ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~

銀タ篇

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後日談:ジェドさんと僕の長い一日

02-02:お手軽カレー定食

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「うわーっ! 美味しそう!」

 僕とジェドさんがトレーを持って出てくると、それまでテーブルに突っ伏していたヴィクターが跳ね起きた。

「カレーなんて、カレーフェアぶりだなぁ!」

 心なしかアインさんもうきうきしている。

「きょっぴーに手伝って貰ったお手軽カレーセットです」

 すました顔でジェドさんがそう言ったけれど、実質僕はレンチンしたナンを並べて運んだだけだし何もしていない。何よりジェドさん自身もレトルトカレーをお湯で温めたことと、袋からナンを取り出してレンジに入れたくらいしかしていない気がする。

 いやいや、料理は手数の多さだけじゃないのは勿論分かっているけれど。
 あまりにジェドさんがどや顔をしていたのでつい思ってしまった。……でもあの顔はいつも通りか。

「いや~、自分が作ってない料理って、いいね!」

「アインさん……普段毎日料理を作る仕事をしてるのに、何を言ってるんです……」

 流石に呆れて僕はアインさんに突っ込んでしまった。
 だって、料理一筋何十年。行き倒れた所を助けて貰って感銘を受けて料理人の道を志したアインさんが……。
 言うに事欠いて「自分が作ってない料理、いいね」なんて言うものだから。

「いやいや。だからだよ。普段毎日料理を作ってると、いざ食べようと思った時に料理の匂いでお腹いっぱいだったりする事があるんだよね」

「そうなんですか?」

「うん。……だから、自分が作らずに完成された食事が出てくる瞬間って、実はちょっと嬉しくなってしまうんだ」

 僕はまだ、アインさん達みたいに毎日料理を作れるほどのスキルはない。だから毎日料理を誰かの為に、一日中作っているジェドさんやアインさん達にとっては、自分の為に誰かが作ってくれる料理というものは特別なのかもしれないと思った。

「あー、それちょっと余もわかります」

 やっぱり、ジェドさんの意見も同じらしい。
 僕もいつか、皆の為に何か料理を作る事が出来たらなあ……そんな事をつい考えてしまう。
 もっとも、それが出来るようになるにはまだもう少し時間がかかりそうだ。
 まだまだ修業あるのみ、かなあ。


 冷凍のナンは思った以上にふかふかしていて、これはこれでなかなか美味しい。キーマカレーはといえば、こちらも味がしっかりとついていて、手間暇かけたお店のカレーみたいだ。
 温めるだけでこれだけ美味しいんだから、本当に便利な世の中だなぁと思う。

「おいしー!! お店で作ったカレーも美味しいけど、ちょっとお高いレトルトカレーで食べるナンも最高だね!」

 興奮気味にヴィクターが言った。 ヴィクターは頬袋にナンとカレーを詰め込みながらムグムグと満足そうに味わっている。

「でしょう? 前にレトルトカレーの食べ比べをして研究したんですよ」

 ナンを千切りながら語るジェドさんは得意げだ。ナンをカレーにつけるとぱくりと口に放り込む。その顔がなんとも嬉しそうに見えて。
 普段は貴族みたいに麗しい所作をして、時にはアインさんより大人っぽい雰囲気のジェドさん。けれど時折こんな子供みたいな顔をすると思うとなんだか微笑ましいし親近感も沸いてくる。

「レトルトカレーの食べ比べ……って、結局一番はどれだったんですか?」

 僕の問いかけに何故かジェドさんはにやりと笑う。

「それが……甲乙つけ難く、結局どれも美味しかったです」

 どうやら一番は選べなかったらしい。それもまたジェドさんらしいというか、なんというか。

「いやあ、こんなに美味しいといざ自分達が料理を作るときに、同じくらい美味しいものが作れているのか不安になっちゃうね」

 はははと笑いながらアインさんが言うけれど、笑い事じゃない。

「いや、不安になっちゃ駄目ですよ! 自信を持ってください!」

「そうかな? でも本当に美味しいからつい」

「美味しいけど、自信は持ってください!」

 眉毛をハの字にしながら困った笑いを浮かべるアインさんに、僕は力強く力説した。
 僕はアインさんの料理が大好きだから、いつだってそんな不安な気持ちになっては欲しくない。

「店長、きょっぴーは真面目なんですから。冗談も大概ですよ」

「そうだね、御免」

 ……どうやら冗談だったらしい。
 思い切りド真面目に訴えてしまった自分が恥ずかしくなってしまい、僕は俯きながらナンをかっ込んだ。

「そういえば皆さんはこの後どうするんですか?」

 朝食も終えて一段落した頃に、僕はみんなに向かって訊ねた。食器は既に洗って片付けて、今は皆でコーヒーを片手にホールで何故か団らんしている。
 ビストロ・ノクターンは元々はホテルだから、実は広い客間みたいな部屋もある筈なんだけど……何故だかいつもの習性なのか、みんな気づいたらこの場所に来てしまった。

「私は帳簿の整理があるから、この後部屋に引きこもってくるつもりだよ」

 アインさんは休みの筈なのに帳簿の整理なんだ。ワーカーホリックなんじゃないかと少し心配になってしまう。
 そんな僕の心配そうな視線に気づいたのだろうか。

「あ、でも一日中じゃないよ! 終わったら庭で育てている作物の様子見に行ったり洗濯もの片付けたり……」

 慌ててそう付け加えた。
 それはそれで、まあまあ仕事の延長戦の気がしなくもないけれど。まあ、アインさんがそう言うのなら仕方がない。

「ボクはせっかく時間あるし、パソコンで一日映画三昧にしようかなって思ってるよ。きょっぴーは?」

 唐突にヴィクターに話を振られて僕は一瞬言葉に詰まる。
 人の事ばかり色々言ってたけれど、じゃあ自分はとなると何も考えていなかった。

「えっと、僕は……」

 次に何と言おうか。そう思った時だった。

「余は船を見に海まで行こうかと思います」

「船?」

「ええ。天気も良いですし、せっかくですから散歩がてらにね。……この前ちょっといいカメラ買ったから、写真撮りたいんですよ」

 そう言うと、ジェドさんはどこに仕舞っていたのか、ゴツいカメラを取り出した。

「うわぁ! それデジタル一眼レフカメラじゃない!? 気合入ってるぅ!」

 半ば興奮気味にヴィクターが食いつく。

「これ、結構有名なメーカーのじゃないか。やるねえ、ジェド」

 アインさんの目も心なしか輝いているように見える。
 ……みんなこういうちょっとお高いアイテム、興味津々なんだなあ。

「ええ。実はこの前のボーナスで奮発したんです。お店の料理の写真とか、外観とか、色々公報用に持っていた方が良いんじゃないかと思いまして」

「えー! チョーすごい! ちょっと持たせ……うわっ、重い!!」

 カメラを持とうとしたヴィクターが呻いた。僕もちゃんと見るのは初めてだけれど……D51みたいなシルエットのカメラだから、絶対重いだろうなあというのはすぐに予想がつく。

「凄いですね。今日はお店撮らないんですか?」

 お店を撮るために買ったのなら、今日こそ晴れていて絶好の撮影日和な気もする。そう思って僕はジェドさんに訊いてみた。

「ええ、本当なら今日はベスト撮影日ですが……。実は届いたのが昨日なので、まだ全然操作方法が分からないんですよ」

 少し困った顔でジェドさんはカメラを見つめる。

「あ……それで今日は慣らし運転って事なんですね?」

 僕がそう言うと「そういうわけなんです」といってにっこりとジェドさんは笑顔を見せた。

「そうだ。きょっぴーも一緒に散歩なんかいかがですか? 普段は厨房に籠っている事が多いですから、偶にはお喋りしながらの散歩も悪くはないでしょう」

 言われてみれば、ヴィクターはおなじホールスタッフだけれど、ジェドさんは厨房に籠って仕事をしている事が多い。

「そうですね……せっかくだから、僕もご一緒しても良いですか?」

「勿論。喜んで」

 にこりと微笑むジェドさんは、やっぱりどことなく貴族のような雰囲気が漂っている。
 いつもさりげなく僕達の事をフォローしてくれるジェドさん。でも意外にジェドさんと深く語り合う機会はあまりない。
 そんな僕に訪れた絶好の機会だ。
 ジェドさんの好きな物、好きな事。色んな事を、沢山語り合ってみたい。

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