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偃武修文番外編(番外編)
番外02:合縁奇縁(一)
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恒凰宮に蓬莱が現れ、宮主の二公子の身柄を要求したそのすぐあとのことだ。
蓬莱が去るなり宮主は蓬静嶺へ連絡を取り、凰黎の旅支度を調えさせた。
別れをじっくりと惜しむ間もなく、殆ど追い立てられるように凰黎は恒凰宮を出なければならなくなってしまったのだ。
(弟のために、何一つしてやれないなんて……)
齢十三の凰神偉は馬車に荷を積みこむ門弟たちを見ながら唇を噛む。
己にもっと力があれば、蓬莱に立ち向かったのに。
初めて見た仙界の使者に、何もできなかった。いや、飛び出そうとしたが兄弟子たちに止められて動くことができなかったのだ。
無力感を覚えながら凰黎を探すと、欄干から手を伸ばし手ずから鳥に餌をやる凰黎の姿があった。
「阿黎!」
思わず叫んだ凰神偉の声に驚き、鳥たちは一斉に凰黎の手から飛び立ってしまう。驚き振り返った凰黎の顔は涙でぐしょぐしょで、凰神偉は激しく狼狽した。
「す、すまない阿黎! ついうっかり大きな声が出てしまって……。どうか泣かないでおくれ」
あたふたと凰黎を抱きしめる凰神偉を見て、凰黎は急に笑いだす。
「ふふ、いつもは冷静な兄上が慌てるなんて。兄上でもそのように驚かれることがあるのですね。御免なさい、泣いていたのはここを離れたくなかったからなのです」
よほど可笑しかったのか、頬を押さえながら凰黎はまだ笑っている。しかし、このあとじきに別れが来ると気づくと、再び顔を曇らせた。
「私はここから離れたくありません。……でも、このままだと私は仙界に行かねばならないし、拒めば父上母上や兄上や皆の身が危険になってしまうのですよね。……それなのに、私はここから逃げ出して良いのでしょうか」
凰神偉はまだ五つだというのに己の事より、何より父母や皆のことを心配している凰黎の想いに胸を突かれた。
何もできない自分が歯がゆく、涙を零しながら腕の中の凰黎に謝罪する。
「阿黎、兄であるのにお前のために何一つしてやれない。私を許して欲しい。何もできない自分が口惜しい。せめて蓬莱に立ち向かえる力があれば……」
「泣かないで、あにうえ」
凰黎は凰神偉の頬を己の袖で拭う。
「恒凰宮の皆は危険を冒して私を逃がしてくれようとしています。悔しさはありますが、皆の想いに報いるために、私は蓬静嶺でしっかりと勉強をして立派な大人になってみせます」
「阿黎……」
「だから兄上も、父上母上のことをしっかり守って差し上げて下さいね。そしていつか私が恒凰宮を訪れたとき……立派な兄上の姿を見せてください」
涙ながらに凰神偉は「必ず約束を守ってみせる」と誓いを立て、そして星霓峰の麓まで凰黎の乗る馬車を見送った。
僅か数年。
あれほど守ると誓いを立てたが、父も母もあっという間に返らぬ人となってしまった。たった一人残された凰神偉には大変な重責が圧し掛かり、弟との約束を守れなかったことを彼は激しく悔やんだ。
それから時が過ぎ、時おり五行盟で顔を合わせる程度だった凰黎が恋人を連れて恒凰宮にやってきた。
始めは凰黎の事情を鑑みて厳しい態度で彼と接したが、弟と、そして弟の愛する男とのやり取りを経て彼らの希望を叶えることに決めた。
露台で一人、凰神偉は空を見上げる。この場所はかつて幼い凰黎が別れの日、鳥に餌をやっていた場所だ。幼い頃から鳥にも人にも愛された弟だったが、彼自身はたった一人を一途に愛した。
兄としては弟の恋人に些か不満もあるが、露骨な態度を出せば凰黎にすぐ窘められてしまう。肉親といえど彼らの間に入る余地はないのだ。
……悲しいことではあるが。
ふと凰神偉は、欄干に載せた手を月に向かって挙げる。かつて弟がそうやっていたように。
予想はしていたが、鳥一羽とて彼の掌には降りてこない。餌も載せてないのだから当然と言えば当然だ。
(何をやっているんだ、私は……)
思わず苦笑いして伸ばした手を引っ込めようとすると、黒く大きな鳥がその手にちょこんと停まったのだ。
「……何の用だ」
昏い炎の身体を揺らしながら、烏のような鳥は『クエェ』と鳴く。
霊力と翳炎でできた鳥は、最近では遠くまで自由に飛ぶことができるようになり、折を見ては翳冥宮を訪れているらしい。そして、稀に恒凰宮にも顔を出す。
大概そんな時は弟の近況や土産を携えてやってくるのだが。
反射的に凰神偉は手を引っ込めると、バサバサと黒曜はとび上がる。
『なんだよ、つれないな。ちょっと翳冥宮まで手伝いに来たから、ついでに挨拶しに来たんだ。久しぶりだな、兄君』
つれないもクソもあるか。
思わず心の中で悪態をつく。
「私は貴殿の兄ではないのだが」
『悪い悪い、つい煬鳳の言い方が移っちまってさ』
「……」
この鳥は自分のことを揶揄いに来たのだろうか?
恒凰宮から叩き出そうかと睨みつけていると、『まあ、ちょっと待てよ』と黒曜は言う。
『俺があんたのところに来たのは、報せたいことがあったんだ』
「報せたいこと? 貴殿が?」
『そんな目で見るなって。白宵城がちょっとキナ臭くなっているんだ。早めに報せておいた方がいいと思って』
黒曜を相手にしていなかった凰神偉だったが、流石にこの言葉を聞いて無視を決め込むわけにはいかない。
「どういうことだ。聞かせてもらおうか」
『そうこなくっちゃ』
嬉しそうにクエェと鳴くと、黒曜は欄干に留まった。
*
冽州の都市である白宵城。睡龍の最北端にある都市ながら、人の行き来も盛んで常日頃賑わっている。
そんな白宵城では少々奇妙な話題で持ち切りだ。
『算命娘々の占いは百発百中! お代は頂きません!』
ある日、一人の女占い師がやってきた。
代金を取らず誰でも占ってくれるらしい。
未来のこと、好きな人のこと、どんなことでも占えばピタリと当たるのだそうだ。
初めはさほど興味も無かった人々も、次々に「当たった!」という者が増えれば興味も湧いてくる。次第に算命娘々の占い小屋には沢山の人が訪れるようになり、今では長蛇の列をなして皆がこぞって彼女に占いを頼みにくるのだとか。
「それは奇妙な話だな」
『だろ?』
短い説明だったが、凰神偉はすぐに違和感に気づいた。
「お代は不要という心がけは良いことかもしれないが、行列を為すほどの人数に対し全ての占いたい内容を言い当てるというのは無謀なことだ」
人の欲望は限りない。
もしも、やって来る者達の知りたいことを際限なく占って当てるとしたら、その先には争いや憎みの火種になることばかりだろう。
決して知りたいことが平和な内容であるとは限らないのだから。
それを知っていて算命娘々なる占い師が店を出しているのだとしたら……彼女は良くないことを考えているのかもしれない。
『どうだ? 算命娘々のこと気になるだろ?』
得意げに言う黒い鳥は少々小憎らしいが、危うい状態を察知していち早く情報を届けてくれたことには感謝せねばなるまい。
「そうだな。感謝する。……確かに算命娘々という占い師が何を考えているのか、少々気になってきた」
そう言うと凰神偉は体を翻す。
『待てよ、今から白宵城に行くんだろ? 俺も一緒に行くって!』
凰神偉の考えを察した黒曜が、彼の肩に降り立った。実際の鳥よりは幾分か軽いが、気安く肩に留まらないで貰いたい。
しかし、この情報を持って来たのは他ならぬ黒曜である。
渋々ながら凰神偉は黒曜に己の肩を貸すことを許した。
突然出かけると言った凰神偉に側近の燐瑛珂も少々驚いていたようだったが、彼に考えがあるのだと気づき、すぐさま荷物を用意してくれた。
多くを語らずとも察してくれる。彼のこういうところはとても頼りがいがある。
「では行ってくる。二、三日ほどかかるかもしれん」
恒凰宮の者だと分からぬよう紺青の衣袍に着替え、銀の冠から簪に付け替えた凰神偉は燐瑛珂にそう告げ、黒曜と共に急ぎ白宵城へと向かった。
* * *
夜だというのに白宵城は人々で溢れ返っていた。
それもそのはず、
「算命娘々の占いは百発百中! お代は頂きません!」
すっかり日も落ち月が昇っているというのに、算命娘々の占い小屋は長蛇の列をなしている。もはや行列は通路の至る所に蛇行しながら続いており、朝までかかるのではないかというほどの盛況ぶりだ。
――いや、もはや盛況を通り越して異常なのではないか。
恐らく夜を徹してでも彼女に占って欲しいことがあるのだろう。夜も更けたというのに若い娘たちも提灯片手に和気あいあいと語りながら行列に並んでいる。
「参ったな」
無限に続く占い待ちの人々を眺めながら、素直な気持ちを零す。
算命娘々は怪しいと思っているが、さりとて彼女がどのような人物であるのか、何を考えているのか。知りたいと思ってもこの行列ではいつ会えるかも分からない。
『占って貰うにも、いつ会えるかも分からないな』
黒曜も口を開けたまま、呆れている。
「仕方ない。一先ず聞き込みから始めようか」
溜め息をつき、知り合いを探して凰神偉は歩き始めた。
なにせ白宵城へは彼が幼い頃から行き来している。古くからの知り合いも当然多くいるのだ。
「公子さま! ……じゃない、宮主さまじゃないですか。こんな夜更けにいらっしゃるなんて珍しいですね」
声に振り返ると、屋台の饅頭屋の主人が手を振っている。凰神偉は懐から銀子を取り出すと「いくつか見繕ってくれ」と言った。
「有り難う。……それにしても凄い行列だな」
主人の渡してくれた饅頭の包みから一つを取り出すと黒曜に差し出す。黒曜は嬉しそうに饅頭をついばみながらクエェと鳴いた。
「ああ、あれは算命娘々の占い待ちの列なんですよ。順番待ちのお客さんが待ち疲れて饅頭来てくれるんで、こっちとしては有り難ういですよ」
「なるほど。ここまでの評判であれば、中には大金を払ってでも先に占いたいなどという者もいるのではないか?」
「ああ……まあ、偶にいるみたいですねぇ」
チラリと列に並ぶ人々の様子を確認したあと、主人は声を落として話を続ける。
「ほら、算命娘々はお代は要らないって言ってるでしょう? ずるいと思っても皆は金を出さないし、だから金の力で先に占う奴らに文句は言えないみたいで」
「つまり、算命娘々は金を出すという相手からは金を受け取っている。ということだな」
そうみたいですね、と饅頭屋の店主は肩を竦めた。
どうやら彼女は決してただ無償で占いをしているわけではなく……金を貰って順番を早めることもあるようだ。主人曰く、彼女が占う場所は元は小さい小屋だったのだそうだ。しかし、彼女を崇拝する貴族たちの寄付などよって今では大きな館に移ったのだという。
「なるほど、それで今でも『算命娘々の占い小屋』と呼ばれるのか」
妙なところに納得してしまった凰神偉である。
(いざとなれば金を積んで算命娘々に会うか)
凰神偉は饅頭屋に礼を言って、再び黒曜と共に調査に戻った。
――――――――
※勢いでなんとなく書いてしまったので、娘々のネーミングその他もろもろどうよってとこは目をつぶってください……
蓬莱が去るなり宮主は蓬静嶺へ連絡を取り、凰黎の旅支度を調えさせた。
別れをじっくりと惜しむ間もなく、殆ど追い立てられるように凰黎は恒凰宮を出なければならなくなってしまったのだ。
(弟のために、何一つしてやれないなんて……)
齢十三の凰神偉は馬車に荷を積みこむ門弟たちを見ながら唇を噛む。
己にもっと力があれば、蓬莱に立ち向かったのに。
初めて見た仙界の使者に、何もできなかった。いや、飛び出そうとしたが兄弟子たちに止められて動くことができなかったのだ。
無力感を覚えながら凰黎を探すと、欄干から手を伸ばし手ずから鳥に餌をやる凰黎の姿があった。
「阿黎!」
思わず叫んだ凰神偉の声に驚き、鳥たちは一斉に凰黎の手から飛び立ってしまう。驚き振り返った凰黎の顔は涙でぐしょぐしょで、凰神偉は激しく狼狽した。
「す、すまない阿黎! ついうっかり大きな声が出てしまって……。どうか泣かないでおくれ」
あたふたと凰黎を抱きしめる凰神偉を見て、凰黎は急に笑いだす。
「ふふ、いつもは冷静な兄上が慌てるなんて。兄上でもそのように驚かれることがあるのですね。御免なさい、泣いていたのはここを離れたくなかったからなのです」
よほど可笑しかったのか、頬を押さえながら凰黎はまだ笑っている。しかし、このあとじきに別れが来ると気づくと、再び顔を曇らせた。
「私はここから離れたくありません。……でも、このままだと私は仙界に行かねばならないし、拒めば父上母上や兄上や皆の身が危険になってしまうのですよね。……それなのに、私はここから逃げ出して良いのでしょうか」
凰神偉はまだ五つだというのに己の事より、何より父母や皆のことを心配している凰黎の想いに胸を突かれた。
何もできない自分が歯がゆく、涙を零しながら腕の中の凰黎に謝罪する。
「阿黎、兄であるのにお前のために何一つしてやれない。私を許して欲しい。何もできない自分が口惜しい。せめて蓬莱に立ち向かえる力があれば……」
「泣かないで、あにうえ」
凰黎は凰神偉の頬を己の袖で拭う。
「恒凰宮の皆は危険を冒して私を逃がしてくれようとしています。悔しさはありますが、皆の想いに報いるために、私は蓬静嶺でしっかりと勉強をして立派な大人になってみせます」
「阿黎……」
「だから兄上も、父上母上のことをしっかり守って差し上げて下さいね。そしていつか私が恒凰宮を訪れたとき……立派な兄上の姿を見せてください」
涙ながらに凰神偉は「必ず約束を守ってみせる」と誓いを立て、そして星霓峰の麓まで凰黎の乗る馬車を見送った。
僅か数年。
あれほど守ると誓いを立てたが、父も母もあっという間に返らぬ人となってしまった。たった一人残された凰神偉には大変な重責が圧し掛かり、弟との約束を守れなかったことを彼は激しく悔やんだ。
それから時が過ぎ、時おり五行盟で顔を合わせる程度だった凰黎が恋人を連れて恒凰宮にやってきた。
始めは凰黎の事情を鑑みて厳しい態度で彼と接したが、弟と、そして弟の愛する男とのやり取りを経て彼らの希望を叶えることに決めた。
露台で一人、凰神偉は空を見上げる。この場所はかつて幼い凰黎が別れの日、鳥に餌をやっていた場所だ。幼い頃から鳥にも人にも愛された弟だったが、彼自身はたった一人を一途に愛した。
兄としては弟の恋人に些か不満もあるが、露骨な態度を出せば凰黎にすぐ窘められてしまう。肉親といえど彼らの間に入る余地はないのだ。
……悲しいことではあるが。
ふと凰神偉は、欄干に載せた手を月に向かって挙げる。かつて弟がそうやっていたように。
予想はしていたが、鳥一羽とて彼の掌には降りてこない。餌も載せてないのだから当然と言えば当然だ。
(何をやっているんだ、私は……)
思わず苦笑いして伸ばした手を引っ込めようとすると、黒く大きな鳥がその手にちょこんと停まったのだ。
「……何の用だ」
昏い炎の身体を揺らしながら、烏のような鳥は『クエェ』と鳴く。
霊力と翳炎でできた鳥は、最近では遠くまで自由に飛ぶことができるようになり、折を見ては翳冥宮を訪れているらしい。そして、稀に恒凰宮にも顔を出す。
大概そんな時は弟の近況や土産を携えてやってくるのだが。
反射的に凰神偉は手を引っ込めると、バサバサと黒曜はとび上がる。
『なんだよ、つれないな。ちょっと翳冥宮まで手伝いに来たから、ついでに挨拶しに来たんだ。久しぶりだな、兄君』
つれないもクソもあるか。
思わず心の中で悪態をつく。
「私は貴殿の兄ではないのだが」
『悪い悪い、つい煬鳳の言い方が移っちまってさ』
「……」
この鳥は自分のことを揶揄いに来たのだろうか?
恒凰宮から叩き出そうかと睨みつけていると、『まあ、ちょっと待てよ』と黒曜は言う。
『俺があんたのところに来たのは、報せたいことがあったんだ』
「報せたいこと? 貴殿が?」
『そんな目で見るなって。白宵城がちょっとキナ臭くなっているんだ。早めに報せておいた方がいいと思って』
黒曜を相手にしていなかった凰神偉だったが、流石にこの言葉を聞いて無視を決め込むわけにはいかない。
「どういうことだ。聞かせてもらおうか」
『そうこなくっちゃ』
嬉しそうにクエェと鳴くと、黒曜は欄干に留まった。
*
冽州の都市である白宵城。睡龍の最北端にある都市ながら、人の行き来も盛んで常日頃賑わっている。
そんな白宵城では少々奇妙な話題で持ち切りだ。
『算命娘々の占いは百発百中! お代は頂きません!』
ある日、一人の女占い師がやってきた。
代金を取らず誰でも占ってくれるらしい。
未来のこと、好きな人のこと、どんなことでも占えばピタリと当たるのだそうだ。
初めはさほど興味も無かった人々も、次々に「当たった!」という者が増えれば興味も湧いてくる。次第に算命娘々の占い小屋には沢山の人が訪れるようになり、今では長蛇の列をなして皆がこぞって彼女に占いを頼みにくるのだとか。
「それは奇妙な話だな」
『だろ?』
短い説明だったが、凰神偉はすぐに違和感に気づいた。
「お代は不要という心がけは良いことかもしれないが、行列を為すほどの人数に対し全ての占いたい内容を言い当てるというのは無謀なことだ」
人の欲望は限りない。
もしも、やって来る者達の知りたいことを際限なく占って当てるとしたら、その先には争いや憎みの火種になることばかりだろう。
決して知りたいことが平和な内容であるとは限らないのだから。
それを知っていて算命娘々なる占い師が店を出しているのだとしたら……彼女は良くないことを考えているのかもしれない。
『どうだ? 算命娘々のこと気になるだろ?』
得意げに言う黒い鳥は少々小憎らしいが、危うい状態を察知していち早く情報を届けてくれたことには感謝せねばなるまい。
「そうだな。感謝する。……確かに算命娘々という占い師が何を考えているのか、少々気になってきた」
そう言うと凰神偉は体を翻す。
『待てよ、今から白宵城に行くんだろ? 俺も一緒に行くって!』
凰神偉の考えを察した黒曜が、彼の肩に降り立った。実際の鳥よりは幾分か軽いが、気安く肩に留まらないで貰いたい。
しかし、この情報を持って来たのは他ならぬ黒曜である。
渋々ながら凰神偉は黒曜に己の肩を貸すことを許した。
突然出かけると言った凰神偉に側近の燐瑛珂も少々驚いていたようだったが、彼に考えがあるのだと気づき、すぐさま荷物を用意してくれた。
多くを語らずとも察してくれる。彼のこういうところはとても頼りがいがある。
「では行ってくる。二、三日ほどかかるかもしれん」
恒凰宮の者だと分からぬよう紺青の衣袍に着替え、銀の冠から簪に付け替えた凰神偉は燐瑛珂にそう告げ、黒曜と共に急ぎ白宵城へと向かった。
* * *
夜だというのに白宵城は人々で溢れ返っていた。
それもそのはず、
「算命娘々の占いは百発百中! お代は頂きません!」
すっかり日も落ち月が昇っているというのに、算命娘々の占い小屋は長蛇の列をなしている。もはや行列は通路の至る所に蛇行しながら続いており、朝までかかるのではないかというほどの盛況ぶりだ。
――いや、もはや盛況を通り越して異常なのではないか。
恐らく夜を徹してでも彼女に占って欲しいことがあるのだろう。夜も更けたというのに若い娘たちも提灯片手に和気あいあいと語りながら行列に並んでいる。
「参ったな」
無限に続く占い待ちの人々を眺めながら、素直な気持ちを零す。
算命娘々は怪しいと思っているが、さりとて彼女がどのような人物であるのか、何を考えているのか。知りたいと思ってもこの行列ではいつ会えるかも分からない。
『占って貰うにも、いつ会えるかも分からないな』
黒曜も口を開けたまま、呆れている。
「仕方ない。一先ず聞き込みから始めようか」
溜め息をつき、知り合いを探して凰神偉は歩き始めた。
なにせ白宵城へは彼が幼い頃から行き来している。古くからの知り合いも当然多くいるのだ。
「公子さま! ……じゃない、宮主さまじゃないですか。こんな夜更けにいらっしゃるなんて珍しいですね」
声に振り返ると、屋台の饅頭屋の主人が手を振っている。凰神偉は懐から銀子を取り出すと「いくつか見繕ってくれ」と言った。
「有り難う。……それにしても凄い行列だな」
主人の渡してくれた饅頭の包みから一つを取り出すと黒曜に差し出す。黒曜は嬉しそうに饅頭をついばみながらクエェと鳴いた。
「ああ、あれは算命娘々の占い待ちの列なんですよ。順番待ちのお客さんが待ち疲れて饅頭来てくれるんで、こっちとしては有り難ういですよ」
「なるほど。ここまでの評判であれば、中には大金を払ってでも先に占いたいなどという者もいるのではないか?」
「ああ……まあ、偶にいるみたいですねぇ」
チラリと列に並ぶ人々の様子を確認したあと、主人は声を落として話を続ける。
「ほら、算命娘々はお代は要らないって言ってるでしょう? ずるいと思っても皆は金を出さないし、だから金の力で先に占う奴らに文句は言えないみたいで」
「つまり、算命娘々は金を出すという相手からは金を受け取っている。ということだな」
そうみたいですね、と饅頭屋の店主は肩を竦めた。
どうやら彼女は決してただ無償で占いをしているわけではなく……金を貰って順番を早めることもあるようだ。主人曰く、彼女が占う場所は元は小さい小屋だったのだそうだ。しかし、彼女を崇拝する貴族たちの寄付などよって今では大きな館に移ったのだという。
「なるほど、それで今でも『算命娘々の占い小屋』と呼ばれるのか」
妙なところに納得してしまった凰神偉である。
(いざとなれば金を積んで算命娘々に会うか)
凰神偉は饅頭屋に礼を言って、再び黒曜と共に調査に戻った。
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