンスウが声をあげる。彼は当時まだ生まれていなかったとはいえ、祖父や父からは何度も聞かされたのだろう。閉じられた森の中で生活する清粛チンスウにとって、外で起こった衝撃的な事件の話は深く心に刺さっているに違いない。
 同様に、妻子を失った静泰還ジンタイハイもだ。

清林峰せいりんほうで起こった神薬を求めてよその門派が押し寄せた一件。あの噂は五行盟ごぎょうめいが発端だった」

 その言葉にみなが驚き目を瞠った。

五行盟ごぎょうめいの盟主は結成から現在に至るまでずっと火行瞋砂門しんしゃもん瞋九龍チェンジューロンであるが、当時よりそれぞれ五行の門派の力関係は日々変動していた。それはいまも変わらない」

 瞋砂門しんしゃもんは確かに瞋九龍チェンジューロンの力もあり強大な門派ではあったが、次に頭角を現したのは清林峰せいりんほうだった。彼らは火行に勝るとも劣らぬ強力な雷を扱うことができ、更に高い医術の知識を持っていた。掛け値なしに困っている人々を助け、治療する姿にいつしか人々は清林峰せいりんほうに多く信頼を寄せるようになっていたのだ。

 瞋砂門しんしゃもんは圧倒的な力を持ってはいたが、それだけだった。自尊心が高く、それでいて弱者をさほど気に掛けない瞋九龍チェンジューロンの性格も相まって瞋砂門しんしゃもんへの人々の期待は徐々に薄れ、やがて心が離れてしまったのだ。

「恐らくそれが切っ掛けだったのだろう。先ほど話したとおり、瞋九龍チェンジューロンは自尊心が高い。己より強大になりつつある門派の力を、そうなる前に削いでおきたかったのだ」

 ふと煬鳳ヤンフォンは、清林峰せいりんほうの一件に巻き込まれて辛い思いをした静泰還ジンタイハイのことを考えた。下らない争いに巻き込まれ妻子を失った彼は、それこそ当時は憎しみに駆られ犯人を血眼になって探したのではないだろうか。そのときから彼はもしかしたら五行盟ごぎょうめいのことを……と思うのはいささか考えすぎかもしれない。余計なことを考えてしまったと、煬鳳ヤンフォンは頭を振っていまの考えを打ち消した。
 何より彼は、騒動のあと失意のあまり塞ぎ込んでしまったほどなのだから。
 鸞快子らんかいしは言葉を続ける。

「それから彩鉱門さいこうもん。行動理由の根底は恐らく同じだろうが、彩鉱門さいこうもんはもう少し複雑だ。まず、彩鉱門さいこうもんはこの睡龍すいりゅう……いや、九州の中でも屈指の優れた武器を鍛造することのできる稀有な門派だ。その特殊な技術から五行盟ごぎょうめいの中においても彼らは非常に難しい立ち位置だったはずだ」
「待ってくれ。彩鉱門さいこうもんは神託に怯えた掌門しょうもん五行盟ごぎょうめいの前から姿を消した。確かに万晶鉱ばんしょうこうを手に入れたという話は致命的だったし、流行り病で人が死んだのも本当だ。……しかし、それに対して五行盟ごぎょうめいが介入する隙はあるのか?」

 彩藍方ツァイランファンが口を挟んだ。

「だからこそ、複雑なのだ。――もしも神託が真に神の怒りに依るものであるならば、姿を隠した程度で許すものだろうか? 原因不明の流行り病で死んだ者がいたとして、現に彩鉱門さいこうもんはいまもなお健在であるし、万晶鉱ばんしょうこうによる宝器の制作も公然の秘密である状態だ。神の行いとしては随分杜撰ではないか?」
「つまり……彩鉱門さいこうもんの件は神の怒りによるものではないって、そういうことか?」
「そもそも、神が怒るくらいなら最初から人界にそのような物を置いたりはせぬだろうよ。……なぁ? 凰黎ホワンリィ

 鸞快子らんかいしはそう言うと凰黎ホワンリィを見る。凰黎ホワンリィは自分の名が呼ばれたことに身を固くしたが、すぐにふいと視線を鸞快子らんかいしから外す。

 恐らく鸞快子らんかいしは、凰黎ホワンリィが原始の谷に入った経験があることを知っているのだ。
 煬鳳ヤンフォンは二人のやり取りを見てすぐに直感した。凰黎ホワンリィがひた隠しにしている秘密を知る彼は本当に不思議な人物だ。

 しかしながら、鸞快子らんかいしが言うことは言い得て妙だ。そもそも人界にあって、原始の谷の守り人がいるとはいえ、一切使うことを禁じたというわけではない。万晶鉱ばんしょうこうは確かに強力だが、放っておけばただの鉱石。そして万晶鉱ばんしょうこうを扱うことができるのは彩鉱門さいこうもんのみ、というのも神の采配に依るものなのかもしれない。

 もし人界にんかい万晶鉱ばんしょうこうがあること自体が問題だというのなら、神は早いうちに原始の谷など消し去ってしまったことだろう。

 そう考えると鸞快子らんかいしの言うことにも一理あるような気がした。
 それまで黙って話を聞いていた静泰還ジンタイハイが口を開く。

「ただ、全てが五行盟ごぎょうめいの一部の者による企みかといえばそれも疑問が残る。――瞋砂門しんしゃもん雪岑谷せきしんこくのどちらか、あるいは両方とてここまでの影響を及ぼすのは難しいだろう。つまり、鸞快子らんかいしが言いたいのは、この件についてはまだ裏がある、ということでは?」

 彼はいま部屋の中にいる者のなかで鸞快子らんかいしよりも長く五行盟ごぎょうめいに関わっている。それだけに、彼の言うことは重みがあった。

「仰るとおりです、嶺主りょうしゅ様。しかし、こうなると清林峰せいりんほうの件も瞋砂門しんしゃもん雪岑谷せきしんこくいずれかの門派の力だけでここまでこじれたというのも怪しく思えます。……私が言いたいのは、どちらの門派の騒動のときにも、暗躍した勢力はもう一つあったのではないか、ということです。ですから――睡龍すいりゅうの件は国師こくしが出てくるまでは我々だけで調べた方が安心だと考えます」
「ふむ……。そなたがそこまで言うのなら、恐らくはそれが一番良いのだろうな。……塘湖月タンフーユエ、そなたはどう思う?」

 話を振られて塘湖月タンフーユエは微かに驚きの表情を見せる。しかしすぐに表情を戻すと、

「打算的な意見になりますが――」

 と前置きした後で、みなを見回す。

「少なくとも瞋砂門しんしゃもん雪岑谷せきしんこくの二つの門派が黒冥翳魔こくめいえいまに良い感情を持っていないのは間違いないでしょう。凰黎ホワンリィが、そして恒凰宮こうおうきゅうがこの先黒冥翳魔こくめいえいまの力を必要とするのであれば、いまはまだ五行盟ごぎょうめいに知らせるべきではないと思います」

 彼がそこまで踏み込んだのは、恒凰宮こうおうきゅう凰黎ホワンリィの故郷であり、兄がいる場所だからだろうと煬鳳ヤンフォンは思った。静泰還ジンタイハイといい塘湖月タンフーユエといい、普段は滅多に口には出さないが複雑な生い立ちを持ち、幼い頃より親子兄弟のように暮らしてきた凰黎ホワンリィのことをやはり大切にしているのだ。

(だからこそ、凰黎ホワンリィ嶺主りょうしゅ様が倒れたって聞いたとき、それが嘘だとわかっていても心配で仕方がなかったんだろうな……)

 普段は落ち着き払っている凰黎ホワンリィが、今日蓬静嶺ほうせいりょうに降り立ったときにだけ見せた慌ただしく走ってゆく後ろ姿を思い出しながら、煬鳳ヤンフォンは思った。

「では、この件は一旦我々のみで進めるということに。恒凰宮こうおうきゅうは……いまは翳冥宮えいめいきゅうの件があるだろうから、落ち着いたら彼らにも知らせるつもりだ」

 ようやく結論に至ったことに安堵したのか、鸞快子らんかいしの声は先ほどより明るく聞こえる。

「私はこのまま蓬静嶺ほうせいりょうで暫くお世話になるつもりです。嶺主りょうしゅ様の治療という名目で。……そしてその間に蓬静嶺ほうせいりょうの皆さんと共に睡龍すいりゅうで起きた異常な現象などを調べようと思っています」

 このあとどうするか、という話のなかで清粛チンスウは言う。清林峰せいりんほうはどうしても出入りが把握されやすいため、都度都度戻っては瞋砂門しんしゃもん雪岑谷せきしんこくに怪しまれてしまうかもしれないということだった。

「我々は玄烏門げんうもんに戻ったあと、翳冥宮えいめいきゅうに向かおうと思っています」

 そう話す凰黎ホワンリィに対して意外そうな表情を鸞快子らんかいしが向ける。

「おや、煬鳳ヤンフォンの治療は?」
「……魔界まかいの政務を片付け次第こちらに来てくださるそうです。本当はすぐにでもこちらに来ていただき、貴方に治療を行って頂きたいのですが、生憎と拝陸天バイルーティエン殿下は新しい皇帝として即位されたばかりなのです。……皇帝陛下はすぐにでも煬鳳ヤンフォンのために人界に向かうと言ってくださったのですが、さすがに皇帝が崩御した後でそれをやってしまったらそれこそ魔界まかいが崩壊してしまいます。いくらなんでも煬鳳ヤンフォンの故郷でもある魔界まかいを壊してしまうわけには……」

 断腸の思い、とばかりに凰黎ホワンリィが拳を握り震えている。鸞快子らんかいしはそんな凰黎ホワンリィの肩を軽く叩くと、宥めるように言い聞かせた。

「大丈夫だ。少なくとも煬鳳ヤンフォンは絶対に首の痣のことで死なせるようなことはしない」
「……………………………………はい」

 鸞快子らんかいしの言葉に、それでも辛そうな表情を浮かべながらも、なんとか凰黎ホワンリィは頷く。ここまで来てあと一歩というときに待たされる凰黎ホワンリィの気持ちはいかほどだろうか。自分のことではないにもかかわらず、己以上に煬鳳ヤンフォンのことを心配してくれる凰黎ホワンリィの心が、有り難いとともにとても申し訳なく思えて、煬鳳ヤンフォンの胸はちくりと痛んだ。

「じゃあ、俺は煬鳳ヤンフォンたちと一緒に翳冥宮えいめいきゅうに行くぜ」
「は? 何で?」

 急に宣言した彩藍方ツァイランファンに対して、煬鳳ヤンフォンは思わず素っ頓狂な声をあげる。彼がここに来た目的は既に達成されたはずだ。あとはてっきり、清粛チンスウと一緒に蓬静嶺ほうせいりょうで調べものでもするのかと思っていたのだが。

「だって、黒冥翳魔こくめいえいまがいるんだろ? あいつの体は、俺の師兄の体でもあるんだ。……師兄は確かに自分の意志であいつに体を明け渡したけど、俺はまだ納得がいかないんだ。だから、もう一度会って確かめたい」
「そうか……」

 煬鳳ヤンフォンたちが黒炎山こくえんざん彩鉱門さいこうもんの世話になったとき、彩藍方ツァイランファンの義理の兄であり、掌門しょうもんの息子である彩菫青ツァイジンチンは、足が不自由な己の身の上を呪い、そして世間を呪い、黒冥翳魔こくめいえいまにその身を明け渡したのだ。
 それが彼の固い意志であったとしても、息子を失った掌門しょうもんのことを思えば彩藍方ツァイランファンが諦めきれないのも無理はない。
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