6 / 69
第〇.五話:ビストロ・ノクターン
0.5-2:スペアミントのハーブティー
しおりを挟むはじめ僕は、異世界にでも迷い込んだんじゃないかと思っていた。
だって、ヴァンパイアとミイラ男と人造人間が洋食屋やってます、なんてにわかには信じがたい。
厨房からホールへ向かう間に少し会話をして分かった事。
ここは別に異世界でも何でもない。
というか、どうやらこの『ビストロ・ノクターン』は横浜から少し歩いた海の香りの届く場所。そこに普通に存在しているお店らしい。
「結構常連さんも多いんだよ」
と、アインさんは言っていた。心なしか得意げに見えたのは……多分気のせいではないと思う。
アインさんに連れられて僕はホールまでやってきた。
言わずもがな、昨晩僕が転がり込んできた場所だ。
改めて見回してみたけれど、3階あたりまでぶち抜きになっていてかなり広々としている。壁にはめ込まれた窓からは、まだ弱いながらも日の光が差し込んで気持ちいい。
「アインさんてヴァンパイア、なんですよね?」
「そうだよ?」
当然とばかりに肯定する。
「日の光、平気なんですか……?」
「遅寝早起きの生活がたたって朝の寝起きは悪いが、ダメージを受けるほどやわではないね」
ふふんと得意げな顔でアインさんは僕に言った。
いまいちよくわからないテンションの人だ。
「適当に座って。今飲み物を入れるから」
促されて僕は近くのテーブルに着く。一旦部屋を出たアインさんは、すぐにトレーを持って戻ってきた。
「昨日使ったバゲットの残りと自家製のイチゴのコンフィチュール。簡単なもので申し訳ないけど……朝早かったからお腹空いているよね?」
他の皆はまだ朝ご飯を食べていないのに、僕のためにわざわざ用意してくれたんだ。手間をかけさせてしまって申し訳なく思う。
「すみません、わざわざ僕のために……」
僕が謝るとアインさんが静かに首を振る。その目元は微かに微笑んでいるように見えた。気にするなという事だろうか。
僕は恐縮しながらも、手を合わせた後でパンにコンフィチュールを塗る。ジャムに見えるけど何か違うんだろうか。齧ればカリリと軽快な音がホールに響き、甘酸っぱいイチゴの味が口の中に広がった。
アインさんは手に持った透明のティーポットの中の液体を注ぎながら静かに語り始めた。
「もうどれくらい経つのかな……日本に来たものの、所持金が尽きてしまってね。行き倒れ同然だった所を偶々助けてくれたのが、とある店の料理人だったんだ」
この綺麗な人が行き倒れる姿なんて全然想像がつかない。
僕は信じられない顔でアインさんを見る。そんなアインさんは、懐かしいものを思い出すような優しい眼差しで遠くを見つめていた。
「数年間そこで料理人としての修業を積ませて貰ってね。いつしか自分も同じように誰かの心を温かくできるようになりたいと思うようになったんだよ」
「心を、温かく……」
「そう。自分がその人たちに助けられたように、私も誰かを助けられるようになりたいと」
僕の目を見たアインさんの瞳は、透き通るような赤い瞳をしていた。日の光に照らされて、ガーネットの如く煌めいている。
とても綺麗だけれど、真剣な顔をして僕の事を見つめていた。
「だから、君が謝る事なんかないんだよ。……私は、私のやりたい事をやっているだけなんだから」
そう言うと、透明な液体のカップを僕の前に滑らせた。
「スペアミントのハーブティー。これも自家製。……すっきりするから目覚めにはぴったりだと思うよ」
テーブルに頬杖をついてにっこりと僕に向けて微笑む。
「あ、有難うございます」
ほかにも何か言おうとしたのだけど、色々言ってもつい謝ってしまいそうだったのでお礼だけにとどめておいた。
1
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい
葉方萌生
ライト文芸
淡路島で暮らす28歳の城島朝香は、友人からの情報で元恋人で俳優の天ヶ瀬翔が島に戻ってきたことを知る。
絶妙にすれ違いながら、再び近づいていく二人だったが、翔はとある秘密を抱えていた。
過去の後悔を拭いたい。
誰しもが抱える悩みにそっと寄り添える恋愛ファンタジーです。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……
【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】
暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」
高らかに宣言された婚約破棄の言葉。
ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。
でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか?
*********
以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。
内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる