ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~

銀タ篇

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第〇.五話:ビストロ・ノクターン

0.5-2:スペアミントのハーブティー

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 はじめ僕は、異世界にでも迷い込んだんじゃないかと思っていた。

 だって、ヴァンパイアとミイラ男と人造人間が洋食屋やってます、なんてにわかには信じがたい。
 厨房からホールへ向かう間に少し会話をして分かった事。

 ここは別に異世界でも何でもない。
 というか、どうやらこの『ビストロ・ノクターン』は横浜から少し歩いた海の香りの届く場所。そこに普通に存在しているお店らしい。

「結構常連さんも多いんだよ」

 と、アインさんは言っていた。心なしか得意げに見えたのは……多分気のせいではないと思う。


 アインさんに連れられて僕はホールまでやってきた。
 言わずもがな、昨晩僕が転がり込んできた場所だ。
 改めて見回してみたけれど、3階あたりまでぶち抜きになっていてかなり広々としている。壁にはめ込まれた窓からは、まだ弱いながらも日の光が差し込んで気持ちいい。

「アインさんてヴァンパイア、なんですよね?」

「そうだよ?」

 当然とばかりに肯定する。

「日の光、平気なんですか……?」

「遅寝早起きの生活がたたって朝の寝起きは悪いが、ダメージを受けるほどやわではないね」

 ふふんと得意げな顔でアインさんは僕に言った。
 いまいちよくわからないテンションの人だ。

「適当に座って。今飲み物を入れるから」

 促されて僕は近くのテーブルに着く。一旦部屋を出たアインさんは、すぐにトレーを持って戻ってきた。

「昨日使ったバゲットの残りと自家製のイチゴのコンフィチュール。簡単なもので申し訳ないけど……朝早かったからお腹空いているよね?」

 他の皆はまだ朝ご飯を食べていないのに、僕のためにわざわざ用意してくれたんだ。手間をかけさせてしまって申し訳なく思う。

「すみません、わざわざ僕のために……」

 僕が謝るとアインさんが静かに首を振る。その目元は微かに微笑んでいるように見えた。気にするなという事だろうか。

 僕は恐縮しながらも、手を合わせた後でパンにコンフィチュールを塗る。ジャムに見えるけど何か違うんだろうか。齧ればカリリと軽快な音がホールに響き、甘酸っぱいイチゴの味が口の中に広がった。

 アインさんは手に持った透明のティーポットの中の液体を注ぎながら静かに語り始めた。

「もうどれくらい経つのかな……日本に来たものの、所持金が尽きてしまってね。行き倒れ同然だった所を偶々助けてくれたのが、とある店の料理人だったんだ」

 この綺麗な人が行き倒れる姿なんて全然想像がつかない。
 僕は信じられない顔でアインさんを見る。そんなアインさんは、懐かしいものを思い出すような優しい眼差しで遠くを見つめていた。

「数年間そこで料理人としての修業を積ませて貰ってね。いつしか自分も同じように誰かの心を温かくできるようになりたいと思うようになったんだよ」

「心を、温かく……」

「そう。自分がその人たちに助けられたように、私も誰かを助けられるようになりたいと」

 僕の目を見たアインさんの瞳は、透き通るような赤い瞳をしていた。日の光に照らされて、ガーネットの如く煌めいている。
 とても綺麗だけれど、真剣な顔をして僕の事を見つめていた。

「だから、君が謝る事なんかないんだよ。……私は、私のやりたい事をやっているだけなんだから」

 そう言うと、透明な液体のカップを僕の前に滑らせた。

「スペアミントのハーブティー。これも自家製。……すっきりするから目覚めにはぴったりだと思うよ」

 テーブルに頬杖をついてにっこりと僕に向けて微笑む。

「あ、有難うございます」

 ほかにも何か言おうとしたのだけど、色々言ってもつい謝ってしまいそうだったのでお礼だけにとどめておいた。


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