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然后鳳凰抱鳳雛(そして鳳凰は鳳雛を抱く)
166:比翼連理
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肌に感じる温かさと、体を撫でる風の冷たさで煬鳳は盛大にくしゃみをした。
「へっくし!」
鼻をすすったところで、その感覚があまりにも現実的であることに気づき、閉じかけた目を見開く。
「あ、あれ?」
「煬鳳!」
事態を把握する前に凰黎にきつく抱きしめられ、煬鳳は蛙のような声をあげた。
「ちょ……凰黎!?」
「良かった……良かった!」
苦しいと訴えたが、凰黎は抱きしめた腕を放さない。なんとか宥めすかし体を離した――と思えば、今度は有無を言わさず口付けられた。
「んんっ!?」
がっちりと両頬を押さえられ、息つく暇も無いほどに舌を絡めとられる。あまりに激しすぎて「ちょっと待って」と言うことさえもできない。何が起きているのかを考える思考すら塵のように消し飛んで、真っ白な頭でただ凰黎の為すがままになっている。
先ほどのは夢だったのだろうか?
どこまでが夢だったのだろうか。
鸞快子が凰黎だったこと?
仙界へ行ったこと?
それとも、火龍の力を取り込んで体が崩れてしまったこと?
全てが夢だったなんて、思えない。
けれど冷静になろうとする余裕など今の煬鳳にはなく……。
「うわあああああああん、馬鹿野郎! 煬鳳! お前なあ!」
「ぎゃーっ!」
突然背中を叩かれた痛みで煬鳳の意識は引き戻された。あまりの痛さに声をあげ、驚いた凰黎が手を止める。
煬鳳が振り返ると、そこにいたのは彩藍方だった。
「彩藍方! お前! 痛ぇよ!」
しかし振り返って叫んだ先で彩藍方が泣いているのを見て、煬鳳は口を噤む。彩藍方は握りしめた拳を震わせて、煬鳳に叫ぶ。
「お前、どれだけ心配かけるんだ! 俺たち五行使いが、どれだけの力を終結させてお前の体戻したと思ってるんだ!」
やはり、全部夢ではなかったのだ。
彩藍方の服装は瞋九龍と戦ったときと汚れ具合も服装もさほど変わりはない。瞋九龍を倒して煬鳳が目を覚まし仙界に殴りこんでから、それほど時間は経ってはいないようだ。
「ちょっと、待てよ……五行使いがどれだけって……どれだけ、いったい何がどうなったんだ!? 俺、確か仙界に……」
煬鳳の体に淡青の衣が掛けられる。そこでようやく煬鳳は、自分が何も身に着けていなかったことに気づいた。
(どうりで寒いと思ったら……)
春はまだもう少し先のはず。むしろ何も着ていなかったことに今の今まで気づかなかったことのほうが不思議で仕方ない。
周りを見回せば、彩藍方の他にも瞋砂門、蓬静嶺、雪岑谷に霆雷門と清林峰。そして彩鉱門と全ての五行使いたちが揃っている。そしているのは五行盟だけではなく凰神偉と燐瑛珂、そして翳黒明まで彼らと共にいるのだ。
瞋九龍との決戦でも見なかった程の錚々たる顔ぶれに煬鳳は真っ青になった。
(俺、こいつらの前で素っ裸だったのか……。しかも、凰黎とあんなことまで……)
周りにこれほど人がいると知っていたら、死ぬ気で凰黎を止めたのに。
そうは思ったが、できるかと言えば難しいこと。むしろこれまでの経緯を考えれば、まだ口付けだけで済んだことは凰黎にとって最大限配慮したほうかもしれない。
動揺する煬鳳をよそに、凰黎は煬鳳に着せた淡青の外衣を結わう。恥ずかしさで今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られた煬鳳だったが、とりわけ目を引く印象的な人物が煬鳳たちを見ていることに気づいた。
煬鳳の視線に気づいたのか、男は温和に微笑むと煬鳳たちに向かって歩き出す。驚いたのは彼の横に見知った顔がいること。なんとそれは鼓牛だったのだ。
そして更に驚くことに、彼が歩き始めると周りにいた者たちが門派に関係なく一斉に跪き首を垂れた。どうやらこの人物は、よほど由緒のある高貴な人物であるらしい。
黄金の袍を纏い、黄金の冠を抱く男は、黄金に煌めく髪を緩やかに揺らし、ゆっくりと煬鳳たちの元へと近づいてくる。
伏せた睫毛の先は月露が零れたかのように艶やかで睫毛の隙間から覗く瞳に朧げな影を落とし、霽月のような黄金の瞳は静かに星芒を湛えていた。
歩く姿は決して堅苦しいものではなかったが、堂々とした振る舞いはある種の威圧感を漂わせている。緩やかにただ歩みを進めているだけにもかかわらず、彼の威厳と高貴さが損なわれることはなかった。
凰黎は煬鳳を抱きかかえたまま黄金色の人物に大して首を垂れる。
「天帝様」
煬鳳は反射的に凰黎の顔を見た。天帝、とはどこの国の皇帝なのだろうか。煬鳳の疑問に気づいた凰黎はちらりと天帝と呼んだ男の顔を横目で見やる。
「凰大哥、面をあげよ。そなたたちは我にとっては命の恩人である。そのような気遣いは無用」
「凰、大哥……?」
聞き覚えのある呼び方だ。それに、この黄金色の髪にも覚えがある。記憶にある人物はたった一人しか存在しない。
「煬鳳。小黄は天帝様の一部だったそうです」
凰黎の言葉で目の前の人物が小黄に似ているのだと煬鳳は気づく。同時に彼がいったいどうなったのか、無事に記憶を取り戻せたのか。取り戻せたのなら、なぜ煬鳳たちの前に姿を見せないのか。
気になりだしたら止まらない。
というか一部とはいったいどういうことなのか?
「小黄!? 小黄は、どこに!? いや、天帝って誰だ!?」
「天帝様というのは天界の頂点におられる、天上において最も尊い御方ですよ。……まあ、煬鳳はこういった話には疎いでしょうけど」
どんなに疎くとも『天界の頂点で、天上において最も尊い御方』などと言えば、さしもの煬鳳でも真っ青になる。
「その通り。……恒凰宮と翳冥宮の宮主の協力を得て、小黄は天帝としての記憶を取り戻したのだ。煬大哥と凰大哥、それに玄烏門の門弟たちには着替えから食事の面倒まで、本当に何から何まで良くして貰った。礼を言う」
煬鳳たちの前に天帝は片膝をつき、厳かに微笑んだ。あまりの衝撃に煬鳳が言葉も言えずに口を開いていると、横から鼓牛が顔を出す。
「私の主は仙界の策略により元神に傷を負い、その欠片は人界へと零れ落ちてしまったのです」
鼓牛曰く、清林峰で清粛から譲り受けた索冥花によって、主の傷は癒えたのだが、人界のどこかに零れた元神だけは見つからなかった。困り果てていたところ、万晶鉱に触れたことで記憶を取り戻した小黄からの報せにより、ようやく天帝の元神は完全な状態となり、こうして煬鳳たちの前に現れることができたのだという。
「瞋九龍との闘いのときに、鼓牛だけが俺たちの元にやってきたのは?」
天帝が完全な状態に戻ったというのなら、なぜ彼だけが一人煬鳳たちの元にやってきたのだろうか。敢えて彼だけ先に来なくとも、大切な主が回復してからでも良かったのではないかと煬鳳は考えた。
「主の零れた元神の欠片がお体に馴染むまで、多少の時間が必要でした。そこで私が先んじて貴方がたの元へと向かい、主の標となったのです」
妙な出会い方をしたと思ったが、煬鳳たちと合流することが目的であったのならば、それもまた頷ける。
「仙界は我を討ち、仙界が天界の主体になるつもりであったようだ。しかし、彼らはあまりにも他の世界に害を及ぼしたゆえ、我は仙界を作り替えることにした」
天帝は昂然と語る。
どうやら煬鳳が体を失っている間に、蓬莱に同調していたであろう仲間たちは仙界ごと天帝の力によってどうにかなってしまったようだ。
天帝の言葉に凰黎が表情を曇らせる。煬鳳にはなぜ凰黎がそのような顔をしたのか分からなかったが、彼はきっと仙界で蓬莱と対峙したときに彼から何かを聞いたのだろう。
「仙界はどうされるおつもりですか?」
凰黎の問いかけに天帝は袖の中より錦繍に輝く宝玉を取り出して見せた。玉の色は一つではなく、さながら季節が巡っていくかのように次々と異なった色を見せる。霜のような凍える白さ、輝く太陽のような黄色、散りゆく葉のような赤、暖かな春の日に咲く花のような桃。まるで玉のなかに一つの世界が詰まっているようだった。
「まだ定めてはおらぬ。しかし依然と変わりなく美しい場所になることだけは間違いないだろう」
天帝は再び玉を袖の中に仕舞う。
「それから――万晶鉱は命の危険が常に伴う。そればかりか、此度は蓬莱の暴走の一端にもなってしまった。ゆえに、万晶鉱に込められた全ての過去から未来に至る森羅万象の全てを、人界に生きる全てのものに還そうと思う」
「ちょっと……!」
彩藍方が何か言いかけたが、清粛に止められた。周りの門派も万晶鉱が無くなるかもしれないと思い、顔面が蒼白に変わる。
凰黎は天帝に尋ねた。
「無限に続く過去から未来への記憶と知識。そのような膨大なものが、人界の者たちに受けきれるのでしょうか?」
「凰大哥、案ずることはない。過去から未来、全ての大地と草と人と動物、全ての物に等しく降り注げば、案外一つ一つは小さきもの」
天帝はそのように答えたが、見ていた面々は「そんな馬鹿な」という表情をしている。しかし、過去から未来、全ての時間に対して万晶鉱の記憶が戻っていくというのなら、案外その影響は思うより小さいのかもしれない。
「五仙が再び野望を持ち、危害を加えぬようにすることだけは約束する。特に、そなたたち二人の安寧が永遠に続くこと。少なくとも我がこの世に存在する限り、守り通すと約束しよう」
「……あ、ありがとう、ございます……」
最も尊いと言われる人物にここまでして貰っても良いのだろうか。そもそも索冥花は清粛の決断で譲ったものであるわけだし、煬鳳は大したことはしていない。
小黄の面倒を見たのは煬鳳と凰黎であることに違いはないが、玄烏門の門弟や夜真と善瀧のほうが沢山小黄の面倒を見てくれた。
(いいのかなぁ……ここまでして貰って)
煬鳳の考えたことを読み取ったのか、天帝は「安心しなさい」と言って立ち上がる。
「鼓牛」
天帝の一声で鼓牛が聖旨を読み上げる。
清林峰には新しい花を咲かせる。
翳黒明には、翳冥宮で眠る者たちが永遠に安らかに眠ることを約束する。
凰神偉は翳冥宮と共にこの先も原始の谷を守る役目を果たすよう、万晶鉱の代わりに神の宝物を与える。
彩鉱門には万晶鉱に変わる鉱石を人界に与え、新たな宝器の作り方を授ける。
瞋熱燿は父と祖父の霊脈の影を取り除き、瞋九龍の持つ槍の代わりになるものを与える。
夜真と善瀧は、この先二人が共に在る限り無数の幸せが降り注ぐことを約束する。
玄烏門には咲き乱れるほどの美しい草花を与える。
煬鳳を助けるために集まった面々には健康と長命。
拝陸天は、天帝の前であろうと遠慮なく小鳳との再会を喜んでもいい権利。
「待って。なんだ、それ?」
突然出てきたけったいな権利に煬鳳は思わず口をはさんでしまった。答えを聞くよりも早く、体でそれがどういう意味であるかを煬鳳はすぐに悟る。
「小鳳ーー! もう、もう……そなたに会えぬかと思った!」
「陸叔公!?」
「へっくし!」
鼻をすすったところで、その感覚があまりにも現実的であることに気づき、閉じかけた目を見開く。
「あ、あれ?」
「煬鳳!」
事態を把握する前に凰黎にきつく抱きしめられ、煬鳳は蛙のような声をあげた。
「ちょ……凰黎!?」
「良かった……良かった!」
苦しいと訴えたが、凰黎は抱きしめた腕を放さない。なんとか宥めすかし体を離した――と思えば、今度は有無を言わさず口付けられた。
「んんっ!?」
がっちりと両頬を押さえられ、息つく暇も無いほどに舌を絡めとられる。あまりに激しすぎて「ちょっと待って」と言うことさえもできない。何が起きているのかを考える思考すら塵のように消し飛んで、真っ白な頭でただ凰黎の為すがままになっている。
先ほどのは夢だったのだろうか?
どこまでが夢だったのだろうか。
鸞快子が凰黎だったこと?
仙界へ行ったこと?
それとも、火龍の力を取り込んで体が崩れてしまったこと?
全てが夢だったなんて、思えない。
けれど冷静になろうとする余裕など今の煬鳳にはなく……。
「うわあああああああん、馬鹿野郎! 煬鳳! お前なあ!」
「ぎゃーっ!」
突然背中を叩かれた痛みで煬鳳の意識は引き戻された。あまりの痛さに声をあげ、驚いた凰黎が手を止める。
煬鳳が振り返ると、そこにいたのは彩藍方だった。
「彩藍方! お前! 痛ぇよ!」
しかし振り返って叫んだ先で彩藍方が泣いているのを見て、煬鳳は口を噤む。彩藍方は握りしめた拳を震わせて、煬鳳に叫ぶ。
「お前、どれだけ心配かけるんだ! 俺たち五行使いが、どれだけの力を終結させてお前の体戻したと思ってるんだ!」
やはり、全部夢ではなかったのだ。
彩藍方の服装は瞋九龍と戦ったときと汚れ具合も服装もさほど変わりはない。瞋九龍を倒して煬鳳が目を覚まし仙界に殴りこんでから、それほど時間は経ってはいないようだ。
「ちょっと、待てよ……五行使いがどれだけって……どれだけ、いったい何がどうなったんだ!? 俺、確か仙界に……」
煬鳳の体に淡青の衣が掛けられる。そこでようやく煬鳳は、自分が何も身に着けていなかったことに気づいた。
(どうりで寒いと思ったら……)
春はまだもう少し先のはず。むしろ何も着ていなかったことに今の今まで気づかなかったことのほうが不思議で仕方ない。
周りを見回せば、彩藍方の他にも瞋砂門、蓬静嶺、雪岑谷に霆雷門と清林峰。そして彩鉱門と全ての五行使いたちが揃っている。そしているのは五行盟だけではなく凰神偉と燐瑛珂、そして翳黒明まで彼らと共にいるのだ。
瞋九龍との決戦でも見なかった程の錚々たる顔ぶれに煬鳳は真っ青になった。
(俺、こいつらの前で素っ裸だったのか……。しかも、凰黎とあんなことまで……)
周りにこれほど人がいると知っていたら、死ぬ気で凰黎を止めたのに。
そうは思ったが、できるかと言えば難しいこと。むしろこれまでの経緯を考えれば、まだ口付けだけで済んだことは凰黎にとって最大限配慮したほうかもしれない。
動揺する煬鳳をよそに、凰黎は煬鳳に着せた淡青の外衣を結わう。恥ずかしさで今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られた煬鳳だったが、とりわけ目を引く印象的な人物が煬鳳たちを見ていることに気づいた。
煬鳳の視線に気づいたのか、男は温和に微笑むと煬鳳たちに向かって歩き出す。驚いたのは彼の横に見知った顔がいること。なんとそれは鼓牛だったのだ。
そして更に驚くことに、彼が歩き始めると周りにいた者たちが門派に関係なく一斉に跪き首を垂れた。どうやらこの人物は、よほど由緒のある高貴な人物であるらしい。
黄金の袍を纏い、黄金の冠を抱く男は、黄金に煌めく髪を緩やかに揺らし、ゆっくりと煬鳳たちの元へと近づいてくる。
伏せた睫毛の先は月露が零れたかのように艶やかで睫毛の隙間から覗く瞳に朧げな影を落とし、霽月のような黄金の瞳は静かに星芒を湛えていた。
歩く姿は決して堅苦しいものではなかったが、堂々とした振る舞いはある種の威圧感を漂わせている。緩やかにただ歩みを進めているだけにもかかわらず、彼の威厳と高貴さが損なわれることはなかった。
凰黎は煬鳳を抱きかかえたまま黄金色の人物に大して首を垂れる。
「天帝様」
煬鳳は反射的に凰黎の顔を見た。天帝、とはどこの国の皇帝なのだろうか。煬鳳の疑問に気づいた凰黎はちらりと天帝と呼んだ男の顔を横目で見やる。
「凰大哥、面をあげよ。そなたたちは我にとっては命の恩人である。そのような気遣いは無用」
「凰、大哥……?」
聞き覚えのある呼び方だ。それに、この黄金色の髪にも覚えがある。記憶にある人物はたった一人しか存在しない。
「煬鳳。小黄は天帝様の一部だったそうです」
凰黎の言葉で目の前の人物が小黄に似ているのだと煬鳳は気づく。同時に彼がいったいどうなったのか、無事に記憶を取り戻せたのか。取り戻せたのなら、なぜ煬鳳たちの前に姿を見せないのか。
気になりだしたら止まらない。
というか一部とはいったいどういうことなのか?
「小黄!? 小黄は、どこに!? いや、天帝って誰だ!?」
「天帝様というのは天界の頂点におられる、天上において最も尊い御方ですよ。……まあ、煬鳳はこういった話には疎いでしょうけど」
どんなに疎くとも『天界の頂点で、天上において最も尊い御方』などと言えば、さしもの煬鳳でも真っ青になる。
「その通り。……恒凰宮と翳冥宮の宮主の協力を得て、小黄は天帝としての記憶を取り戻したのだ。煬大哥と凰大哥、それに玄烏門の門弟たちには着替えから食事の面倒まで、本当に何から何まで良くして貰った。礼を言う」
煬鳳たちの前に天帝は片膝をつき、厳かに微笑んだ。あまりの衝撃に煬鳳が言葉も言えずに口を開いていると、横から鼓牛が顔を出す。
「私の主は仙界の策略により元神に傷を負い、その欠片は人界へと零れ落ちてしまったのです」
鼓牛曰く、清林峰で清粛から譲り受けた索冥花によって、主の傷は癒えたのだが、人界のどこかに零れた元神だけは見つからなかった。困り果てていたところ、万晶鉱に触れたことで記憶を取り戻した小黄からの報せにより、ようやく天帝の元神は完全な状態となり、こうして煬鳳たちの前に現れることができたのだという。
「瞋九龍との闘いのときに、鼓牛だけが俺たちの元にやってきたのは?」
天帝が完全な状態に戻ったというのなら、なぜ彼だけが一人煬鳳たちの元にやってきたのだろうか。敢えて彼だけ先に来なくとも、大切な主が回復してからでも良かったのではないかと煬鳳は考えた。
「主の零れた元神の欠片がお体に馴染むまで、多少の時間が必要でした。そこで私が先んじて貴方がたの元へと向かい、主の標となったのです」
妙な出会い方をしたと思ったが、煬鳳たちと合流することが目的であったのならば、それもまた頷ける。
「仙界は我を討ち、仙界が天界の主体になるつもりであったようだ。しかし、彼らはあまりにも他の世界に害を及ぼしたゆえ、我は仙界を作り替えることにした」
天帝は昂然と語る。
どうやら煬鳳が体を失っている間に、蓬莱に同調していたであろう仲間たちは仙界ごと天帝の力によってどうにかなってしまったようだ。
天帝の言葉に凰黎が表情を曇らせる。煬鳳にはなぜ凰黎がそのような顔をしたのか分からなかったが、彼はきっと仙界で蓬莱と対峙したときに彼から何かを聞いたのだろう。
「仙界はどうされるおつもりですか?」
凰黎の問いかけに天帝は袖の中より錦繍に輝く宝玉を取り出して見せた。玉の色は一つではなく、さながら季節が巡っていくかのように次々と異なった色を見せる。霜のような凍える白さ、輝く太陽のような黄色、散りゆく葉のような赤、暖かな春の日に咲く花のような桃。まるで玉のなかに一つの世界が詰まっているようだった。
「まだ定めてはおらぬ。しかし依然と変わりなく美しい場所になることだけは間違いないだろう」
天帝は再び玉を袖の中に仕舞う。
「それから――万晶鉱は命の危険が常に伴う。そればかりか、此度は蓬莱の暴走の一端にもなってしまった。ゆえに、万晶鉱に込められた全ての過去から未来に至る森羅万象の全てを、人界に生きる全てのものに還そうと思う」
「ちょっと……!」
彩藍方が何か言いかけたが、清粛に止められた。周りの門派も万晶鉱が無くなるかもしれないと思い、顔面が蒼白に変わる。
凰黎は天帝に尋ねた。
「無限に続く過去から未来への記憶と知識。そのような膨大なものが、人界の者たちに受けきれるのでしょうか?」
「凰大哥、案ずることはない。過去から未来、全ての大地と草と人と動物、全ての物に等しく降り注げば、案外一つ一つは小さきもの」
天帝はそのように答えたが、見ていた面々は「そんな馬鹿な」という表情をしている。しかし、過去から未来、全ての時間に対して万晶鉱の記憶が戻っていくというのなら、案外その影響は思うより小さいのかもしれない。
「五仙が再び野望を持ち、危害を加えぬようにすることだけは約束する。特に、そなたたち二人の安寧が永遠に続くこと。少なくとも我がこの世に存在する限り、守り通すと約束しよう」
「……あ、ありがとう、ございます……」
最も尊いと言われる人物にここまでして貰っても良いのだろうか。そもそも索冥花は清粛の決断で譲ったものであるわけだし、煬鳳は大したことはしていない。
小黄の面倒を見たのは煬鳳と凰黎であることに違いはないが、玄烏門の門弟や夜真と善瀧のほうが沢山小黄の面倒を見てくれた。
(いいのかなぁ……ここまでして貰って)
煬鳳の考えたことを読み取ったのか、天帝は「安心しなさい」と言って立ち上がる。
「鼓牛」
天帝の一声で鼓牛が聖旨を読み上げる。
清林峰には新しい花を咲かせる。
翳黒明には、翳冥宮で眠る者たちが永遠に安らかに眠ることを約束する。
凰神偉は翳冥宮と共にこの先も原始の谷を守る役目を果たすよう、万晶鉱の代わりに神の宝物を与える。
彩鉱門には万晶鉱に変わる鉱石を人界に与え、新たな宝器の作り方を授ける。
瞋熱燿は父と祖父の霊脈の影を取り除き、瞋九龍の持つ槍の代わりになるものを与える。
夜真と善瀧は、この先二人が共に在る限り無数の幸せが降り注ぐことを約束する。
玄烏門には咲き乱れるほどの美しい草花を与える。
煬鳳を助けるために集まった面々には健康と長命。
拝陸天は、天帝の前であろうと遠慮なく小鳳との再会を喜んでもいい権利。
「待って。なんだ、それ?」
突然出てきたけったいな権利に煬鳳は思わず口をはさんでしまった。答えを聞くよりも早く、体でそれがどういう意味であるかを煬鳳はすぐに悟る。
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